第3話「二人の王女、初めてのお出かけ! すり替えられた宝石と赤ちゃん姫の魔法!」
第3話「二人の王女、初めてのお出かけ! すり替えられた宝石と赤ちゃん姫の魔法!」
――リリアとアリア。
二人の王女が誕生してから、三か月あまりが過ぎた。
王宮には、今日も明るい笑い声が響いていた。
リリアは第一夫人エレナの娘。
アリアは第二夫人ヴィクトリアの娘。
二人は同じ日に生まれ、これから一緒に育っていく、大切な友達になるはずの王女たちだった。
もちろん、まだ赤ちゃんの二人に、王宮の複雑な事情などわかるはずもない。
ただし――リリアには、普通の赤ちゃんとは決定的に違うところがあった。
「姫様、ミルクのお時間ですよ」
侍女のミレが、温めたミルクを持って寝室に入ってきた。
ベッドの上では、リリアが両手をぱたぱたと動かしている。
「んまっ! んまっ!」
「はいはい、今お持ちしますよ」
ミレが哺乳瓶を差し出すと、リリアは待ってましたとばかりに飲み始めた。
ごくごくごくごく!
「まあ、今日もよくお飲みになりますね」
ミレは微笑んでいた。
しかし、一本目の哺乳瓶が空になった途端――。
「んっ! んっ!」
リリアが両手を伸ばした。
「えっ? もう一本ですか?」
「んまーっ!」
「かしこまりました!」
ミレは慌てて二本目を用意した。
ごくごくごくごく!
あっという間に空っぽ。
「……姫様、まだお飲みになるのですか?」
「んっ!」
リリアは元気いっぱいにうなずいた。
「ま、まあ……!」
ミレは驚きながらも、三本目を用意した。
ごくごくごくごく!
そして、三本目も見事に飲み干した。
「さ、三本……!」
ミレは空になった哺乳瓶を見つめ、思わず目を丸くした。
普通の赤ちゃんが飲む量をはるかに超えている。
それなのに、リリアのお腹は少しも苦しそうではなかった。
むしろ――。
「きゃっ!」
満足そうに笑って、両手をぱちぱちと叩いた。
(おいちかった〜!)
リリアの心の中では、そんな声が響いている。
もちろん、周囲の人間には聞こえない。
けれど、天界から様子を見ていた神々には、しっかり伝わっていた。
「……リリア、また三本も飲んだのか」
創造神ゼノは、神殿の水晶に映るリリアを見て、額を押さえた。
知恵と魔法の女神アテナは、呆れながらも感心している。
「神界にいた頃から食欲は旺盛でしたけれど、人間界でも変わりませんね」
生命と動物の女神フィオナは、うれしそうに頬を緩めた。
「元気に育っている証拠よ。かわいいわねぇ」
運命と予言の神オルフェは、水晶を覗き込みながらぼそりと言った。
「この子、将来どれだけ食べるんだろう……」
そのとき、リリアのそばにいたポポが、こっそり哺乳瓶を覗き込んだ。
「ポポもミルクを飲みたいのだ!」
ピピがすかさず、ポポの頭をぺしっと叩く。
「それはリリちゃんのミルクでしょ! ポポはさっきおやつを食べたばっかり!」
「別腹なのだ!」
「ポポに別腹なんてあるの!?」
天界では、神々の笑い声が響いた。
しかし、ゼノだけは水晶に映るリリアをじっと見つめていた。
「……あの子の力は、まだ完全には抑えられていない。何かあれば、すぐに動くだろうな」
アテナがうなずいた。
「ええ。本人は遊んでいるつもりでも、周囲にとっては大事件になりかねません」
その言葉の意味を、神々は間もなく知ることになる。
### 皇帝と皇帝夫人の宮殿へ
それから数日後。
皇帝アレクから、エレナとヴィクトリアに知らせが届いた。
「今度、二人の王女を連れて、父上と母上の宮殿へ来てほしい」
皇帝の父母――つまり、二人の王女にとって祖父と祖母にあたる皇帝と皇帝夫人が、孫たちに会いたがっているのだ。
「まあ、リリアをおじい様とおばあ様に!」
エレナはうれしそうに胸元で手を合わせた。
「きっと、お二人とも喜んでくださるわ」
