第82話 海の向こうの戦争! 動き出した謎の帝国
第82話 海の向こうの戦争! 動き出した謎の帝国
◆◆◆終わらない預言者探し
預言者を探すよう命令が出されてから、しばらくの時間が過ぎていた。
しかし、どれだけ探しても、本物の預言者は見つからなかった。
それどころか、王宮には預言者を名乗る者が次々と押しかけ、騒ぎは大きくなる一方だった。
「陛下! 私こそが、あの預言者でございます!」
「いいえ、私こそが本物です!」
「私には未来を見通す力がございます! どうか褒美を!」
執務室の前では、今日も人々が声を張り上げていた。
アレクは報告書を机に置き、こめかみを押さえた。
「……またか」
「はい。今朝から、さらに十人ほどが預言者を名乗っております」
侍従の報告に、アレクは深いため息をついた。
「もうよい。これ以上、王宮を騒がせるわけにはいかない」
「では、捜索を中止なさるのですか?」
「いや。表向きの捜索は、ここで終わらせる」
アレクは椅子から立ち上がった。
「預言者が見つかったと発表し、褒美を求める者たちを帰すのだ。これ以上、無関係な人々を王宮に集める必要はない」
「承知いたしました」
侍従は頭を下げた。
その日のうちに、王宮から町へ知らせが出された。
――皇帝陛下がお探しになっていた預言者については、必要な確認が済んだため、公開の捜索を終了する。
預言者を名乗っていた人々は、ようやく宮殿から引き上げていった。
王宮の前を埋め尽くしていた人だかりも、少しずつ解消されていく。
騎士たちも、ようやく本来の任務に戻ることができた。
しかし、アレクは預言者の捜索を完全に諦めたわけではなかった。
執務室の窓から王都を見つめながら、静かにつぶやいた。
「……あの預言者は、必ずまた現れる」
あの者は、ローレン医師の秘密を知っていた。
そして、王宮に潜んでいた危険を知らせてくれた。
単なる褒美目当ての者たちとは違う。
アレクには、そう確信できる理由があった。
「そのときこそ、必ず話を聞く。あの者が何を知っているのか……そして、我が国を守るために何が必要なのか」
アレクは窓から離れ、再び机に向かった。
国を守るために、立ち止まっている時間はない。
たとえ預言者が見つからなくても、皇帝としてできることを続けなければならなかった。
◆◆◆天界の神々が感じる胸騒ぎ
そのころ、天界では――。
神々が水晶の鏡を囲み、地上の様子を見守っていた。
鏡には、ポポとピピを追いかけながら、部屋の中を楽しそうに走り回るリリアの姿が映っていた。
「りゅりゅー! のくしゅー! こっちきてぇ!」
「きゅるるっ!」
リュリュが小さな羽をぱたぱたさせる。
ノクスは、少し離れた場所で尻尾を揺らしていた。
「……走り回るな。転ぶぞ」
「ころばないもーん!」
リリアは得意げに胸を張った。
その直後、クッションにつまずき、ぽすんと座り込んだ。
「ふにゃっ!」
「リリちゃん、大丈夫!?」
ピピが駆け寄る。
「だいじょーぶぅ! えへへぇ!」
リリアは何事もなかったように笑い、再び遊び始めた。
水晶の鏡を見ていたフィオナが、思わず頬を緩めた。
「相変わらず元気ね。預言者探しで王宮が大騒ぎになっていたことなんて、少しも気にしていないみたい」
ゼノは、苦笑しながらうなずいた。
「人間たちは必死に預言者を探しておるが、その本人はすぐそばでいたずら三昧じゃからな」
「ゼノ様、笑っている場合ではありませんよ」
アテナがたしなめた。
「リリアが正体を知られずに過ごせているのは幸いだけれど、あの黒幕のことが気になるわ」
その言葉に、神々の表情が引き締まった。
王宮を襲った謎の声。
ヴィクトリアが語ろうとした、国を滅ぼすという計画。
そして、黒幕が消えてから、何も起きていないこと。
オルフェは水晶の鏡から目を離さず、静かに口を開いた。
「……不気味だな」
「何も起きていないことが、か?」
ゼノが尋ねた。
オルフェはうなずいた。
「そうだ。あれほど大きな宣言をしておきながら、黒幕は何も仕掛けてこない。リリアの国にも、今のところ目立った異変はない」
アテナが腕を組んだ。
「もちろん、何も起こらないのが一番よ。でも、あの者が本当に国を滅ぼすつもりなら、この静けさを単純に喜ぶわけにはいかないわ」
フィオナも心配そうに水晶を見つめた。
「リリアはまだ2歳になったばかり。できることが増えてきたとはいえ、あまりにも大きな戦いに巻き込まれるのは……」
