5:魔界昔話
むかしむかしのお話です。
綺麗な天草と妖艶な魔草に囲まれたクライネルット教会には、ひとりの愛らしい堕天使が住んでいました。
彼女の名前はエクレア・クリーミィ。その昔、魔王とも竜王とも肩を並べて悪い魔物と戦ったことのある天使、聖雷エクレールというすごい天使の末裔なのでした。
エクレアの日課は、魔界が毎日平和であるようにお祈りすることと、庭の手入れをすることと、お友達を呼んでお茶会をすることでした。
エクレアはクライネルットの広い庭園をひとりで手入れします。
余分な草を抜いて、必要な養分を魔力で生成して、日の光のバランスを考えて植え替えもします。
彼女は草を差別しません。
天草も魔草も大好きで、引き抜くのはその草が栄養過多になり過ぎないようにするためか、他の草が衰弱しないようにするためでした。だから最初はおっかなびっくりと生息していたパクリンドウもオペラベンダーも、ゲッカキジンも、いまではエクレアの笑顔を見ると目いっぱい葉を振って挨拶するのでした。
そんなエクレアの好物は、魔草を使ったハーヴティーです。
少なくとも一日に5杯はマストビーな、ヘビーユーザーでした。
けれども、彼女は生きている魔草を引き抜いて茶葉を作ったりしません。自然に落ちた葉や果実、庭園の手入れの過程でやむなく引き抜いた魔草だけを使って、紅茶を楽しんでいました。
そんな彼女を、先代の先代、そのまた先代から見守っていた大魔草テラフレシアも、尊崇を込めて見守っていたのでした。
――天使も捨てたものでないでおじゃるな、フィナンシェ様。
ところがある日のこと、彼女は庭の手入れの最中に倒れてしまいます。
周りの魔草たちは根こそぎ大慌てです。こぞって土から這い出て、エクレアを快方しようとしました。あるものは自身の命たる球根を使って回復薬を作ったり、あるものは10000年かけて醸成した特性ミツでアメを用意したり、あるものは自身の木々を削り出して回復効果のあるベッドを作ったり、みな文字通り身を削ってエクレアを助けようとしました。
しかし、いずれも効果はなく、彼女は日に日に衰弱していきました。
スマホで見守るエクレアのステータス画面。エクレアのHPが1減るたびに皆は号泣します。花粉を撒き散らし、種をばらまき、大暴れです。どうしようどうしようと彼らはパニックになりながらも、あの手この手でエクレアを介抱しますが、倒れた原因も治療方法もわかりませんでした。彼らはなりふり構わず天使や悪魔や竜王に祈りました。が、その効果もありませんでした。
――魔草の毒が彼女に堆積している。
やつれた姿で、教会の蔵書庫から出てきたのは知恵者のゲッカキジンでした。すべてを理解した風の彼女に、みなが詰め寄ります。どうすればエクレアは助かるのか。自分の命をなんとか利用できないか。HPを1でも回復できるならわしら枯れても良い。みんな必死でした。
ゲッカキジンは言います。
――本来、エクレアは天界で生活して、天界の水と空気と食べ物をとらなくちゃいけないんだ。でも、彼女は魔界の水と空気と食べ物を愛してしまった。だからこそ彼女は天使ではなく堕天使になったらしい。そしてその罰は、彼女が天使である限り続いていくみたいだ。
どうすればいい、どうすればいい、と周りは騒ぎ立てます。しかし、ゲッカキジンのシャルロットは涙をこぼして頭をふります。
――天使が、天使でいる限り呪われるなんて、そんなのどうしようもないだろう。
皆は知っています。
人や魔物が魔界で死ぬと、彼らは死者の国ネクロポリスの住人になります。しかし、天使が魔界で死んでしまうと、彼らには居場所がありません。もしもそうなると、伝承によれば滅界という何もかもが破綻した、恐ろしい世界に連れ出されると言います。そんなところに、エクレアを向かわせるわけにはいきませんでした。
満を持してテラフレシアは言います。
――朕に話があるでおじゃるが。
「「「「「庭 園 が し ゃ べ っ た ! !!!!!!」」」」声キモ!」
クライネルット建立以来ずっと沈黙を守っていたテラフレシアの第一声は、魔草たちに衝撃を与えました。あと声キモにショックを受けました。やはりソロ最高でした。
ともあれテラフレシアが話し始めます。
――そのむかし。朕はかの前魔王フィナンシェ・エルヒガンテ様に膨大な魔力を賜ったのでおじゃる。それにより、かつて砂漠だったこの地は養分に恵まれ、魔草が茂り、朕も悪魔王に匹敵するほどの力を得た。もしもその全ての魔力にくわえて、そなたらの魔力を借りることができれば、あるいは堕天使ひとりを魔物に、魔草族にかえることができるかもしれぬぞよ。
魔草たちはどよめきました。天使を魔物に転生させる、普通に考えたらそんな奇跡とても信じられません。同じ魔界の者同士ならまだしも、天界の者を魔界の者に変えるなんて、そんな魔法は聞いたことさえありません。
けれども、外ならぬ絶対魔王のフィナンシェの魔力を使うと言うなら、それも不可能でない気がしてきました。
