第4話「ぺったん! 肉球スタンプ大作戦! 第二夫人の陰謀と赤ちゃん姫の大活躍!」
第4話「ぺったん! 肉球スタンプ大作戦! 第二夫人の陰謀と赤ちゃん姫の大活躍!」
――リリアとアリアが生まれて、一年と三か月。
二人の王女は、すくすくと成長していた。
金色の髪にきらきらした瞳を持つリリアは、よちよち歩きが上手になり、興味のあるものを見つけると、すぐに近づいていく。
人間の前では、まだしっかりと話すことができない。
「あー! うー!」
そんなかわいらしい声で、一生懸命に気持ちを伝えていた。
けれど、ポポやピピ、動物たちと一緒のときも、話し方は一歳三か月らしい幼いものだった。
「ぽぽ、こっちぃ!」
「ぴぴ、あしょぼ!」
「えへへぇ!」
言葉はたどたどしくても、言いたいことはちゃんと伝わる。
そして今日も、リリアの頭の中には、いたずらの計画がいっぱいだった。
一方、王宮の奥では――。
リリアの知らないところで、第二夫人ヴィクトリアが新たな陰謀を企てていた。
今回の標的は、第一夫人エレナ。
ヴィクトリアは、エレナの評判を落とし、皇帝アレクから遠ざけようとしていたのだ。
王宮に広がる、かわいらしい肉球模様。
そして、その陰で動き始める黒い陰謀。
今日も王宮は、平和とはほど遠い一日になりそうだった。
---
### ぺったん! 王宮に肉球がいっぱい!
朝。
リリアの寝室では、侍女のミレが着替えを用意していた。
「リリア姫様、今日はお庭に行きましょうね」
「あー! あうー!」
リリアはベッドの上で、にこにこと笑っている。
(おにわ! いくぅ! おそと、だいしゅき!)
ミレが隣の部屋へ着替えを取りに行った、その瞬間。
ベッドの陰から、まんまるふわふわのポポとピピが顔を出した。
「リリちゃん、今なのだ!」
「ほんとに、ミレさんいない?」
リリアは扉をじっと見つめた。
「……いにゃい!」
「いないのだ!」
リリアは、ぱあっと笑った。
「やったぁ!」
そして、机の上に置いてあったピンク色の肉球スタンプを持ち上げた。
「ぺったん!」
ポポが目を輝かせる。
「おおっ! 今日も肉球スタンプなのだ!」
ピピは少し心配そうに尋ねた。
「リリちゃん、今日はどこに押すの?」
リリアは小さな指を廊下へ向けた。
「かべぇ! ゆかぁ! ぺったん、いっぱい!」
「王宮ぜんぶなのだ!?」
「いっぱい、かわいくちゅるの!」
リリアは得意げに笑った。
三人はそっと廊下へ出た。
ぺったん!
白い壁に、ピンク色の肉球が一つ。
ぺったん!
床にも一つ。
ぺったん、ぺったん!
柱にも、窓のそばにも、かわいい模様が増えていく。
しかも、リリアの魔法が込められた肉球は、きらきらと光っていた。
「わあぁ! かわいー!」
リリアは大喜びだ。
「リリちゃん、すごいのだ! これは芸術なのだ!」
ポポが胸を張った。
「ぽぽも、ぺったんちゅる!」
「いいよぉ!」
リリアはポポの額に判子を押した。
ぽんっ!
ポポの額に、大きなピンク色の肉球がついた。
「……なのだ?」
リリアはポポの顔を見て、きゃっきゃっと笑った。
「ぽぽ、おかお、ぴんくぅ!」
「これは勲章なのだ! 天才ポポ様の証なのだ!」
「ぽぽ、えらいえらい!」
リリアはポポの頭をよしよしとなでた。
ピピも笑いながら、二人を見ていた。
「もう、二人とも楽しそうなんだから〜」
そのとき。
「リリア姫様ー!」
ミレの声が廊下に響いた。
三人はびくっとした。
リリアは判子を背中に隠し、廊下にちょこんと座る。
ミレがやって来ると、目の前の光景に固まった。
「…………」
壁。
床。
柱。
どこを見ても、ピンク色の肉球だらけ。
「……あら?」
ミレはゆっくりとリリアを見た。
リリアは無邪気に手を叩く。
「あー! きゃっ!」
(えへへぇ! いっぱい、できたぁ!)