ゼノは、眠そうに目をこするリリアを見つめた。
「だからこそ、我らが見守らねばならぬ。リュリュとノクスにも、引き続き警戒を怠らぬようにさせよう」
神々の間に、重い沈黙が落ちた。
そのときだった。
天界の扉が勢いよく開いた。
「た、大変だ!!」
飛び込んできたのは、運命と預言の神オルフェだった。
……いや、正確には、いつも落ち着いているはずのオルフェが、今までにないほど慌てた様子で駆け込んできたのだ。
「オルフェ!? いったい、どうしたのじゃ!」
ゼノが立ち上がる。
オルフェは息を整える間もなく、告げた。
「海の向こうで……戦争が始まった!」
神々の表情が、一斉に変わった。
◆◆◆滅ぼされたアーリー帝国
「戦争じゃと!?」
ゼノの声が天界に響いた。
オルフェは水晶の鏡を指さした。
「リリアの国ではない! 海の向こうの国々で、大きな戦争が起きているのだ!」
アテナが素早く水晶に手をかざす。
すると、鏡の中に遠い海の向こうの光景が映し出された。
燃え上がる城。
崩れた城壁。
逃げ惑う人々。
そして、見知らぬ旗を掲げた兵士たち。
「これは……!」
フィオナが息をのんだ。
オルフェは、険しい表情で説明を続けた。
「アーリー帝国が隣国との戦争を始めた。だが、戦況は急激に変化した。聞いたこともない国が現れ、アーリー帝国を攻め落としたのだ」
「聞いたこともない国じゃと?」
「その名は、ヴェルザーク帝国」
その名前を聞いても、神々の誰一人として、すぐには反応できなかった。
アテナは水晶に映る旗を注意深く観察した。
「私の知識にも、これほど急速に勢力を広げた帝国の記録はないわ」
「国そのものが突然現れたわけではないだろう。しかし、これほどの軍事力を持ちながら、周辺の国々がほとんど情報を持っていないというのは不自然だ」
ゼノは眉をひそめた。
オルフェは続けた。
「さらに問題なのは、アーリー帝国だけではないということだ。ヴェルザーク帝国は、次々とほかの帝国にも戦争を仕掛け始めている」
「次々と……?」
フィオナの顔から笑みが消えた。
「いったい、何を目的にしているの?」
「まだ分からぬ」
オルフェは首を横に振った。
「だが、このままでは戦火がさらに広がる。あの黒幕が現れてから、地上では何も起きていないと思っていた。ところが、海の向こうでは、すでに国が一つ滅ぼされていたのだ」
ゼノは水晶の鏡を見つめた。
「まさか……あの黒幕と関係があるのか?」
「断言はできない。だが、無関係だと考えるには、あまりにも不気味だ」
アテナは静かにうなずいた。
「もし、ヴェルザーク帝国が黒幕の計画に関係しているなら、次に何を狙うのかを調べる必要があるわ」
ゼノは、リリアが映る別の水晶へ目を向けた。
小さなリリアは、ポポとピピに挟まれながら、楽しそうに笑っている。
「……リリアの国にも、いつか戦火が及ぶかもしれぬ」
神々は、誰もすぐには答えられなかった。
◆◆◆王宮に届いた緊急報告
同じころ、王宮では――。
アレクが執務室で書類に目を通していると、扉の向こうから慌ただしい足音が響いた。
「陛下! 緊急のご報告がございます!」
「入れ!」
扉が開き、伝令の兵士が駆け込んできた。
兵士は息を整えると、深く頭を下げた。
「ご報告いたします。海の向こうのアーリー帝国が隣国との戦争を始めましたが、ヴェルザーク帝国という国によって滅ぼされたとのことです!」
アレクは手にしていた書類を置いた。
「ヴェルザーク帝国……? 聞いたことのない名だな」
「はい。さらに、そのヴェルザーク帝国は、アーリー帝国を滅ぼしたあとも、次々とほかの帝国に戦争を仕掛けているとの情報が届いております」
「何だと……!」
アレクは立ち上がった。
たった一つの国が滅ぼされたというだけでも、重大な知らせだ。
しかし、それ以上に気がかりなのは、その後も戦争が続いていることだった。
「その帝国の軍勢は、どの程度の規模なのだ?」
「詳しい情報は、まだ十分に集まっておりません。現在、海の向こうから届く情報を確認しているところです」
「そうか……」
アレクは窓の外を見つめた。
あの黒幕が現れたとき、確かに宣言していた。
国を滅ぼす。
そして、自らが王になると。
今、遠い海の向こうで起きている戦争。
突然勢力を広げた、正体不明の帝国。
それらが、本当に偶然なのだろうか。
(……まさか、あの声の主が関係しているのか?)
