002話 魔物がいる
やや早いが今日の仕事を終え、土の道を歩いてグリーブの町へと帰還する冒険者パーティー、夕霧の四人。全員女性のパーティーだ。
「今日はゴブリンロードを仕留めたから、景気よくパーッと飲もうぜ」
「飲食に使うのはもったいないです。剣を新調する資金にしましょうよ」
これまでも大物を仕留めると決まって大酒を飲んできた。そのせいか、武具の新調にまでなかなか金が回らず、ボロな剣を使い続けている。
「向こうの草原で踊っているのはなんだ? 踊り子か?」
「歌声が聞こえます」
「あーら、歌う踊り子かしら。珍しい」
「踊りにしても、四人が同じ動きをするなんて、見たことがないっス」
少し先の草原では、にじいろタイフーンが歌と踊りのレッスンをしている。それを眺めながら歩いて行く。
「おい、あれ、魔物じゃないか!?」
「ファングウルフです」
「あらら、こんなに町の近くに魔物が出現するなんて!」
「やばいっス、あの踊り子たち気づいていないっス」
にじいろタイフーンの背後から忍び寄る魔物ファングウルフ。
普段、町の近くに魔物が出現することはなく、とても不運な出来事だ。
「「「「おーい、危険だ、逃げろ!」」」」
夕霧から魔物までは遠く、駆けたところで間に合わない。
そのため大声をあげて注意を促すに留めた。
その声に最初に反応したのは魔物のほうだった。チラリと声の出所に顔を向け、彼我の距離が遠いことを見切るとすぐに顔を正面に向き直し、にじいろタイフーンに向かって跳躍した。
「危ない!」
「いやあぁっ」
「もうダメっス!」
誰の目から見ても回避は不可能。にじいろタイフーンは背後から噛みつかれ……。
「どうなってんだ? ファングウルフが消えたぞ?」
顔を覆う両手の隙間から状況を確認すると、ファングウルフの姿が忽然と消え失せている。あれは確実に噛みつかれる間合いだった。どこかに隠れたとしても跳躍の軌道を強制的に変えることなどできるはずがない。
「地面に魔石が落ちています」
「あら? 誰かが魔法でも飛ばしたのかしら?」
にじいろタイフーンの背後の地面には魔石が一つ、転がっている。きっとそれはファングウルフの魔石に違いない。ただ、そうなると誰かがファングウルフを倒したことになる。
周囲を見回しても、魔法の間合いとなる距離には誰もいなかった。
ここまで状況が進展してからようやく、にじいろタイフーンが踊りを止め、こちらに振り向いた。夕霧は駆け足でそれに接近する。
「危ないって、声をかけてくださいました?」
「何が危ないんだ?」
「ああ。あたいらは冒険者パーティー夕霧。嬢ちゃんたちの背後にファングウルフが迫っていたから声をかけた」
「ファングウルフ? それって魔物よね? どこにも居ないんだから」
左右を見、腰に左手を当てて返すあや。
「それが、忽然と姿を消したんだ」
「そこに落ちてる魔石が、おそらくファングウルフのものっス」
夕霧のメンバーが魔石を拾いあげ、鑑定をおこなう。するとやはりファングウルフの魔石だった。
「嬢ちゃんたちは背後の魔物を仕留めるような魔法を使えるのかい?」
「背後に魔物が……。そもそも魔物がいたことに気づいてもいませんでした」
みさきは左右を見回し、それから魔石を凝視する。
「魔法じゃなけりゃあ結界か」
「魔法も結界も、知らないよ。私たちは歌と踊りのレッスンをしていただけだから」
ゆいなを始め、にじいろタイフーンの誰もが、魔法を使うことはできない。
話せば話すほど謎が深まるばかり。
「まあ、なにはともあれ無事でよかった」
夕霧は魔物が魔石になった原因の調査を諦めた!
魔石をみさきに手渡し、話をまとめにかかる。
「魔石は冒険者ギルドに売ると金になる。冒険者として登録しないといけねぇが、登録自体は無料だ」
「はい、ありがとうございます」
「魔物に冒険者。やっぱりここは異世界なんだね」
「魔物がいるなら、今後、どこでレッスンすればいいのよ」
口をへの字に歪めるあや。
「町の近くに魔物が出没すること自体、とてもレアなケースだ。だから周囲に気を配ってさえいれば、今後この場所で魔物に襲われることはないだろう。町に背を向けて踊れば隙がなくなっていいんじゃないか?」
「そう? 今後は町に背を向けて踊りましょうか」
みさきはにこりと笑みを零した。
「ところで、嬢ちゃんたちは新手の踊り子かい? 歌って踊るってのは珍しいな」
この世界で一般的に知られている踊り子は、一人が仲間の伴奏に合わせて踊るだけだ。四人が歌いながら踊るスタイルはとても珍しい。
「私たちはアイドルだよ」
「異世界アイドルにじいろタイフーン」
「明日の昼、町の広場で路上ライブをやるからぜひ観に来てください」
「あんたたちみんな、虜にしてあげるんだから」
「アイドル……。よくわからねぇが、歌って踊るわけだ」
「町の広場っスね。リーダー、明日は休んで観に行くっス」
夕霧の四人は明日の路上ライブを観に行く算段をつけ、別れを告げた。土の道へと戻り、グリーブの町へ入って行く。
「さあ、レッスンの続きをしましょう」
「早速、背後から襲われないよう、向きを変えるか」
「それがいいね!」
これまでは町に向かってレッスンしていた。それを町に背を向けてレッスンすることにした。魔物は町の中からは出没しない。町に背を向けてさえいれば魔物の接近に気づけるはずだ。
「本当に魔物がいるなんて、物騒な世の中よね」
「異世界に来たって実感がわくよ~」
「冒険者ってのもいるしな」
曲が一巡して小休憩。その間に先ほどの出来事を思い出す。魔物がいて魔石になって、冒険者もいた。元の世界ではありえない話だ。
「アイドルとして売れなければ、冒険者でもするか」
「そんなの嫌だよ」
「ふん、あたしがいるのよ。メジャーデビューできるに決まっているんだから」
「メジャーになれるよう、頑張りましょう」
異世界に転生したのは、もう一度アイドルになるため。前世では地下アイドルとして駆け出したばかりだった。メジャーなアイドルになる夢は前世も今も変わらない。
「そもそもこの世界にアイドルっているのか?」
「さっきの人たちの反応だと、いなそうだったよね」
「いてもいなくても、ここ異世界でアイドルになれるよう、神様にお願いしたんだから、なれるに決まっているわよ」
「確約は取れていませんけどね」
ただ、この世界ではアイドルというジャンルが確立されていなそうで、少し不安を感じる四人だった。




