003話 路上ライブ
まだ暗がりの残る早朝。
グリーブの町の広場。その外周付近において、頬に切り傷のある男が木箱を設置していた。
――へへ。これさえ起動すれば、大混乱間違いなしだぜ。
ここグリーブの町が所属するケセル王国では、次期王を議会投票で決めることになっている。有権者はおもに貴族で構成され、そのほとんどが各町の領主だ。町の規模がそのまま発言力になっている。
議会は第一王子派、第二王子派、第三王子派に割れていて、ここグリーブの町の領主は第三王子派。町の規模としてはこの国の三番目で発言力が大きく、第三王子派としてのリーダーを担っている。
――グリーブの町で混乱を起こせば、議会でのここの領主の発言力が弱まるってわけさ。
治安問題は各町の恥部で、町内で大きな混乱が起きれば、日和見の貴族たちがこの領主に追随することがなくなり、さらには第三王子派の貴族であってもそこから脱退する可能性さえ出てくる。
――発言力が弱まれば、世継ぎ問題に留まらず、内戦問題も浮上する。グリーブの町の領主は東隣の町の領主と折り合いが悪い。東隣の町の領主が混乱に乗じて領地の境界を侵すことさえ視野に入る。
ケセル王国では内戦は禁止されている。しかしこれまでの歴史上、発言力が弱まっている状態なら、領主間のいざこざが黙認されることもしばしばあった。領主間の戦いが起これば、さらに発言力が下がること間違いなしだ。
「へへ。正午になるのが楽しみだぜ」
男が設置しているのは時限爆炎の魔道具を入れた木箱。
設定時刻になれば大きな炎を噴出し、その場だけに限らず近隣の建物へと延焼する算段となっている。
木箱を広場の外周三か所に設置し終えると、男はどこかへと姿をくらませた。
日が高く昇った頃。
にじいろタイフーンの四人が宿屋から出て広場に顔を見せた。
「どの辺でライブをしようか?」
「泉の前がいいかしら」
広場の外周近辺には露店が並んでいて人の流れはそちらに集中している。そのため中央の泉周辺は比較的に人通りが少ない。それで、泉の前で路上ライブを行うことに決めた。
「いざ並んでみると、あまり目立たないな」
泉の前で、四人は定位置に並んでみた。
それは町行く人の陰になって存在感がいまいちだった。
「あれだよ、あれ。あの木箱を借りようよ」
ゆいなが指差したのは、露店の後方にある木箱。
それを拝借し、泉の前に並べて簡易ステージを作ろうというアイデアだ。
「あれに上って歌うのね。いいじゃない」
四人は露店に向かって行く。
「おじさん、木箱、借りてもいいかな?」
「木箱? いいぜ。後ろのやつも使ってもいいぜ。今朝来たら勝手に置いてあった物だしな」
「ありがとう。お借りします」
木箱を抱え、泉の前に運ぶ。
カタン。
運んでいる最中に木箱の中で音がした。
「この木箱、何か入っているぞ」
乱雑に置いてあったから空箱だと思い込んでいたが、どうやら中に何かが入っているようだ。
泉の傍に置くと、ふたを開いて中を確認する。ふたが固定されていないのは木箱を設置した男のミスで、釘で打ちつけるのを忘れていたのだ。
「四角い小箱だね。忘れ物かな?」
「それなら、泉の縁にでも並べておきましょうか。持ち主が気づくかもしれません」
四角い魔道具を泉の縁に置き、別の露店へと木箱を拝借しに行く。
そちらの露店の背後にもやはり木箱が置いてあり、店の物のほかに、それを借りた。
泉の前まで運んで中を確認すると、同じような四角い魔道具が入っていて、さっきの物に重ねて置いた。
もう一か所からも同様に箱を借りて、やはり四角い魔道具が入っていて、積み上げて置いた。
「あっ!」
ゆいなが木箱を並べようと屈んだ際、尻が泉の縁に当たり、そのまま積み上げた四角い魔道具にも当たってそれらを泉の中へと落としてしまった。
「あ~あ。濡れちゃったね」
「拾い上げて干しとこうぜ」
泉に腕を突っ込み、落とした四角い魔道具を拾い上げる。
再び縁に並べられた四角い魔道具は内部にまで水が入っていて、最初の頃よりもだいぶ重くなっていた。
「忘れ物なんてどうでもいいから、早くしなさいよ」
今、借りてきた木箱を、高さがなるべく揃うように並べ直している。箱と箱との間にもしも大きな段差があると、踊りの最中につまずく恐れがあるからだ。
