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第83話 海の向こうの戦争! 滅びゆく大国と迫る危機

第83話 海の向こうの戦争! 滅びゆく大国と迫る危機


◆◆◆何も分からない戦争


王宮の執務室。


アレクは、机の上に広げられた地図を見つめていた。


海の向こうで、アーリー帝国が滅ぼされた。


そして、その国を滅ぼしたのは、ヴェルザーク帝国という謎の国だった。


しかし、詳しい情報はほとんど届いていない。


兵士の数はどれほどなのか。


どのような戦い方をしているのか。


なぜ、これほど短期間で大国を滅ぼすことができたのか。


肝心なことが、何ひとつ分からなかった。


「陛下。現時点では、ヴェルザーク帝国の詳しい軍備や、アーリー帝国が滅ぼされた経緯について、確かな情報を得られておりません」


騎士団長の報告に、アレクは眉を寄せた。


「大国だったアーリー帝国が滅びたのだぞ。それなのに、戦況すら正確につかめないとは……」


「申し訳ございません」


「いや、お前を責めているのではない。情報が届かないこと自体が問題なのだ」


アレクは地図に目を落とした。


海の向こうで起きている戦争が、こちらの国にどのような影響を及ぼすのか。


今の段階では、予測すら難しい。


だが、ひとつだけ確かなことがあった。


何も分からないからといって、何もせずにいるわけにはいかない。


「騎士団長。民のために、食糧の備蓄を進めよ」


「食糧の備蓄でございますか?」


「そうだ。戦争が長引けば、海上交易が止まる可能性がある。そうなれば、食糧や生活必需品が不足するかもしれぬ」


アレクは続けた。


「各地の倉庫を確認し、穀物や保存の利く食料を確保せよ。ただし、民が困るほど市場から買い占めることは許さん。流通を乱さず、必要な場所に必要な量を確保するのだ」


「かしこまりました!」


「それから、港の警備と海上の情報収集も強化せよ。商人や船乗りから話を聞き、確かな情報と噂を区別して報告するように」


「直ちに取りかかります!」


騎士団長が退室すると、アレクは深く息をついた。


国を守るということは、戦場で敵を倒すことだけではない。


民が食べるものを失わないようにすることも、家族が安心して暮らせるようにすることも、皇帝である自分の務めだった。


「何も起こらなければ、それが一番なのだが……」


アレクは、窓の外に広がる王都を見つめた。


平和な街並みを、戦火に巻き込ませるわけにはいかなかった。


◆◆◆リリアたちを守るために


その日の午後。


アレクは、さらに別の指示を出していた。


「別荘にも食糧を備蓄しておけ」


側近が少し驚いた顔をした。


「別荘にも、でございますか?」


「ああ。リリアとエレナ、そしてアリア王女たちが安全に過ごせるようにするためだ」


アレクの脳裏に、無邪気に笑うリリアの顔が浮かんだ。


リリアはまだ二歳。


戦争が何を意味するのか、理解できる年齢ではない。


アリア王女も同じだ。


幼い子どもたちに、大人の事情で不安な思いをさせたくはなかった。


「別荘には、十分な食糧と水を確保しておけ。万が一、王宮を離れて過ごさなければならなくなった場合にも、困らぬようにするのだ」


「承知いたしました。保存食や飲料水のほか、必要な生活用品も確認いたします」


「頼む。だが、これはあくまで備えだ。今すぐ別荘へ移るという話ではない。必要以上に人々を不安にさせぬよう、慎重に進めよ」


「かしこまりました」


アレクは、もうひとつ重要なことを思い出した。


「宮廷医師たちにも伝えよ。薬品や包帯、消毒に必要な物資などを、できる限り準備しておくように」


「医療品も、でございますね」


「そうだ。戦争が起きれば、兵士だけでなく民も傷つく。病気が広がることもある。いざというとき、薬が足りないという事態だけは避けたい」


側近は深く頭を下げた。


アレクの指示は、戦争が始まったからといって、すぐに兵を動かすためだけのものではなかった。


民の暮らしを守ること。


負傷者を救うこと。


そして、大切な家族が安心して過ごせる場所を残すこと。


それらすべてを守るための備えだった。


やがて、王宮の各部署で準備が始まった。


倉庫の食糧が確認され、別荘の保存食や水の点検が進められる。


宮廷医師たちも薬品の在庫を調べ、不足しているものをまとめ始めた。


まだ、敵がこの国に迫っているという確かな情報はない。


それでも、アレクは備えを怠らなかった。


「どうか、この準備が必要になる日など来なければよいのだが……」


静かな執務室で、皇帝は再び海の向こうの地図を見つめていた。

第83話 


◆◆◆天界に届いた恐ろしい報告


