6:トライデントスピア
死者の国ネクロポリス。そこは魔界で死した魔物が辿り着く、死者による死者のための死者の王国である。
かつてその国は悪魔王の一柱ベルゼブブによる暴政を敷かれた凶国であったが、前魔王フィナンシェと先国王の悪魔王たるバルバドスにより王権を奪還され、以後は善政による統治がなされたと聞く。
もっとも、それも何千万年も昔のため、今となってはネクロポリスが如何様な国であるか知る由もない。
タルトはしかし、それ以上の問題をデザートに指摘する。
「あの、デザート様。死者の国ネクロポリスは魔界とは地続きだから、たしかに辿り着くことはできるんです。具体的にはジャックオランタンの故郷シンドルワー平原を横断したら誰にでも行くことができます」
「ほうほう。さすがは側近タルト、可愛いうえに物知りだな」
なんだろう。思わずデザートに抱き着きたい衝動にかられたが自制し、タルトは話を続ける。
「でもですね。やっぱりそこは死者の国なので、これまで利用してきたスマホの転送アプリが使えないんです。例えばデザート様と私はそのアプリによってこの教会まで一瞬で来ましたけど、本来はこれ時間旅行並の大魔法なんです。ちなみにここから魔王城まで徒歩で戻ると軽く10万年ゲーム時間はかかります」
タルトの言う通りなのである。ここクライネルット教会はRPGで例えるなら『始まりの村』的な場所で、主人公勇者と許嫁@誘拐される予定がオープニングの結婚式をあげるぐらいの超序盤ポイントである。かたや魔王城はいわゆるラストダンジョンであり、辿り着くには主人公含むパーティーのLVをほぼMAXにして、全てのお使いクエストをこなし、たぶんお金とかはカンストしてないと辿り着けない場所なのである。そこをLVもイベントも無視して徒歩のみで向かおうとすれば、10万年ゲーム時間はかかっても致し方ない。
デザートは腕を組む。
「うむ。難しいことはよくわからんが、じゃぁここからネクロポリスまで歩いてどのぐらいかかるんだタルト?」
「ざっと、20万年ゲーム時間ですね。言ってみればネクロポリスなんて裏ダンジョンで、普通に過ごす(プレイ)する限りは辿り着かない場所ですから。それこそゲーム内の隠しイベントで死なない限りは……」
人差し指をたてて解説するタルトの目の前で、おもむろにデザートは大剣ブレイバーを抜く。両手で持って青眼に構えて、息をひとつ。タルトが頭にハテナマークを浮かべて「デザート様?」と呼びけるや否や
「 わ っ し ょ い ! ! ! 」
裂ぱくの気合とともに自分の頭に大剣を ド ゴ ン ン ! と叩きつけ、そのままデザートは大の字で昏倒した。
「 デ ザ ー ト 様 ! ? ! ? ! ? 」
唐突の奇行にタルトはパニックになってしがみつく。しかし両目を渦巻にかえて伸びたデザートは『きゅううう』と呻くばかりで揺さぶられても起きない。慌ててスマホを見ればデザートの残りHPが1。やばい。これはやばい。あとデコピンひとつで死亡である。落ち着けタルト落ち着け。破壊専門の己でも初級の回復魔法ぐらいは使える。息を整えリラックスし、気持ちHPを回復させる超初級回復魔法『ホカロン』の詠唱を
「てい(デコピン」
事態を傍観していたシャルットがここで動いた。夏の吸血魔虫カトンボウを潰せるギリギリの一撃がデザートにヒット。
デザートは息絶えた。
デザートは死んだ。
ステータス画面でデザートの『死亡』を確認した瞬間、タルトはスマホもろとも石化。パクパクパク。口を酸欠の魚のように動かす。しばらく事態が呑み込めず彼女のステータス画面が激しくバグる。彼女のスリーサイズとか黒歴史@過去にデザートのことを考えながらしたためた恥ずかしいポエム『マイ・スイーツ・デザート』とか秘蔵の薄い本『旦那様は魔王様』のワンシーンとか表示される。
それをシャルロットが一瞥する。
「ああ、これは重症だね。ははは。ボクなら一生引きこもって芽を出せないレベル」
魔草の薄笑いがタルトを蘇生させた。瞬間、シャルロットは再び標本の蝶のように大地に張り付けになった。号泣したタルトがそれに馬乗りになって魔草の頬をビシビシビシ。ビシビシビシ。首を掴んでガクガクガク。
「このボクッ娘雑草!!! あんた私のデザート様になんてことしくれんのよ! この馬鹿! おたんこなす! みなさいよ! デザート様が! デザート様が! ううううう!!! し、し、しんでしまったじゃない!!!」
「お、お、落ち着いてタルトくん。落ち着いて後ろを キャ!!」
ビシビシビシビシ!