「まさか……リリア姫様が?」
「あうー!」
ミレは困ったように微笑んだ。
「もう、壁にいたずらをしてはいけませんよ?」
リリアは首を傾げた。
(いたじゅら、ちがうもん。かわいいのにぃ……)
ミレに抱き上げられたリリアは、にこにこと笑っていた。
ミレが背を向けると、リリアはポポとピピにこっそりウインクした。
ポポは小声でつぶやいた。
「リリちゃん、反省してないのだ……」
ピピもうなずく。
「ぜんぜんしてないね〜」
---
### 第二夫人ヴィクトリアの陰謀
そのころ、王宮の別棟にあるヴィクトリアの部屋では、重苦しい空気が漂っていた。
ヴィクトリアは窓辺に立ち、王宮の庭を見下ろしていた。
その表情には、優雅な微笑みの裏に隠された冷たい感情が浮かんでいる。
「……エレナは、相変わらず陛下のお心をつかんでいるのね」
侍女が静かに頭を下げた。
「第一夫人様は、陛下から大変大切にされております」
「ええ。だからこそ、厄介なのよ」
ヴィクトリアは扇子を閉じた。
エレナはヴィクトリアに意地悪をしたことなどない。
むしろ、何かあれば気遣い、アリアにも優しく接してくれる。
その優しささえ、ヴィクトリアには面白くなかった。
「エレナとリリアがいる限り、私たちが望むものは手に入らない……」
ヴィクトリアは声を落とした。
彼女の心にあるのは、皇帝の弟セドリックとともに王宮を支配するという野望だった。
セドリックとの間に生まれたアリアを、いつか自分たちの計画に利用する。
そして、皇帝の唯一の子であるリリアと、その母エレナを邪魔な存在から排除する。
それが、二人の目的だった。
「セドリック様から、お返事は届いた?」
「はい。今夜、密かにお会いになるとのことです」
「そう。では、その前に準備を進めましょう」
ヴィクトリアは机の引き出しから、一通の書状を取り出した。
それは、エレナの名を使って作られた偽の命令書だった。
そこには、王宮の備蓄品を勝手に別の場所へ移し、使用人たちへの配給を減らすよう指示する内容が書かれている。
もし、この書状が本物だと思われれば、エレナは使用人たちを苦しめた冷酷な第一夫人として疑われるだろう。
さらにヴィクトリアは、使用人の一人に金貨の入った小袋を渡した。
「この書状を、陛下の執務室にある書類の中へ紛れ込ませなさい」
「……かしこまりました」
「ただし、誰にも知られてはならないわ。もし失敗すれば、あなたもただでは済まないわよ」
使用人は震えながら頭を下げた。
ヴィクトリアは再び優雅な微笑みを浮かべた。
「エレナ。あなたがどれほど優しく振る舞っても、陛下の信頼を失えば終わりよ」
その目には、冷たい野心が宿っていた。
しかし、ヴィクトリアはまだ知らなかった。
この計画が、思いがけない小さな存在によって狂わされることを。
そして、その小さな存在が、今まさに皇帝の執務室へ向かっていることも――。
---
### 第三幕 おとうしゃまの書類に、ぺったん!
昼下がり。
皇帝アレクは執務室で、国から届いた報告書や予算書類に目を通していた。
「ふう……今日は書類が多いな」
机の上には、いくつもの書類の束が積まれている。
その中には、ヴィクトリアが仕掛けた偽の命令書も、こっそり紛れ込まされていた。
一方、執務室の扉の外では――。
リリアが、ポポとピピを連れて立っていた。
「おとうしゃま、いりゅ?」
「いるのだ。お仕事中なのだ」
リリアは扉の隙間から、机の上を覗き込んだ。
「かみ、いっぱい!」
(かみしゃん、いっぱい! おとうしゃま、たいへんそう……)
リリアは小さな眉を寄せた。
そして、手に持っていた肉球スタンプを見つめた。
「……ぺったん?」
ピピが慌てて首を振った。
「リリちゃん、これはお仕事の書類だよ〜!」
リリアは首を傾げる。
「おちごと?」
「そうなのだ。陛下の大事なお仕事なのだ」
リリアは少し考えた。
そして、にこっと笑った。
「だいじ……ぺったん!」
「その結論はおかしいのだーーーっ!」
ポポの叫びより早く、リリアは扉の隙間から中へ入ってしまった。
机のそばまで、よちよち歩いていく。
ぺったん!
