待つ、休符
メリディアの王都は、栄えていた。王族の住む城を中心に、円形状に広がるアトランティスのような構造は、半径十キロ以上はある。その王都を囲う高さ五十メートルにも及ぶ石の壁は、時折昼でも王都に巨大な影を落とし込む。
その王都の中に不自由はない。人々は好きに過ごす。人と交流をし、職を得て、恋を育むことも、店を出すことも、生まれることも、そして死ぬこともできる。そんな自由で平和な王都の治安は、ある部隊によって支えられていた。
猛々しい顔をした鷲のような鳥に、剣が三本刺さっている。この鳥は『センダーク』という鳥で、この世界に伝わる架空の鳥だ。そのセンダークに刺さる剣は、かつての神器である。その昔、この世界を窮地に陥れた魔王デュベルトを討ち取った神器である三つの剣。それが何故センダークに刺さっているのかは、謎に包まれていた。
その紋章を掲げたバッジを右胸に付ける精鋭部隊『王都警護隊』。ジェンガの夢見るこの部隊は、現在切迫していた。
「隊長、感じますか」
警護隊が即席で建てたテントの中で、二人の警護隊がひそひそと話していた。机に向かっているのは警護隊の隊長「デーク」。その傍で耳打ちするのは、隊の中で二番目に強い女性騎士の「チェリカ」。
チェリカは、赤い短い髪の毛をろうそくの光で照らしていた。テントの中は、昼でも暗かった。
「感じるって?」
顎の髭がもみあげと繋がるほど毛が濃いデークは、髭をさすりながら答える。
「相変わらずの勘の悪さですね、ハテの気配ですよ」
「ハテ? まさか仕掛けに来たのか」
「違います」
チェリカは「やれやれですね」と言いながら、うろうろと歩き始める。
「私、あんまり予言とか信じないんですが」
デークの眉が動いた。
「少し興味本位で予言者に訪ねてみたんですよ」
「あんなもの信じているのか。俺は、予言を信じてろくな目にあったやつを見たことがねぇから、早めにやめておけよ」
デークは妻のエナのことを思い出した。しかしすぐに忘れた。彼女は神に囚われてしまった人間だ。それだけだ。
「予言者ってすごいんですね。私の名前に、性別、だいたいの年齢や、職業など見事に当てて見せました」
デークは「馬鹿かこいつは」と頭を抱えた。
王都警護隊は、それは戦闘におけるスペシャリストだが、知能に関しては実に頼りない物だった。デークの側近であるチェリカは、身振りはぶりこそ大人で冷静だが、その本質は酷いものだ。
「そんなもの、一目見ただけでわかるだろ、騙されるなよ」
「いえ、冗談です。冗談」
真顔でそんなこと言われても、誰が笑うと言うのだろう。エナが見事に予言にはまってしまうあの日を思い出しそうになって、すぐに頭を振る。変な汗をかいてしまう。
「隊長、予言がですね、少し不穏だったんですよ」
「不穏?」
「まぁ私も全部が全部ホントだとは思いませんが、でも、私にとっては不思議な話で」
「どういう内容だったんだ」
チェリカはデークの方にポンと手を置いて、不敵な笑みを浮かべた。
「地下牢に行きましょう。捉えたあの男が、鍵を握っているかと」
ろうそくの火が揺れた。
場所は変わって、王都の賑わう商店街。そこにある小さな店には、一日中「準備中」という看板が垂れている。
「店長、遅いなぁ……」
カウンターに肘をついてぼけっと呟くのは、ダンケの営む武器屋の新人の「リネン」だった。大きな眼鏡を調整して、静かな店内から、騒がしい外を眺める。すると、店の外からコンコンと誰かがノックをしている。中からでも、騎士のような者が来たことは分かった。急いでドアを開けると、刺すような目をする女が立っている。
「メ、メヴェン……さん……」
青髪の、結ぶのが面倒くさそうな髪型は、それでも彼女の凛々しさを出している。
「剣を研いでほしいのだが、店長は不在か?」
「え、ええ。朝から出てるんですけど、なかなか帰ってこなくて」
「まさか、ハテから帰ってこないということか」
「そ、そういうことかと……」
研ぎに持ってきた剣は、少しばかり刃こぼれしている。
「あの、僕が研ぎましょうか?」
「いや、いい」
その一蹴に、リネンは少しショックを受けてしまった。たしかに店長よりは劣るかもしれないが、そこまで現実を突き詰めなくてもと涙目になる。
