プリズンブレイク
『ドンドンドンドン』
荒々しく叩く音が聞こえる。
両手で力任せに叩く右手の甲には蜘蛛の刺青が、左手の甲にはトカゲの刺青が見える。
見るからに柄が悪そうだ。
何度も叩くが金属製の重厚な扉はビクともしない。
牢獄に響くのは虚しい激突音だけだ。
「だ、誰もいないのか!……誰でもいいからきてくれぇぇ!」
俺は酷く焦れていた。
何故かと言えば尿意を激しくもよおしたからだ。
ーー誰もこねぇぇ。
彼此5分も扉から爆音を出しているのに人っ子ひとり来ない。
「ここの看守めぇぇぇ仕事しろぉぉぉ」
どんなに大声で叫んでも一人佇む牢獄に虚しく響くだけ。
「主人殿、もう諦めてここですればよかろう」
『レイさまがまんはよくないよ』
ノエルと白虎は何事も、少しも問題が無いように言う。
「そ、それは俺の沽券にかかわるんだよ!」
「じゃあ、扉を壊すしかあるまい」
「奇遇だな……。俺も今まさにそう思ってたところだ」
漏れるか否かの緊張感と我慢の限界で思考力が低下している俺は大胆な行動へ走る。
牢獄の端まで下がり右の掌に魔力を貯めて行く手を阻む扉に手をかざす。
「【雷球】」
青白く光る球体が高速で牢獄の堅牢な扉に迫る。
「ドオォォォォォン」
重低音が効いた爆音が響いて重厚な扉が勢いよく吹っ飛び土煙が部屋中に舞って視界が悪くなる。
視界が微かに晴れてきた室内に階段を駆け下りてくる足音が鳴り、そちらに眼を向ける。
「な、なに、何があったのぉ⁉︎」
朝食を配膳した看守が部屋の惨状に驚愕の声を上げた。
今まで扉越しで声だけの登場の看守のお姉さんはとても可愛らしい。
俺は看守を大人しくさせるため身体に何重もの【魔糸】を絡め手足の動きを封じる。
身動きの取れない看守はその場で受け身も出来ず転倒する。
急いで近づき鋭い爪を看守の顔にちらつかせ問いただす。
「おい看守、トイレはどこだ!」
「あ、あなた、こんな事して只ですむ……」
「早く言え!お、俺は今なら何でもやれる気がするからな‼︎」
看守の声を遮り、俺はさらに爪を近づけドスの効いた声で言った。
俺の鬼気迫る表情で血走った瞳を見た看守は「か、階段上がって直ぐの所にあります」と怯えた表情で即答した。
聞くや否や、今までに見せたことのない豪速で階段を駆け上がりトイレに入った。
「ふうスッキリした〜」
爽やかな気分で階段を降り看守のところへ戻る。
「主人殿の主人はなかなか可愛かったの〜。いやいや本当にの〜」
刺青化したノエルは色艶のある声で小馬鹿にしたように微笑し揶揄う。
「お、おまえこの非常時にナニ見てんだよ!失礼だろ‼︎」
「そうじゃったそうじゃった。しかし主人殿よ、漢の良さは大きさだけじゃ無いから安心するが良かろう。あははははは」
ノエルは一層揶揄うように、そして馬鹿にしたように高笑いする。
ーークソ〜。事実だから何も言い返せない!
馬鹿にされ眉間に何重にも皺を寄せ険しい表情で看守の前に着くと、看守は再び怯え震え出す。
「こ、殺さないでください……、何でもしますから!お願いです」
看守は可愛い顔を涙で濡らし必死に訴える。
【魔糸】で身動きできない身体を必死にくねらせ逃れようとしている。
このまま監獄に戻ろうと思ったが、今の看守の言動を鑑みると、
これだけ破壊活動を働いて何事も無かったように戻れるわけが無い、とスッキリした俺の頭に誰かが囁きかけて来る。
ーーこれはエリスさんには悪いが逃亡するしかない!
命乞いをする煩い看守の口を【魔糸】で塞ぐと優しい声で看守に言う。
「いいかよく聞け!俺はエリスさんをゴブリンから助けただけだ。それはエリスさんから話を聞けば証明される。俺は急用が出来たので帰らせてもらうが、俺に会いたいなら神殿に来れば良いと、エリスさんに伝言を頼む」
どう考えても悪党が言うセリフで弁解し、さらに急用があると嘘までついた。
ーーますます犯罪者らしいじゃないか!
俺は看守が真っ青な顔で頷くのを見て監獄から逃亡した。
◇
雲一つない青々と広がる空に目立つように黒い影が一点浮かんでいる。
眼下に広がるのは深緑の樹海。
獲物を嗅ぎ分けたピラニアの群れのように樹海を殺気だった集団が闊歩している。
その数は100、いや200以上はいるだろう。
誰も彼もが手に武器を帯び隊列を乱さず統制された集団はまるで軍隊の如し。
「漸くここまで辿りついたか……。目的まであと一歩だ」
空を漂う黒ずくめの者の独り言は風に流され樹海を進む者達には届かない。
男は漆黒のマントに同色のフードを被り顔を伺うことはできない。
「精々俺のために役に立ってくれよ」
彼は獲物を狙う捕食者の動きを飽きることなく眺めていた。
◇
牢獄を出るとそこは小高い崖の上に出た。
眼下には建物が点在しエルフ達が住んでいる様子が一望できる。
建物や人の歩いている数から言ってこの里には100人もいないのではないだろうか。
里は高い岩壁に挟まれた谷にあり、里の背後に大きな山が見える。
そして里の入り口は岩壁の間隔が狭く、そこに木造の大きな櫓門が設置され外界と隔離している。
俺は【魔糸】を使って急斜面の岩壁を登り、櫓門を通らずエルフの里を後にした。
「やっと森まで戻れたな」
森に入って1時間程進んだ俺は川岸へ着いた。
一汗拭って冷たい川の水を掬って飲むと木陰に移動し木にもたれ掛かる。
「白虎、神殿まで戻れそうか?」
『だいじょうぶだよ、まかせて!』
この森は目印がなさ過ぎて方向感覚が狂ってしまう。
白虎は匂いなのか感覚なのか不明だが神殿の位置を把握できている。
「主人殿もあのエルフの娘と同じで方向音痴ではないのかの?」
「待て待て!俺はエリスさんほど酷くないはずだ!」
ーーこれまでの人生において一度も迷子になったことのない俺に失礼というものだ。
「その根拠の無い発言の癖に微妙に力強くいうのはおかしいじゃろ」
ノエルは俺を揶揄うのが余程楽しいのか終始ご機嫌である。
神殿にいた時は食って寝るだけだったのに、刺青化した途端随分流暢に話すようになった。
『ドオオオオオォォォン』
不意に重く腹に響くような爆発音が遠くから聞こえた。
音のする方向を見ると灰黒色の煙が大きく立ち登っている。
「あの方向ってエリスの里の方じゃないか⁉︎」




