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《純SFハイファンタジー》星を穿つ槍と、黄金のオムライス――放浪の戦術師とポンコツ戦闘メイド――  作者: ざつ


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第18話:蜃気楼の暗殺者

 砂族の村を後にした『デリシャス・ワゴナー号』は、赤砂の迷宮を北上していた。

 車内には、昨夜オアシスでバルザスから贈られたサボテンの雫の香りが微かに残っている。カイは網膜の『論理眼タクティカル・アイ』を走らせながら、昨夜のバルザスの言葉を反芻していた。


「……バルザスが言った通りなら、この砂丘を越えた先が、エルナの言っていた『スパイスの里』の入り口だ。だが、地図上の座標と現地の魔力濃度が一致しない。空間そのものが歪められているな」

「はいっ、カイ様! 風の香りが変わってきました。なんだか、焦げたような、鉄の匂いが混ざっている気がしますぅ」


 エルナが不安げに窓の外を見つめる。その時だった。地平線がゆらゆらと歪み、カイの視界に警告ログが真っ赤に走り出した。


「……ピノ、全速で回避しろ。空間が『編まれて』いる」


 カイの絶叫と同時に、砂の中から無数の黒い魔導鎖が飛び出した。それはワゴナー号本体ではなく、随伴して歩行していたリゼとゼロの脚部を、精密に狙い撃った。


「――っ!? この鎖、出力を強制的に相殺されていますわ!」

「……。……メインコア、強制減速。製作者、ピノ・ギアシティ」


 ゼロの無機質な指摘に、運転席のピノが息を呑んだ。現れたのは、黒い潜入服を纏った暗殺部隊『シャドウ・ギルド』。帝国の宰相ゼノンが私的に雇う「不祥事処理班」だ。


「……あたしの作った『ゴルゴン・ネット』が、なんであいつらの手に……!」


 ピノがハンドルを握る手を震わせる。


「ピノ・ギアシティ。お前の技術に感謝するぞ。この人形共を黙らせるには、これが最適解だと『あの方』に教わってな」


 リーダーが冷酷に告げ、拘束されたリゼの喉元にナイフを突き立てようとする。


「大丈夫ですわピノ様! こんな鎖、力技で……せいやぁっ!」


 リゼが強引に拘束を振り払おうとした瞬間、気合が入りすぎてメイド服の背中のフリルが、敵のシュレッダーの刃に吸い込まれた。


「あ、あああ! 大切なご主人様との思いフリルが、無残にも刻まれてしまいますわぁぁあ!」


 フリルを死守しようとして無理な体勢で転倒し、鎖にぐるぐる巻きのまま砂の上を転がるリゼ。


 それを見たゼロの瞳が、青白く発光した。


「……分析完了。……お姉様。脱出の際、あえて衣類を犠牲にして敵の動揺を誘う『視覚的攪乱戦法』……学びました。実行します」

「待ちなさいゼロ! これはただの不注意ですわ! 真似しちゃダメですって!」


 しかしゼロは、無表情のまま自らの左肩の装甲をパージ。リーダーの顔面に叩きつけると、自分もリゼと同じ角度で砂の上をごろごろと転がり始めた。


「な、なんだ貴様ら……!? 狂っているのか、あるいは重大な論理欠陥か!?」


 リーダーが絶句する。その隙に、ピノが窓から身を乗り出して叫ぶ。


「あんた、そのネットの保守点検をサボったわね!? 出力端子の第3回路、赤砂の熱で歪んでるわよ! そこを突けば内側から爆ぜるわ!」


◇◆◇◆◇


「ヴァネッサ! ハンス! あいつらの撹乱幕を斬れ!」


 カイの指示に、ヴァネッサが絶叫と共に飛び出す。


「私の首を守るためなら、運命だろうが両断してやるわーーっ!!」

「……ああ、胃が。胃に穴が開く音が蜃気楼の向こうまで響きそうです……!」


 ハンスが胃液を吐きそうな顔で座標を特定。ピノがマニュアル制御で共振点へと重粒子砲を叩き込んだ。


 ドォォォォォン!!