一枚目の書類に、ピンク色の肉球。
ぺったん!
二枚目にも。
ぺったん!
三枚目にも。
「えへへぇ! いっぱい!」
ポポは青ざめた。
「リリちゃん! それは国の大事な書類なのだ!」
「かわいーの!」
リリアは楽しそうに、次々とスタンプを押していった。
すると、魔法の光が書類の束を包み込んだ。
ぽんっ!
ぽんぽんっ!
ぽぽぽぽぽんっ!
机の上の書類が、みるみる肉球だらけになっていく。
「わあぁ! ぴんくぅ!」
リリアは大喜びだった。
そのとき、背後から声がした。
「……リリア? そこで何をしているんだ?」
振り返ると、皇帝アレクが立っていた。
リリアはぱっと笑顔になった。
「あー! ぱぱ!」
アレクはリリアを見て、それから机の上を見た。
書類。
肉球。
書類。
肉球。
「…………」
しばらく沈黙が続いた。
ポポとピピは、そろって固まっている。
リリアは小さな手をぱたぱたさせた。
「きゃっ!」
(ぱぱ! みてみてぇ! ぴんく、いっぱい!)
アレクは額に手を当てた。
「リリア……これは、いったい……」
リリアは答えられない。
「あー! うー!」
そして、スタンプを持ち上げた。
アレクは深く息を吐いた。
「そうか……おまえが押したのか」
リリアはにこにこ笑っている。
「ぱぱぁ!」
アレクは困ったように笑った。
「まったく……いたずら好きだな」
それから、肉球だらけになった書類を見つめる。
「だが、これは大事な書類だ。きれいにできるかな?」
リリアはぱっと顔を上げた。
「きれい、きれい!」
小さな手をぱんっと叩く。
ピンク色の光が広がり、肉球模様が一つずつ消えていった。
あっという間に、書類は元どおりになった。
アレクは目を丸くした。
「おお! すごいじゃないか、リリア!」
「えへへぇ!」
(リリ、できたぁ! ほめてぇ!)
アレクはリリアを抱き上げ、優しく頬にキスをした。
「よくできたな」
リリアは嬉しそうに笑った。
しかし――。
机の端に、一通の書状が残っていた。
それは、ヴィクトリアが仕込んだ偽の命令書だった。
リリアはその書状をじっと見つめた。
なんだか、いやな感じがする。
神界で暮らしていたころから、リリアには不思議な力があった。
人の心の揺らぎや、危険の気配を感じ取ることができるのだ。
リリアは書状に手を伸ばした。
「……やぁ」
(これ、やぁなかんじ……。おかあしゃま、こまる?)
リリアは小さな手で書状を押さえた。
そして、肉球スタンプを、ぽんっ。
書状の端に、ピンク色の肉球がついた。
その瞬間、書状に仕掛けられていた偽造の魔法が、ふわりと光った。
リリアの魔力が触れたことで、隠されていた細工が表面に浮かび上がったのだ。
書状の文字が揺らぎ、エレナの署名が薄れていく。
代わりに、書状を偽造した者の印が、はっきりと現れた。
ポポが目を丸くした。
「な、なんなのだ!?」
### 偽の書状を見つけたのは……?
ピピも驚いて声を上げた。
「リリちゃん、書類が光ってるよ〜!」
アレクは書状を手に取った。
「これは……?」
内容を確認したアレクの表情が、すっと険しくなった。
「エレナが、こんな命令を出しただと?」
アレクは書状の不自然な署名と、浮かび上がった印を見比べた。
「……偽造か」
彼はすぐに侍従を呼んだ。
「この書状を調べろ。誰が持ち込んだのか、必ず突き止めるのだ」
「はっ!」
侍従が書状を受け取り、急いで退出した。
アレクは腕の中のリリアを見つめた。
「リリア。おまえが気づかせてくれたのか?」
リリアはきょとんとした顔をしていた。
「あー?」
(よくわかんにゃい。でも、おかあしゃま、まもりゅの!)
