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第84話 逃げてきた魔術兵士たち! リリアの不思議な癒やしの力

第84話 逃げてきた魔術兵士たち! リリアの不思議な癒やしの力


◆◆◆王宮に駆け込んできた十人の兵士


ヴェルザーク帝国による侵攻が続くなか、王宮では食糧や医薬品の備蓄が進められていた。


アレクは、海の向こうの戦況について新しい情報が届かないか、毎日のように報告を確認していた。


そんなある日の夕方――。


王宮の門の前で、衛兵たちが慌ただしく動き始めた。


「陛下にお取り次ぎ願いたい!」


門の前にいたのは、ぼろぼろになった衣服をまとった十人の兵士だった。


全身に傷を負い、顔には疲労の色が濃く浮かんでいる。


そのうちの一人が、震える足で前に進み出た。


「私どもは……アーリー帝国から逃げてまいりました。どうか、陛下にお目通りを……!」


衛兵たちは互いに顔を見合わせた。


アーリー帝国。


つい先日、ヴェルザーク帝国によって滅ぼされたと報告のあった国だ。


「すぐに陛下へお伝えする!」


やがて知らせを受けたアレクは、兵士たちを謁見の間へ通すよう命じた。


十人の兵士は、アレクの前に進み出ると、力を振り絞って片膝をついた。


「アレク陛下……。どうか、私どもの話をお聞きください……」


兵士の一人が顔を上げた。


その目には、疲労だけではなく、深い悲しみが浮かんでいた。


アレクはすぐに立ち上がった。


「待て。まずは体を休めるのだ。今のお前たちは、話をすることさえつらい状態ではないか」


「しかし、陛下……!」


「詳しい話は逃げたりしない。今はお前たちの命が先だ」


アレクは近くにいた側近へ指示を出した。


「宮廷医師を呼べ。十人全員を診察させ、必要な治療を受けさせるのだ。それから、温かい食事を用意してやれ」


「かしこまりました!」


兵士たちは、驚いたように顔を見合わせた。


自分たちは、滅ぼされた国から逃げてきた兵士だ。


それなのに、アレクは事情を問いただすよりも先に、彼らの体を気遣ってくれた。


「陛下……ありがとうございます……」


兵士の一人が、深く頭を下げた。


アレクは静かにうなずいた。


「今夜はゆっくり休むがよい。詳しい話は明日の朝、改めて聞かせてもらう」


その言葉を聞き、兵士たちの表情から、わずかに緊張がほどけた。


彼らは宮廷医師たちに案内され、休息を取るための部屋へと向かった。


◆◆◆傷だらけの兵士たち


兵士たちが案内された部屋では、宮廷医師たちが治療を始めていた。


腕に巻かれた包帯は血で汚れ、足を引きずっている者もいる。


魔術を使う兵士たちであっても、傷ついた体をすぐに元どおりにすることはできない。


「傷が深いですね。無理をせず、今夜は十分に休んでください」


宮廷医師が一人の兵士の腕を手当てしながら告げた。


「ありがとうございます……」


兵士は力なく微笑んだ。


やがて、温かい食事も運ばれてきた。


兵士たちは、久しぶりに落ち着いて食事を取ることができた。


そのころ――。


廊下の向こうから、小さな足音が聞こえてきた。


「てちてち……てちてち……」


「リリちゃん、どこに行くのだ?」


ポポが、リリアの後ろを追いかける。


「リリ、あっちいくのぉ!」


「ピピもいっしょにやる〜!」


ピピもふわふわと跳ねながらついていった。


リリアは、たまたま廊下を通りかかったところだった。


そのとき、開いていた扉の向こうに、傷だらけの兵士たちの姿が見えた。


「あい……?」


リリアは足を止めた。


兵士の一人が、痛む腕をかばいながら食事をしている。


別の兵士は、足の傷のために、寝台の上で苦しそうに横になっていた。


リリアの大きな瞳が、悲しそうに揺れた。


「……いたいた、なのぉ」


兵士たちが顔を上げる。


そこには、小さな王女が立っていた。


リリアは、とことこと兵士のそばへ歩いていった。


「おにいしゃん、いたいのぉ?」


「え……? あ、はい。少しだけ……」


兵士は、幼い王女を心配させないように微笑んだ。


「だいじょうぶですよ、王女様。少し休めば、きっとよくなりますから」


しかし、リリアは納得できない様子だった。


「いたいの、やぁやぁ……」


そう言うと、リリアは兵士の包帯に小さな手を伸ばした。


「リリが、いたいた、なおちてあげりゅねぇ」


「えっ?」


兵士が驚く間もなく、リリアの小さな手が傷口にそっと触れた。


その瞬間――。


ふわっ。


リリアの指先から、淡い金色の光がこぼれ落ちた。


それは、温かな陽だまりのような光だった。


兵士の腕を包んでいた光は、傷口へと静かに染み込んでいく。


そして、傷がみるみるうちにふさがり始めた。


裂けていた皮膚が元どおりになり、腫れも引いていく。


「な……っ!?」


兵士は目を見開いた。


