番外2
「あっぶねぇ……」
後ろで聞こえる怒鳴り声に、思わず上った木上で呟いてしまった。
まさか隣国で正体がばれたとは。俺もまだまだだな。
けれども、王族ではなく密偵と思ってくれてよかった。これで王族と知れてしまえば、何を仕掛けてくるか知れたのんじゃない。
「しっかし俺の擬態、なかなかだったはずなんだけどなぁ」
ばれたのはやっぱり普段の態度かもしれない。田畑を荒らして回る族に、別の目的を見つけさせ興味を反らしたことがあった。
国境の農村部では年頃の女を犯そうとしていた奴らを気絶させ、酒のせいで記憶が飛んだのだと誤魔化したこともあったな。
他にも考えだしたらキリがない。しかしそれでも、なぜこんなに族になる奴らが多いのか。
一つは仕事だろうか。農村部では近年の天候不順で作物が育たず、男たちは都市部に出稼ぎに来ているという。
おそらくそこで馴染めず、族になる者がでてきたのだろう。もちろん、故郷に戻る者も多かったようだが。
もう一つはカリスマ性あふれる者が、ボスとなっているからというのもあるだろう。
最後に。王の執政が良くないということだ。叔父上は上手く国を纏めていてくれている。
しかし、もともと早々に継承権を放棄したために、王になる教育を受けていなかった。その綻びが今出てきているのだろう。
「腹括るしかないのかねぇ」
正直、王などやりたくない。自由でいたいのが本心。けれども、叔父のほかに血族はいない上に、叔父は正当な血筋だと言うのに王であることを放棄し代理に勤めている。
自分が王となる未来を描いてみるが、今以上の発展を自分が出来るのか疑問だ。
視野は偵察という名の脱走で広くなっていると自負している。周りにはアレンを含め、信頼できる者も多い。帝王学もそれなりに修めている。
まずは天候に左右されやすい作物の改良、それと雇用も同時進行で進めていかなければいけない。
次に族のボスを消すことと、手下を抹殺あるいは更生させること。これについては、この国に来た時点で、こちらもあちらも動き出しているから心配ないだろう。
あとは国全体の底上げだ。ここルエリエを見習って、まずは福利厚生と労働条件の改善。それから新しい産業開発も必要か。
そう言えば、アレンが叔父上が嫁を探していると言っていたな。
国内の有力貴族で嫁になれる女は多いが、頭に花が咲いてる連中ばっかりだしな。他国にしても、おなじだろう。
役にたつ女じゃないのなら、お飾りにしかならない。本当に嫁などいらないよな。
「どっかに俺の代わりになる奴か、有能な女でも落ちてないかねぇ」
「ピィーーー」
「どわっ!」
鳥の鳴き声がしたと同時にそれが激突し、俺は休んでいた木上から落下する。
なんだあの鳥は!!って鳥に怒りをぶつけている時間はない。身を翻し安全に着地しなければ。……できっかな。
気持ちを切り替え落下地点を見据えれば、そこには人がいた。小さい体にそれより大きい外套。太陽の光で輝く銀色。
このままじゃ、あれをつぶす。俺は精一杯に声を張り上げた。
「そこのお前!退けぇ!!」
「え……?」
幼い女の子の声。あそこに落ちるわけにはいかない。
ぐ……っ。落ちる数秒で身をねじり、なんとか女の子の隣に落ちた。下が土だったのが幸いしたが、これが石だったら俺の命はなかった。
とはいっても、落ちたことにはかわらない。体のあちこちが痛いぜ。
痛む体をなんとか起こし、女の子に怪我はなかったのか確かめると、彼女は零れそうなほど大きく目を見開いていた。
銀色の髪と青い目。幼いながらも綺麗な顔立ちで、将来が楽しみな容姿だ。
俺は幼女趣味じゃないからどうでもいいが、その手の連中には喉から手が出るほど欲しがるだろう。
歳は9か10あたりに見えるが、体に合っていない外套でさらに小さく見える。
なんでこんな年頃の子供が一人でいるんだよ。
とりあえず誤魔化すために話をすれば、この嬢ちゃんは独特な言葉使いをする面白い子だった。
しかも世間知らず。こりゃ、お貴族様だな。こんな子供が一人で入れるわけないし、護衛でもいるかとさりげなく窺うが誰もいなかった。
抜け出して来たお転婆かよ。世間知らずもここまでくるとバカだな。
呆れつつ話をすれば、純粋だがただのバカじゃないことはわかった。見た目を裏切って12とか。これで12はないだろう。
他にも俺の耳についている飾りを目ざとく見つけ、それの意味を理解しているとか。
理解しているということは、それ相応の情報量がこの嬢ちゃんのなかにあるってことだ。こんな小さな子供に感づかれるとは、この国の情報統制大丈夫か?