アレクは微笑み、リリアをぎゅっと抱きしめた。
「ありがとう、私のかわいい姫」
リリアは嬉しそうに笑った。
「ぱぱぁ!」
ただのいたずらのつもりだった肉球スタンプ。
それが、母エレナを陥れようとする陰謀を暴く、最初の手がかりになったのだった。
---
### エレナを陥れようとするヴィクトリア
その日の夕方。
ヴィクトリアの部屋に、一人の侍女が駆け込んできた。
「ヴィクトリア様、大変でございます!」
「騒々しいわね。何事なの?」
ヴィクトリアは優雅にお茶を口に運んだ。
侍女は青ざめた顔で答えた。
「第一夫人様を陥れるための書状が、陛下に見つかってしまったようです」
「……何ですって?」
ヴィクトリアの手が止まった。
「書状は、確かに執務室へ運んだのでしょうね?」
「は、はい! 間違いございません!」
「では、どうして……」
ヴィクトリアは扇子を握りしめた。
書状が見つかるだけなら、まだ言い逃れができる。
だが、もし偽造の証拠まで見つかっていたら――。
「まさか、誰かが細工を……?」
ヴィクトリアの脳裏に、金色の髪を持つ小さな王女の姿が浮かんだ。
リリア。
生まれたときから、不思議なことばかり起こす赤ちゃん。
ヴィクトリアは目を細めた。
「……あの子が関係しているのかしら」
しかし、確かな証拠はない。
今は慎重に動くしかなかった。
「セドリック様に伝えて。計画を少し変更する必要があると」
「かしこまりました」
侍女が退出すると、ヴィクトリアは一人、窓の外を見つめた。
「エレナ……今回は失敗したけれど、これで終わりだと思わないことね」
その瞳には、冷たい野心が燃えていた。
***
その夜。
ヴィクトリアは、王宮の人目につかない小さな部屋で、セドリックと密会していた。
「書状の件は失敗したわ」
ヴィクトリアが告げると、セドリックは眉をひそめた。
「誰かに気づかれたのか?」
「陛下が書状を手に入れたの。偽造の証拠まで見つかったらしいわ」
「厄介だな……」
セドリックは腕を組んだ。
「兄上はエレナを信頼している。彼女の評判を落とせば、こちらに有利になると思ったのだが」
「ええ。だから、次は別の方法を考えるわ」
ヴィクトリアは声を低くした。
「エレナを直接傷つけるのではなく、陛下が彼女を疑うように仕向けるのよ」
「リリアもいる。あの子が継承者である限り、我々の計画は簡単には進まない」
「わかっているわ」
ヴィクトリアは唇を噛んだ。
「だからこそ、時間をかけるの。焦って失敗するわけにはいかないもの」
二人は、次の計画について密かに話し合った。
彼らの陰謀は、まだ終わっていない。
そして、二人は知らなかった。
天界の神々が、その様子を見守っていることを。
---
### お庭で秘密のお茶会!
そのころ、リリアは寝室のベッドの上で、ぽんぽんと両手を叩いていた。
「ぽぽぉ! ぴぴぃ!」
ポポがクッキーの袋を抱えてやってくる。
「はいなのだ! ポポ、参上なのだ!」
ピピも隣に飛び乗った。
「リリちゃん、今日は何して遊ぶの〜?」
リリアは窓の外を指さした。
「おにわ! みんにゃ!」
庭には、白い猫や茶色い犬、小さなうさぎ、小鳥たちが集まっている。
リリアは目を輝かせた。
「みんにゃと、おちゃかいちゅるの!」
「おおっ! 秘密のお茶会なのだ!」
「ピピもいっしょにやる〜!」
三人は人間の目を避けて、庭の大きな木の下へ向かった。
テーブルの上には、クッキーや果物、赤ちゃん用の飲み物が並んでいる。
「みんにゃ、どーじょ!」
リリアがクッキーを差し出すと、動物たちは嬉しそうに鳴いた。
『ありがとう、リリアちゃん!』
『今日は何をして遊ぶの?』
リリアは肉球スタンプを取り出した。
「ぺったん!」
ポポが目を丸くする。
「またなのだ!?」
「うんっ! みんにゃに、ぺったん!」
リリアは白い猫の前足に、そっとスタンプを押した。
ぺったん!