隣の寝台にいた兵士も、思わず体を起こした。


「お、おい! その腕……!」


「傷が……消えている!?」


騒ぎを聞きつけた兵士たちが、次々と集まってきた。


リリアは、そんなことには気づかず、今度は別の兵士の足を優しくなでた。


「よちよちぃ。もう、いたくないよぉ」


すると、そちらの傷も金色の光に包まれ、急速に治っていった。


深い傷も、擦り傷も、まるで時間が巻き戻ったかのように消えていく。


十人の兵士たちは、信じられないものを見るようにリリアを見つめていた。


しかし、リリアはただ、兵士たちが元気になっていくことが嬉しかった。


「えへへぇ。みんな、いたいた、ばいばぁい!」


小さな手をぱたぱたと振るリリア。


その姿は、いつもどおりの無邪気な王女そのものだった。

◆◆◆不思議な出来事を忘れた兵士たち


「……い、今のはいったい……?」


兵士の一人が、呆然と自分の腕を見つめていた。


つい先ほどまで、そこには深い傷があった。


それなのに、今は傷跡さえ残っていない。


ほかの兵士たちも同じだった。


誰もが、自分の体に何が起きたのか理解できずにいた。


「王女様が触れただけで……?」


「まさか、そんなことが……」


兵士たちの視線が、一斉にリリアへ向けられる。


そのとき、リリアはきょとんと首をかしげた。


「……ないちょ?」


そして、小さな手で自分の口を押さえた。


「ないちょ、ないちょなのぉ!」


兵士たちは、思わず顔をほころばせた。


「はは……。王女様、秘密のお話ですか?」


リリアは、こくこくとうなずいた。


「うん! ないちょなのぉ!」


その瞬間だった。


リリアの胸元のペンダントが、ほんの一瞬だけ光った。


誰にも気づかれないほどの、小さな輝き。


兵士たちは、急にぼんやりとした表情になった。


「……あれ?」


一人が首をかしげる。


「俺たち、何を話していたんだっけ……?」


「さあ……。なんだか、王女様とお話ししていたような……」


「そうだったか?」


兵士たちは互いに顔を見合わせた。


先ほど目の前で起きた、傷が一瞬で治るという不思議な出来事。


その記憶だけが、すっかり抜け落ちていた。


リリアは、何も知らない顔でにこにこと笑っている。


「みんな、げんきげんきぃ!」


「はい、王女様。おかげさまで、ずいぶん楽になりました」


兵士の一人が、穏やかに答えた。


実際、彼らの傷はすべて治っている。


しかし、彼ら自身は、それがリリアの力によるものだとは覚えていなかった。


そこへ、部屋の様子を見に来た宮廷医師が入ってきた。


「皆さん、傷の具合はいかがですか? もう少し処置を――」


医師は、言葉を失った。


「……え?」


先ほどまで包帯を巻いていた傷が、どこにも見当たらない。


深い傷を負っていた兵士も、普通に立ち上がっている。


「これは……どういうことです?」


兵士たちは困ったように顔を見合わせた。


「私どもにも、よく分かりません。気がついたら、体がずいぶん楽になっておりまして……」


「傷が治ったことは分かるのですが、どうしてなのかは……」


宮廷医師は、何度も兵士たちの体を確認した。


傷口は完全にふさがり、出血もない。


医学的には説明しがたい状態だったが、兵士たちの命に別状はなかった。


「……ひとまず、今夜は安静にしてください。明日、もう一度詳しく診察しましょう」


「はい」


リリアは、そのやり取りを聞きながら、ポポのふわふわした体に頬を寄せた。


「ぽぽぉ、みんな、げんきになったねぇ!」


「そうなのだ! ポポの応援のおかげなのだ!」


「ポポ、なにもしてないよぉ?」


ピピの指摘に、ポポは胸を張った。


「応援も大切なのだ!」


「えへへぇ!」


リリアは楽しそうに笑った。


そして、何事もなかったかのように、仲間たちと部屋を後にした。


◆◆◆天界の神々も知らなかった力


その一部始終を、水晶の鏡で見守っていた天界では――。


四柱の神々が、そろって言葉を失っていた。


「……今のを見たか?」


ゼノが、ゆっくりと口を開いた。


アテナは水晶の鏡を見つめたまま、何度もうなずいた。


「ええ。リリアは、意識せずに傷を治したわ。それも、複数の人間を続けて……」


フィオナは驚きのあまり、両手を口元に当てていた。


「リリアには、癒やしの力まで備わっていたのね……」


「それだけではない」


オルフェが静かに告げた。


「兵士たちは、リリアの力によって傷が治ったことを覚えていない。あの子は、無意識のうちに記憶にも干渉したのだ」


ゼノは、深く息をついた。


「傷を治す力と、記憶を消す力……。それを二歳の幼子が、意識すらせずに使ったというのか」


アテナは真剣な表情になった。


「通常、癒やしの魔法と記憶に干渉する魔法は、まったく異なる技術よ。しかも、記憶を消すのは簡単なことではないわ。対象や範囲を誤れば、必要な記憶まで失わせてしまう危険がある」