「何時に帰ってくると言って、帰ってこないんだ」
「もう二時間は過ぎてますけど……」
そう言い終わった途端、メヴェンの剣が、リネンの顔の前に突き出される。剣の先が、鼻をかすめていく。
「ダンケは強いが、人間だ。そういうことが起きればすぐに通報しろ。すぐにハテに向かうが、最悪の事態も考えておけ」
そう言って勢いよくドアを閉めたメヴェンが早足でどこかへ行ってしまった。圧倒されるオーラにリネンは床に融けるように座ってしまった。
「ダンケさぁん……早く帰ってきてよぉ……」
と情けなく泣き始めたリネンは、自分も向かわねばと店の裏に入っていった。ダンケがハテで素材集めをしているのは、知られた話ではあったが、死んでしまう未来は見えなかった。きっと帰ってくるだろう。その時のために、残っておこうか、とリネンは手を止めた。悩んだ。行くか、ここにいるか。足手まといになるか、ダンケを見殺しにするかのどちらかしか、リネンには残ってはいなかった。
そんな平和な悩みをリネンが抱いている間、デークとチェリカは寒く、堅い地下牢を歩いていた。
「お前は、いつも変な勘が働いてこういうことするよな。今度はなんなんだ」
「冗談でもなんでもないです。今回ばかりは、私も焦っていますよ。地下牢なんて、私入りたくないですもん」
「どのくらい本気なんだ?」
「この一週間で死んでもいいというぐらいには」
デークは、これまでのチェリカの言っていた本気とは少し経路が違うと感じた。これまでは「坊主にできる」とか「隊長の座を奪える」などという戯言を言っていたが、死を覚悟すると言うのは、いつもとは明らかに違った。
地下牢の中に、恐怖の霧が舞い始めた。
「いました」
チェリカはそこにある牢屋を覗き込んだ。持っているロウソクの光では、奥の奥までは見えなかった。
「生きてますか、ショウ」
奥から聞こえてきたのは、意外とはっきりした声だった。
「死ななぇ程度に飯食わしてんのはどこのどいつだよ」
「聞きたいことがあります。すぐ終わりますよ」
「はやく済ませろ。眠い」
デークは、闇の中から聞こえる声に、畏怖した。隊長としてあるまじき恐怖心だった。
「あなたが持っていた神器は、誰に盗まれたのでしたっけ」
「紫のガキだ」
「角の生えた、黒い目をした少女ですよね?」
「そうだ。なんだ、見つかったのか? 早く出せよ、もう頭がおかしくなりそうなんだ」
「出せはしませんが、前あなたが言っていた神器の四つ目がどこかに現れました」
声は返ってこなかった。デークは完全に置いてかれていた。何の話をしているのか分からなかった。
「四つ目の神器の持ち主が出てきたのは、何かの予兆だと思いませんか?」
背中越しに、デークにも問いかけているような雰囲気があった。予言というのは、そういう類の予言だったのだろうか。まさか、信じているわけではないだろうとデークは心配になる。エナの顔が出てくる。エナとジェンガの顔がでてきて、この地下牢の闇に吸い込まれるように消えていく。
闇の中からやっと返答が返ってくる。
「俺はメリディアのためにやってたのに、こんな仕打ちにしたのはお前らだろ。四つ目がどうこう出てきたことで、俺の中で辻褄があったがな。教えるわけがない。そうしたのは、正真正銘メリディアの人間だからな」
チェリカはため息をついた。そして腰から棒を取り出した。デークはその手を止めた。
「まさか、拷問でもする気か」
チェリカは、冷たい目で見返してくる。
「私、メリディアを守るためにやってます。なぜ止めるのですか」
デークは絶句した。
「おいおい隊長知らねぇのかよ。俺のことボコボコにしてたのは命令だって言ってなかったか? どうなってんだホントに」
「なんかそんなこと言った気もしますね。隊長、許可を」
「……は?」
「ですから、尋問の許可をください。今の聞いたでしょう? この者は何かを知っています。それを聞き出すしかないでしょう?」
「チェリカ、よそう。戻るぞ」
「はぁ」
チェリカの目が残像を残して消えた。
「あーあ」
牢の奥から聞こえる呆れ声は、首を締め上げられたデークの耳に微かに届いた。
「ちぇ……り……か」
目の前が暗くなった。地面に倒れ、瞼が閉じる寸前、チェリカが牢の鍵を開けて中に入っている光景が最後に見えた。