「これが落ち着けるもんですか! 許さない絶対に! 今から私の概念武装『アイアンメイデン』フルコースでこれまで上げたことのないヨガリ声あげさせまくってやる!! 身体中の体液という体液絞りつくしてドライフラワーにしてやる! いま完璧にカルミラモードだから覚悟なさい!」
「なぁ、タルト」
「まずはこの三角木馬でいきなり本丸攻めよ! ふん何が良い子のゲームよ知るもんですか! デザート様のいないスマホゲームなんてアルトリウスのいないフェイス・グランド・クロスぐらいのクソゲ! どうでも良いけど沖田100連爆死! 欧米でさえ発禁もののエログロにしてやる!!」
「お~い、タルトってば」
「なにようるさいわねデザート様は黙っ……」
我に返って振り向くと、普通にデザートが突っ立って腕を組んでいた。一方、アイアンメイデンによって拘束されたシャルロットは教育上の配慮によって眩い光で色々なところが隠されていた。
タルトは呆然としたままスマホの画面を見る。
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名前:デザート・エルヒガンテ(死者)
種族:魔人(ネクロポリス所属)
職業:死した魔王:終わりの始まり:『ビギニング・オブ・ジ・エンド』
LV:30
HP:-3500 MP:-1000
装備:大剣『ブレイバー』
解説:生ける絶対と言われたフィナンシェ・エルヒガンテの血を引く魔王。強さは悪魔王クラスだが、その剣術は侮れない。
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「……うそ」
最初に出た一言はそれであり、それを境にボロボロと涙があふれてきた。死んでいる。デザートは死んでいる。しかし何故か目の前で立っている。訳がわからない。分からないが、どうやらお別れではなかったようだ。そのことが、死んでしまうぐらいの安堵感になって、死ぬ代わりに涙が出てきたのだ。
「で、でじゃーと様……うううう。急にいなくなったと思った……」
ボロボロボロ。ボロボロボロ。溶解魔虫カタクリナメクジもびっくりなほどの涙がタルトからこぼれている。デザートはため息をついた。
「バカだなタルト。俺がお前をおいて勝手に消えるわけないだろう」
洟と涙にグシャグシャになっているタルトの目に、デザートがハンカチを当ててフキフキ、ティッシュで洟をチーン!! それを綺麗にまとめからしまうと、斜に構えて腕を組み直し、そして犬歯を剥いて悪童のように笑う。
「たとえ死んでも消えはしない! 並の魔物と侮るなかれ! なにせこのオレ様こそ! 魔界の悪魔王を束ねる王の中の王! 魔王デザート様なのだからな! はっはっはっはっ……いた! なんだタルトどうしたんだ」
腰に手を当て前のめりのタルト。このポーズは彼女が本気で憤慨しているときにしかとらないので、デザートは決めポーズを解除する。
「冷静になったらデザート様の意図はわかりました! ネクロポリスへ早々に向かうために死者になったんですよね! ですよね! でも種族変えなんて大事なことは実行前に事前に相談してください! わ、私にだって心の準備ってものがあるんですから!」
言って、タルトはトライデントスピアを逆手に持つ。
そして深呼吸。
狙うは己の喉である。
握るは神殺しヨルムガンドの異名をとる名槍バルバドス。一突きで間違いなく絶命だろう。しかし、それにしてもゾッとしないなと思う。なにせ自刃だ。最悪は消滅もありうる。一応、デザートを見る限りネクロポリス所属に種族が変化する――それだけだとは思う。伝承でもそうなっているし。
――でも、もしかしたら私は。
ふと己の過去が過る。
が、他に選択肢がないなら致し方なし。両手に力を込めてせーので
「やめろよタルト」