「今回は、リリア自身も何をしたのか分かっていないようだな」


ゼノの言葉に、フィオナが心配そうにうなずいた。


「このままでは、あの子が自分の力を知らないまま、思いがけないことを起こしてしまうかもしれないわ」


「だが、兵士たちを救いたいという気持ちから生まれた力でもある」


ゼノは、リリアが笑っている姿を見つめた。


「人を傷つけるためではなく、助けたいと願った。その心は大切にしてやらねばならぬ」


「そうね。ただし、癒やしの力も記憶に干渉する力も、これから注意深く見守る必要があるわ」


アテナはそう言って、水晶の鏡に映るリリアを見つめた。


幼い王女は、今も自分の力を知らず、ポポやピピと楽しそうに遊んでいる。


神々でさえ予想していなかった力が、少しずつ目覚め始めていた。


翌朝、明らかになるアーリー帝国の惨状


翌朝。


アレクは、約束どおり十人の魔術兵士を執務室へ呼んだ。


「体の具合はどうだ?」


「はい、陛下。おかげさまで、昨夜よりずっと楽になりました」


兵士たちは深々と頭を下げた。


アレクは彼らの顔を見渡した。


「それでは、アーリー帝国で何が起きたのか、詳しく聞かせてほしい」


十人の兵士を代表して、一人の男が前へ進み出た。


「陛下……。私どもの国は、突然、ヴェルザーク帝国の攻撃を受けました」


男の声は震えていた。


「最初に異変が起きたのは、町でした。何の前触れもなく、町が炎に包まれたのです。建物は次々と焼け落ち、住民たちは逃げ惑いました」


アレクは眉を寄せた。


「町が……突然、焼け野原になったというのか?」


「はい。私どもが宮殿へ戻ったときには、すでに宮殿の周囲も敵兵に囲まれておりました」


兵士は、悔しそうに拳を握りしめた。


「十分な準備もできないまま、私どもは戦うしかありませんでした。ところが、敵の兵士たちは……」


男は一度、言葉を切った。


「私どもと同じ、魔術を使う者ばかりだったのです」


「同じ魔術師だと?」


アレクが聞き返した。


「はい。私どもも魔術を使い、必死に応戦しました。しかし、敵の魔術は、私どもの知るものとは比べものにならないほど強力でした」


別の兵士が、続けて口を開いた。


「炎を防いでも、別の場所から攻撃される。防御の魔術を張っても、簡単に破られる。こちらが反撃しようとするたびに、敵はそれを上回る魔術を放ってきたのです」


「二万人以上の兵力を持つといわれた大国が、一週間で滅ぼされた理由は、それか……」


アレクの表情が険しくなった。


兵士は、うつむいた。


「はい……。私どもは、国を守ることができませんでした」


室内に重い沈黙が流れた。


「サン陛下は、どうなったのだ?」


アレクが尋ねると、兵士たちの表情がさらに曇った。


「サン陛下は……敵に捕らえられました」


「何だと……」


「民たちも、多くが捕らえられ、奴隷として連れていかれました。私どもは、陛下をお救いすることも、民を守ることもできず……」


兵士の声が詰まった。


「申し訳ございません……!」


十人全員が、その場にひざまずいた。


アレクは、しばらく何も言わなかった。


アーリー帝国は、ただ敗北しただけではない。


国王が囚われ、民が自由を奪われ、国そのものが敵の手に落ちたのだ。


そして、そのような国が、海の向こうに一つでは済まない可能性がある。


「顔を上げよ。お前たちは、命がけでここまで来たのだ。今は、自分たちを責める必要はない」


アレクは静かに告げた。


「それで、サン国王は、なぜお前たちをここへ向かわせたのだ?」


兵士は、涙をこらえながら答えた。


「サン陛下は、囚われる直前、私どもにお命じになりました」


男は、サン国王の言葉を思い出すように、ゆっくりと話し始めた。


「『アレク陛下のもとへ行け。何が起きたのか、すべてを伝えるのだ』と……」


兵士は、アレクをまっすぐに見つめた。


「サン陛下は、アレク陛下にこの国の危機を知らせるため、私どもを送り出されたのです」


そして、さらに言葉を続けた。


「陛下。サン陛下から、もう一つ、お願いがございます」


「何だ?」


「今のうちに魔術師を集め、国を守る備えを整えてください。そして、万が一のときには、陛下のご家族を安全な場所へお逃がしください、と」


兵士は深く頭を下げた。


