第81話 預言者を探せ! 皇帝の大捜索とリリアのいたずら
第81話 預言者を探せ! 皇帝の大捜索とリリアのいたずら
◆◆◆皇帝の決断
リリアとアリアの2歳のお誕生日から、数か月が過ぎた。
王宮には、以前のような穏やかな日々が戻っていた。
しかし、皇帝アレクの心から、あの恐ろしい出来事が消えることはなかった。
王宮を揺るがした黒幕の宣言。
そして、ヴィクトリアが真実を語ろうとした瞬間に命を落としたこと。
あの声の主は、国を滅ぼし、自らが王になると宣言した。
だが、相手の正体も、居場所も、目的を実現する方法も分からない。
アレクは執務室の机に両手をつき、深く息を吐いた。
「……このまま、何も分からないままではいけない」
あのとき、アレクの前に現れた謎の預言者。
預言者は、宮廷医師の中に他国から送り込まれた者がいると告げた。
その言葉は、ローレン医師の存在を調べるきっかけになった。
そして、ヴィクトリアの罪が明らかになるまでの道を開いたのだ。
もし、あの預言者に再び会うことができれば。
黒幕について、何か知っているかもしれない。
これから国をどう守ればよいのか、助言を得られるかもしれない。
「騎士団長を呼べ!」
アレクは侍従に命じた。
しばらくして、騎士団長が執務室に入ってきた。
「陛下、お呼びでしょうか」
「以前、私の前に現れた預言者を探してほしい」
「預言者を、ですか?」
「ああ。あの者は、ローレン医師について重要な情報を持っていた。黒幕についても、何か知っている可能性がある」
アレクは真剣な表情で続けた。
「私は、あの者にもう一度会いたい。国を守るために、どんな情報でも必要なのだ」
騎士団長は深く頭を下げた。
「承知いたしました。すぐに捜索を開始いたします」
「頼んだぞ。だが、無関係な者をむやみに拘束してはならない。預言者だと名乗る者が現れた場合も、必ず身元と話の内容を確かめるのだ」
「かしこまりました」
騎士団長が退室すると、アレクは椅子に腰を下ろした。
(あの預言者は、いったい何者なのだ……)
顔は、薄いヴェールに隠されていた。
声も、年齢を判断できるほどはっきりしたものではなかった。
分かっているのは、預言者が宮廷医師の秘密を知っていたということだけ。
それ以外に、手がかりは何もなかった。
アレクは額に手を当てた。
「……簡単には見つからないか」
それでも、諦めるわけにはいかなかった。
国を守るために、できることはすべてやる。
それが皇帝としての責任だった。
◆◆◆町に広がる預言者探し
数日後。
王都のあちこちに、一枚の看板が設置された。
看板には、以前アレクの前に現れた預言者の姿が描かれていた。
顔はヴェールに覆われ、全体的に謎めいた姿をしている。
その下には、皇帝からの命令が記されていた。
――この預言者を知る者、または居場所を知る者は、宮殿へ知らせること。
――預言者を宮殿に連れてきた者には、相応の褒美を与える。
看板を見た町の人々は、たちまち騒ぎ始めた。
「皇帝陛下が、預言者をお探しだって!」
「いったい、どんなお方なんだろうねえ」
「褒美がもらえるなら、探してみる価値はあるな!」
人々は看板を囲み、預言者の特徴を確かめ合った。
酒場でも、市場でも、商店の前でも、話題は預言者のことで持ちきりになった。
「そういえば、うちの近くでヴェールをかぶった人を見たぞ!」
「本当かい?」
「いや、よく考えたら、ただの旅人だったかもしれない……」
「なんだよ、それ!」
町のあちこちで、そんなやり取りが繰り広げられた。
やがて、褒美の話を聞きつけた人々が、宮殿へ押しかけ始めた。
「私が預言者を連れてまいりました!」
「いや、私の方が先です!」
「この者こそ、陛下がお探しの預言者でございます!」
ところが、連れてこられた人々は、誰も本物の預言者ではなかった。
ヴェールをかぶっただけの旅人。
占い師を名乗る者。
自分の娘を預言者だと言い張る親まで現れた。
「陛下! 私の娘には不思議な力がございます! どうか褒美を!」
「お父さん、私、そんなこと言ってないよ!」
「黙っていなさい! 陛下の前では、もっと神秘的に振る舞うんだ!」
「ええっ!?」
騒ぎは、ますます大きくなるばかりだった。
そして、宮殿の前には、預言者を名乗る者や褒美を求める者たちが、長い列を作るようになった。
その報告を受けたアレクは、執務室で頭を抱えた。
「……いったい、何人来たのだ?」
「本日だけで、三十人を超えております」
「三十人だと!?」
アレクは思わず立ち上がった。
「その中に、本物はいたのか?」
「残念ながら、今のところ一人も……」
「はあああ……」
アレクは再び椅子に座り込んだ。
国を守るための手がかりを探しているはずなのに、宮殿の前は大騒ぎ。
しかも、捜索のために騎士たちまで忙しくなっている。
「いったい、あの預言者はどこにいるのだ!」
アレクの叫びが、執務室に響き渡った。
そのころ――。
当の預言者は、王宮の別の場所で、とんでもないことをしていた。
◆◆◆リリアのお部屋がお菓子だらけ!?
