第89話 黒龍襲来! 結界を砕く禁断の魔術
第89話 黒龍襲来! 結界を砕く禁断の魔術
◆◆◆ヴェルザーク帝国の攻撃
王国の海岸。
国全体を包む結界が、淡い光を放っていた。
海岸を守る兵士たちは、沖合に並ぶ船を警戒している。
その船団は、ゆっくりと王国へ近づいていた。
やがて、先頭の船に掲げられた旗が見えてくる。
「敵船の旗を確認!」
見張りの兵士が叫んだ。
「ヴェルザーク帝国の旗です!」
その報告に、海岸の兵士たちの表情が険しくなった。
ついに敵が姿を現したのだ。
その直後――。
ドォォォン!!
海上から大きな爆発音が響いた。
「大砲だ!」
ドォォォン!
ドォォォン!
ドォォォン!
敵船から、何発もの大砲が発射された。
砲弾は海岸へ向かって飛んでくる。
兵士たちは身構えた。
しかし――。
バァァン!!
砲弾が結界にぶつかった瞬間、強い光が広がった。
爆発の衝撃は結界の外側で止まり、王国の町や海岸には傷一つつかなかった。
「結界が守ってくれたぞ!」
「よし! 今のところ、被害はない!」
兵士たちから安堵の声が上がる。
魔術兵士たちも、結界が正常に働いていることを確認した。
だが、指揮官の表情は晴れなかった。
「油断するな。敵がこれだけで終わるとは思えない」
その言葉が終わる前に、異変が起きた。
◆◆◆空を覆う黒い影
突然、空が暗くなった。
さっきまで見えていた太陽が、黒い雲に覆われていく。
「な、なんだ……?」
兵士たちが空を見上げた。
雲の中から、巨大な影が現れる。
長い首。
大きな翼。
鋭く伸びた爪。
全身を黒い鱗で覆われた、恐ろしい龍だった。
「龍だ……!」
「黒い龍が空にいるぞ!」
黒龍は大きな翼を広げ、王国の結界を見下ろしていた。
その姿からは、生き物としての温かさが感じられない。
まるで、破壊するためだけに存在しているかのようだった。
黒龍が低くうなり声を上げる。
ゴォォォォ……!
その声だけで、海岸の兵士たちは足がすくむような恐怖を感じた。
「魔術兵士たち! 結界を維持しろ!」
指揮官が叫んだ。
そのとき、黒龍が大きく翼を動かした。
そして、結界へ向かって急降下する。
「来るぞ!」
黒龍は鋭い爪を振り上げた。
ガリィィィン!!
爪が結界をひとかきした瞬間、空気を震わせる音が響いた。
結界に、一本の大きなひびが走る。
「そんな……!」
「結界にひびが入ったぞ!」
兵士たちの顔から血の気が引いた。
黒龍は再び翼を広げ、空へ舞い上がる。
その爪が通った場所には、黒い光が残っていた。
◆◆◆エルセリオンの判断
「全員、結界を張り直せ!」
一人の魔術兵士が声を上げた。
彼の名は、エルセリオン。
結界魔法に優れ、王国の魔術兵士たちの中でも高い技術を持つ人物だった。
エルセリオンは両手を前に出し、魔力を集中させる。
「結界再構築!」
周囲の魔術兵士たちも一斉に魔力を注ぎ込んだ。
青白い光が広がり、ひびの入った部分を覆っていく。
やがて、結界は新たな光をまとい、再び王国を包み込んだ。
「間に合った……」
兵士たちが息をつく。
しかし、エルセリオンの表情は険しいままだった。
彼は黒龍を見上げ、低い声でつぶやいた。
「まさか、あの魔術を使っているのか……」
近くにいた魔術兵士が尋ねる。
「エルセリオン殿、何か分かったのですか?」
エルセリオンは、結界に残った黒い光を見つめた。
「これは……黒天滅界魔術だ」
「黒天滅界魔術?」
「ああ。黒龍を使役し、その力で結界や防御魔法を破壊する禁断の魔術だ」
エルセリオンの声には、隠しきれない緊張があった。
「黒龍を支配下に置くには、相当な魔術の力が必要になる。並の魔術師に扱えるものではない」
「では、敵にはそれほどの魔術師がいるということですか?」
「そう考えるべきだろう」
エルセリオンは再び空を見上げた。
黒龍は、結界の外側をゆっくりと旋回している。
まるで、次にどこを攻撃するか探しているようだった。
「新しく張り直した結界も、いつまでも持つとは思えない……」
エルセリオンは、結界を維持する魔術兵士たちに目を向けた。
「全員、魔力を温存しろ。次の攻撃に備えるんだ」
王国を守る結界は、まだ破られてはいない。
しかし、その守りには確実に亀裂が生じ始めていた。
◆◆◆黒龍を操る者
同じころ、ヴェルザーク帝国の船団。
その中でもひときわ大きな船の甲板に、一人の男が立っていた。
名は、ザルヴェイン。
彼は王国の方向を見つめ、空を舞う黒龍を眺めていた。
黒龍の周囲には、黒い魔力が渦巻いている。
ザルヴェインは片手をゆっくりと持ち上げた。
「ふふ……ようやく始まったか」
彼の手には、黒い光を放つ魔術の紋様が浮かんでいた。
それは、通常の魔術とは異なる禁断の力だった。
ザルヴェインは、その力を使って黒龍を支配下に置いていた。
「黒龍よ。あの結界を破壊しろ」
その声に反応するように、黒龍の目が赤く光った。
ゴォォォォ……!