「私どもも、こちらの兵士たちと協力して、この国を守るために戦う所存です。これも、サン陛下からのご指示でございます」


アレクは、兵士たちの決意を受け止めた。


「……分かった。お前たちの話は、決して無駄にはしない」


その声には、皇帝としての強い意志が込められていた。


「サン国王が守ろうとした民のためにも、我が国の民のためにも、できる限りの備えを進めよう」


兵士たちは、深々と頭を下げた。


◆◆◆幼いころの約束


「それから……」


兵士の一人が、少しだけ表情を和らげた。


「サン陛下は、アレク陛下に恩返しをしたいと、常々おっしゃっておりました」


アレクの手が止まった。


「恩返し……?」


「はい。陛下とサン陛下は、幼いころから大変仲がよろしかったとうかがっております」


その言葉に、アレクは遠い昔を思い出した。


まだ皇帝になる前。


王宮の外で、同じ年頃の少年と一緒に駆け回っていた日々。


身分や国の違いなど気にせず、何度も笑い合った。


その少年こそ、後にアーリー帝国の王となったサンだった。


「……サン」


アレクは、小さくその名を口にした。


「そうか。あいつは、まだ私との約束を覚えていたのか……」


兵士たちは、静かにうなずいた。


「サン陛下は、アレク陛下と再び会う日を楽しみにしておられました。そして、もう一つ、夢を語っておられたのです」


「もう一つの夢?」


兵士は、少し言いにくそうにしながらも、正直に答えた。


「サン陛下は、ご自身のご子息とリリア王女様が、いつか結婚してくだされば……と、お考えだったそうです」


アレクは、思わず目を見開いた。


「なに……?」


側近も、驚いた顔で兵士を見つめた。


「もちろん、まだ幼いお二人のことです。サン陛下も、いつか成長したときに、そんな未来が訪れれば嬉しいと……。そのような夢をお持ちだったと聞いております」


アレクは、しばらく黙り込んだ。


幼いころ、サンとは何でも話し合った。


いつかそれぞれの国を背負う立場になっても、互いに助け合おう。


困ったときには、必ず力になる。


そんな約束を交わしたこともあった。


それなのに、今、サンは敵国に捕らわれている。


「……サン。お前は、今も私を信じてくれているのだな」


アレクは、静かに拳を握った。


「必ず、助ける方法を考える。お前の国の民を見捨てるつもりもない」


もちろん、敵の力も戦況も、まだ十分には分かっていない。


すぐに救出へ向かえば、こちらまで大きな被害を受けるかもしれない。


だからこそ、アレクは慎重に判断しなければならなかった。


「まずは、お前たちが見た敵の魔術について、分かる限り詳しく教えてくれ。こちらの魔術師たちとも情報を共有し、対策を考える」


「はっ!」


兵士たちは力強く返事をした。


そのとき、アレクの脳裏に、愛娘の顔が浮かんだ。


リリアは、まだ二歳だ。


戦争の恐ろしさも、国同士の争いも、すべてを理解することはできない。


それでも、リリアが安心して笑っていられる未来を守りたい。


アレクは窓の外を見つめた。


海の向こうでは、今も戦火が広がっている。


そして、その戦争を引き起こしているヴェルザーク帝国の真の狙いは、まだ誰にも分からなかった。


王宮の別の部屋では、リリアがポポとピピに囲まれ、楽しそうに笑っていた。


「ぽぽぉ、ぴぴぃ! おやちゅ、たべりゅのぉ!」


「ポポにおまかせなのだ!」


「ピピもいっしょにやる〜!」


その無邪気な笑顔を、天界の神々は静かに見守っていた。


ゼノは、水晶の鏡に映るリリアを見つめながら、低くつぶやいた。


「リリアの力は、我々の予想を超えて成長している……」


アテナもうなずいた。


「けれど、今はまだ、その力を自分で理解していない。だからこそ、慎重に見守らなければならないわ」


神々の視線は、やがて海の向こうへと移った。


ヴェルザーク帝国の軍勢。


強力な魔術を操る兵士たち。


そして、囚われたサン国王と、自由を奪われたアーリー帝国の民。


戦争の脅威は、少しずつ王国へと近づいていた。


リリアの小さな力が、これからどのような未来を切り開くのか。


その答えは、まだ誰にも分からなかった。




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