「おやちゅ、いっぱいにしちゃおー!」
そのころ、リリアの部屋では――。
2歳になったリリアが、満面の笑みで両手を広げていた。
目の前には、ポポとピピ。
そして、虹色の小さな竜リュリュと、黒猫のノクスがいる。
「リリちゃん、いっぱいって、どれくらい?」
ピピが尋ねた。
「いっぱぁい!」
「それじゃ分からないのだ!」
ポポが大きくうなずいた。
「よし! ポポが見本を見せるのだ!」
ポポはテーブルの上にあった小さなお菓子のかごを、じっと見つめた。
「これを……こうして……こうなのだ!」
ポポが前足を振ると、お菓子がころころと床に転がった。
「ポポ! 何してるのぉ!」
ピピが慌てて叫ぶ。
「お菓子が増えたら、もっと楽しいのだ!」
「床に落としたら食べられないでしょ!」
しかし、リリアは別のことを考えていた。
「もっと、もっとぉ!」
リリアが両手をぱっと広げると、部屋の中にふわりと甘い香りが広がった。
次の瞬間――。
ぽんっ!
ぽぽぽんっ!
焼き菓子やキャンディー、色とりどりの小さなお菓子が、あちこちに現れ始めた。
テーブルの上。
椅子の上。
クッションの上。
さらには、ベッドの上まで!
あっという間に、部屋の中がお菓子だらけになってしまった。
「わぁぁぁぁ! おやちゅのおやまぁ!」
リリアは大喜びで飛び跳ねた。
「ポポにおまかせなのだ! お菓子の国が完成したのだ!」
「ポポのせいじゃないでしょ! リリちゃんの魔法だよぉ!」
ピピが慌てていると、リュリュが床に転がったキャンディーを見つけた。
「きゅるっ!」
ぱくっ。
「きゅるるぅ!」
リュリュは嬉しそうに尻尾を振った。
ノクスも、床に転がったお菓子を見つめていた。
「……食べ物を粗末にするのはよくないな」
そう言いながら、ノクスは一つのお菓子を前足で引き寄せた。
「のくしゅも、たべりゅ?」
リリアが尋ねる。
「……少しだけだ」
ぱくっ。
「おいちい?」
「……まあ、悪くはない」
「おいちいんだぁ!」
リリアはきゃっきゃっと笑った。
そのとき、部屋の外から侍女の声が聞こえた。
「リリア王女、お部屋のお掃除に参りました!」
ポポとピピが、ぴたりと動きを止めた。
「……まずいのだ」
「まずいねぇ……」
リリアだけは、にこにこしている。
「おそうじぃ?」
そして、床いっぱいのお菓子を見渡した。
「おそうじ、しゅるのぉ?」
「そうだよ、リリちゃん! だから、お菓子を片づけないと……」
ピピが言いかけた、その瞬間。
リリアは両手を広げた。
「おかち、もっとぉ!」
「リリちゃん!?」
ぽぽぽぽぽんっ!
お菓子が、さらに増えた。
◆◆◆お掃除の邪魔をしちゃうのだ!
扉が開き、侍女が部屋に入ってきた。
「リリア王女、お掃除に……」
侍女は、その場で固まった。
床一面に広がるお菓子。
ベッドの上に積み上がった焼き菓子。
クッションの間から顔を出すキャンディー。
そして、その真ん中で満面の笑みを浮かべるリリア。
「……リリア王女?」
リリアは元気よく手を振った。
「おねーしゃん! おやちゅ、いっぱい!」
「こ、これは……!」
侍女は慌てて、床のお菓子を片づけ始めた。
ところが、リリアはお菓子がなくなっていくのが寂しくなったらしい。
「あっ! おかち、なくなっちゃうぅ!」
「リリア王女、これはお掃除ですからね」
「だめぇ! おかち、いっぱぁい!」
ぽんっ!
侍女が拾った場所に、またお菓子が現れた。
「えっ!?」
侍女は目を丸くした。
もう一度、お菓子を拾う。
ぽんっ!
