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案の定、終止符

「あれは、ベスチータ……」

 武器屋のおじさんことダンケはそう呟く。その傍らには、無数の武器が体中に刺さっているトラリコの死体があった。息はしていない。

「命を助けた借りとして、この剣を貰いたいな」

 大きな死体の影から、剣を抜いてそれを見せてくるのは、あのマントを羽織った少女。ジェンガだった。コウジが連れ去られた直後、トラリコがダンケを襲うその直前で、ジェンガはやってきた。新世界が流れていなくとも、ジェンガの剣の技は上達していた。一つ成功体験を積むと、飛躍的に技術が向上するアレだ。

「ああ、やるよ。まさに、命の恩人だな……」

「おっさん、何者だ? ただの武器屋にしては、戦闘に慣れているな」

 ジェンガがトラリコを殺したわけではない。ダンケも戦闘には参加していた。小太りで禿げ上がった体からは想像もできないパワーで武器を扱い、見事にトラリコを圧倒する。ジェンガにはできない芸当だった。

「まぁ武器づくりに熱中してたらついでに戦い方も知っちまっただけだ」

「そうか。ところでさっき、とんでもない速さで人が吹っ飛んだが……」

「ありゃベスチータだな。見た目がまんまだ」

「ベスチータ……⁉ デュベルトの娘か……こんなとこまで」

「ついでに記憶喪失の若者も連れて行ってしまった。やっぱあの男ただの人間じゃなさそうだ。私の目に狂いはなかったが、ちと油断した……」

 ジェンガは、記憶喪失の若者という言葉にコウジを当てはめた。

「まさか、コウジ……?」

「そういや名前聞いてなかったな……」

 ぶちぶちとトラリコの体から武器を抜いて、籠に刺していくダンケ。

「今日は変な日だ。この山で二人も人間と出会うなんてな」

「奇遇だな。私もそう思っていたところだ」

「嬢ちゃん、こんなとこで何を?」

「そっくりそのまま返しておくよ」

 二人はお互いがなんの害もない人間だと言うことを証明し始める。血まみれの道で。

「私はジェンガ。母さんとカザンカに行く予定で、明日の出発まで暇つぶししていただけ。この山にる教会で住んでたんだけど、もうカザンカに移り住むの」

「この山に教会なんてあったのか。初耳だな。私はダンケだ。王都で武器屋してんだ。素材集めにここまで来たんだが、まぁ信じちゃくれねぇか」

「前までの私だったら、信じなかったね」

 ジェンガの腹がぐーっと鳴る。

「トラリコ、好きか」

 ダンケがそういうと、ジェンガは「大好きだ」と答えた。

 トラリコをめった刺しに適当に切って、ダンケは籠からある物を取り出す。

「なんだそれは?」

「野外コンロだ。昔に拾ったんだが、火が出る代物だ。理屈はよく分からん」

「魔力でも込められているのかな」

「かれこれ二十年は使っているが、火の勢いが弱まったことはない」

 トラリコの肉を適当に火にくべて焼き始める。

「にしても、そのマント、警護隊のか。まさか隊員じゃないだろうな」

「まさか、憧れているだけなんだ」

「さっきの剣を見る限り、全然入れそうだけどな」

「ホントか!」

 肉を頬張り始めたジェンガとダンケは、腹を満たす。

「私の武器屋には、警護隊の者もよく買いに来るんだ。いっぺん見学にでも来てみるといい。隊長にも会えるかもな、ははは」

 ジェンガは少し気まずそうな顔をした。

「カザンカっつうと王都にも近いし、いつでも歓迎するぞ。なんなら働くか?」

「遠慮する」

 きっぱりと断るジェンガに笑い飛ばしながら、またダンケは肉を食う。

「そういや、その若者が、落としてたもんがあって」

 ダンケがそう言いながら取り出した、四角い物体に、ジェンガの顔は強張った。それは、コウジの持っている神器『ネシプレ』だった。

「見たことないし、使い方も分かんねぇ、これ、なんか知ってるか?」

「ごめんおじさん! これ、貰ってくよ!」

 ジェンガは突然肉を捨てて、ネシプレを丁寧に奪った。そのまま、ベスチータの向かった先を追いかけ始めた。負けないように、ベスチータよりも速く。ダンケの声も待たず、どんどん遠くなっていく肉の匂いに惜しさを感じながら走った。