小さなピンク色の肉球が、ぽわんと光る。
『わあ! かわいい!』
「にゃんにゃん、かわいー!」
続いて犬に、うさぎに、小鳥たちに。
リリアはみんなに肉球模様をつけていった。
「えへへぇ! みんにゃ、ぴんくぅ!」
『リリアちゃん、ありがとう!』
動物たちは大喜びで庭を駆け回った。
ピピも嬉しそうに笑った。
「みんな、すっごく喜んでるね〜!」
「うんっ! リリも、うれちい!」
ところが、リリアがスタンプを振ると――。
ぽんっ!
ぽんぽんっ!
ぽぽぽぽぽんっ!
庭の窓や扉、柱にまで、肉球模様が広がってしまった。
「……あれぇ?」
リリアは目をぱちぱちさせた。
「いっぱい、でちゃったぁ!」
「リリちゃん、魔法が広がりすぎなのだ!」
ポポが慌てて叫ぶ。
「お庭だけじゃないよ〜! 王宮のほうまで広がってる!」
リリアはスタンプをぎゅっと抱きしめた。
「とまってぇ!」
けれど、魔法は止まらない。
廊下の壁にも、窓にも、柱にも、肉球模様が次々と現れていった。
そこへ、ミレの声が響いた。
「リリア姫様ー! これはいったい何ですか!?」
リリアは、しゅんと肩を落とした。
(あうぅ……ミレ、こまっちゃったぁ……)
「リリちゃん、どうするのだ?」
リリアはスタンプを見つめた。
「きれい、きれい……ちゅる!」
小さな手をぱんっと叩く。
すると、ピンク色の光がふわりと広がり、肉球模様が一つずつ消えていった。
あっという間に、王宮は元どおり。
ただし、リリアはこっそり一つだけ残した。
(これだけ、のこしゅの!)
ポポは額に残った大きな肉球を押さえた。
「……ポポの勲章も残してほしいのだ」
「ぽぽ、ぴんくぅ!」
「そうなのだ! かっこいいのだ!」
ピピは笑いながら首を振った。
「どこが〜?」
リリアはきゃっきゃっと笑った。
---
### おとうしゃまの書類は、きれいになったけれど……
その日の午後。
皇帝アレクは、再び執務室で仕事をしていた。
先ほど発見された偽の書状について、調査を進めるよう命じたところだった。
そこへ、リリアがポポとピピを連れてやってきた。
「ぱぱぁ!」
アレクは顔を上げた。
「おや、リリア。遊びに来たのか?」
リリアは両手をぱたぱたさせた。
「あー! きゃっ!」
(ぱぱ、いたぁ! あしょぼぉ!)
アレクは嬉しそうにリリアを抱き上げた。
「ははは。少しだけなら遊べるぞ」
リリアは机の上を見た。
そこには、またしても書類が積み重なっていた。
「かみ、いっぱい!」
ポポが小声でつぶやいた。
「リリちゃん、まさか……」
リリアは肉球スタンプをぎゅっと握った。
「ぺったん!」
「やっぱりなのだーーーっ!」
ぺったん!
ぺったん!
ぺったん!
気がつけば、書類のあちこちにピンク色の肉球模様がついていた。
「……リリア?」
アレクは机を見て、固まった。
リリアは満面の笑みでスタンプを持ち上げる。
「あー!」
(ぱぱ! ぴんく、いっぱい!)
アレクは深く息を吐いた。
「……私の大事な書類が、また肉球だらけになってしまったな」
ポポとピピは、そろって目をそらした。
「ポポは何も見ていないのだ……」
「ピピも知らないよ〜……」
アレクは困ったように笑った。
「まったく。リリア、これは大事な書類なんだぞ?」
「うー!」
(あうぅ……だいじなのぉ?)
「きれいにできるかな?」
「きれい、きれい!」
リリアが手をぱんっと叩くと、書類の肉球模様はすべて消えた。
ただし、一通の書状だけは違った。
ヴィクトリアが仕込んだ偽の命令書。
その書状には、肉球模様がついたまま、偽造の印がくっきりと浮かび上がっていた。
アレクは、それを手に取った。
「……やはり、この書状はおかしい」
彼は侍従を呼んだ。
「この書状の出所を徹底的に調べろ。誰が持ち込み、誰が作成したのか、必ず明らかにするのだ」
「かしこまりました!」
侍従が退出すると、アレクはリリアを見つめた。
「リリア。おまえのおかげで、大切なことに気づけたのかもしれないな」
リリアはきょとんとした。
「あう?」
(よくわかんにゃい。でも、ぱぱ、にこにこ!)
