第54話 第二夫人からの合図! 皇帝暗殺計画が動き出す
第54話 第二夫人からの合図! 皇帝暗殺計画が動き出す
夜の皇宮。
第二夫人ヴィクトリアの部屋には、明かりがひとつだけ灯っていた。
ヴィクトリアは窓辺に立ち、庭園を見下ろしていた。
最近、アレクの様子がおかしい。
以前よりもローレン医師の経歴を調べるようになり、過去の事件についても、ひそかに調査を進めているらしい。
このままでは、いつか自分とセドリックの秘密にたどり着かれてしまう。
「……急がなければ」
ヴィクトリアがつぶやいた、そのときだった。
コン、コン。
扉が控えめに叩かれた。
「どなた?」
「お届け物でございます」
侍女が小さな包みを持って入ってきた。
ヴィクトリアは侍女を下がらせると、包みを開いた。
中に入っていたのは、黒い封蝋で封じられた一通の手紙だった。
ヴィクトリアは封を切り、内容を確認した。
そこには、短い指示が記されていた。
――皇帝暗殺を開始せよ。
――失敗は許されない。
――後始末は、そちらで行え。
ヴィクトリアの指先が、わずかに震えた。
ついに、その時が来たのだ。
「……わかりましたわ」
彼女は手紙を暖炉に投げ入れた。
炎が紙をのみ込み、黒い灰へと変えていく。
ヴィクトリアは机の引き出しから、小さな銀の呼び鈴を取り出した。
それは、ローレン医師との秘密の連絡に使っているものだった。
彼女は決められた回数だけ、静かに鈴を鳴らした。
しばらくすると、廊下の向こうに人影が現れた。
ローレン医師だった。
「お呼びでしょうか、ヴィクトリア様」
「御主人様から指示が届きましたわ」
ヴィクトリアは声を潜めた。
「皇帝陛下の暗殺を開始するように、とのことです」
ローレン医師の表情が変わった。
「……承知いたしました」
「必ず成功させなさい。陛下が亡くなれば、宮廷の勢力図は大きく変わります。あなたも、失敗したときにどうなるかはわかっていますわね?」
「もちろんでございます」
ローレン医師は深々と頭を下げた。
「ご安心ください。必ず陛下を仕留めてみせます」
その目には、冷たい殺意が宿っていた。
しかし、ヴィクトリアもローレン医師も知らなかった。
彼らの計画が、すでに神界の神々の心配を引き起こしていることを。
そして、その計画を止めようとしている小さな王女がいることを。
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その日の深夜。
アレクは執務室で、最後の報告書に目を通していた。
「ローレン医師の過去に、まだ不明な点があるか……」
彼は書類を置き、深く息を吐いた。
「急がなければならない。だが、証拠がないまま動くわけにはいかない」
部屋には護衛がいたが、アレクは少しの間、一人で考える時間を求めた。
その頃、ローレン医師は人目につかない廊下を歩いていた。
彼は医師として身につけた知識だけでなく、秘密の魔術も使いこなしていた。
「陛下……今夜で終わりです」
ローレン医師は小さく手を動かした。
指先に、黒い光が集まる。
その光は音もなく細い針のような形へ変わり、扉の隙間から執務室へと入り込んだ。
アレクは気づかなかった。
黒い針が背後から迫る。
その瞬間――。
パァァァッ!
アレクの身体全体が、まばゆいゴールドの光に包まれた。
黒い針は光に触れた途端、激しい音もなく消滅した。
「何っ!?」
廊下の陰にいたローレン医師は、思わず声を漏らした。
もう一度、魔力を放つ。
しかし、結果は同じだった。
黒い魔力はゴールドの光に触れると、跡形もなく消えてしまう。
「馬鹿な……! 私の魔術が通じないだと!?」
ローレン医師は壁に身を寄せ、震える指先を見つめた。
あの光は何なのか。
いつから陛下の身体を守っているのか。
誰が、あのような力を与えたのか。
彼には、まったくわからなかった。
「いったい、何が起きている……?」
アレクはまだ、何も知らない。
だが、ローレン医師は理解した。
このまま魔術を使っても、陛下を暗殺することはできない。
あの光をどうにかしなければ。
ローレン医師は、音を立てないようにその場を離れた。
「必ず方法を見つけてやる……!」
暗い廊下に、彼の足音が遠ざかっていった。
翌朝。
ローレン医師は、自分の部屋で夜の出来事を思い返していた。
「陛下の身体を包んだ、あの金色の光……」
魔術が弾かれた瞬間の光景が、何度も頭をよぎる。
あれは偶然ではない。
陛下の身体そのものが、何らかの力によって守られているのだ。
「ならば、攻撃する前に、あの守りを消せばいい」
ローレン医師は、薬品棚からいくつかの瓶を取り出した。
彼は魔術だけでなく、薬品の調合にも詳しかった。
古い記録や自身の知識を調べ、魔力による防護を弱める薬を作ることにした。
ただし、まだ成功する保証はない。
「試す価値はある……」
ローレン医師は数種類の薬品を慎重に調合した。
やがて、小さな瓶の中に、薄い紫色の液体ができあがった。
「これで、あの光を消せれば……」
彼は瓶を握りしめた。
今度こそ、失敗するわけにはいかなかった。
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一方、皇宮の別の場所では――。
ミレに抱かれたリリアが、窓から庭を眺めていた。
「おはな、きれぇねぇ!」
庭には色とりどりの花が咲いている。
ポポは床に座り、お菓子を頬張っていた。
「ポポは花より、おやつなのだ!」
「また、おやちゅなのぉ? ポポ、たべしゅぎぃ!」
ピピが呆れたように言った。
「ピピだって、さっき食べてたのだ!」
「ピピは別なの〜!」
いつもの賑やかなやり取り。
けれど、そのとき、リリアの胸元でペンダントがかすかに震えた。
リリアは笑うのをやめた。
(……また、いやなかんじ)
ペンダントの表面に、ぼんやりと黒い影が映った。
その影は小さな瓶を持っていた。
顔までは見えない。
けれど、リリアは胸の奥がざわざわするのを感じた。
(ぱぱ……だいじょうぶ?)
