ChapterⅡ:決意。そして…… 【ハーパー=アインザックウォルフ】③
「このスープ美味しいですね!ねっ?ワイルド様?」
蝋燭の光のみで、ワイルド様と私はゴールドメダル号の食堂で夕食を取っていた。
前よりは口数が減っているものの、それでもこうして話しかければワイルド様は何かしらの反応を返してきてくれていた。
でも今日はまるで私が目の前にいないかのように反応を返してきてはくれない。
「ご気分が優れませんか……?」
恐る恐るそう聞く。
すると、ようやくワイルド様が顔を上げた。
「いや……」
「でもお顔の色が……」
「今日がなんの日だか覚えてるか?」
「えっ?」
「……アーリィが死んだ日だ」
「ッ!!」
泥沼のような戦いの日々は、すっかり私から時間の感覚を奪っていたと思い知らされた。
ワイルド様がまたアーリィさんのいない寂しさを思い出させないよう、ずっと心配りをしてきたつもりでいた。
でもこういう肝心なところで重大なミスをしてしまった自分自身に嫌悪感を覚える。
「あ、あの!ワイルド様、私は……!」
ワイルド様は静かにスプーンを置いて、席から立ち上がった。
「宜しいのですか?」
すかさずバーンハイムが私に代わって聞いてくれる。
「ああ」
ワイルド様はそう言い置いて、食堂を出て行ってしまった。
私は私自身の行いを酷く後悔した。
食事などまともに喉を通らなかった。
時間がただいたずらに過ぎ、後悔がじわじわと私の胸を締め付ける。
私もまたその後すぐに食事を切り上げ、部屋へと戻った。
「最悪です……全く……」
ベッドへ仰向けに倒れ込み、自分の軽率さに嫌気が差した。
―――ワイルド様に申し訳ないことをしてしまった……
今日がアーリィさんの命日だとちゃんと分かっていれば、ワイルド様の悲しい気持ちを少しでも和らげることができたかもしれない。
でもそう思っても後の祭。
結果として私はワイルド様を悲しませてしまった。
辛い記憶をより強く思い出させてしまった。
そうした自責の念は、疲れ切った身体へより泥のような疲労を流し込んでくる。
瞼は自然と落ち、そして私は暫くの眠りに就いた。
……
……
……
再び目を開けると、部屋の中は未だ闇の中にあった。
時計は数時間、私が眠りについていたのだと知らせてくれる。
いつもなら少し眠れば、幾分か心が和らいでいる。
でも、目覚めても尚、気分は最悪のままだった。
―――きちんと謝ろう。ワイルド様に辛いことを口にさせてしまったことを謝ろう。
居ても立ってもならなくなった私は部屋を後にして、ワイルド様の部屋へと向かった。
「あのすみません、ワイルド様」
扉をノックして声をかけるが反応が返ってこない。
―――時間も時間だし眠ってらっしゃるのでしょうか……?