同じころ、天界では――。


創造神ゼノ、アテナ、オルフェ、フィオナの四柱が、水晶の鏡を囲んでいた。


鏡には、海の向こうで起きている戦争の様子が映し出されている。


そこに映っていたのは、燃え上がる城壁と、逃げ惑う人々。


かつて繁栄していた大国の街は、見る影もなく荒れ果てていた。


フィオナは、悲しそうに目を伏せた。


「こんなことになるなんて……。あの国の人々は、普通に暮らしていただけなのに」


「戦争が始まった理由も、まだすべては分かっていない。しかし、これほど急速に国が滅びるとは……」


ゼノも険しい表情を浮かべていた。


そこへ、オルフェが新たな情報を告げた。


「ヴェルザーク帝国の兵士は、およそ一万人。そして、滅ぼされたアーリー帝国は、それを上回る騎士団と軍隊を持つ大国でした」


アテナが驚いた。


「一万人の軍隊が、それ以上の兵力を持つ大国を滅ぼしたというの?」


「それだけではありません。アーリー帝国には、魔術を使う軍隊も約百人いたのです」


「魔術師の部隊まで……?」


アテナの表情が厳しくなる。


魔術を使う者が軍隊に所属する国は、決して珍しくない。


しかし、魔術師がいるというだけで、大国が簡単に滅びるわけではなかった。


アーリー帝国にも、長年鍛え上げられた騎士団がいた。


それなのに――。


「アーリー帝国は、一週間で滅ぼされました」


オルフェの言葉に、四柱の神々は沈黙した。


「たった一週間……?」


フィオナが震える声でつぶやいた。


「国王は捕らえられ、民の多くは奴隷にされていると報告されています」


「そんな……!」


フィオナは両手を握りしめた。


国を失うだけではない。


そこで暮らしていた人々が、自由さえ奪われているのだ。


ゼノは水晶の鏡を見つめながら、低い声で言った。


「問題は、ヴェルザーク帝国がどのようにして勝利したのか、ということだ」


アテナもうなずいた。


「兵力の差だけでは説明できないわ。魔術を使う軍隊がいたとしても、アーリー帝国が一週間で滅びた理由には、まだ分からないことが多すぎる」


「その答えは、今まさに戦っている国を見れば分かるかもしれません」


オルフェが水晶の鏡を動かした。


映し出されたのは、別の帝国だった。


◆◆◆次の標的、オルガノス帝国


「現在、ヴェルザーク帝国の軍隊と交戦しているのは、オルガノス帝国です」


水晶の鏡には、激しい戦闘の様子が映し出されていた。


オルガノス帝国の兵士たちは、城壁や防衛拠点を守りながら、必死に敵の進軍を食い止めている。


オルガノス帝国の兵力は、およそ二万人。


ヴェルザーク帝国の兵士一万人に対し、数の上では優位に立っている。


それでも、戦況は厳しかった。


「二万人もいるのに、押されているの?」


フィオナの問いに、オルフェはうなずいた。


「はい。兵士たちは必死に抵抗しています。しかし、ヴェルザーク帝国の軍隊には、魔術を使う者が多数いるようなのです」


アテナの目が鋭くなった。


「多数……? アーリー帝国にいた百人とは、規模が違う可能性があるということね」


「正確な人数は分かっていません。ただ、魔術による攻撃が、オルガノス帝国の防衛を大きく崩しているようです」


水晶の鏡の中で、オルガノス帝国の兵士たちが後退していく。


敵の魔術が放たれるたびに、防衛線の一部が崩れていた。


それでも兵士たちは、仲間をかばい、住民を逃がしながら戦い続けている。


「このままでは……」


フィオナは、それ以上言葉を続けられなかった。


「オルガノス帝国が滅ぼされるのも、時間の問題かもしれません」


オルフェの報告に、ゼノは深く考え込んだ。


一万人の兵士で大国を滅ぼす。


そして、次の国にも攻め込み、二万人の軍隊を追い詰めている。


そのうえ、敵軍には魔術を使う者が多数いる。


これは、単なる軍事力の差だけで片づけられる問題ではなかった。


「ヴェルザーク帝国は、何を目的としているのだ……?」


ゼノの問いに、誰も答えられなかった。


◆◆◆神々の決断


「このまま、戦争を見守るだけでいいのでしょうか」


アテナがゼノに尋ねた。


「ヴェルザーク帝国の魔術が、これほど強力なものなら、放置するわけにはいかないわ」


「だが、我々が直接介入すれば、人間界の均衡を大きく変えてしまう可能性がある」


ゼノは慎重だった。


神々が力を振るえば、一つの国を救うことはできるかもしれない。


しかし、その行動が別の国にどのような影響を与えるのか。


敵がさらに強い力で報復してくる可能性もある。


何より、今の段階では、ヴェルザーク帝国がどのような力を持ち、何を狙っているのかさえ分かっていなかった。


「まずは、戦争の状況を正確に把握する必要がある。敵の魔術の性質も調べなければならぬ」


