第87話 雪景色の別荘! 小さなリリアを守る約束
第87話 雪景色の別荘! 小さなリリアを守る約束
◆◆◆別荘へのおでかけ!
王宮の外では、兵士たちが慌ただしく動き回っていた。
町を守るために配置される兵士。
武器や食料を運ぶ兵士。
そして、これから何が起こるのか分からず、不安そうに空を見上げる人々。
王宮全体が、いつもとは違う緊張に包まれていた。
けれど――。
「わぁ〜い! おでかけぇ〜!」
小さなリリアだけは、そんな異変を知らなかった。
エレナに抱っこされて馬車の前までやって来たリリアは、目をきらきらさせている。
今日はアリア王女と一緒に別荘へ行けるのだ。
リリアにとっては、楽しいおでかけでしかなかった。
「ありあちゃまも、いっちょにいくのぉ?」
「うん! ありあも、いっちょにいくぅ!」
アリア王女も、リリアの手を握ってにっこり笑った。
「やったぁ! ありあちゃま、いっちょにあしょぼぉねぇ!」
「うん! あしょぶぅ!」
二人は、もう別荘で何をして遊ぼうかと考えているようだった。
「リリちゃん、アリア王女。馬車に乗りましょうね」
エレナが優しく声をかける。
「はぁ〜い!」
リリアは元気よく返事をすると、侍女に手伝ってもらいながら馬車に乗り込んだ。
その後ろから、ポポ、ピピ、リュリュ、ノクスも続いた。
ポポは馬車の座席にちょこんと座ると、さっそく荷物の中をのぞき込んだ。
「おやつは……おやつはどこなのだ?」
「ポポ、まだ出発したばっかりだよぉ」
ピピがあきれたように言う。
「移動中は、おなかがすくかもしれないのだ!」
「さっき食べたばっかりでしょ〜?」
「おなかがすくのは、いつだって突然なのだ!」
そのやり取りに、リリアは声を上げて笑った。
「ぽぽ、たべりゅのぉ? リリもぉ!」
「もちろん、お嬢様! ポポにおまかせなのだ!」
いつもどおりの賑やかな様子。
けれど、馬車が動き出す直前――。
ポポたち四匹の表情が、ほんの一瞬だけ変わった。
彼らの耳元に、誰にも聞こえない神々の声が響いたからだった。
2 神様からの命令
同じころ、天界では四柱の神々が水晶の鏡を囲んでいた。
鏡には、別荘へ向かう馬車が映し出されている。
創造神ゼノは、いつもの冗談めいた表情を消していた。
『ポポ、ピピ、リュリュ、ノクス。よく聞きなさい』
四匹の頭の中に、ゼノの声が直接響く。
ポポは、いつもの食いしん坊な顔を引き締めた。
ピピも、ふざけるのをやめて背筋を伸ばす。
リュリュの虹色の光が静かに揺れ、ノクスの金色の瞳が細くなった。
『この国にも、戦争が迫っておる』
その言葉を聞いた瞬間、四匹の空気が変わった。
『海の向こうでは、すでに多くの国が滅ぼされている。敵の魔術師たちは強大だ。この国も、いつ戦場になるか分からぬ』
アテナが続けた。
『あなたたちに与える使命は一つ。何があっても、リリアを守ること』
『リリアには、まだ戦争のことを話してはならないわ』
フィオナの声は、いつもより優しかった。
『リリアはまだ二歳。大人たちが何を恐れているのか、すべてを理解することはできないでしょう。それでも、近いうちに、戦争が起きていることを感じ取るはずよ』
オルフェが静かにうなずいた。
『町から人がいなくなる。兵士たちが増える。いつもと違う光景を見れば、リリアも何かがおかしいと気づくだろう』
ゼノは、水晶の鏡に映るリリアを見つめた。
『それでも、今だけは笑顔で過ごさせてやりたい。あの子には、まだ楽しい時間が必要なのじゃ』
馬車の中では、リリアがアリア王女と手をつないで笑っていた。
その無邪気な姿に、神々はしばらく言葉を失った。
やがて、ゼノが再び口を開いた。
『近いうちに、こちらから魔術師兵士たちを送り込むことになる。それまで、リリアをしっかり守るのだ。敵の気配を感じたら、迷わず対処しなさい。ただし、人間たちに正体を知られてはならぬ』
『分かったよぉ!』
ピピが真剣な声で答えた。
『リリちゃんは、ピピたちが絶対に守る〜!』
『ポポにおまかせなのだ!』
ポポも力強くうなずいた。
いつもなら、おやつの話ばかりしているポポの目にも、決意が宿っていた。
リュリュは小さな翼を広げ、静かに言った。
『リリアには、指一本触れさせないよ』
ノクスも、尻尾をぴんと立てた。
『……当然だ。あいつを守るのは、オレたちの役目だからな』
食いしん坊たちは、真剣な表情で神々の命令を受け止めていた。
彼らは知っている。
これから先、リリアの笑顔を守ることが、どれほど難しい使命になるのかを。
けれど今は、まだ――。
馬車の中から聞こえる、楽しそうな笑い声を守るために。
四匹は静かに、心を一つにした。
◆◆◆町から人がいなくなった?
