第49話 皇帝のそばに忍び寄る影
第49話 皇帝のそばに忍び寄る影
◆◆◆ローレン医師の不審な行動
皇帝アレクの執務室。
朝から仕事に追われていたアレクは、側近から提出された報告書に目を通していた。
「ローレン医師の経歴について、新しい情報はあったか?」
「はい、陛下。ただ、現時点では決定的な証拠は見つかっておりません」
側近の返事に、アレクは静かにうなずいた。
「そうか。引き続き調べてくれ。本人に気づかれないよう、慎重にな」
「承知いたしました」
側近が退出すると、アレクは椅子の背にもたれた。
ローレン医師には、どうしても気になる点がある。
アリア王女の診察についても、説明に不自然なところがあった。
だが、疑わしいという理由だけで医師を追及するわけにはいかない。
確かな証拠が必要だった。
「……何かを隠しているのか。それとも、私の考えすぎなのか」
アレクは窓の外に目を向けた。
そのころ、宮廷医務室では、ローレン医師が診察道具を片づけていた。
同僚の医師が声をかける。
「ローレン先生、今日は陛下の診察予定も入っていますね」
「ああ。必要があれば、いつでも対応できるようにしておくよ」
ローレン医師は穏やかに答えた。
表情にも、声にも、怪しいところはない。
しかし、同僚が部屋を出ていくと、その顔から笑みが消えた。
「……まだ、指示は来ないのか」
彼は誰にも聞こえないほど小さな声でつぶやいた。
皇帝暗殺の命令は受けている。
だが、実行の時期については、まだ知らせがない。
ローレン医師は焦る気持ちを押し隠し、再び普段どおりに仕事を始めた。
その日の午後。
リリアは自分の部屋で、ポポとピピと一緒に遊んでいた。
「ぽぽ、こっちぃ!」
「待つのだ、リリちゃん! ポポは今、重要な任務の途中なのだ!」
ポポは小さなおもちゃを抱え、胸を張っていた。
「じゅーよーなにんむ?」
「そうなのだ! おもちゃを守る任務なのだ!」
「それ、ポポがあしょびたいだけでしょぉ?」
ピピがすかさず指摘する。
「ち、違うのだ!」
リリアは二匹を見て、きゃっきゃっと笑った。
「ぽぽ、ぴぴ、おもしろぉい!」
しばらくして、リリアはふと笑うのをやめた。
頭に浮かんだのは、パパの顔だった。
昨日、神様たちからもらったお薬を渡すことはできた。
でも、それで全部安心というわけではない。
リリアは小さな手で、胸元のペンダントに触れた。
「ぱぱ……だいじょぶかなぁ」
ピピが心配そうに顔をのぞき込む。
「リリちゃん、パパのことが気になるの?」
「うん。ぱぱ、まもりゅの」
ポポも真面目な顔になった。
「ポポたちも、パパを守るのだ!」
「ピピもいっしょにやる〜!」
三人は顔を見合わせた。
まずは、パパの周りで何が起きているのか、注意して見ていこう。
ただし、勝手に危ないことをしてはいけない。
リリアは神様たちとの約束を思い出し、小さくうなずいた。
「ちゃんと、きをちゅけりゅ!」
そのとき、胸元のペンダントが、ほんの一瞬だけ淡く光った。
リリアは目を丸くした。
「……あれぇ?」
光はすぐに消えた。
何かを知らせようとしているのだろうか。
リリアはペンダントを両手で包み、じっと見つめた。
◆◆◆ヴィクトリアに届く知らせ
その夜。
ヴィクトリアは、自分の部屋で一人、窓の外を眺めていた。
表向きは、いつもと変わらない第二妃。
皇帝にも、第一妃エレナにも、普段どおりに接している。
しかし、心の中では落ち着かなかった。
先日、仮面の男から伝えられた命令。
皇帝アレクを暗殺すること。
その実行時期は、まだ知らされていない。
「……いつまで待たせるつもりなの」
ヴィクトリアは小さくつぶやいた。
そこへ、控えめなノックの音が響いた。
「第二妃殿下。お客様がお見えです」
ヴィクトリアはすぐに表情を整えた。
「誰かしら?」
「お名前はおっしゃいません。ただ、殿下にお渡ししたいものがあるとのことです」
ヴィクトリアの目が細くなる。
「……通しなさい」
しばらくして、顔を隠した人物が部屋に入ってきた。
侍女が退出し、扉が閉まる。
人物は周囲を確認してから、一通の封書を差し出した。
「御主人様からの伝言です」
ヴィクトリアは封書を受け取った。
「実行の時期が決まったの?」
「詳しい指示は、改めて伝えられます。今は、これまでどおりに振る舞うようにとのことです」
ヴィクトリアは封書を握りしめた。
「……わかったわ」
それ以上、人物は何も語らなかった。
やがて部屋を出ていくと、ヴィクトリアは一人になった。
「皇帝さえいなくなれば……」
その先の言葉を、彼女は口にしなかった。
今はまだ、計画を急ぐわけにはいかない。
ヴィクトリアは封書をしまい、何事もなかったかのように鏡の前へ向かった。
一方、そのころ。
リリアは寝室で、ポポとピピに挟まれて座っていた。
「ぺんだんと、ぴかってちたのぉ」
「何かが映る合図だったのかもしれないのだ」
ポポが考え込む。
「でも、今回は何も見えなかったよねぇ」
ピピも首をかしげた。
リリアはペンダントを両手で持ち、神様たちに話しかけた。
「かみしゃま……なにか、あったの?」
すると、ペンダントが再び淡く光った。
今度は、光が消えるまで少しだけ時間があった。
リリアは目をぱちぱちさせた。
「……ぱぱのこと?」
けれど、ペンダントには何も映らなかった。
リリアは、神様たちに相談する必要があると感じた。
自分だけで勝手に行動しない。
それは、神様たちと約束したことだった。
「ぽぽ、ぴぴ。かみしゃまに、そうだんしゅるの」
「ポポも行くのだ!」
「ピピもいっしょにやる〜!」
二匹は、いつもの調子で元気よく答えた。
リリアは安心したように笑った。
「うんっ!」
しかし、リリアはまだ知らない。
ヴィクトリアのもとに、新たな知らせが届いたことを。
そして、皇帝暗殺計画が、静かに次の段階へ進もうとしていることを。
皇宮の夜は、いつもと変わらず静かだった。
けれど、その静けさの向こう側で、見えない影が少しずつ近づいていた。