ゼノはそう告げたあと、水晶の鏡に映るリリアの姿へ視線を移した。


リリアは王宮の部屋で、ポポとピピと一緒に遊んでいた。


リュリュは小さな体を丸め、ノクスはいつものように黒猫の姿で寝台のそばに座っている。


「リリアにも知らせるべきだろう」


ゼノの言葉に、フィオナが目を見開いた。


「でも、リリアはまだ二歳よ。戦争のことを伝えたら、不安になってしまうかもしれないわ」


「分かっている。だが、今回の戦争は、これまでのものとは違う可能性がある」


ゼノは静かに続けた。


「リリアは幼い。しかし、あの子には神としての力がある。そして、我々がまだ知らない危険が迫っているのなら、何も知らないままにしておくわけにはいかぬ」


アテナは少し考えたあと、うなずいた。


「そうね。ただし、すべてを一度に伝えるのではなく、今分かっていることから話しましょう。リリアが理解できるように、ゆっくりと」


「賛成よ。あの子には、自分が危険にさらされていると決まったわけではないことも伝えなければ」


フィオナの言葉に、オルフェもうなずいた。


「では、リリアに知らせよう。ヴェルザーク帝国のことも、海の向こうで起きていることも」


ゼノは水晶の鏡に手をかざした。


「リリア。少し大切な話がある」


6 リリアが知った戦争


王宮の一室。


リリアは、ポポとピピと一緒に積み木で遊んでいた。


「ぽぽぉ、こりぇ、たかいたかいなのぉ!」


「おおっ! リリちゃん、これは立派なお城なのだ!」


「ピピもつくりゅ〜! もっとおっきくしゅる〜!」


ピピが積み木を一つ載せた瞬間――。


ぐらぐらっ。


積み木のお城が崩れた。


「ふにゃぁっ!?」


「ポポのお城がぁぁぁ! 崩壊なのだぁぁぁ!」


「ポポが大きい声だすから、もっとくずれちゃったよぉ!」


リリアは、ころころと笑った。


「きゃはははっ!」


そのとき、リリアの胸元のペンダントが、ほのかに光った。


リリアは遊ぶ手を止めた。


「……あれぇ?」


頭の中に、ゼノの声が響いた。


『リリア、聞こえるか?』


「ぜのしゃま?」


『そうだ。今日は、大切な話がある』


いつもと違う声に、リリアは不思議そうに首をかしげた。


『海の向こうで、大きな戦争が起きているのだ』


「せんしょー……?」


リリアは、聞き慣れない言葉を繰り返した。


『そうだ。アーリー帝国という国が、ヴェルザーク帝国という国に滅ぼされてしまった』


「くに、なくなっちゃったのぉ……?」


『ああ。そして、今はオルガノス帝国という国も攻撃を受けている』


リリアの顔から、少しずつ笑みが消えた。


まだ二歳のリリアには、戦争のすべてを理解することはできない。


それでも、国がなくなることや、人々が苦しんでいることは、幼い心にも伝わった。


「みんな……いたいいたい、なのぉ?」


『そうだ。たくさんの人々が苦しんでいる』


リリアは、ぎゅっとペンダントを握った。


「……かわいちょ……」


いつもなら、おやつやいたずらのことですぐに笑顔になるリリア。


けれど、今は笑わなかった。


「りりあ……みんな、げんきになってほちぃ……」


天界の神々は、その言葉を聞いて静かに目を伏せた。


ゼノは優しく語りかけた。


『リリア。今すぐ、お前が何かをしなければならないというわけではない。まずは、何が起きているのかを知ってほしかったのだ』


「……うん」


リリアは小さくうなずいた。


『そして、これからは少しだけ周囲に気をつけるのだ。お前を守る者たちもいる。決して一人で無理をしてはいけない』


「りりあ、ひとりじゃないのぉ!」


リリアは顔を上げた。


「ぽぽも、ぴぴも、りゅりゅも、のくしゅもいるのぉ!」


「ポポにおまかせなのだ!」


「ピピもいっしょにやる〜!」


リュリュは元気よく鳴き、ノクスは黒いしっぽをゆっくりと揺らした。


「きゅるるっ!」


「……にゃ」


リリアは、仲間たちを見回して、少しだけ笑顔を取り戻した。


しかし、胸の奥には、初めて知った戦争への不安が残っていた。


天界では、神々が再び水晶の鏡を囲む。


「リリアは、まだ幼い。それでも、知るべきことを知った」


ゼノは厳しい表情で、海の向こうを見つめた。


「ヴェルザーク帝国がどれほどの力を持っているのか。そして、なぜこれほどの戦争を続けているのか。我々も答えを見つけなければならぬ」


水晶の鏡には、今も戦い続けるオルガノス帝国の兵士たちが映っていた。


戦争は終わっていない。


そして、その火がいつこちらの国へ近づくのかも、まだ誰にも分からなかった。


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