馬車は、王宮を離れて町の中を進んでいた。
窓から外をのぞいていたリリアは、ふと首をかしげた。
いつもなら、道の両側にはお店が並び、買い物をする人たちで賑わっている。
お菓子を売るお店もある。
果物を並べたお店もある。
リリアが手を振ると、笑顔で手を振り返してくれる人たちもいた。
ところが今日は、様子が違った。
道を歩く人が、ほとんどいない。
お店の前にも人影が少なく、通りはいつもより静かだった。
その代わり、あちらこちらに兵士たちが立っている。
馬に乗った兵士が駆け抜けていき、何人もの兵士が大きな荷物を運んでいた。
「……あえぇ?」
リリアは窓に両手をつけた。
「まま、みてぇ」
「どうしたの、リリちゃん?」
エレナが隣からのぞき込む。
「おみち、しーん……なのぉ」
「そうね。今日は、いつもより静かね」
エレナは心配そうに外を見たが、幼い娘に余計な不安を与えないよう、優しく微笑んだ。
リリアは、もう一度外を見た。
「おやちゅのおみしぇ、いないのぉ?」
いつもなら、お菓子を売る店の前には人がいる。
けれど今日は、店先に人影が見えなかった。
「おやちゅ、ないのぉ……?」
リリアの小さな眉が、きゅっと下がる。
ポポが思わず身を乗り出した。
「な、なんと! おやつのお店が静かだと……!」
「ポポ、今はおやつの心配してる場合じゃないよぉ」
ピピが小声で注意する。
「でも、おやつは大事なのだ……!」
「しーっ!」
ピピに口をふさがれ、ポポは慌てて黙った。
リリアは、今度は道を行き交う兵士たちを見つめた。
「へいたいしゃん、いっぱい……」
「そうねぇ」
エレナは答えたものの、それ以上は説明できなかった。
リリアはまだ二歳。
戦争という言葉の意味も、国を守るために兵士たちが動いていることも、理解できない。
それでも、いつもと違うことだけは分かっていた。
「なんでぇ……?」
小さな声が、馬車の中に落ちた。
ピピはリリアのそばに寄り、そっと手を握った。
「リリちゃん、もうすぐ別荘に着くよぉ。楽しいことがいっぱいあるからね〜」
「たのちいことぉ?」
「うん! いっぱいあるよぉ!」
「おやちゅもぉ?」
「……きっと、あるよぉ!」
ピピは、ポポの方をちらりと見た。
ポポはすぐさま胸を張る。
「おやつのことなら、ポポにおまかせなのだ!」
「ぽぽ、たのんだぁ!」
リリアは、ぱっと笑顔になった。
その笑顔を見て、四匹は胸をなで下ろした。
町の異変に気づき始めたリリア。
けれど、今はまだ、目の前の楽しいことを信じていてほしかった。
◆◆◆初めての雪景色!
