第20話:浮遊要塞ガウス、襲来
里の「偽聖女」たちは、文字通り塵となって消えた。
カイの『論理眼』によって導き出された「掃除の最短ルート」を、リゼとゼロが物理的な暴力で踏み抜いた結果である。住民たちは解放され、エルナは両親との再会に涙を流していたが――その喜びを、天を裂くような重低音が断ち切った。
「……計算より早いな。里の放棄ではなく、里ごとの『消去』を選んだか」
カイが空を見上げる。雲を割り、夕闇を押し退けて現れたのは、全長一キロメートルを超える帝国の移動要塞――『浮遊要塞ガウス』。
それは、弟であるカイの名を冠した、ゼノンからの最悪の執着の象徴だった。
「ひ、ひぃぃ……! あれは本国の第一艦隊旗艦じゃないですか! 閣下、あれが出てきたってことは、もう交渉の余地なんてゼロですよ!」
「わかってるわよハンス! 義兄様は、私をカイと一緒に消すつもりなのね……。いいわ、だったら正々堂々と『心中』してやるわ! カイ、私を見なさい! 散り際まで美しくあってあげるから!」
「心中は困ります! せめて私の有給申請書を本国に送信してからにしてください!!」
絶望に叫ぶヴァネッサたちをよそに、要塞の底面から無数の魔導砲門が展開される。
『――美しい里だ。燃え盛るスパイスの火は、きっと帝国を照らす灯火になるだろう』
上空から響くゼノンの声。直後、里の周囲に無差別の爆撃が降り注いだ。
「リゼ、ゼロ! 地上戦はピノとヴァネッサに任せろ。お前たちはワゴナー号のブースターを直結し、あの要塞の『喉元』を突くぞ!」
「承知いたしましたわ、ご主人様! ――ゼロ、ついて来られますか? 掃除の範囲が少し広いですよ!」
「……。……了解、お姉様。……お姉様の挙動を100%エミュレートし、戦域全体をクリーンにします」
二体のドールが、ピノの魔改造した『超音速冷却ブースター・ツイン』を背負い、垂直に飛び上がった。
◇◆◇◆◇
空域は、要塞から放たれた数千の迎撃ドローンで埋め尽くされていた。
だが、リゼの動きは相変わらず「非論理的」だった。
「えいっ、あいたたたっ! 急旋回しすぎて、スカートの裾がブースターに……!」
リゼが空中でバランスを崩し、不格好に回転する。だが、その不規則な回転運動が、敵ドローンの精密射撃をすべて紙一重で回避していた。
「……。……なるほど。お姉様、あえて重心を不安定にすることで弾道を予測させない『カオス回避術』……学びました。私もわざと足を滑らせます」
「ちょっと、恥ずかしいから、やめなさい! ゼロ、あなたはもっとエレガントに飛びなさいな!」
カイの論理眼が、そのハチャメチャな光景をスキャンし、最適解を叫ぶ。
「……リゼ、そのまま回転を止めるな。ゼロ、リゼの遠心力を利用して加速しろ。エルナ、スパイスの霧で光学迷彩を張れ!」
「は、はいっ! ――『聖女のスパイス・スモーク』!!」
エルナが祈りを捧げると、空中を漂う魔導粒子が芳醇なスパイスの香りと共に七色に輝き、要塞のレーダーを麻痺させた。
「ハンス、要塞の第4ブロックの障壁をハックしろ! ヴァネッサは地上からの対空砲火で、敵の注意を右舷に逸らせ!」
「了解ですよ! 辞表の代わりに、サーバーを熱暴走させるトロイの木馬を叩き込んでやります!」
ハンスが胃を抱えながら、端末を猛烈な速度で叩く。彼の執念――「働きたくない」という情熱が魔導回路を逆流し、要塞の制御システムを次々とデッドロックに追い込んでいく。
「カイ! ――あなたが私を避けるのは、帝国に戻るのが怖いから!? それとも、私と一緒にいるとあの男を思い出すから!? ……いいわ、全部まとめて私が斬り伏せてあげる!」
ヴァネッサがボロボロになりながら、大剣を振るい対空砲火をなぎ払う。彼女の真剣な眼差しが、一瞬だけカイの論理眼を射抜いた。
「あとね、カイ! ――地上のハエ共は私が一匹残らず叩き落としてあげるわ! あなたは前だけ見てなさい!」
ヴァネッサが地上からの対空砲火を大剣一閃で薙ぎ払い、カイへの愛を叫びながら道を切り拓く。
要塞の障壁がわずかに揺らいだ一瞬。
黄金の光を纏ったリゼと、銀色の軌跡を描くゼロが、要塞の主砲口へと到達した。
「トドメですわ! ――『極点貫通・姉妹の逆鉾』!!」
「……。……全出力、解放。……バイバイ、お兄様(の要塞)」
二人の槍が一点で交差し、要塞の心臓部へと突き立てられる。
物理的な破壊と、ハンスによる電子的な封鎖。その二重の致命傷を負った『ガウス』は、爆炎を上げながらバランスを崩した。
物理的な破壊と、ハンスの電子的封鎖が同時に完遂された。要塞『ガウス』は、全ハッチがロックされ、外からはもちろん、中からも一切出られない「巨大な鉄の棺桶」へと変貌した。
『――馬鹿な、私の傑作が……! カイ、お前はどこまで私の計算を……!!』
ゼノンの絶叫を置き去りにして、巨大な鉄の影は砂漠の地平へと墜ちていった。
◇◆◇◆◇
数分後。轟音と共に砂漠へ激突した要塞は、もう二度と空へ上がることはなかった。
ハンスが仕込んだ『有給の呪い(封鎖ウイルス)』により、要塞のハッチはすべて物理的にロックされ、外からはもちろん、中からも一切出られない「巨大な鉄の檻」となったのである。
「……ふぅ。お掃除、少しは捗りましたわね」
リゼが煤けたエプロンを払いながら舞い降りる。
「……お姉様。……転がりすぎて、スカートの裏地にサボテンの棘が付着しています。……後で、マスターに抜いてもらいましょう」
「あら。ゼロ、それは……名案ですわね」
沈黙した要塞を前に、カイは静かに論理眼を解除した。
勝利――だが、本当の決戦は、この「鉄の檻」の中にある。
(第21話に続く)
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