また増えた。
「……あれ?」
侍女は首をかしげた。
ポポは口元を押さえて、ぷるぷる震えていた。
「ポポ、笑っちゃだめだよぉ!」
ピピが小声で注意する。
「む、無理なのだ……! お菓子が……お菓子が無限なのだ……!」
「ポポ!」
リリアは、侍女の周りをちょこちょこと歩き始めた。
「おねーしゃん、こっちぃ!」
侍女が振り向くと、今度は別の場所にお菓子が散らばっている。
「ええっ! いつの間に!?」
「こっちもぉ!」
また別の場所へ。
「リリア王女、待ってくださいませ!」
侍女はあちらこちらを行ったり来たり。
ポポとピピは、とうとう床に転がって笑い始めた。
「ポポ、もうお腹が痛いよぉ!」
「ポポもなのだ! お掃除が終わらないのだ!」
ノクスは呆れたように尻尾を揺らした。
「……まったく。お前たちは、少しは反省したらどうなんだ」
そう言いつつ、ノクスは侍女が踏みそうになったキャンディーを、前足でそっと端へ押しやった。
リュリュも、小さな竜の体でお菓子をまとめようと頑張っていた。
けれど、リリアが笑うたびにお菓子が増える。
結局、お掃除はなかなか終わらなかった。
◆◆◆廊下がつるつる!?
その日の午後。
お菓子の騒動がようやく落ち着いたころ、リリアはポポたちと一緒に廊下へ出た。
「おさんぽぉ!」
「お散歩なのだ!」
ポポが元気よく答えた。
ピピも、リリアの隣をぴょんぴょん跳ねている。
リュリュは小さな足でとことこと歩き、ノクスは少し離れたところからみんなを見守っていた。
そのとき、リリアは廊下を歩く召し使いたちを見つけた。
みんな、忙しそうに荷物を運んでいる。
「みんな、いそいでりゅぅ!」
リリアは不思議そうに首をかしげた。
「すべったら、どうちゅるのかなぁ?」
ポポの耳がぴくりと動いた。
「リリちゃん、何か思いついたのだ?」
「えへへぇ!」
リリアは床に小さな手を向けた。
すると、廊下の床が、つるんと滑りやすくなった。
もちろん、リリアは誰かを傷つけるつもりなどない。
ただ、みんながどうなるのか見てみたかったのだ。
ちょうどそのとき、召し使いの一人が廊下を歩いてきた。
「次の部屋へ、こちらを運ばなくては……」
つるっ!
「わあっ!?」
召し使いは慌てて足を踏ん張った。
なんとか転ばずに済んだものの、両手を大きく広げて、ふらふらしている。
その後ろから来た別の召し使いも――。
つるっ!
「おっと!」
さらに、その後ろの召し使いまで。
「うわっ、床が滑るぞ!」
「いったい、どうなっているんだ!?」
廊下は、たちまち大騒ぎになった。
誰も転ばないように、壁に手をつきながら、そろそろと歩いている。
リリアは目を輝かせた。
「わぁぁ! みんな、つるつるぅ!」
ポポはお腹を抱えて笑った。
「ポポにおまかせなのだ! これは大変なことになったのだ!」
「ポポ、何もしてないでしょぉ!」
ピピが突っ込む。
リュリュは楽しそうにきゅるきゅると鳴いた。
一方、ノクスは額に前足を当てた。
「……まったく。今度は廊下か」
そのとき、向こうからアレクが歩いてきた。
「いったい、何の騒ぎだ?」
アレクが一歩踏み出した瞬間――。
つるっ!
「おっと!」
アレクはすぐに体勢を立て直した。
「……なんだ、この床は!?」
廊下にいた者たちが、一斉に頭を下げた。
「も、申し訳ございません、陛下! 床が突然、滑りやすくなりまして……!」
アレクは床を見下ろした。
そして、少し離れたところで、両手を口に当てて笑いをこらえているリリアを見つけた。
「……リリア?」
「ぱぱぁ!」
リリアは、何事もなかったかのように駆け寄った。
「りりあ、おさんぽちてたのぉ!」
「そうか……」
アレクは娘の顔をじっと見つめた。
その無邪気な笑顔を見て、思わずため息をつく。
「リリア、廊下では気をつけるんだぞ」
「はぁい!」
元気いっぱいの返事。
けれど、リリアの後ろでは、ポポが小さくつぶやいていた。
「……リリちゃん、また何か思いついている顔なのだ」
ピピは深くうなずいた。
「うん。絶対、まだ終わってないよぉ……」
その予想どおり、リリアはアレクの腕の中で、にっこり笑っていた。
「つぎ、なにちよっかなぁ!」
「リリア!」
アレクの声が廊下に響いた。
こうして、王宮には今日もリリアの笑い声と、召し使いたちの悲鳴が響き渡った。
そのころ、アレクの執務室には、預言者を名乗る者たちが、まだ次々と押しかけていた。
本物の預言者は、すぐそばにいるというのに――。
アレクは、まだそのことを知らなかった。