一方、ヴィクトリアも笑顔を浮かべた。
「アリアも一緒に参りましょう。おじい様とおばあ様に、かわいがっていただかなくてはね」
けれど、彼女の心の中は違っていた。
(皇帝陛下のご両親に気に入られれば、私たちの立場も強くなる……)
ヴィクトリアは、隣国の王族ルカや、皇帝の弟セドリックと秘密裏につながっていた。
彼女の目的は、ただ自分が寵愛されることではない。
将来、アリアを皇位継承争いの中心に立たせること。
そのためには、第一夫人エレナの評判を落とし、皇帝や皇帝夫人からの信頼を少しずつ奪う必要があった。
(エレナが失敗すれば、私はその分、陛下のご両親に良い印象を与えられるはず……)
ヴィクトリアの口元に、冷たい笑みが浮かんだ。
### 第一夫人の贈り物
宮殿へ出発する前日。
エレナは、自室の机に並べられた贈り物を眺めていた。
「お義父様とお義母様に、何を差し上げようかしら……」
皇帝アレクの父である皇帝と、その妻である皇帝夫人。
エレナにとっても、大切な家族だ。
彼女は二人への感謝を込めて、特別な贈り物を用意していた。
皇帝には、深い青色のサファイアが輝くペンダント。
皇帝夫人には、透き通るような翡翠を使った、美しいペンダント。
どちらも腕の良い職人が心を込めて作った品だった。
「きっと、お喜びになるわ」
エレナは贈り物を大切そうに箱へしまった。
しかし、その様子を扉の隙間から見ている人物がいた。
ヴィクトリアである。
(翡翠のペンダント……。あれを使えばいいわ)
彼女はエレナが部屋を離れた隙に、侍女を一人呼び寄せた。
「少し頼みたいことがあるの」
ヴィクトリアは、小さな箱を差し出した。
中には、翡翠に似せた色のガラスで作られた、安っぽいペンダントが入っていた。
「エレナ様が用意された翡翠のペンダントを、これとすり替えなさい」
侍女は驚き、顔を青ざめさせた。
「し、しかし……それでは、第一夫人様が……」
「黙りなさい」
ヴィクトリアの声が冷たくなる。
「皇帝陛下のご両親の前で、偽物を贈ったと知れたらどうなるかしら? エレナの信用は一気に失われるでしょうね」
「……承知いたしました」
侍女は震える手で箱を受け取った。
ヴィクトリアは満足そうに微笑んだ。
(これでエレナの評判は落ちる。私はアリアとともに、もっと大切にされるようになるわ)
だが、彼女は知らなかった。
この宮殿には、神界から見守られている、とんでもない赤ちゃんがいることを。
初めてのお出かけ
翌朝。
二人の王女は、柔らかな布に包まれ、馬車へと運ばれた。
「リリア、今日はおじい様とおばあ様に会いに行くのよ」
エレナが優しく話しかける。
「んきゃっ!」
リリアは楽しそうに両手を振った。
隣の馬車では、ヴィクトリアがアリアを抱いていた。
アリアも、まだ何も知らない無邪気な赤ちゃんだ。
「アリア、今日はいい子にしていましょうね」
「うー!」
アリアは小さな声を上げ、ヴィクトリアの指を握った。
その姿だけを見れば、二人の母親はどちらも優しい母親に見えた。
けれど、エレナはヴィクトリアの企みを知らない。
そして、アリアもまた、母親の心の奥にある野心を知らなかった。
馬車が宮殿へ到着すると、豪華な広間で皇帝と皇帝夫人が待っていた。
「おお! よく来たな!」
皇帝がうれしそうに立ち上がる。
「まあ、なんてかわいらしい子たちでしょう!」
皇帝夫人も、目を輝かせた。
「こちらがリリアです」
エレナが娘をそっと差し出す。
「そして、こちらがアリアです」
ヴィクトリアも娘を抱き上げた。
皇帝は二人を交互に見つめ、満面の笑みを浮かべた。
「二人とも、なんと愛らしい!」
皇帝夫人もリリアの小さな手にそっと触れた。
「まあ、あたたかい手ね。元気に育っているのね」
リリアは祖母の顔をじっと見つめた。
(このひとが、おばあしゃま!)