リリアは小さな手でペンダントを握った。
「ポポ、ピピ……」
「どうしたのだ、リリちゃん?」
「ぱぱ、まもりゅの……」
ポポとピピは顔を見合わせた。
「ポポにおまかせなのだ!」
「ピピもいっしょにやる〜!」
二匹はすぐにリリアのそばへ寄った。
しかし、リリアは神様たちとの約束を思い出した。
危険を感じても、確かなことがわからないまま、勝手に動いてはいけない。
(かみしゃまに、そうだんしゅるの……)
リリアはペンダントをぎゅっと握りしめた。
---
その夜。
アレクの夕食が用意されていた。
ローレン医師は、食事を運ぶ者たちの動きを確認し、誰にも気づかれないように小瓶の薬を料理に混ぜた。
薬は透明に近く、食事の見た目も匂いも変わらなかった。
「これで、あの守りの光が消えるはずだ……」
彼は遠くから食事が運ばれていくのを見送った。
アレクは執務室で食事を前にしていた。
「今日も遅くなってしまったな……」
彼がスプーンを手に取る。
その瞬間、リリアのペンダントが強く光った。
「……!」
ミレに抱かれていたリリアは、はっと顔を上げた。
頭の中に、食事へ黒い液体が落ちる光景が浮かんだ。
(だめぇ! ぱぱ、それ、だめぇ!)
リリアはミレの腕の中で身を乗り出した。
「ぱぱぁ! まってぇ!」
ちょうどアレクの執務室へ向かっていたリリアの声が、廊下に響いた。
「リリア? どうしたのだ?」
アレクはスプーンを置き、娘を迎えた。
リリアは食事を指さした。
「それ、だめぇ! ぱぱ、たべちゃ、めぇ!」
アレクは驚いた。
「この食事がどうしたんだい?」
リリアはうまく説明できない。
けれど、パパを守らなければ。
リリアは小さな手を料理へ向けた。
淡い光が食事を包み込む。
その中に潜んでいた薬の力と黒い魔力が、静かに消えていった。
リリアは手を下ろし、アレクを見上げた。
「もう、だいじょぶぅ……」
「そうか。心配してくれたんだな」
アレクはリリアを抱き上げ、頬を寄せた。
「ありがとう、リリア」
リリアはにっこり笑った。
「ぱぱ、だいしゅきぃ!」
その夜、アレクは何事もなく食事を終えた。
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深夜。
ローレン医師は、再び魔術を発動させた。
「今度こそ……!」
黒い魔力がアレクへと向かう。
しかし――。
パァァァッ!
ゴールドオーラが、再びアレクの身体全体を包み込んだ。
黒い魔術は光に触れると消滅した。
「なぜだ……!?」
ローレン医師は目を見開いた。
「薬を混ぜたはずだ! あの守りを消す薬を、確かに使ったのに!」
ゴールドの光は、少しも弱まっていなかった。
彼は自分の手を見つめ、唇を噛んだ。
「誰かが……私の計画を邪魔したのか?」
焦りが、胸の奥から湧き上がる。
魔術は効かない。
薬も効かなかった。
このままでは、ヴィクトリアに報告することさえできない。
ローレン医師の目に、恐ろしい光が宿った。
「ならば……別の姿で、直接仕留めるしかない」
彼の背後で、黒い魔力が渦を巻いた。
その気配は、まるで巨大な獣が目を覚ますようだった。
神界では、ゼノが水晶を見つめながら叫んでいた。
「危ないぞ、リリア! あの医師、何かをしようとしている!」
アテナは唇を引き結んだ。
「薬が効かなかったことで、追い詰められています。次は、もっと危険な手段を使うでしょう」
オルフェは未来を見つめた。
「黒い影が……皇帝の寝室へと向かっている」
フィオナは胸元で手を握りしめた。
「リリアちゃん……どうか、無事でいて……!」
ゼノは水晶に映る小さな姫を見つめた。
「リリア。お前の力が必要になる時が来るかもしれない……だが、どうか命を大切にしてくれ」
その頃、リリアは眠る前に、アレクの寝室の方向をじっと見つめていた。
「ぱぱ……まもりゅの……」
小さな手が、ペンダントをぎゅっと握る。
まだ、リリアは知らない。
ローレン医師が、黒いドラゴンへと変身しようとしていることを。
そして次の夜、皇帝の命を懸けた戦いが始まろうとしていることを――。




