第十六話 到着
ミュリエルさんの勢いにはホント困ってしまいましたよ。
いきなり、奴隷になりたいだなんて、俺の理解を超え過ぎです。まあ、奴隷制度が存在することは、ケヘルさんに聞いて知ってはいたんですけどね。 現実感が無かったもので。
そりゃあ、前世世界でも奴隷はあったけど。
日本出身の俺には全くの無縁です。
それに、無主奴隷?
エイドスに遺言??
なんだ、それ?
聞いてないよ。
ってな感じで、困惑していると。
ライナスさんが説明してくれました。
叡竜の爪に攻撃された方、名前をライナスさんといって、レントで商人をしているらしい。よかった。レントに知り合いができたよ。しかも商人!
なんて、喜んでいたんだよね。
説明を聞いて驚いた。
この世界の奴隷制度は複雑だ!
ただし、その身分としては、前世世界ほどの差別は無く、単なる身分制度の一つといった感じだろうか。人権も最低限は保障されているようだ。ひょっとすると、前世世界には無い身分概念なので、無理やり奴隷と自動翻訳されているのかもしれないな。
この奴隷制度、エイドスが深く関わってくる。
エイドスの階級の欄には、奴隷と記す以外に3つの項目が記載可能らしい。
1、隷属先(主人の名前。不在時は無主と記載)
2、購入価格(奴隷の金銭的価値)
3、主人による遺言(死後、解放か相続か。相続の場合、相続相手の名前も)
全く知らなかったよ。
だいたい、奴隷どころか他人のエイドス見たことないし。
今の時点で、ミュリエルさんのエイドスを見たら、2が載ってるってことだよね。
うん?
1にも無主って載ってるのか。
次に、今回の話に出てきた解放の条件。
エイドスから奴隷という記載を消去して、その身分から解放される条件は4つあるらしい。
1、主人による、解放の宣言。(長年の功績に応えるものらしい)
2、購入価格の倍額を主人に弁済。
3、主人の死後、遺言による解放宣言。
4、遺言なく無主奴隷になった場合。購入価格の倍額を奴隷商ギルドに 支払う。
などという決まりの他に慣習的なものもあるらしく、一度聞いただけでは理解しきれない。
ちなみに、奴隷にも賃金は支給されるのだが、僅かな金額しか支給されないため、倍額返済はかなり困難なことらしい。
それで、今回のケース。
魔物に襲われ、主人死亡。遺言なし。
必然的に、今は無主奴隷の状態。
今後の方針として、一つは新しい主人を見つけるという道。
奴隷として新たに身受けしてもらい、エイドスに新たな条件を書き込む。この場合、購入金は奴隷商人ではなく奴隷本人に支払われるため、新たな主人に弁済する金額は、実質的に通常の半分で良いことになる。とはいえ、返済が困難であることに変わりはない。
次は、主人に仕えることなく、独立して仕事をしていくという道。
一生を自活奴隷として過ごすことも可能だし、金を稼ぎ返済し、平民として生きることもできる。ただし、奴隷身分だと、通常の労働をするにしても条件は非常に劣悪らしい。生活するのも困難を極めるため、こちらの道を選択する無主奴隷はほとんどいないとのこと。
よっぽど秀でた能力が無いと難しいということかな。
そんな中で、ミュリエルさんは新しい主人を見つけるという道を選択したと。
それは、別にいいですよ。妥当でしょ。
何が問題かというと、俺が主人で、しかも無償。
それは損ですよ。
もっと金持ちの人を主人にした方がいいですって。
お金も貰ってください。
だいたい、俺が奴隷の主人って無理があるよ。
確かに、こんな美人のエルフさんを奴隷にできるなんて男の夢だけど。
この世界のこと良く解っていない初心者だし。
お金ないし。
まだ仕事もないし。
未成年だし。
そうそう、未成年は奴隷を持てないらしい。
とにかく、これから一人暮らしを始める俺に、奴隷を養っていくだけの甲斐性があるわけないでしょ。
仮に甲斐性があったとしても、そもそも、今の俺にはやらなきゃいけない事がいっぱい。
無理です!!
なので、断ったんですけど・・・。
ミュリエルさん、退いてくれない。
いっそ、奴隷として引き受けて、即解放してやろうか。
なんて考え、提案もしたんだけど、却下された。
その場合は、前主人の購入金額の処理問題も複雑に絡んできて、簡単にできることでは無いらしい。
うーん、手詰まりです。
そこに、助け船。
ライナスさんが出してくれました。
「奴隷云々の前に、ハヤトさんはまだ未成年です。なので、とりあえずは15歳になる来年まで待ちましょう」
この世界、新年になると歳を重ねるらしい。
「ミュリエルさんは、それまで私が無主奴隷として雇用しましょう。新年までの間は、特別に平民並みの待遇を用意しますよ」
「!?」
凄くありがたい提案では。
ミュリエルさんも驚いてるな。
「しかし、それだけではミュリエルさんも納得しないでしょう。そこで、ハヤトさんも彼女の意を汲んであげて下さい。いずれ、彼女は新たな主人を見つけねばならない。それならば、恩人であるハヤトさんをと思う気持ちは理解できるはずです」
「・・・」
うーん、まあ、そうだけどね。
「おそらく、レントでの新生活に不安を抱かれているというのもあるでしょう。まだ、未成年でもあることですしね。とはいえ、これほどの腕を持った方なのですから、これから先、生活に困るとは到底考えられません」
そうだといいんだけど・・・。
「来年まで冒険者見習いとしてやっていく中で、自信が持てれば。その際には、ミュリエルさんを引き受けてあげても良いのではないですか? もちろん、自信が持てない場合は別ですが」
うーーん。
言い返せない。
ミュリエルさんも、目を輝かせている。
こっちを見てるよ。
「今回のお礼といっては何ですが、私も微力ながら、ハヤトさんのレントでの生活を援助させていただきますから」
「・・・」
そこまで言われては仕方ないか。
まあ、落としどころでもあるな。
自信が無ければ、断ればいいんだからね。
それに、生活の援助って何だろう?
