001話 私、異世界行ってもアイドルします!?
東京某所、立ち並ぶ雑居ビルの合間にある小さなライブハウス。
そのステージ裏では四人のアイドルグループにじいろタイフーンが待機していた。今、ちょうど開演時間となり、四人は顔を見合わせる。
「緊張するね」
「それって自意識過剰だぞ。お客はフリッカーズを観に来ているだけだろうし」
「ですよねー」
「それでも多くの人の前で歌えるんだから。嬉しいに決まっているでしょ」
残念ながらにじいろタイフーンは前座であり、主役ではない。一曲披露するだけの役割だ。
円陣を組んだ四人は右腕を前方に差し出し、手の平を重ね合わせる。
「「「「にじいろタイフーン、ゴー!」」」」
虹を意識した衣装カラーはそれぞれ赤、緑、黄、青だ。掛け声とともにその腕が高く掲げられた。
暗いステージ裏から明るいステージ中央へ、にこやかに片手を振り、軽く駆けて登場。
笑顔は作りものではなく、狭いながらもたくさんの客が集まってくれている姿を見て自然とこぼれたもの。もちろん、客は前座ではなく主役を観に来ていることは重々承知している。それでも多くの客に観てもらえて嬉しいのだ。
「前座を務めます、にじいろタイフーンです。初めての人、初めましてって言うか、みんな初めまして!」
「それじゃあいくよ! 曲名は『サーチYou』」
ガガガッ、ガゴン!
演奏が始まると同時に、頭上で大きな音がした。
「「「「きゃぁぁぁぁっ!」」」」
見上げた瞬間にステージ上の天井が崩落し、逃げる間もなく四人はその下敷きとなった。
………………。
…………。
……。
「……あれ? ここは?」
「気がついたかの?」
見渡せば雲海の上のような広い空間。
目の前には木杖を手にした貫頭衣の老人が一人いるだけ。
こちら側にはにじいろタイフーンの四人が並んでいる。
「さっきまでライブハウスにいました。夢でも見ているのでしょうか?」
リーダーで赤色衣装のみさきが率先して尋ねた。
「ふぉっ、ふぉっふぉっふぉ。お主らは死んだのじゃ」
「死んだ!?」
「そうじゃ。死んだのじゃ。ちょっとした手違いでの……」
老人の目が泳いでいる。
「本当は隣の雑居ビルの天井を崩落させる予定だったのじゃが、手元が狂っての。お主らの頭上の天井を崩落させてしまったのじゃ」
隣の雑居ビルに極悪人が複数人集まっていて、そこに天誅とばかりに天井崩落をプレゼントするつもりだったらしい。
「広大な宇宙の大きな銀河。その中の小さな惑星の微小な建物じゃ。手元が狂うこともあるのじゃ」
老人は両腕を広げて円を描き、さらにその中に杖で大きな円を描いく。そして片目を閉じ何かを狙うようにして、杖の先をちょこんと突き上げる。
「手元が狂ったって……?」
「つまりあなたは、猟奇殺人の犯人なのですか?」
「ワシか? ワシはお主らが神と崇める存在じゃ」
神と名乗る老人は白髭を撫でおろして威厳を漂わせるように言った。
「神様!? たとえ神様だとしても人殺しはいけないと思います」
「先ほど申したように、既に何人も殺めておる極悪人を誅殺しようとしたまでじゃ。極悪人を放置しておると今後も何十人も殺されることになるじゃろうて。それは防がねばなるまい? いわゆる天罰なのじゃ」
白髭を何度も撫でおろしながら話す神。
「天罰……」
みさきは呆然と声にした。
「ワシは天罰を与えることが仕事での。理解してもらえたようじゃな。そこでじゃ。手違いとはいえお主らを死亡させてしまったことは謝る。謝罪の一環として、お主らには新しい命を用意したいのじゃ」
「まさかこれって、転生モノの流れだよね!?」
「転生モノって、赤ちゃんに生まれ変わって新しい人生を歩む話でしょう?」
緑色衣装のややオタク気味なゆいなが期待に胸を膨らませている。
みさきも転生モノがなんたるかを理解しているようだ。
「赤ちゃんだとアイドルできないぞ」
「はぁ? 大きくなるまで待てってこと? そんなの待ってなんかいられないわ」
黄色衣装のりんに続き、青色衣装のあやが腰に手を当てて言い放った。
「うむ。元の世界でやり直す場合は赤子からじゃの。異世界であれば今と同じ体を生成してそこに魂を宿すことが可能じゃ。もちろん異世界であっても赤子からやり直すこともできるがの」
「同じ体……。微調整を希望するよ」
「そっくりそのままだから魂移しができるのであって。サイズ調整をしたら魂を収めることができなくなるから駄目じゃ」
豊満とはいえない四人の中でもとりわけ凹凸の少ないゆいなが、胸元を覆うようにしてサイズ調整を望んだがあっけなく断られた。