と、彼女の手にデザートの手が重ねられる。見れば見苦しいぐらいに己の手が震えていた。お笑い種だ。かつて数多の命を奪っておきながら、その己は自刃ごときがここまで恐ろしいというのか。浅ましい。
このまま死ねば、魔界の魔物たる己は魔王と同様、ネクロポリスの死者になる可能性が高い。しかし、己がカルミラとして過去に成してきた残虐な所業を顧みれば、ネクロポリスへの門を閉ざされ、滅界に追放されても不思議はないのだ。
すなわち、それは魔物としての消滅を意味する。
それが、怖い。
なんて情けない。
恥ずかしくなって、タルトはデザートの手を振り払ってしまう。
「……最低ですね、私。いまさら貴族が、死の消滅に怯えているだなんて。本当に最低です」
「違うぞタルト」
デザートは内心を見透かしたように言う。
「お前は死ぬのが怖いんじゃない。お前はたとえ滅界に引かれても、その槍で処刑神を滅ぼしてしまうぐらいに勇敢だ。それはオレ様がよく知っている。だから、お前が怖いのは滅界にいってしまうことではない。お前が怖いのは……」
――魔界のみんなと会えなくなるかもしれない。
――それが怖いんだろう?
からん、とトライデントスピアを落としてしまった。図星だった。
死は怖くない。
滅界も怖くない。
どんな地獄でも潜る抜ける自信がある。たとえLVが1まで下がろうとも決して諦めない。デザートが処刑神と戦えと言えば喜んで戦おう。死ねといえば喜んで死のう。
けれども、孤独には耐えられない。
私は、監獄城の孤独を知っている。
朝から晩まで豪華な牢獄に籠り、何も知らぬ罪なき魔物を迎え入れ、嗜虐や拷問という名の対話をする。悲鳴が挨拶。懇願こそ談笑。絶叫こそ歓談。それしか私に許されなくて、それしか私は知らなかったから。後に残った思念を盃に満たし、浴室に満たし、飲み干し、浴びた。そうして私は日々の孤独を紛らわせた。そうして己に磨きをかけた。新たな魔物を呼び込むために、もっと、もっとと。満たされぬ孤独を満たすために。乾き続ける孤独を癒すために。
そしてある日。
私は、仲間と生きる喜びを知ってしまった。
ある日、無知な私を無邪気な少年が泣いてくれた。恐れるでもなく、罵倒するでもなく、哀れだと泣いてくれた。剣と槍の剣戟を通じて、たしかに彼は泣いてくれた。『今のお前に友達なんてない。お前は孤独だ』と。だから救わなければならないと。誰も教えてくれなかった過ちを突きつけ、真っ向から否定し、私のために教えてくれた。だから私は、これまで目を背けてきた恐ろしい己の罪を、孤独を、認めることができた。償えずとも、背負うことができた。
だから。
もう、一人は嫌だ。
孤独は耐えられない。
だから、消滅して、会えなくなるのは、怖い。
再び震え出した肩を、後ろからデザートが抱きしめる。
「すぐ戻ってくるから。お前は、そこのシャルロット(理由不明の明光に包まれている)と、あのテラフレシアのローゼンと一緒に、エクレアを守っててくれ」
タルトは黙って否定向きに頭を振る。振ってしまう。まるで駄々っ子がいやいやと首を振るようにみっともない仕草で。しかし、この大事な局面を嘘でごまかし、取り返しがつかなくなるよりマシだ。そうだ。その通りだ。そもそも魔王ひとりを、部下一人も連れずにネクロポリスに向かわせるなんて、魔王の後見人として容認できない。そんなの己に有るまじき失態じゃないか。そんなのは側近失格じゃないか。前魔王のフィナンシェ様に顔向けできないじゃないか。
――いえ、違う。
どうして、この期に及んでまで、そんな醜い嘘が出てしまうのか。
「……私、もう、ひとりは、嫌なんです」
絶対に言いたくなった、みっともない、情けない、見下げ果てた本音。それを彼女は、とうとう吐き出してしまう。
「だから、」
――行かないでください。
大事な友人の命がかかっているこの場で、そんな最低な言葉を口に出しかけたそのときだ。