凄くありがたいかも。
ということで。
「分かりました。前向きに考えさせてもらいます」
「本当ですか?」
うわぁ、ミュリエルさん満面の笑顔だよ。
まだ、正式決定じゃないんだからね。
やめてくださいよ。
でも、すごく可愛い・・・。
クール美人の笑顔はたまらないよ。
「は、はい。とりあえず、年内は冒険者見習いとして頑張ってみますので」
うーん。なんだかんだで、男って美人には弱いよねぇ。
特に美人の笑顔には弱い。
そんなこんなでレントに無事到着。
それは、圧倒的な威容でした!
日も暮れかけて来た頃に到着したという事もあり、視界が広くなかった影響もあるのだろうけれど。
見渡す限り左右に広がる堀。
その背後に、来訪する者を威圧するかのようにそびえ立つ荘厳ともいえる城壁。
レントは城塞都市、いや城壁都市だった。
「すごい城壁ですねぇ」
「もう数十年も戦争が無いですから。今となっては、この城壁も力を誇示しているだけのものですね」
自治都市としての権利を守るためには、これほどの要塞を必要としたということか。
「魔物の侵入を防ぐという点でも、城壁より結界石の方が効果はありますからね」
合理的な見解だ。
「それにしても、立派ですね。私も初めて見ました」
ミュリエルさんもレントには初めて来たのか。
「レントという都市の栄華と繁栄を来訪者に宣伝するという効果は確かにありますよね。ほら見てください。橋が定置されているでしょ」
前方には、水をたたえた堀を渡るため橋が設置され、その先に続く城門も開門されている。
「以前は橋も可動式でしたし、城門も常時開かれているということなどありませんでしたから。いかに今が平和かということです」
それは、そうだろう。
橋があり、城門が開いていれば、守備側の利点は損なわれる。
「今でも、夜の7時を過ぎれば閉門され、それ以降の出入りには特別税を支払わされますけどね」
成程、ゆっくり見物もしていられないな。
さっそく町に入ることにする。
とはいえ、入城した俺は、町の見物に繰り出すこともできず。
まずは2人の遺体を門兵に手渡し、事情説明を。
馬車に乗り合わせた皆さんのおかげで、特に御者の方とライナスさんは顔が効くらしく、それほどの尋問を受けることも無くすんなりと解放された。
叡竜退治の話は、かなり控えめに。話四分の一くらいでお願いしました。
目立ちたくないからね。
御者と護衛の方とは、そこで別れることにした。
明日も定期便運行の予定があるらしく、これから馬車の整備に忙しいらしい。
別れ際、またも感謝を述べられ、いつでも馬車に乗って下さい、無料にするから、なんてありがたいことを言われたよ。
うん、また利用させてもらいますね。
残った2人とも、そこで別れようと思っていたんだけど。
「せっかくだから、夕食をご一緒しませんか? お礼と言っては何ですが、御馳走させて下さい」
「いえ、お誘いはありがたいのですが、先に宿を探したいので」
宿を早めに確保しないとまずいでしょ。
野宿は嫌ですよ。
「宿についてはお任せ下さい。伝手もありますので」
そう言われると否応もないです。
むしろありがたいか。
この地については右も左も分からないのだから、ここは御相伴に預ることにしました。
宿のことは任せてと言ってくれたので、一路夕食へと。
いやぁ、今日は色々と大変だったから、お腹も空いてたんですよねぇ。
夕食は美味でした!
ケヘルさんの作る食事も美味しかったんだけど、やっぱり男の料理。
料理人の作る本格的な料理は絶品でした。
ライナスさんの紹介してくれた店は、蒸し煮料理が評判らしく、牛肉、鶏肉、羊肉とそれぞれ蒸し煮を注文。
この世界にも牛、鶏、羊がいるのか?
自動翻訳かとも思ったんだけど、どうやらいるらしい。
味がそのままでした。
牛肉は良く解らない根菜と一緒にワイン蒸し煮。
口に入れると、とろけるような食感。ねっとりと濃厚な風味が口中に広がり、それがまた根菜と合うこと。
絶品です。
羊肉はパプリカのような調味料で作られた赤い液体の中にジャガイモと共に浸されているシチュー風。
意外とあっさり、それでいてしっかりとした味付け。羊の臭みなどまるでなく、羊肉の良い点だけを主張しているかのような一品。
これまた、絶品。
最後は鶏肉料理。あっさりと塩味で、これも根菜と共にシンプル蒸し煮。
薄味で物足りないかと思いきや、コク、旨味。
なにこれ?
出汁ですかと言いたくなる一品でした。
最後に食べるにはピッタリ。
もちろん、これも絶品。
とにかく、どれも絶品で逸品。
最後に残ったスープの一滴までパンに付けていただきましたよ。
大満足!!
ごちそうさまです。
そういえば、ミュリエルさんも、美味しさに唸ってましたね。
料理に唸る美人も映えるよなぁ。
しっかし、侮れないなぁ、異世界料理。
やるなとは思っていたけど、ここまでとは!!
感服しましたわ。
でも、この店の料理高いのでは。
なんて思っていたら。
ライナスさん、俺たちの見ていないところでお支払い。
素晴らしい。
紳士ですねぇ。
こりゃ、やっぱりモテるわ。
色々と勉強になります。