「――再起動。お掃除、再開ですわ!」


 拘束を脱したリゼが光翼を展開。


「……お姉様、パージした装甲は磁力で回収。転がり速度を15パーセント上方修正します」

「やめなさいってばーーっ!!」


 姉妹(?)の爆発的な連携が、暗殺者たちを砂の中に沈めた。


◇◆◇◆◇


 数分後。砂の上に這いつくばったリーダーの襟元を、カイが無造作に掴み上げた。


「……さて。お前の雇用主が、里で何を隠したがっているか、説明してもらおうか」

「……ククッ、無駄だ。お前は……利用されたのだよ、天才戦術師様。いや……元・首席分析官閣下」


 リーダーが吐血しながら嘲笑う。


「……どういう意味だ」

「聖女エルナをこの地まで確実に連れてこさせる……そのための『最高性能の護送屋』として、お前が選ばれたのだ。金貨500枚の報酬も、全てはゼノン宰相が描いた艤装。最初から払われるはずのない偽りの対価よ」

「……報酬が、ゼロ? あたしたち、無一文でここまで来たってこと!?」


 ピノが絶叫する中、リーダーはさらに残酷な言葉を重ねた。


「宰相閣下は仰っていたよ。『弟を動かすには、論理的なパズルと、守るべき無能な善人を与えればいい。アイツは、自分が最も忌み嫌う兄が書いた筋書き通りに、全力で踊るだろう』とな……!」

「……弟……?」


 ヴァネッサが耳を疑い、固まった。


「ちょっとカイ! 今、なんて……! あのゼノンと、あなたが……血が繋がってるなんて、聞いてないわよ!?」


 カイの瞳から、一気に光が消えた。

 周囲の温度が数度下がったような錯覚を覚えるほどの、冷徹な殺気が立ち上る。


「……そうだ。俺が帝国軍という泥沼を捨てたのは、あの男の『理想の駒』で居続けることに反吐が出たからだ。……だが、まさか逃げ出した先でさえ、奴の演算の内側だったとはな」


 カイはリーダーの顔を至近距離で睨み据え、リゼを振り返った。


「リゼ。報酬は……俺自身で徴収する。お掃除の時間だ。こいつの腹の中に、エルナの魔力が乗った『特製・超激辛魔導スープ』を流し込め。気絶したら叩き起こして、また飲ませろ。奴の計画、汚職の中身……全てを吐き出すまで、一時も休ませるな」

「承知いたしました、ご主人様。……私のフリルの分まで、たっぷり『おもてなし』させていただきますわ♪」


 リゼが暗黒の笑みを浮かべ、ドロドロに煮立った赤いスープをリーダーの口へ運び始める。


「ぎ……ぎゃあああああああ! 鼻が、鼻が焼ける! 脳が燃えるぅぅぅ!!」


◇◆◇◆◇


 夜の砂漠。ワゴナー号の影で、一行は最後の休息を取っていた。


「……結局、あいつから引き出せた情報は『里の中央に魔導塔を建てて、里の人間を電池代わりにしている』ってことね」


 ピノが膝を抱える。ヴァネッサは、未だに信じられない様子でカイの横顔を見つめていた。


「ねえ、カイ。ゼノンと兄弟だなんて……本当なの? 今まで、一言も……」

「……言う必要を感じなかっただけだ。俺にとっては、呪い以外の何物でもないからな」


 カイは短く答え、ワゴナー号のキッチンへ向かった。


◇◆◇◆◇


 運ばれたのは、湯気が立ち上る黄金の皿。


「お待たせ。……『砂漠の夜のポカポカあんかけオムライス』だ」

「……あ。……温かい。お腹の中から、ポカポカしてきましたわ……」


 リゼが幸せそうに頬を緩める。「……お姉様、さっきのスープ、あれは生物兵器に近い代物でした」「ふふ、ゼロ。ご主人様の怒りがスパイスに宿ると、あれほどの出力が出るのですわよ」


「カイ……。報酬がないなんて、私たちと一緒ね。でも、このオムライスの味は金貨1000枚の価値があるわ! ――だから、弟だなんて話も、今は食べながら忘れてあげる」


 ヴァネッサが強がりのように笑い、オムライスを頬張る。


「閣下、現実は一文無しですからね……。あ、カイ殿、私にも少しだけ……胃に優しそうな部分を……」


 騒がしい晩餐。だがカイは、丘の向こうにそびえ立つ黒い塔を見つめていた。

 自分を利用し、エルナを、里を弄ぶ「兄」への、論理を超えた怒り。

 報酬なき戦い。しかし、ワゴナー号のエンジン音は、今までで最も力強く夜の砂漠に響いていた。


(第19話に続く)


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