黒龍は大きく翼を広げ、再び王国へ向かって飛び立つ。
ザルヴェインは口元に笑みを浮かべた。
「黒天滅界魔術の力を見せてやろう。人間たちがどれほど結界を張ろうとも、いずれは崩れ落ちる」
彼の手に、さらに強い黒い光が集まっていく。
「さあ、どこまで耐えられるかな?」
ザルヴェインは、王国の結界が崩れる瞬間を待っていた。
◆◆◆アレクに届いた緊急報告
そのころ、王宮ではアレクが各地からの報告を待っていた。
そこへ、海岸から一人の伝令が駆け込んでくる。
「陛下! 緊急のご報告です!」
「何があった?」
「ヴェルザーク帝国の船団が、こちらへ大砲による攻撃を開始しました!」
アレクの表情が引き締まる。
「被害は?」
「現在のところ、結界によって防がれております。町や海岸に大きな被害はございません」
「そうか……」
一瞬、アレクは安堵した。
しかし、伝令は続けた。
「ですが、敵は黒い龍を出現させました。その龍が結界を爪で攻撃し、大きなひびが入りました」
「黒い龍だと?」
「はい。魔術兵士たちが急いで結界を張り直しましたが、敵の魔術は非常に強力とのことです」
アレクは立ち上がった。
「結界を張り直したのなら、まだ守れているのだな?」
「はい。しかし、結界魔法に優れたエルセリオンから、重大な報告が届いております」
「聞かせろ」
伝令は、緊張した面持ちで答えた。
「敵が使用しているのは、黒天滅界魔術と呼ばれる禁断の魔術だそうです。黒龍を使役して結界を破壊する力を持ち、相当な魔術の使い手でなければ扱えないとのことです」
「黒天滅界魔術……」
アレクは初めて聞く名前を繰り返した。
「エルセリオンによれば、今の結界が破られるのは時間の問題だと……」
部屋の空気が重くなる。
「どれほど持ちこたえられる?」
「正確な時間は分かりません。魔術兵士たちは結界を維持しておりますが、敵が再び攻撃すれば、さらに大きな負担がかかるとのことです」
アレクは地図に目を向けた。
海岸から敵が攻撃を仕掛けてきた。
しかも、黒龍を操るほどの魔術師が敵側にいる。
これまでの戦いとは、まったく違う状況だった。
「分かった。海岸の魔術兵士たちには、無理をさせるな。結界の維持を最優先にしながら、町と王宮の防衛態勢も整えろ」
「承知いたしました!」
「エルセリオンには、敵の魔術について分かったことをすべて報告させるんだ。黒龍への対抗策も探さなければならない」
「はっ!」
伝令が部屋を出ていく。
アレクは一人、地図の前に立った。
別荘にはエレナとリリア、アリア王女がいる。
敵の攻撃がさらに激しくなれば、別荘も安全とは言い切れない。
「何としても守らなければ……」
アレクは、家族のいる方角を見つめた。
そのころ、別荘ではリリアとアリア王女が仲良く眠っていた。
二人のそばには、ポポ、ピピ、リュリュのぬいぐるみ。そして黒い子猫のノクスがいる。
人間たちには、ただのぬいぐるみと子猫にしか見えない。
けれど、その小さな姿の中には、神々から託された大切な使命があった。
四匹は、外から近づく不穏な魔力を感じ取っていた。
『来たね……』
ピピが小さくつぶやく。
『リリアには、絶対に近づけさせないのだ』
ポポも決意を込めて答えた。
王国の空では、黒龍が再び翼を広げていた。
そして、その爪が次に結界へ触れようとしたとき――。
王国を包む光が、かすかに揺れた。
戦いは、まだ始まったばかりだった。