「なぁ、タルト」
クルっと強引に。デザートにこちらを向かされた。
――ぶたれる。
そう思った。過去にあまりに身勝手を言った時、そうされたことがある。
だから、そう思った。
デザートはふわりと優しく抱き寄せて、また洟と涙でぐずぐずになっているタルトに、その唇に口づけをした。
脊髄が溶けそうな、そんな甘い電流が走った。
力が抜けてボウとする。
そっと唇を離したデザートが無邪気に笑う。
「オレ様もな。むかしむかしの大昔に、前魔王が長く城を開けるときに駄々をこねたことがある。そのときは、本当に寂しかったからな。だから俺はお前の気持ちが分かる……あのときは、こうして勇気づけてくれたもんだ」
――馬鹿で可愛らしい私のデザート。よりにもよってこの私を心配するだなんて、生意気にもほどがある。愚かにもほどがある。本来ならば滅界に追放ものの不遜と無礼なのだけれど、可愛らしいから許してあげるわ。代わりにその唇を、首の代わりにもらっていくわね。
そんな回想を口にしながらも、デザートはスマホの転送アプリを起動する。いまや死者たるデザートには、その行先リストにしっかりとネクロポリスが追加されている。
「なに、お前を打ち倒し、屈服させたほどの魔王デザート様だ。それ以上は見くびるなよ。どんと構えて待っていろ。心配するな。寂しがるな。すぐだ。必ずエクレアを助ける方法を見つけてくる。そしてその間は、エクレアのことをしかと頼んだぞ。魔王命令だ!」
ビシ! っと指を指す。そしてその言葉を聞いて、ようやく我に返ったタルトが手を伸ばす。既にアプリによる転送魔法が詠唱されているデザートの姿は、希薄なエーテルになりかけて曖昧だ。こちらとの交信もほとんどできないだろう。しかし、何が何でもこれだけは言わなくちゃいけない。
「ま、待ってくださいデザート様! その! 今になってスッゴイ大事なことを思い出したんです! たぶんネクロポリスの現国王は! 私のい****」
「はっはっはっはっはっは! さらばじゃ!」
どうでも良い決め台詞にタルトの肝心なセリフは搔き消され、デザートは魔力の奔流となって時空転移した。
あとに残されたタルトはペシャっとへたり込む。そして事の重大さを改めて認識して頭をくしゃくしゃと搔きむしる。
「あ~~。どうしようどうしようどうしよう! せめて私の槍を持たせて身元証明するべきだった! 今のデザート様は自称魔王のただの死者魔人! あの超カチコチ国王への謁見なんて簡単に叶うわけない!」
そうして一人嘆いていたら。
「失礼ながらタルトくん。ボクが思うに君にとってその槍は何があっても手放すべきではない命のようなものだと思っていたんだけど、それを差し出してまで証明できるものってなんだい?」
眩しい光とヤヤコシイ姿を伴いながらシャルロットが出てきた。当然ながらどのような醜態を晒しているかの解説はできない。これは良い子のゲームである。
あまりに見苦しいのでタルトはアイアンメイデンを解除し、シャルロットを元の姿に戻してあげた。というか魔草にはあまり効果はないようだった。タルトは何度も『夢じゃないよね』と自分の唇を触って確認しつつ告げる。
「あのね。もしもネクロポリスが平常運営されていたら、今の国王は、いえ、今の女王はケロン改めケロニカ・ゲロッパーズっていう悪魔王なんだけれど、性格が凄く厳格で『極めた例外』以外、並の魔物はまともに取り合ってもらえないの。それでその『極めた例外』というのが、この槍を持つ私なの」
シャルロットがまじまじと、タルトのとトライデントスピアを見る。いまいち把握できない。「と、言うと?」とさらに促せば、タルトがその槍をビュバっと一度旋回する。
「私の槍の師はね、ネクロポリス前国王のバルバドス・ゲロッパーズ。そして現国王ケロニカは彼の一人娘で、そして私の可愛い妹弟子なのよ」




