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《純SFハイファンタジー》星を穿つ槍と、黄金のオムライス――放浪の戦術師とポンコツ戦闘メイド――  作者: ざつ


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第19話:燃えるスパイスの里と、偽りの聖女

 夜明け前、砂丘の頂に『デリシャス・ワゴナー号』が静かに停泊した。

 眼下に見えるのは、エルナの故郷『スパイスの里』。かつては色彩豊かな市場と芳醇な香りに満ちていたはずの場所は、今や巨大な黒い塔によって影を落とされ、帝国軍の採掘機械が立てる無機質な金属音だけが響いている。


「……あ、あうぅ。里のシンボルだった『スパイスの樹』が……切り倒されています」


 エルナが声を震わせ、膝を突く。里の中央には、住民たちが強制労働に従事させられている姿があった。


「……ピノ、戦術データのアップデートは終わったか」


 カイの声は、夜の砂漠よりも低く、冷たかった。網膜の『論理眼タクティカル・アイ』は、すでに里を包む防衛結界の構造を完全に剥き出しにしている。


「ええ、終わってるわよ。……でも、あんた、本当にいいの? 相手は実の兄貴で、帝国宰相。しかも報酬は一文なしよ」


 ピノが心配そうにカイの横顔を覗く。カイは無造作に懐から、暗殺者から奪った「偽の依頼書」を取り出すと、それを指先で燃やし、砂の上に捨てた。


「報酬は、あの男の全財産……あるいはその命で払ってもらう。……俺を『無料の配達員』扱いしたコストが、どれほど高くつくか、論理的に教えてやる」

「リゼ、ゼロ。作戦は『隠密浸透』だ。里の外周から警備網を無力化しろ」

「承知いたしました、ご主人様。……隠密、得意ですわ。メイドは主人の安眠を守るため、足音を消すのが基本ですから!」

「……。……お姉様。私は、お姉様の消音歩行をスキャン。……行きましょう」


◇◆◇◆◇


 里への潜入が始まった。

 リゼは「隠密」と言いながら、足元の枯れ枝を100パーセントの確率で踏み抜き、カラスの群れを一斉に飛び立たせるという、奇跡的なポンコツぶりを発揮していた。


「あうぅ! しまった、カラスさんの睡眠を妨害してしまいましたわ!」

「……。……なるほど。あえて騒ぎを起こして注意を逸らす……『逆心理隠密パラドックス・ステルス』ですね。学びました」


 ゼロが真顔で頷き、自らも空き缶を蹴っ飛ばして派手な音を立てる。


「いや、普通に見つかってるだけだろ!!」


 通信機越しにピノが絶叫する。カイはこめかみを押さえ、論理眼で修正座標を送り続けた。


「……論理的に言って、お前たちの『バカな動き』が計算を狂わせているが、敵もそれを『高度な囮』だと深読みして動けなくなっている。ハンス、今だ!」

「ああもう、本当に行くんですね!? 有給申請もまだなのに! ヴァネッサ閣下、これ、裏切りじゃなくて『公務の正当な執行』ってことにしましょうね!」


 ハンスが胃薬を飲み込みながら、里のメインサーバーを逆ハック。一気に防衛システムを「お掃除モード」へと書き換えた。


「ハンス、細かいことはいいのよ! 愛する男の家族喧嘩なら、私は義兄ゼノンをボコボコにする側に付くわ! ――真紅の騎士団、全機突撃!!」

「……閣下、今更ですけど『全機』って私と閣下の二人だけでしょうが! 万年人員不足を戦場で見せびらかさないでください!!」


◇◆◇◆◇


 里の中央広場。そこにはゼノンが放った刺客たちが待ち構えていた。


 エルナに瓜二つの容姿を持ちながら、感情を一切持たない「偽りの聖女マリオネット・セイント」たちが、魔導杖を構える。まさに人の形をしただけの存在、人形だった。


「……っ。なんです、あれ……。エルナ様の姿を、あんな無機質な人形にするなんて、生理的に受け付けませんわ……。即刻、廃棄処分ですわ!」


 リゼが嫌悪感に顔を歪め、槍を強く握る。


「……同感。……マスター。あれは、論理的な存在意義がありません。……不愉快です」


 ゼロの瞳に、かつてないほど鋭い殺意が宿った。


 その時、塔のバルコニーに巨大な魔導投影ホログラムが現れた。帝国宰相、ゼノン。


『――やあ、出来の悪い弟よ。荷物は無事に届いたようだな』

「……ゼノン。俺をお前のパシリに選んだ理由を、論理的に説明してもらおうか」

『理由はシンプルだ。お前は切れ者すぎた。帝都に置いておけばいずれ私の邪魔をするだろうが、殺すには惜しい。だから、自分勝手な正義感に駆られてここまでエルナを運ぶという、最も効率的な駒として利用させてもらったのさ』