並び終えた頃には正午近くになっていて、人通りも多い状態となっていた。
「そろそろ始めましょうか」
「ステージ衣装に換装!」
神から授かった衣装替え能力で衣装を替えた四人は、木箱の上に立った。
「あんたたち! こっちを見なさい!」
「アイドル、にじいろタイフーンでーす」
「これから路上ライブをおこなうよ!」
「にじいろタイフーンの歌と踊りを、観て聴いてくれたらありがたいぞ」
四人の声掛けに、町行く人たちが振り向いた。そしてゆっくりと集まって来る。
「一曲目、『サーチYou』」
「♪いつも探して appearance
斜め後ろの バッドディスタンス
人混み乗り越え瞳に映す
君の笑顔を チャージ チャージ――」
みさきたちが歌いだし、路上ライブが始まった。
夕霧の四人が最前列で観ていて、まるで桜のようにノリノリで歓声を上げたり、手拍子をしたりしている。
時間とともに、観客が増えていく。地球で地下アイドルをしていたときとは比べ物にならないくらいの人気ぶりだ。
そんな、にじいろタイフーンの路上ライブを遠巻きに見る男がいた。
――そろそろ発火する時間だ。ぐふふ、町中が慌てふためく姿が目に浮かぶぜ。
設置した魔道具は、正午ちょうどに爆発炎上する設定だ。
今、正午の鐘が鳴った。しかし、どこからも炎が上がらない。
――おかしい。時間になったのに、炎が上がらない。設定時刻を間違えたか?
炎が上がるべき場所に顔を向けると、木箱がなくなっていることに気がついた。
――どういうことだ? 今朝仕掛けた箱がなくなっているぞ!?
この町では放置木箱は月に一度ぐらいにしか廃棄処理されないことは調査して知っている。
――おおっ!? 泉の縁に並べられているのは俺が作った魔道具じゃねえか!
泉の縁に三つ、四角い魔道具が並べて置いてある。
しかも、それらからは水がしたたり落ちている。
――弱点を的確に見破ってやがる。
爆発を防ぐには赤青黄の三本のうち一本の配線を切断するしかない仕様としていた。間違えて切断するとその場で爆発するとても危険な魔道具のはずだった。
しかし、火薬を多く使っていることもあり、唯一の弱点が水だった。構造上、水に濡れれば点火しなくなる。
――ちぇっ。この町には目利きがいるのか。これ見よがしに並べやがって。
残念ながら、並べたのはにじいろタイフーンで、濡らしたのは偶然だ。男の計略は、彼女らの路上ライブによってたまたま阻止された。そうとも知らず、男は大層悔しがりながら人混みの中へと消えていく――。
所変わって路上ライブ会場から東の方角の建物の三階では。
ベッドの上に横たわる若い女性。その腕と脚には魔物のような毛が生えている。これは何人たりとも治癒・解呪することのできない凶変魔物による呪い。
「ライラ、踊り子だよ」
「……」
ちょうど見舞いに来ていたその女性の姉が、窓の外に顔を向ける。にじいろタイフーンのライブの音が聞こえたからだ。
「ほら、見えるようにしてあげるよ」
「……」
ただ毛が生えるだけでなく、体の自由がだんだんと奪われる進行性の呪いで、ライラの呪いは体を動かすことさえもできない状態にまで進行していた。
それで、姉はライラを背負うようにして窓際まで連れて行く。
「四人で踊る踊り子って、珍しいね」
「う……、あぅ……」
呪いの影響で言葉を話せなくなっていて、彼女の命はもってあと十日ほどだと診断されていた。
まだ健在な瞳。そこに窓越しににじいろタイフーンの踊りを映す。すると踊り子好きなライラの瞳は輝いた。
「あれ? ライラ……。腕、腕の毛が薄くなっているよ!?」
獣のように毛深かったライラの腕。その腕から毛がどんどん消えてなくなっていく。
「まさか! 呪いが解けていく!」
「あ……」
呪いが解けていく現状に驚愕する二人。
「ライラ、ライラ!」
「お姉ちゃん……」
ライラは声が出せるまでに回復した。
背負う状態から向き直して抱き合い、涙を流して喜びあう。
あれよあれよといっているうちに、余命宣告されていたライラの呪いは完全に消え去った。
今は一命をとりとめた喜びに浸ることだけで頭の中はいっぱい。原因を探るのは後送りとし、強く抱きしめ合ったまま時が流れていく――。
歌詞部分は、「なんとなくこんな感じ」なイメージです。
皆様の脳内で素敵な曲に変換していただければ幸いです。