でも、できたとして、果たしてそれをエクレアは喜んでくれるでしょうか。
可憐な堕天使から、見苦しい魔草族への転生。
助かったとしても、エクレアは悲しみにくれないでしょうか。
自分の命を投げ出すことに迷いのない魔草たちも、そこだけは迷いました。
何度も議論を交わしました。
そして。
――滅界の処刑神に引かれるよりは、絶対に良い。
やはりというか、そうした結論にたどり着きました。魔草族たちはそんな総意を固めると、テラフレシアは全員に告げました。
――それでは、朕はエクレア様の転生に備えてこのクラネルット教会に枝葉を巡らせるでおじゃる。綺麗に整頓されたこの庭をボウボウにするのは気がひけるでおじゃる。が、万一にも無防備なエクレア様を危険に晒すわけにはいかんでな。
それから、テラフレシアは全身に魔力をみなぎらせて、クライネルットをまるで密林のように変貌させました。
緑。黒。青。紫。緑。緑。緑。黒。
たちどころに庭園がジャングルです。
こうまでツルが入り組めば、おいそれと侵入するものはいなくなるでしょう。
――さて、次は一部の者を残して、皆は自分の魔力を朕に注ぐでおじゃる。
言って、まずはゲッカキジンの方を見ます。
――そなたはクライネルット一番の知恵者で一番の剣術使いじゃな。そなたは護衛の一人として教会裏の警護を頼んだぞよ。
ゲッカキジンは『承知』と頷き、そして眠るエクレアに目をやります。その目から涙があふれる前に礼をして、彼女は消えました。続いて、テラフレシアはオペラベンダー三兄弟の方を見ます。
――そこの、朕の美声を『声キモ!』とか言った不届きもの。後でしばく。しばくけど、そのツラみとうないからクライネルット庭園の入口でずっと門番をしとれ。ネズミ一匹入れるでないぞ。後でしばく。
オペラベンダーは『ららら~♪ 承りました(でゅわわわわわ) ミス・エクレアの健やかなフラワリングライフを期待します~(でゅわでゅわ』と美声を残してそそくさと消えました。
そうして。
あとに残された魔草たちを見て。
テラフレシアはゆっくりと頷きます。
それに魔草たちは頷き返し、静かにエクレアの方に歩み寄りました。
彼らは順番に別れの言葉を残していきます。
――エクレアお嬢様。覚えてますか。ネンチャクソウのトリゾウです。株分けのときはどうも有難うでした。ちっこい魔力ですが使ってください。
言い終えると、全ての魔力を庭園に捧げたトリゾウは光を放ち、ただの草になりました。
――エクレア様。草になってもアチシの紅茶は最高ですきに、目が覚めたら一番にご賞味くだんせ。
――エクレアちゃん。悲しいときはバっちゃの幹にしがみついていつでも泣くんやで。
――エクレア殿。たとえこの魔力朽ち果てようとも我がトゲは一切丸くならぬ。心配召されるな。外敵は一人残らず我が殲滅いたすゆえ!
――エクレアっち。うちは雑草になっても果物だけは実らせるからな。おなかの心配はいらんのよ。
そうして銘々に別れの挨拶をすませて、
魔草たちは魔力のすべてを解き放ち、
ただの草へと変じていきます。
そしてそれに応じて、
エクレアを包むテレフレシアのツルは光を帯びていきます。
――おいテラフレシア。万一、エクレア様に何かあったら俺は承知しないぞ!
最後に残った若いドクヘビイチゴにタンカを切られて、テラフレシアは舌打ちします。
――生意気なガキよな。朕はこの教会が建立されるまえよりクライネルットを見守ってきた大魔草であるぞ。そなたに心配されるまでもないことよ。
自信満々に言ってみせると、ドクヘビイチゴはニヤリと笑ってエクレアの頬にキスをしました。
――じゃぁな、エクレア姉ちゃん。また俺の葉っぱで笛作ってよ。
そうしてドクヘビイチゴもただのヘビイチゴになったとき、エクレアは教会の頂上に抱え上げられました。少しでも彼女に触れるツルに日の光をあて、魔力の供給がスムーズにいくように。
そしてその下でテラフレシアは、
本当の本当にひとりになったことを知り、
本当のソロが悲しいことを知って泣いてしまいました。
*
「――これが、ボクの話せる全てだよ」
昔語りを終えたシャルロットに、これまで正座で聞いていたデザートとタルトはパチパチパチと手を叩き、グスンと涙ぐみ、洟をかんだ。いや、魔王的には久しぶりに人情のある話を聞いて感動したのである。タルト的にもこの手の美談はツボだったのである。良かった。実に良かった。魔草万歳。
――しかしそれはそれとして、
問題は深刻である。
「グスン。どうしますか? 魔王様」
デザートの洟とか涙をふきつつタルトは尋ねる。1000年前の魔王ならまだしも、今の悪魔王並に弱体化した魔王にこの問題が解決できるとは思えない。むろん、サキュバスたる己にもそんな力はない。それこそ真剣に天界の大天使や滅界の処刑神との交渉が必要かもしれない。
さて、どうしたものか。
タルトが腕を組んで知恵を絞ろうとしたとき、デザートはあっさりと言った。
「よし。ちょっとネクロポリスまで行って相談してくる。なに、死の相談には死者の王が一番だろう」




