第21話:鉄の檻と、不器用な乙女の誓い
砂漠に不時着した浮遊要塞ガウス。
ハンスのハッキングとリゼたちの物理破壊により、その巨大なハッチは文字通り「溶接」されたかのように封鎖されていた。中からは一歩も出られず、外部からの干渉も受け付けない――そこは今や、帝国の権威が死に絶えた電子の檻と化していた。
「……さて。ゼノンが中から出てこられない今のうちに、最後の殴り込みの相談をするぞ」
カイの声に応えるように、ワゴナー号のキッチンから香ばしいバターの匂いが漂い始めた。
砂漠の夜風が吹き抜ける岩陰。焚き火の代わりにワゴナー号のライトが辺りを照らす中、一行はカイが作り上げた黄金の皿を囲んでいた。
「お待たせ。……『決戦前夜のブースト・オムライス』だ」
非常食の肉を細かく刻み、砂族のスパイスでエッジを立たせたチキンライス。その上には、どんな窮地でも形を崩さない完璧な弧を描いた卵が乗っている。
「……美味しい、ですわ。冷えた心に、カイ様の論理的な熱量が染み渡りますわ」
「……。……エネルギー充填。……マスター、要塞内部の構造図、同期完了。……最短のお掃除ルート、演算中」
リゼとゼロが黙々とスプーンを動かす中、ヴァネッサだけは自分の皿を見つめたまま、不意にカイの手を掴んだ。
「……ねえ、カイ。さっきの言葉の続き、まだ終わってないわよ」
「……論理的に言って、今は作戦会議が最優先――」
「論理なんて、私を士官学校時代から今まで、ずっと縛り続けてきた兄の言葉と同じよ! 私が聞きたいのは、あなたの『心』の数値よ!」
ヴァネッサが岩壁にカイを押し付ける。その瞳には、かつての騎士団長の威厳ではなく、一人の恋する乙女の情熱が宿っていた。
「……覚えてる? 士官学校の図書館の隅で、あなたがいつも難しい数式と睨めっこしていたこと。私はね、あなたのその『自分以外を排除した横顔』に、ずっと憧れてた。あなたが帝国を捨てた時、私はあなたを追いたかった……でも、立場が私を縛った」
ヴァネッサの瞳が、焚き火の光を反射して潤む。
「でも、今の私を見なさい! 私は帝国も、名誉も、全部捨てた! 私に残っているのは、あなたへの愛と、この折れない剣だけよ! ――いい、カイ。兄からも、過去からも、私が解放してあげる。……だから、最期まで私の面倒を、見なさいよ!」
カイは目を逸らそうとしたが、ヴァネッサのまっすぐな視線がそれを許さない。カイはヴァネッサを嫌っていたわけではない。むしろ、彼女の持つ「計算不能な情熱」が、自分の冷徹な世界を崩してしまうことを本能的に恐れていたのだ。
「……。……お前の数値は、相変わらず私の処理能力を超えているな。……だが、そのバグをデリートしたいとは思わない」
カイの微かな呟き。それは、彼なりの最大の肯定だった。
「……っ。なら、決まりね! 明日の戦いが終わったら、婚姻届にその『論理的』なサインをしてもらうわよ!」
「ちょっとーーーーーっ!! なんですの、そのいい雰囲気は!!」
二人の間に、巨大なフライパンを持ったリゼが絶叫しながら割って入った。
「離れてください! ヴァネッサさん! ご主人様の背中は、私の冷却ブースターを直結するための定位置ですわ! 呪いだろうが運命だろうが、私が全部お掃除してゴミ捨て場にポイしますわよ!」
「……。……お姉様、焦りすぎです。……マスターの心拍数上昇。ヴァネッサ、あなたの『情熱攻撃』は、マスターの防壁を25パーセント貫通しました。脅威です」
ゼロが無表情に分析を追加し、リゼをさらに焦らせる。
「貫通!? ゼロ、余計なことを言わないでくださいまし! ご主人様、ダメですわ! 私という最強メイドがいながら、浮気なんて非論理的ですわぁぁ! ご主人様の隣は、三食昼寝付きの専属メイドの聖域ですわ! 学生時代の思い出なんて、私の最新式の奉仕プログラムで上書き消去してあげますわよ!」