 ゼノンは優雅に微笑み、続ける。


『だが、どうやら想定以上に私の秘密を知りすぎたようだ。お前は優秀だが、手に余る。……ここで処分するのが、最も合理的な判断だよ』

「義兄様! 何を仰っているのですか!」


 ヴァネッサがホログラムに向かって叫んだ。


「カイを、私たちが命懸けで守ってきた仲間を処分だなんて……! 撤回してください! さもなくば、私は――」


『ヴァネッサ・クインか。……お前も、もう少し賢いと思っていたのだがな』


 ゼノンは、ゴミを見るような冷たい視線を彼女へ向けた。


『無能な弟に絆されて、自らの地位も騎士団(の残骸)も投げ打つとは。……残念だよ。お前ももう、帝国には必要ない。反逆者として、弟と共に砂に還るがいい』

「……なんですって……?」

 ヴァネッサの顔から血の気が引く。帝国軍人としての誇り、築き上げてきたキャリア、そして「帰るべき場所」が、たった一言で完全に消滅した。


「……ハッ。ヴァネッサ閣下、これで決まりましたね」


 ハンスが胃を抱えながら、力なく笑う。


「帝国に戻れば処刑、逃げても暗殺。……もう、この『ガラクタ屋』の主人の言うことを聞いて、あの傲慢な宰相をブチのめすしか、私たちが生き残る道はないようです……!」

「……そういうことよ! 捨てられるなら、こっちから捨ててやるわ! カイ、私を戦力に入れなさい! 義兄様……いいえ、ゼノン宰相に、女の執念を叩き込んでやるんだから!!」

「了解だ。頼りにしているぞ。ただ、どさくさに紛れて、既成事実を作るのは……」

「あーあーあー。聞こえな~~い」


 戦線が開かれた。

 人造聖女たちが一斉に、エルナの魔力をコピーしたスパイス爆撃を放つ。


「させませんわ! ご主人様の……私たちの居場所を奪う不潔な偽物さんは、私がお掃除しますわ!!」


 リゼが黄金の翼を広げ、槍を一閃。


「……。……お姉様。……私も、全出力で追従します」


 リゼとゼロの合体攻撃が偽聖女たちの陣形を粉砕し、ヴァネッサの軍刀が帝国兵の装甲を切り裂く。ハンスは胃痛に耐えながら、敵の通信網を「退職願(偽データ)」で埋め尽くして攪乱した。


「私の未来の幸せのために、こんなところでやられてたまるものですか~~~~!!!」


◇◆◇◆◇


 夜。里の一部を奪還した一行は、傷ついた住民たちを手当てしていた。

 帝国という後ろ盾を失い、完全に「反逆者」となったヴァネッサとハンスは、どこか吹っ切れたような、それでいて絶望的な表情で火を囲んでいる。


「……さて。報酬なき戦いが、本格的な反乱に格上げされたな」



 カイは、重苦しい空気を振り払うようにフライパンを熱した。


「エルナ。……里のスパイスを借りたぞ。……あんな偽物の魔力より、本物の香りのほうが、腹に溜まるからな」


 運ばれたのは、里特有の真っ赤なスパイス「紅蓮の種」を隠し味に使った、挑戦的な一皿。


「お待たせ。……『激昂のレッドスパイス・オムライス』だ」


 真っ赤なソースに包まれたオムライス。一口食べれば、脳を突き抜けるような辛味の後に、里の豊かな大地の甘みが広がる。


「……っ。辛いです……。でも、なんだか……力が、湧いてきますわ」


 リゼが涙目になりながらも、幸せそうに頬を緩める。


「……。……アドレナリン、全開。……お姉様。オムライスの『完食クリア』。次のターゲットは、あのアブラムシ(ゼノン)ですね」


 ゼロの瞳に、静かな、しかし確かな怒りの火が灯る。


「……ああ。……利用された分、そしてこの里の涙の分。……利子を付けて、全額回収しに行くぞ」


 真っ赤な夕陽のようなオムライスを囲み、元帝国の精鋭たちは、世界を敵に回す「最後のお掃除」へと心を決めた。


(第20話に続く)


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