まぁ、他国のことだ。俺が心配しても仕方ないし、どうでもいいことだ。
多少のじゃれあいをしながら、他愛もない会話する。お互い重要な点は誤魔化すも、けっこう楽しいものだった。
けれど、それも終わりの時間を迎えた。俺に追突してきた鳥は、どうやら嬢ちゃんの兄が飼っているヤツらしい。
人を突き殺すとばかりに猛スピードで来た鳥を見上げ、顔が引きつったのは嬢ちゃんには知られなかったのは幸いだった。
知られていたら、何をいわれるか。世間知らずのクセに、口は達者な将来が末恐ろしい嬢ちゃんだからな。
そんなことを考えてると、妙に寂しそうな顔をしたかと思えば、俺を見て綺麗に笑いやがった。その瞬間、時間が止まった感覚に理性が危ないと叫ぶ。
どう見ても少女の嬢ちゃんに、ドキっとしたとかヤバイだろう。歳を考えろ、俺。
下ろされていた外套を嬢ちゃんの頭にかぶせ直し、手を乗せる。絶対に顔赤くなってるに決まってる。
これ以上醜態を晒してなるものか。嬢ちゃんは顔を上げるために踏ん張っていたが、少しだけ顔を覗かせ今度は自分からかぶり直していた。
なにがしたいんだ、こいつ。
本当に面白い嬢ちゃんだよ。
そうこうしているうちに、嬢ちゃんの迎えが来たが、「暴君」と連発していた。
コイツの兄貴、そんなに怖ぇやつなのかよ。声が涙交じりだったぞ。
嬢ちゃんの名前はサラというらしい。もちろん偽名だ。対して俺も偽名で答えたがな。
この出会いは一度っきり。そう思い俺たちはそれぞれの住処に戻った。
「久しぶりだな。お転婆嬢ちゃん」
そう言ったのは、一度っきりの出会いだったはずが再び会った時。あの出会いから一カ月たった後だった。
アレンがこの国に使者としてきたと知った俺が、忍び込んだ先で会った。
アレンの話で、婚姻相手はこの国の王女サラエラ嬢と知ったが、それ以上に俺を驚かせたのはサラエラ嬢の特徴とサラの特徴が一緒だったこと。
一度城を抜け出したことがあることだった。
サラエラ……サラ。サラの偽名は本命の二文字からとったと知ったのもその時だった。もう少し捩って考えたらどうかと思いはしたがな。
月が出る夜は本当に忍混むのに苦労する。確認のために王女の部屋に忍びこもうとした。
バルコニーから入った方が警護の目をくぐれると忍び込んだが、そこに目的の人物が今にも身を投げ出そうとしているのを見つけ、慌てて抱きしめ引き止めた。
寝顔でも見て確認できればと思ったんだが、こうして会えるとは思わなかった。
サラエラ王女は、サラだった。疑いが確信に変わり、それは恐怖に変わった。
ここから落ちればひとたまりもない。王女が死んでこの国がどうなろうと知ったことじゃないが、この王女があのお転婆なら話は変わる。
抱き込んだ体は想像以上に華奢で、柔らかかった。俺の腕にすっぽりと収まる小ささは、本当に幼いのだと分かる。
サラは俺を見て驚きなにやら叫びそうになったが、投身自殺ではなかっただけよかった。月に誘われてってことだし、おそらくウソでもないだろう。
結婚を悲観しているようでもなく、ほっとしている自分に驚き僅かに目が細まった。
そして分かってしまった。あの出会いが俺にとっての運命だったということが。
まさか、子供に恋愛感情を持つとは思わず、軽いめまいを感じたのは気にしないでおこう。
この邂逅は「鳥籠から出たい」というサラの願いと、「攫う」という俺の約束で終わった。
そして三度目の邂逅は、婚儀の前。
サラの願い通り攫いに来た時。繊細なレースのベールに、同じくレースをあしらった婚礼衣装に身を包んだ姿になっていた時だった。
もともと整った顔立ちは、化粧で美姫と変貌していた。
欲しいと思ったものは手に入れる。それが俺だ。
俺を本気にしたサラが悪いのだと、胸中で呟きその小さい躯体を抱きしめた。




