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ビーンズメーカー ~荒野の豆鉄砲~  作者: DSSコミカライズ配信中@シトラス=ライス
VolumeⅤー再臨の黒ChapterⅢ:清算の終わり
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ChapterⅢ:清算の終わり


【VolumeⅤー再臨の黒ChapterⅢ:清算の終わり】



 食堂の食卓の上では蝋燭の炎が揺らめいていた。

俺の脇へバーンハイムが音もなく現れて、空のワイングラスへ赤い液体を満たしてゆく。

グラスに満たされた赤ワインの淵はやや茶色がかっている。

それを見た向かいに座るハーパーは柔らかな笑みを浮かべた。


「いい熟成をしてますね」

「わかるのか?」

「ええ。小さい頃、お父様とお母様に教えていただきましたから。きっと香りは果実味よりも紅茶、トリュフのような落ち着きのある香りで、渋さは丸みを帯びてとろけるような舌触りになってるかと思いますよ。なにせ亡くなったお父様が秘蔵していたものですから」


「良いのか?」

「構いません。それにその子も20年物です。今日はワイルド様の記念日です。ですので是非召し上がっていただきたいのですよ。本当は私も楽しんでみたいのですけどね」

「それもワインじゃないのか?」


俺はハーパーの手前にある、赤い液体の入ったグラスを指す。


「これはぶどうジュースですよワイルド様。お付き合いしたい気持ちは山々なのですが、私が飲めるようになるのは来年の話です」

「済まないな、一人で楽しもうとしていて……」

「いえ、お気になさらないでください。今日はワイルド様が主役なのですからね」


そう言ってハーパーは微笑みながらグラスを持って掲げる。俺も彼女に習った。


「それでは改めまして20歳の誕生日おめでとうございます、ワイルド様!」


乾杯を済ませた俺はワインを口へ運ぶ。ハーパーの言う通り紅茶、トリュフのような香りは若いワインでは感じさせない老熟した穏やかさがあり、丸みを帯びた渋さが緩やかに口へ馴染んでゆく。