アレクはリリアをぎゅっと抱きしめた。
「ありがとう、私のかわいい姫」
リリアは嬉しそうに笑った。
「ぱぱぁ!」
そして、アレクの手の甲に、こっそり小さな肉球を一つだけ残した。
アレクはそれを見つけると、くすりと笑った。
「……これは、残しておこう」
「きゃっ!」
(やったぁ! ぱぱのぺったん!)
---
### 神界の神々は大騒ぎ!
一方、神界では――。
四柱の神々が、神鏡をのぞき込んでいた。
映っているのは、リリアが肉球スタンプで大騒ぎを起こす王宮の様子。
ゼノは頭を抱えていた。
「……今度は皇帝の書類まで肉球だらけか!」
アテナはため息をついた。
「魔法の制御を、もっと練習させる必要がありますね」
オルフェは神鏡を見つめていた。
「しかし、リリアは偽の書状に気づいたようだ。あの子は、危険を感じ取る力を持っている」
フィオナは微笑んだ。
「ええ。いたずら好きだけれど、家族を大切に思っているのね」
ゼノは腕を組んだ。
「問題は、その守り方なのだ! どうして書類に肉球を押す必要がある!?」
そのとき、神鏡の中のリリアが、ふいに空を見上げた。
「あっ!」
リリアは神鏡に向かって、小さな手を振った。
「ばいばーい!」
ゼノは目を見開いた。
「……今、こちらを見たか?」
次の瞬間。
神界の神殿の壁に、ぽんっ、とピンク色の肉球模様が現れた。
「…………」
アテナは固まり、オルフェは額を押さえた。
フィオナはとうとう笑い出した。
ゼノは天を仰いだ。
「リリアーーーーッ!!」
神界に、最高神の叫び声が響き渡った。
---
### おばあ様への贈り物
その夜。
リリアはベッドの上で、ポポとピピに挟まれていた。
「きょう、たのちかったねぇ!」
「そうなのだ! ポポも楽しかったのだ!」
「ピピも〜! でも、明日はいたずらを少し控えようね?」
リリアは小首を傾げた。
「……ちょっと?」
「ちょっとじゃなくて、いっぱい控えるの!」
リリアは小さな指を一本立てた。
「ちょっと、がんばりゅ!」
「本当に大丈夫なのだ……?」
ポポが心配そうにつぶやいた。
リリアは、えへへと笑って目を閉じた。
翌朝。
皇帝の母、セラが自分の宮殿の扉を開けると、そこには小さなピンク色の肉球模様が一つあった。
その横には、たどたどしい文字が添えられている。
『おばあしゃま』
セラは文字を見つめ、ふわりと微笑んだ。
「まあ……リリアからの贈り物かしら」
肉球模様をそっと撫でる。
「ふふ。かわいいこと」
セラは、その模様を消さずに残しておくことにした。
---
### そして、ヴィクトリアは……
同じ朝。
ヴィクトリアの部屋には、セドリックからの短い書状が届いていた。
――偽の命令書について、陛下が調査を始めた。しばらくは動くな。
ヴィクトリアは書状を握りしめた。
「……エレナを陥れる計画は失敗。でも、まだ終わりではないわ」
彼女は窓の外を見つめた。
庭では、リリアが動物たちと楽しそうに遊んでいる。
「小さな赤ちゃんが、私たちの計画を邪魔するなんてね……」
ヴィクトリアの瞳に、冷たい光が宿った。
「次は、絶対に失敗しないわ」
その陰謀を知らないリリアは、庭で手をぱたぱたさせていた。
「にゃんにゃん! こっちぃ!」
動物たちが集まり、ポポとピピが笑っている。
リリアは、家族を守りたい。
まだ小さな赤ちゃんだけれど、その心には確かな思いがあった。
(おかあしゃまも、ぱぱも、だいしゅき! リリが、まもりゅの!)
その決意を胸に、リリアは今日も笑顔でよちよち歩いていく。
――王宮には、まだ誰も知らない陰謀が渦巻いている。
けれど、その陰謀を打ち砕くのは、肉球スタンプを持った小さな王女なのかもしれない。