やがて、馬車は町を抜け、別荘へ続く道に入った。
山あいの道を進んでいくと、窓の外の景色が少しずつ変わり始めた。
木々の枝には、白い雪が積もっている。
屋根も、道も、草原も、まるで白い布をかけたようだった。
そして、別荘が近づいたとき――。
「……あっ!」
リリアは、窓の外を見て目をまんまるにした。
そこには、見たことのない景色が広がっていた。
一面の白。
きらきらと輝く雪。
枝の上に積もった雪が、風に揺れて、さらさらと舞い落ちている。
リリアは窓にぺたりと顔を近づけた。
「しろいの、いっぱぁい!」
「雪よ、リリちゃん」
エレナが微笑んだ。
「ゆきぃ?」
「そう。空から降ってくる、冷たい白いものなのよ」
リリアは不思議そうに首をかしげた。
そのとき、ふわりと舞い上がった雪が窓に当たった。
「きゃあああっ! ふわふわぁ!」
リリアは大喜びで両手をぱたぱたさせた。
「ゆきしゃん! ゆきしゃん、いっぱぁい!」
アリア王女も、窓から外を見て声を上げた。
「しろいの、きれぇ!」
「きれぇねぇ! ありあちゃま、ゆきしゃん、いっちょにあしょぼぉ!」
「うん! あしょぶぅ!」
さっきまで気にしていた町の様子も、兵士たちのことも、リリアの頭からすっかり消えてしまった。
今、リリアの心をいっぱいにしているのは、初めて見る雪景色だけだった。
馬車が別荘に到着すると、エレナたちは二人に暖かい上着を着せ、外で遊べるように準備を整えた。
もちろん、そばには侍女と護衛がついている。
ポポたちも、リリアとアリア王女から目を離さないようにしながら、雪の積もった庭へ出た。
5 雪合戦、大かいまく!
庭に出たリリアは、雪の上にそっと足を置いた。
きゅっ。
小さな靴が、雪を踏みしめる。
「……あっ!」
もう一度、きゅっ。
「おと、ちたぁ!」
リリアは自分の足元を見て、目を輝かせた。
アリア王女も隣で足踏みをする。
「きゅっ、きゅっ! おもしろぉい!」
二人は、雪の上を歩いたり、手で雪をすくったりして、夢中になった。
「ありあちゃま、これぇ!」
リリアは小さな手で雪を丸めた。
ころころ。
不格好な雪玉ができあがる。
「できたぁ!」
「リリちゃん、雪玉は投げてもいいけれど、お顔には当てないでね」
エレナが優しく声をかける。
「はぁい!」
リリアは元気よく返事をした。
そして――。
ぽすっ!
小さな雪玉が、アリア王女の上着に当たった。
「きゃっ!」
アリア王女は一瞬驚いたが、すぐに笑い出した。
「リリちゃま、えいっ!」
ぽすっ!
今度は、アリア王女の雪玉がリリアの足元に落ちた。
「きゃはははぁ!」
「えへへぇ!」
二人は顔を見合わせて笑った。
「もっかい! もっかい、しゅるぅ!」
「ありあもぉ!」
それから二人は、小さな雪玉を投げ合って遊び始めた。
ポポは雪の中に転がりながら叫ぶ。
「ポポも参戦なのだ! 雪合戦なら負けないのだ!」
「ポポ、張り切りすぎだよぉ!」
ピピが笑いながら雪玉を作る。
リュリュは雪を食べようとして、ノクスに止められていた。
「おい、リュリュ。雪は食べ物じゃないぞ」
「でも、白くておいしそう……」
「食べるな」
「ちょっとだけ……」
「だめだ」
そのやり取りを見たリリアは、さらに大笑いした。
「りゅりゅ、ゆき、たべちゃめぇ!」
「うぅ……リリアにまで言われた……」
リュリュがしょんぼりすると、ノクスはそっとその頭をなめた。
「……あとでおやつをもらえばいいだろ」
「ほんとう?」
「たぶんな」
四匹も、いつもの賑やかさを取り戻していた。
少し離れた場所で見守るエレナは、リリアとアリア王女の笑顔を見つめ、ほっと息をついた。
けれど、その目には、町で見た兵士たちの姿がまだ焼きついていた。
王宮では、アレクが国を守るために戦いの準備を進めている。
そして天界では、神々が水晶の鏡を通じて、二人の様子を見守っていた。
ゼノは、雪の中ではしゃぐリリアを見て、静かに目を細めた。
「せめて今だけは、あの笑顔を守ってやろう」
アテナも、オルフェも、フィオナも、何も言わずにうなずいた。
リリアはまだ知らない。
この雪景色の向こうで、国の運命を左右する戦いが始まろうとしていることを。
今はただ、アリア王女と一緒に雪玉を投げて、笑っている。
その小さな笑顔を守るために、ポポ、ピピ、リュリュ、ノクスは、決意を新たにしていた。
戦争が始まっても、リリアの笑顔だけは守り抜く。
四匹の胸に、その約束が静かに刻まれていた。