これが熟成による味で、20年をかけて生み出された結果。

このワインを作るために栽培されたぶどうが収穫されたのが今から20年前。

20年経ってもへたらない最高級のワインをハーパーは惜しげもなく出してくれた。

それだけで俺のことを心底祝ってくれてるんだと感じる。


 今日は12月31日……俺の誕生日。

でも、この日は俺がこの世に生を受けた日ではないことは分かっている。

この日は俺がお袋にスペサイド遺跡で発見された日だからだ。

俺の正確な誕生日は分からない。

いつ俺がこの世に生を受けたのか正確には分からない。

そう考えると俺はとっくの昔に20歳の誕生日を迎えているかもしれない。

だから正直、この日を俺の20歳の誕生日と祝ってもらうことには違和感があった。


―――でもせっかくハーパーが祝ってくれているんだ。その気持ちを無碍にしたくはない。


もしもこうして俺の誕生日を祝ってくれるならみんなで、が良かった。


ローゼズ、ジムさん、そして……アーリィ。

みんなが俺の周りから居なくなって二年以上が経過していた。

今、ローゼズとジムさんがどこで何をしているのか、俺は知らない。

アーリィは……そこで考えを止める。

今、俺の傍にいるのはハーパーだけ。


 俺とハーパーは静かにバーンハイムさんが作ってくれた夕食を食べ進めてゆく。

そんな時、食堂室に備えられている電信機が断続的な音を発し始めた。

バーンハイムさんは急いで電信機へ向かい、ヘッドフォンを耳へ当て解読を始める。


「当主様、西海岸アランビアックから救難信号です!」

「えっ……?」


いつものハーパーなら救難信号を聞けば直ぐにでもを飛び出してゆく。

しかし今日はグラスを手に持ったまま、固まっていた。

なんとなくハーパーの心情を察した俺は、


「行って良いぞ」


俺はそういうがハーパーは席から立ち上がろうとはしない。


「……」

「気持ちは十分伝わった。だから行ってくれ。お前を必要としている人達のところへ」

「ワイルド様……わかりました!」


ようやくハーパーは椅子から立ち上がり、食堂から駆け出してゆく。

俺もまたワインを一気に飲み干し席を立った。


「見送ってくる。食事はまた後でハーパーと食べるから」

「かしこまりました」


俺はバーンハイムさんへそう伝え、食堂から出た。


 俺は仄暗いゴールドメダル号の廊下を歩き、甲板へ続く階段を登る。

外は冷たい潮風が吹き付け、凍えるほど寒かった。

空は一面灰色の厚い雲に覆われ、黒々とした海は怒り狂うように荒れている。

いつもは麗やかな陽の光に照らされて静かに生育している無人島の木々は、強風に煽られ、折れんばかりに幹を揺らしている。

しかしそんな悪天候など物ともせず、甲板へスっと仮面の騎士が降り立った。


「ワイルド様?どうかされたのですか?」


俺の目の前に現れたハーパー……快傑ゴールドはキョトンとした顔で俺を見つめている。


「たまには見送りでもと思ってな」

「そうですか!わざわざありがとうございます!嬉しいです!!」


ゴールドは嬉しそうに笑顔を浮かべた。

でもただ見送りに来た訳じゃない。

今日はゴールドに大切なことを伝えるためにここへ来た。

二年間、俺のわがままに付き合ってくれたゴールドにはちゃんと伝えたい。

俺はゆっくりと口を開く。


「準備が終わったんだ。次は俺も行く」

「そう、ですか……いよいよ……」


それまで笑顔を浮かべていたゴールドが少し寂しそうな顔をして俯く。

でもすぐに顔を上げ、元気そうな表情をみせた。


「では、最後の一人仕事行って参ります!ワイルド様はごゆっくりお食事を楽しんでいてくださいね!」

「いや、せっかく俺の誕生日を祝ってくれれるんだ。帰ってきたら一緒に食べよう。それまで待ってる」

「ワイルド様……はい!じゃあ、そうしましょう!」

「だから、くれぐれも無茶はするなよ?必ず帰ってこいよ?」


ゴールドは頬を赤く染めながら、満面の笑みを浮かべる。


「勿論です!絶対に帰ってきます!それでは行って参ります!」


ゴールドはゴールドメダル号に吹き付ける強風など物ともせずに、飛び上がる。

マントを開くと、それは三角形のカイトへ変化する。

ゴールドはカイトは風に乗り、颯爽とゴールドメダル号から飛び去って、そしてあっという間に見えなくなった。


 ちくりと胸が痛む。

ゴールドが、ハーパーが浮かべた笑顔を思い出すと俺は自己嫌悪に陥った。


―――俺はハーパーの想いを都合よく利用している。


 アイツが俺に抱いている仲間以上の感情を俺は知っている。

俺はその気持ちに気づかないふりをして、この二年間アイツのことを利用し続けていた。

個人的な感情を果たすためにアイツの純粋さを踏みにじってきた。

一人の男として最低最悪の行為をしてきた。


本当ならばこの二年間献身的に俺を支えてくれたハーパーの気持ちに応えてやりたい。

でも、俺の中にはやっぱり【アーリィ】しかいなかった。


例え目に見えない形になったとしても、俺が愛する人は【アーリィ】一人だけ。

だから俺はハーパーの気持ちには答えられない。アイツが身も心も俺へ捧げようと、俺の気持ちは決して揺らがない。

だって俺はこの二年間【愛するアーリィの復讐】をするためだけに生きてきたのだから。


 ゴールドメダル号が停泊しているアインザックウォルフの無人島には今日も、様々なガラクタが漂着してきていた。

それは家屋の一部だったり、家財道具の一部だったりと、船の難破で流れ着くるものでは決してない。

これはプラチナによる破壊の爪痕に他ならない。


 二年前、首都のマドリッドが崩壊して以降、アンダルシアンはプラチナの【死】と【破壊】が跋扈する完全な無法地帯と化していた。

他国からも見捨てられ、アンダルシアンは今や内乱状態となっていた。

東海岸の主要都市は早い段階でプラチナ率いる銀兵士軍団によって破壊し尽くされた。

奴の魔の手は田舎町ばかりの西海岸にまで及んでいると聞く。

なんとかハーパー扮する快傑ゴールド、そしてサント・リーという反プラチナ組織が抵抗をしているようだが、アンダルシアンの崩壊は続いている。

あと半年もすればアンダルシアンは破壊し尽くされるだろう。


―――でも時は満ちた。


奇しくも今日、二十歳の誕生日を迎えた俺の準備は完了した。

プラチナを殺す準備。

戦い方や身体能力のコントロールもできる。

クロコダイルスキンの扱い方も完璧。

二年前のようにプラチナ率いる銀兵士の大群に遅れを取ることはない。

そして俺の狙いは二つ。


【プラチナ(やつ)の命】と【俺自身の命】


俺はプラチナをこの手で殺す。アーリィの仇を取る。

だけどそれだけではダメだ。


【殺意は殺意を呼ぶ】


ただプラチナを殺しただけでは、俺は新しい【殺意の円環】を生み出すだけだ。


―――だからプラチナを殺したあと、俺自身も命を断つ。


もはや命なんて惜しくない。

俺が今こうして生きているのはアーリィの仇を取るためだけ。

それが俺の生きる目的。

まだこの世に留まっていたい唯一のこと。

それさえ達成できれば、俺に未練などない。


でも、心のどこかに突っかかりを覚える。

今の決意に至るまで、過ごしてきたみんなとの記憶があるからだと思った。

思い出が俺の心にブレーキをかけている。

みんなで過ごしたあの日々に戻りたいと思っている。


―――もう戻れない。いや戻ってはいけない。


だから俺は暫くの間、瞳を閉じ思い出に浸って、全てを清算しようと思った。


俺は三年前、未だ俺がただの『ワイルド=ターキー』であった時へ記憶を遡らせるのだった。


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