「異世界転生でよろしいかの?」
「「「「私、異世界行ってもアイドルします!」」」」
「うむ、それでは異世界転生の儀を……」
「ちょっと待ってください」
木杖がやや高く掲げられたところで、みさきが待ったをかけた。
「異世界って、言葉が通じますか? 通じないとこれまでの歌が使えなくなって困ります」
みさきの言う通り、せっかく転生しても言葉が通じないと大変なことになる。楽曲を一から作り直すのはとても手間のかかることだからだ。
「ふぉっふぉっふぉっ。それについては大丈夫じゃ。ちゃんと日本語が使える異世界へ案内するからの」
「でもさ、異世界って魔物がいたりするよね? 大丈夫なの?」
「おおぅ、魔物か。そうじゃの。それは見落としておった。ならばお主らには特別に魔物に抗う力を宿してやろう」
「魔物なんているのか。やべーな」
四人の中で一番快活なりん。魔物と聞いてやや怯えを示している。
「なあに心配することもあるまい。強力な力を用意してやるからの。で、質問は以上かの?」
「……はい。質問は以上です」
神の問いに、みさきがみんなの顔を見回してから答えた。
「それでは異世界転生の儀、キェー、クェー、ホアァッ!」
高く掲げられた木杖から眩い光が放出され、視界が真っ白になる。
やがてその眩しさが和らぐと、四人は見知らぬ地に立っていた。
そこは左右を大自然に囲まれた土の道。
「ここが異世界?」
「日本のどこかの山中じゃないのか?」
「体にも衣装にも、傷一つありません」
「本当よね。元の体そのままって感じなんだから」
辺りを見回し、次に自分たちの姿を互いに見合う。
皆、死ぬ直前の衣装のまま。
赤色衣装、セミロングのみさき。
黄色衣装、ポニーテールのりん。
緑色衣装、ショートヘアのゆいな。
青色衣装、ツインテールのあや。
「わわっ。これって超便利じゃない?」
誰かに教わったわけではないけれど、空間に指で四角形を描くとそこにメニューが現れ、その中の一つ、衣装替えを選ぶと、一瞬で中世の町人風衣装に切り替わった。
「そうね。ステージ衣装だと目立つから丁度いいじゃない」
「神様、気が利くじゃん」
「これ、魔法収納って言うのかしら。金貨八枚とガラス玉が入っていました」
みさきは手の平大のガラス玉を取り出し、指先でそれに二回触れると楽曲が流れだした。
「『サーチYou』の演奏じゃない。頼んでもないのに神様、やるわね」
みさきたちにじいろタイフーンは楽器を演奏しない。ライブハウス側に楽曲データを渡してその再生演奏に合わせて歌って踊るのだ。
ガラス玉は音声スフィアという魔道具で、持ち歌四曲の演奏が収録されていた。
四人は演奏に合わせて鼻歌を響かせながら土の道を歩く。
やがて見えてきたのは石の壁に囲まれた町。
「ここまで車を見なかったこともあるけど、中世風っていうのか、昔に戻ったみたいだぞ」
道を歩いている際、馬車とすれ違ったが車は見なかった。
「あれは門衛か? 待ち構えているけど通ってもいいんだよな?」
「とりあえず、何食わぬ顔で通過してみましょう」
門をくぐり、町の中に入ると、ビルディングと呼べるような建物はなく、せいぜい四階建ての建物が並んでいるにすぎない。
四人は町並みを見て歩く。
「ライブハウスって、あるのかな?」
「どう見てもなさそうだぞ」
「あれなんて、どうなのよ?」
「あれですね? あそこには劇場って看板があります」
文字は慣れ親しんだひらがな漢字とは異なるが、何が書いてあるのか理解できる。
「劇場って、そこでライブできそうだね」
「できるに決まっているんだから」
ほかの建物と比べると幅の広い建物、劇場。ライブハウスの代わりとなる空間に違いない。
「目先の目標は劇場でのライブ開催としましょう」
「どうやって借りるのかわからないけど、なんとかなるだろ」
「そうと決まればレッスンよね。で、カラオケボックスはどこにあるのよ?」
「あやちゃん、それ、あると思う?」
町の中を粗方見て回ったが、カラオケボックスはもちろんなかった。
姿かたちは同じといっても、新しい体に生まれ変わったのだ。それで、歌と踊りの確認が必要だと考えたのだけれども、町の中にはレッスンをできそうな場所はない。
「一度町から出ましょう。町の外になら開けた場所がありました」
これまで見てきた町の外は開けていて、ちょっとした草原に入ればそこでレッスンできそうだった。
四人は町の外へと向かった。
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