それから祖父の顔を見た。
(このひとが、おじいしゃま!)
リリアはうれしそうに笑った。
「きゃあっ!」
「おお! 笑ったぞ!」
皇帝が大喜びする。
「なんとかわいらしい笑顔だ!」
その隣で、アリアも小さな声を上げた。
「うー!」
「おや、アリアも笑ってくれたぞ!」
皇帝夫人は二人を見比べ、幸せそうに微笑んだ。
「二人とも、これからも仲良く、健やかに育ってほしいわね」
エレナはほっとしたようにうなずいた。
「はい。二人が幸せに育ってくれることが、私たちの願いです」
その言葉に、ヴィクトリアも笑顔で同意した。
しかし、彼女の視線はエレナのそばに置かれた贈り物の箱へ向いていた。
(さあ……そろそろね)
### すり替えられた翡翠
しばらく歓談したあと、エレナは侍女に合図をした。
「お義父様、お義母様。ささやかですが、感謝の気持ちを込めて贈り物をご用意いたしました」
侍女が美しい箱を運んでくる。
その箱の中には、本来ならば見事な翡翠のペンダントが入っているはずだった。
しかし――。
エレナが別室でアリアのための毛布を用意していた間に、ヴィクトリアの侍女は贈り物をすり替えていた。
箱の中に入っているのは、翡翠ではなく、安物のガラス製ペンダント。
表面だけは緑色に輝いているが、光に透かせば、その違いは明らかになる。
ヴィクトリアは扇子で口元を隠した。
(さあ、エレナ。あなたの評判がどうなるか、見せてもらいましょう)
皇帝が箱に手を伸ばす。
その瞬間――。
リリアの瞳が、きらりと輝いた。
(……あれ?)
神界で過ごしていた頃、リリアは宝石や魔法の品を数えきれないほど見てきた。
だからこそ、箱の中から漂う、妙に不自然な魔力の気配に気づいたのだ。
(これ、えれなママがよういしたものと、ちがう!)
リリアの小さな眉が、きゅっと寄る。
(ママがこまっちゃう!)
皇帝が箱を開ける直前。
リリアは、エレナの腕の中から小さな手を伸ばした。
「んーっ!」
ぽわっ……!
誰にも気づかれないほど淡い金色の光が、箱を包み込んだ。
そして、中に入っていたガラスのペンダントが――
きらりんっ!
まばゆい光を放った。
ガラスの表面がなめらかに変化し、深い青色の宝石が姿を現す。
中央には、澄みきった青空のようなサファイア。
その周囲には、繊細な銀細工が美しく施されていた。
それは、エレナが用意していた翡翠のペンダントとは違う。
けれど、まるで星空を閉じ込めたような、息をのむほど美しいサファイアのペンダントだった。
リリアは満足そうに笑った。
(これなら、だいじょうぶ!)
そして、何事もなかったかのように、エレナの胸元で指をしゃぶり始めた。
誰も気づかなかった。
赤ちゃんの小さな手が、宝石の運命を変えたことに。
ただ一人――天界で水晶を見つめていたゼノを除いて。
「……おい、今、リリアが何をした?」
ゼノが目を見開いた。
アテナは水晶を覗き込み、息をのむ。
「ガラスを……サファイアに変えたのですか?」
オルフェは額を押さえた。
「まだ生後三か月だぞ……?」
フィオナだけは、うれしそうに笑った。
「エレナを守ったのね。いい子ね、リリア」
「いや、待て。いい子かどうかは、まだ判断できん!」
ゼノが叫ぶ。
その声を聞きながら、ポポは胸を張った。
「さすがリリちゃんなのだ! ポポの教育の成果なのだ!」
「ポポ、何も教えてないでしょ!」
ピピが即座に突っ込んだ。
「ポポは見守る係なのだ!」
「さっきまでミルクを狙ってたくせに!」
天界は、いつものように騒がしくなった。
### 皇帝の驚き
「……これは!」
皇帝が箱を開けた瞬間、広間に感嘆の声が広がった。
「なんと見事なサファイアだ!」
皇帝夫人も目を丸くした。
「まあ……! こんなに美しい宝石、初めて見たわ」
サファイアは光を受けるたびに、深い青から明るい水色へと色を変えていく。
まるで宝石の中に、小さな空が広がっているかのようだった。
エレナは驚きながら箱を覗き込んだ。
「え……?」
彼女が用意したのは翡翠のペンダントだったはず。
どうして、こんなサファイアが入っているのだろう。
「エレナ、これは素晴らしい贈り物だ」
皇帝が感心したように言った。
「父上も母上も、きっと大切にされるだろう」
「ええ。本当にありがとう、エレナ」
皇帝夫人も優しく微笑んだ。
「私たちのことを、こんなにも考えてくれたのね」
「そ、そんな……。お気に召していただけたなら、何よりです」
エレナは戸惑いながらも、安堵の笑顔を浮かべた。
その様子を見ていたヴィクトリアは、扇子を握る手に力を込めた。
(どうして……?)