私はそっと扉を開けてみる。
すると、ベッドの上に座っているワイルド様の姿があった。
彼は船窓に浮かぶ満月を見上げながら、携帯用水筒を口を運び、何かを飲んでいた。
「……ハーパーか……どうしたか?」
ようやく私の存在に気付いたのか、ワイルド様が視線を傾けてくる。
彼の頬はほのかに赤く、呼気に揮発性のツンとした匂いを感じる。
「何を……召し上がってらっしゃるのですか?」
「……」
ワイルド様は何も答えず、スキットルを煽る。
しかし中身が空になってしまったのか、ワイルド様は乱暴にスキットルを投げ捨てると、ベッドから降りた。
しかし足下は覚束ない様子で、危なげだった。
予想通り足をもつれさせ、ワイルド様はぐらりと倒れそうになる。
私は飛び出し、寸前のところでワイルド様を受け止めた。
「ど、どこへ行かれようと?」
「……」
「ワイルド様?」
「うるせぇ……」
「?」
「うるせぇんだよっ!」
「ッ!?」
突然、私の身体がふわりと宙に浮き、天地が逆転する。
気がつくと私の身体がベッドへ押し倒され、ワイルド様が私へ覆いかぶさっていた。
彼は瞳は暗く、冷たい輝きを湛えながら私のブラウスへ手を伸ばす。
「や、止めてください!」
反射的に私はワイルド様の手を弾いた。
「えっ!?!」
ワイルド様は怖い目をしながら私を更に押さえつける。
私は必死に抵抗を試みるが、力の差は歴然としていて、彼の手の中から逃れられない。
「い、いやッ!ワイルド様、こんな……!」
ワイルド様は無遠慮に私のブラスのボタンを引きちぎる。
胸が晒され、恥ずかしくて、怖くて仕方が無かった。
―――こんな形でワイルド様と私は……
その時、私はワイルド様の目を見て思った。
暗く淀み、凍りついた瞳。
その中に一抹の寂しさがあるのだと。
ワイルド様も必死に自分の中に空いた穴を、どうにかして埋めて、寂しさを紛らわしたいのだと。
―――私はワイルド様を支えると決めた。
私がここで身体を譲ればワイルド様の寂しさを少しで埋められるだろうか?
アーリィさんを失った悲しみを少しでも和らげることができるのだろうか?
もしそうできるなら私は嬉しい。
ワイルド様の苦痛を少しでも軽減させて、ほんの少しの間でも良いから前のような笑顔を見せてほしい。
―――そのためだったら私はこんな状況でも構わない。
ワイルド様が私の身体を貪ることで少しでも気が静まるならば……
私は身体から力を抜き、抵抗を止めた。
瞬間、ワイルド様が私を抱きすくめる。
すると、
「うっ、うくっ、ひっくっ……」
「ワイルド様……?」
「アー……リィ……アーリィ……!」
私の胸に縋りつくワイルド様は、私を貪ることなく涙を流し、失った人の名前を呼び続けていた。
外に晒された胸はワイルドの様の涙で濡れてゆく。
胸の中が切なく、そして痛かった。
そしてその時、自分が如何におこがましい奴だったのかと思い知った。
―――ワイルド様の中にはやはりアーリィさんしか居ないんだ。
今でもワイルド様の中でアーリィさんは生き続けているんだ。
彼が求めているのはやはり私ではなくアーリィさんなのだ。
恐らく、ワイルド様とアーリィさんとの絆の間には私が付け入る隙なんてない。
私がアーリィさんの代わりになることはできない。
アーリィさんのようにワイルド様が身を委ねてくれるような存在には決してなれない。
亡くなったアーリィさんの代わりに私は決してなれない。
―――でも、それでも私は大好きなワイルド様の力になりたい。
ロングネックで初めて出会ってから今日まで、ここまで誰かを好きに何なんて初めてだった。
でも彼は私のことなど見てはくれない。
決して、私を愛してはくれない。
だけど、力になりたい。
なら、どうする?
私はどうしたい?
……答えは決まった。
私は胸の中で子供のように泣きじゃくるワイルド様をそっと抱きしめた。
「大丈夫です、ワイルド様。アーリィさんはワイルド様のお傍にいつもいますよ……」
私の想いは決して叶うことは無い。
それでもワイルド様の力になりたい。
そんな私にできること、それは、
―――彼の全てを受け入れ、従ってゆく。
彼の全ての言動を受け入れ、従ってゆく。
彼がしたようにさせ、それを達成してもらうために私は命をかけて全力を尽くす。
身体を求められたのなら躊躇わず捧げる
例え世界中が敵に回ったとしても、泥沼のような戦いが永遠に続くとしても、ワイルド様が納得され、最後の瞬間を迎えられるまで、全てを応援し続けてゆく。
私はそう強く誓いを立て、また明日も戦いに向かう覚悟を固めるのだった。