「……。……お姉様、出力が『嫉妬』により120パーセントを突破。……マスター。ヴァネッサの『乙女心攻撃』は、マスターの感情障壁に深刻な亀裂を入れました。……私も、マスターの袖を掴んで追撃します」
「……やれやれ。殴り込みの前に、この場のお掃除が必要そうだな」
カイは溜息をつきながらも、どこか満足げに、空になった皿を片付け始めた。
砂漠の闇に沈む巨大な要塞。その攻略作戦は、もはや「世界を救う」ためだけではない。自分たちの日常と、不器用な愛を守るための戦いへと変わっていた。
◇◆◇◆◇
翌朝。一行は要塞の亀裂から内部へ突入した。だが、彼らの目的はゼノンを直接叩くことではない。カイが選んだ「最短のお掃除ルート」の終点は、要塞の心臓部ではなく、帝国全土へあらゆる情報を届ける「広域魔導配信システム」の制御室だった。
「……見つけましたよ。ゼノン宰相の隠しログ……通称『ゼノン・ブラックリスト』。……ククッ、ネチネチと調べた甲斐がありました」
ハンスの目が、かつてないほど禍々しく輝く。そこには軍費の私的流用、禁忌の人体実験、さらには「兵士を使い捨ての電池にするための演算データ」までが詳細に記録されていた。
「ハンス、今すぐそれを――」
「ええ、言われるまでもありません。帝国全土、全軍、全家庭の受信機に『無修正』で垂れ流してあげますよ。……ついでに、私が却下され続けた三カ月分の有給申請書も添付しておきました。……喰らえ、ゼノン! 私のバカンスを奪った報いだ!!」
ハンスがエンターキーを叩いた瞬間、帝国中のモニターにゼノンの醜悪な不祥事が爆発的に拡散された。もはやゼノンを支える名分は、帝国のどこにも残っていない。
同時に、要塞の最深部、司令室へと続く唯一の通路にカイたちが立ちふさがる。
『――おのれ……カイ! 出てこい! 正々堂々と私と決着をつけろ!!』
司令室の重厚な装甲ドアの向こうから、ゼノンの狂乱した叫びが響く。だが、カイは剣を抜くことさえしなかった。
「……断る。直接お前と剣を交えるなど、論理的に言って時間の無駄だ」
カイは冷淡に告げ、背後のピノとリゼに合図を送った。
「これが俺の戦い方だ。……ピノ、リゼ、ゼロ。扉の『お掃除』を頼む」
「了解! あんたのその捻くれた戦術、嫌いじゃないわよ!」
ピノが巨大な魔導溶接機を担ぎ出す。リゼとゼロがその両脇を固め、槍から放たれる高熱エネルギーを溶接機の芯へと流し込んだ。
「承知いたしましたわ、ご主人様! ――偽物さんも、汚職も、そしてご主人様を困らせるお兄様も、まとめてここに『封印』ですわ!!」
「……同調。……溶接温度、一万度まで上昇。……二度と開きません」
凄まじい火花が散り、リゼたちの圧倒的な熱量によって、司令室のハッチは周囲の壁ごとドロドロに溶け、一つの巨大な鉄の塊へと変貌した。社会的にも、そして物理的にも。ゼノンは自慢の司令室の中で、一生出られない「鉄の檻」に閉じ込められたのである。
「……。……さて。汚いものは片付いた。……ヴァネッサ、その『婚姻届』は、その溶接したドアにでも貼っておけ」
「ちょっとカイ! 扱いが雑すぎるわよ!! でも……いいわ、逃げられないようにここに貼っておくわ!!」
◇◆◇◆◇
決戦(?)の後、半壊した要塞のVIP用キッチン。
ゼノンが溜め込んでいた最高級食材を「没収」し、カイが調理する。
「お待たせ。……『背徳のトリュフオムライス』だ」
黒トリュフを贅沢に刻み込んだ、とろけるような黄金の一皿。
「……っ. 美味しい、です. 悪いことをした後のような、背徳の味がしますわ……」
リゼが幸せそうに頬を緩める。
「……多幸感、計測不能。マスター、婚姻届の件ですが、予備はまだヴァネッサの懐に……」
「……却下だ。そんなものは論理的ではない」
カイは突き放したが、彼が皿に添えたパセリの形が、心なしかハート型に見えたのは――リゼだけの秘密だった。
(第22話に続く)
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