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孤高のドラマー

 エナと共にカザンカに行かなかったのは、僕の音楽に対する禁断症状がでかけていたからだった。森に一人で走った。誰もいないところに。

 メリディアに来る前から、音楽を聴けない状況にやってきていたことがあった。それはそこらへんにある物でパーカッションを行うことだった。

 朽ち木を拾った。硬めの木の棒を二本持つ。

 いったん叩く。空洞があるため、少し抜けた軽めの音。タムっていうんだか、そういう感じの音。バスドラムが欲しかった。それは、地面でいいわけだ。一番重い音は地面でいい。踵でいち、に、さん、よん、とリズムを刻む。木の棒をカチカチと叩いて、たまに小刻みにしてみたりして。朽ち木を叩いて少し音程をとる。最小限だけど、心が落ち着く。

 昔にテレビで見た。頭のいい小学生が、勉強の休憩時間に黒板で勉強をするというものを。僕も同じだ。音楽が聴けないなら、自分で生み出す。その時間ですら音楽に身を委ねるのだ。

 不思議なことに、風の音や、草が擦れる音、何かが羽ばたく音、それらが僕のリズムに呼応している気がした。朽ち木を叩きすぎて、途中で割れてしまった。タムが二つになった。と思ったらなんと一つは擦れた音しかならなかった。これは、鋭い音担当だ。

 ドラムの経験があったわけじゃない。机を叩いて、ティッシュ箱を叩いて、箸で缶を叩いて、口でビートボックスをしてみたりしていたあの時間。

 森の中にリズムが生まれ、次第に自然の音がメロディーのように聞こえてくる。リズムをどんどん落としていく。心が落ち着いた。これは一時的なものだから、どこかでまた発散しないと大変なことになる。

「あんたぁ、何やってんだ?」

 突然声をかけられ、背中がびくつく。後ろから声をかけてきたのは、禿げ上がった頭の、少し太ったおじさんだった。何やら背中に籠を背負っており、その中に石のようなものや植物がぐっちゃに入っている。

「ま、まさか魔物……⁉」

 何も答えずどう言い訳したらいいか迷っていると、とんでもない勘違いされる。

「いや違います、人間です人間」

 その答えを聞いておじさんは安心したのか「そうか」と少し顔を緩める。

「いやぁ、なんというか、良かったよ。さっきの」

 おじさんはパチパチと拍手をする。

「あ、ありがとうございます」

「さっきのは、何かの儀式かい?」

 オンガクがない代わりに、この世界では神的な存在が強いのかもしれない。空の上で出会った女神のポンコツ具合を思い出して、なんだか納得がいかない。

「いや、儀式じゃなくて、趣味です」

「趣味? 見たことない趣味だなぁ」

「オンガクっていうんですよ」

「そういう能力かい?」

「まぁ、そんなとこです」

 おじさんは背中の籠を降ろした。

「ところでこんなとこで何してるんだい。見たところ、持ち物もないようだし、これでも食うか」

 籠に手を突っ込んだおじさんは、中から青色の丸い果実のようなものを取り出した。人間が食って良い物の色ではない。

「こ、これはなんですか」

「クッティの実、知らないのかい? メリディアの住人ではないのか?」

「ああ、えーと、その、住人ではないと言うか、記憶喪失なんです」

 適当な嘘をついてしまい、どうしようかと考える。

「それは大変だ。魔物にでもやられたのか、可哀そうに」

 ずっと差し出されるクッティの実に申し訳なさを感じる。実を貰って、持つ。食べるのは少し躊躇する。

「山の麓に降りれば、教会もある。そこで診てもらうとしよう」

 教会という単語を聞いて、エナの顔が思い浮かぶ、そういえば、エナも治癒がどうとかって言っていたっけ。教会はどうやら、病院の役割も持っているようだ。

 言われるがままにおじさんに着いていく。

「その、逆にあなたはここで何を?」

 そう聞くと、待ってましたと言わんばかりにおじさんは語り始めた。

「私は武器屋なんだ。この山までわざわざ素材を取りに来て、武器を作っているんだよ。危険を冒してまで素材を取る武器屋は、私しかいないだろうな、はは」

 と、言われてもこの世界の相場などは分からないので安直に「すごい」と言えない。

「籠に入ってるのは全部素材なんですか」

「そうそう。全部が素材になるんだ。素材の配合によって性能がまったく異なるから、日々試行錯誤だよ」

「そりゃすごいですね」

 お世辞にも程がある。だが、この世界でもおじさんはお世辞を言うと喜ぶらしい。おじさんが笑った。

「ははは、珍しい人だな君は。普通は、こんな山に来るなんて馬鹿なんじゃないのかって言うんだけどね。初めて、肯定された気分だよ」

 なんだか、また自分と似た感情を持った人に出会ったなと思った。肯定されることの嬉しさ。それは、僕のまだ知らない感情かもしれない。音楽に認められることなんてない。音楽は自分の存在を認めるのではなく、自分の存在を格上げするもの。それも、ただの一時的なものだ。自分を認めてくれるのは、人だ。一番わかりやすいのは、まぁ恋だろう。まさか、このおじさんが僕のことを認めてくれるなんて、そんな展開は血反吐ものだろうけれど、少しは、この世界でも僕のことを認めてくれるような存在が欲しいな。とエナの顔が浮かんでは消えていった。そういえば既婚者だった。