まだ確かな証拠はない。
だが、アレクの胸には、嫌な予感が広がっていた。
◆◆◆皇帝の決断
「騎士団長を呼べ! それから、軍の責任者たちを集めるのだ!」
アレクは、すぐさま命令を下した。
ほどなくして、騎士団長と軍の責任者たちが執務室に集まった。
アレクは、届いた報告を全員に伝えた。
「海の向こうで、ヴェルザーク帝国がアーリー帝国を滅ぼした。その後も、周辺の帝国に戦争を仕掛けているらしい」
集まった者たちの顔が険しくなる。
「陛下、我が国も警戒を強めるべきです」
騎士団長が進言した。
「そのとおりだ。すぐに兵士を王都と各町の見張りに配置しろ。海岸沿いの警備も強化するのだ」
「承知いたしました!」
「それから、武器や食料、医薬品などの備蓄を確認せよ。兵士たちが長期間にわたって行動できるよう、準備を進めるのだ」
アレクは一人一人の顔を見つめながら、さらに続けた。
「今すぐ戦争になると決まったわけではない。だが、何も準備せずに事態が悪化するのを待つわけにはいかない。いつまでも戦えるだけの備えを整えるのだ」
「はっ!」
責任者たちは一斉に頭を下げた。
命令を受けた兵士たちは、すぐに王都や町の警備に向かった。
平穏だった王宮の中にも、少しずつ緊張が広がっていく。
アレクは一人になった執務室で、机に両手をついた。
「ヴェルザーク帝国……。いったい、どこから現れたのだ」
その国の名を、アレクは知らない。
どれほどの兵力があるのかも、何を目的としているのかも分からない。
そして、あの黒幕が関係しているのかどうかさえ、確かめられていなかった。
「もし、あの者の仕業なら……」
アレクは拳を握った。
「私は、この国を守る」
その声には、皇帝としての強い決意が込められていた。
◆◆◆長い戦いの始まり
その夜。
王宮の一室では、リリアがエレナの膝の上で遊んでいた。
「ままぁ! りゅりゅ、みてぇ!」
リリアが小さな竜を持ち上げる。
「きゅるるっ!」
リュリュは嬉しそうに鳴いた。
その隣では、ノクスが丸くなっている。
「のくしゅ、ねんね?」
「……眠っているだけだ」
「えへへぇ!」
リリアはノクスの頭を優しくなでた。
まだ2歳のリリアには、海の向こうで何が起きているのか分からない。
アレクが何を心配しているのかも、王宮の警備が強化されている理由も知らなかった。
ただ、大好きな家族と仲間たちがそばにいて、今日も楽しく過ごせることが嬉しかった。
一方、執務室のアレクは、地図を広げていた。
海の向こうの国々。
滅ぼされたアーリー帝国。
そして、勢力を広げ続けるヴェルザーク帝国。
「……この戦争は、どこまで広がるのだ」
誰も答えられなかった。
アレクは、あのとき聞いた黒幕の声を思い出していた。
――国を滅ぼし、王になる。
もし、あの宣言が本気なら。
今、海の向こうで起きていることは、始まりにすぎないのかもしれない。
アレクは地図から目を離し、窓の外の暗い空を見つめた。
「長い戦いが……始まるのかもしれないな」
王宮の外では、夜の見張りにつく兵士たちの足音が響いていた。
平和だった日々は、まだ終わったわけではない。
だが、世界は確実に変わり始めていた。
そして、ヴェルザーク帝国の奥深くでは、誰にも知られていない何者かが、次の一手を考えている――。
その正体が明らかになる日は、まだ遠い。