 コウジを一人にさせたのは間違いだったことを、ジェンガは後悔した。母親の近くにコウジがいれば、母親がまたおかしな言動になることを恐れてしまった。ベスチータに連れ去られるということは、コウジが、救世主であることの信憑性を格段に上げた。ジェンガは到底覆されない後悔に蓋をした気分だった。重い重い蓋がのしかかっていた。

「なんでそんなに必死なんだい、嬢ちゃん」

「コウジ……無事で……え?」

 横を見て、その禿げ上がった頭がキラリと光ったことにジェンガはずっこっけた。

「な、なんで、は、え、」

 そこには、ダンケがいた。なに、当たり前のようにそこに立って、転んだジェンガを心配する。その手を取ったジェンガは、困惑が隠せなかった。

「は、速い、速いな、ダンケ、そんなに、走れるのか……」

「説明が必要だぞ、いきなり私の手から物奪って逃げられちゃ、流石に武器屋として見逃せないなぁ。貴重な物かもしれないだろ?」

 と、いいつつも、地面に落としたネシプレをジェンガに返してきた。いったい何をしたいのか理解できなかった。

「その、ベスチータに連れ去られたのは、コウジという、私の」

 その言葉にジェンガは言葉が詰まった。「私の」。コウジは、なんなのだろうと思った。母親にとっては、世界にとっては救世主かもしれない。ただ、ジェンガはそれを疑ってしまったばかりに、コウジのことをなんなのか理解できていなかった。

 ジェンガも齢十一歳。この年頃の少女が、家庭環境に揉まれて、一般的な生活も送れなかった結果、頭をこじらせてしまっている。だから、その捨てきれない一般的で普遍的なある感情を求めていた。

「コウジは、私の」

 ジェンガは、茹でられたように顔を赤く熱した。

「私の愛人だ!」

 きりっとした顔で言うジェンガの顔に、ダンケもなぜか顔を赤くした。

「お、おう、そ、そうなのか、そりゃ、すまん……」

「だ、だから、その、あ、あ、あ、あ」

 目がグルグルしているジェンガに、ダンケも戸惑いを隠せない。

「あ、あ、い、愛して、る? から、追いかけるんだ……」

 ダンケは、なんともほのぼのとした気持ちになった。目の前で行われている甘酸っぱい、若者同士の恋に、心が躍っていた。

「いやぁ、素晴らしいね、なんとも素晴らしい恋だね」

「あ、いや、えと、やっぱ、う、そ……」

 やっぱり嘘だと言いかけたジェンガに、被せるようにダンケは口を開く。

「そう来たら助けんとな、速く行こう」

 二人はまた走り出した。

「このまま、魔王の宮殿まで行ってしまったらどうするよ」

「魔王を殺すまでだ」

「はは、無理言うね、嬢ちゃん、恋人を想うのは素晴らしいが、無理な犠牲は彼も望んでないはずだぞ」

「……」

 ジェンガの顔がまた変な感じに歪む。

「コウジに言っておくべきだった」

「ありゃ、嬢ちゃん、言ってなかったのか、私も言ってなかったけどね」

 周りの森がだんだんのうっそうとしてくる。森のどこかから、恐ろしい雄たけびと、甲高い何かの声が聞こえる。空がどことなく紫色に近づいてくる。

「コウジを返してもらうだけだから……魔王と戦う気はないから……」

「私は、危険があったらすぐ逃げるがね」

「……見えた」

 山にそびえたつ大きな岩の頂に、黒い城のシルエットが見える。宮殿だ。

 ジェンガは、また後悔していた。あのままカザンカに行けたらどれだけ幸せだったか、そこでコウジと無事再会できたらどれだけ平和だったか考えた。そして、もうそんな平和はもう望めないのだろうなとも思った。

 この山は、魔王の宮殿のある、最も危険で最も立ち入ってはいけない場所。

 最後の山『ハテ』。

 ジェンガはネシプレをしっかりと握り締めた。


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