「あの、僕このメリディアのこと全然知らないんですよ」

 おじさんは「そりゃ記憶喪失だもんな」と笑った。

「きっと記憶も戻るから安心していいぞ。麓のデレッケという町の教会には腕利きの治癒使いがいるんだ。レベンダっつう女の人なんだがな、どんな症状でも治してくれるんだ」

 記憶喪失ではないということが、そこでバレてしまうということを考えていなかった。僕はだんだん嘘がバレることに心臓がバクバクしてきた。

「おまけにレベンダは絶世の美女って言われてな、その姿を一目見ようと王都から貴族の輩なんかも来るんだぜ。なんなら見るだけで風邪ぐらいは治るときたもんだ。記憶喪失なんぞちょちょいのちょいよ」

 さっきからエナの顔がひょこひょこ出てきて邪魔だ。

「その麓で武器屋をしてるんですか?」

「いーや、デレッケはホントに小さな村だ。商いなんてできやせん。私は王都の近郊で武器屋をやってるんだ」

 おじさんによると、デレッケに教会があるのも不思議な話だったという。王都にそんな力があればより沢山の人を助けられるのだが、なぜこんな辺境の地にそのレベンダがいるのかは分からないらしい。噂によると、このデレッケの地に不思議なパワーがあって、それを使用してるんじゃないかとか、デレッケを乗っ取ろうとする魔王軍の者ではないかなど言われているらしい。

「にしても、私は結構な頻度でここへ来てるんだが、君は初めて見たよ。どこかメリディアの人間ではないみたいな」

 心臓が跳ねる。

「私の長年の勘が当たれば、どうにも君が困っているように見える」

 僕は思い出せなかった。優しい大人を。メリディアに来る前、一度大人に助けを求めたことがあった。僕は慰められ、状況を理解され、元凶は糾弾されるはずだった。なのに、僕が怒られたことがある。思い出したくはなかった。これだけ思い出しても、具体的な内容は思い出したくはなかった。そういう、記憶なのだ。

 だから、武器屋のおじさんがこうも寄り添ってくれることに酷く感動してしまった。今思えばエナもジェンガも、今まで会ってきた人間とは違って、僕を認めてくれる。

「どうだ、行くとこが無かったら、うちで働くか」

 そういうおじさんの笑顔に、僕は救われた気持ちになった。

「ちょうど一枠空いてるんだ。まぁ、そっちの判断だけどね」

 おじさんはまた歩き出した。僕は、このままその武器屋まで歩いて行ってもいい気持ちだった。だけど、一難去ってまた一難。この山が危険なことは二人とも知っていたはずだった。おじさんが籠から物騒な斧を取り出した時には、僕は風に攫われるように、何者かに突撃される。「う」という嗚咽がみぞおちから発せられる。突撃の衝撃のまま、僕はそいつに来た道を戻るようにものすごい速さで連れ去られる。

「な!」

 おじさんは負けじと追いかけてくれるが、僕が連れ去っているそいつを横目で見て驚いてしまう。

「待っていたぞきゅーせーしゅ。デュベルト様がお待ちだ!」

 僕を連れ去っていたのは、肌が紫色で、禍々しい角の生えた……少女だった。目が黒くて、瞳孔が赤い。人間ではないことが一目で分かった。

 おじさんは盛大にこけてしまって、どんどん小さくなっていく。

「おじさんっ!」

 おじさんはこけたままこっちを見た。僕は絶句した。そのおじさんの後ろから大きな影が迫っていることに。よくは見えなかった。けど、化け物であることは分かった。

「安心しろきゅーせーしゅ! あの厄介な武器屋はウチの部下がしっかりと殺しておくからな!」

「やめて!」

「え、なんで」

 素っ頓狂な顔をする少女は、悪びれもしなかった。おじさんの様子が見えなくなってしまった。僕はいたたまれない気持ちになる。

「おじさんはダメだ。殺しちゃ……」

「ウチにはどーすることもできないかなー。もう手遅れだろうし。それよりきゅーせーしゅ、お前はどんな神器を持ってきた?」

 その時の僕の目は、もう生命活動を終えたような感じだったと思う。何も考えられないという気持ちでいっぱいだった。どうにかしないとという気持ちににもなった。


 ポケットにあるネシプレを取り出して、なんとかしないと。


 その時、既にポケットにネシプレはなかった。



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