確かにガラスにすり替えたはずだ。
それなのに、箱の中には本物どころか、見たこともないほど美しいサファイアが入っている。
(いったい、何が起きたの……!?)
ヴィクトリアは動揺を隠しながら、自分の用意した贈り物の箱をちらりと見た。
彼女が用意していたのは、エレナの評判を落としたあとに差し出すつもりだった、豪華なダイヤモンドのペンダント。
しかし、彼女が侍女に確認させたところ――。
「ヴィ、ヴィクトリア様……!」
侍女が真っ青な顔で駆け寄ってきた。
「ダイヤのペンダントが……!」
「何ですって?」
ヴィクトリアは慌てて箱を開けた。
その瞬間、顔から血の気が引いた。
箱の中に入っていたのは、きらびやかなダイヤモンドではなかった。
緑色のガラスでできた、安っぽいペンダント。
しかも、先ほどエレナの箱に入っていたものと、そっくりだった。
「な……っ!」
ヴィクトリアは声を失った。
どうして、自分の箱にガラスが入っているのだ。
まさか、誰かが気づいてすり替えたのか?
けれど、誰が?
いつ?
広間の誰も、彼女の箱に触れてはいなかった。
ヴィクトリアはゆっくりと顔を上げた。
そして、エレナに抱かれているリリアと目が合った。
リリアは、にこぉっと笑った。
「きゃっ!」
小さな手をぱたぱたと振る。
まるで、何も知らない普通の赤ちゃんのように。
ヴィクトリアの背筋に、冷たいものが走った。
(……この子なの?)
しかし、そんなはずはない。
生後三か月の赤ちゃんに、こんなことができるわけがない。
ヴィクトリアは無理やり笑顔を作った。
「……まあ。なんて不思議なこと」
その声は、わずかに震えていた。
皇帝は、サファイアのペンダントを眺めながら満足そうにうなずいた。
「今日は本当に良い日だ。二人の孫にも会えたうえ、こんな素晴らしい贈り物までもらえるとはな」
皇帝夫人はエレナの手を優しく握った。
「これからも、どうか家族みんなで仲良くしていきましょうね」
「はい、お義母様」
エレナは微笑んだ。
彼女はまだ知らない。
自分の贈り物がすり替えられ、娘の力によって救われたことを。
そして、ヴィクトリアが自分を陥れようとしたことも。
リリアだけが、すべてを知っていた。
(ママをいじめるの、だめなんだから!)
リリアは心の中で、ぷくっと頬を膨らませた。
(つぎにわるいことしたら……もっとびっくりさせちゃうもん!)
その表情を見たアリアが、隣から小さな手を伸ばした。
「うー!」
リリアはアリアの手を握った。
(アリアちゃんは、いいこだもんね!)
二人の王女は、何も知らずに笑い合った。
このとき、リリアはまだ知らなかった。
いつか大好きなアリアと、自分たちの母親たちをめぐる大きな秘密に向き合う日が来ることを。
そして、ヴィクトリアもまだ知らなかった。
自分の計画を、たった三か月の赤ちゃんに見破られたという事実を。
### 天界の神々
天界では、四柱の神々が水晶の前に集まっていた。
ゼノは腕を組み、難しい顔をしている。
「……リリアの力は、想定以上だ」
アテナが静かにうなずいた。
「宝石の性質そのものを変えたのでしょう。単なる幻術ではありません。ガラスを本物のサファイアに変えています」
「しかも、誰にも気づかれずに、だ」
オルフェがため息をつく。
「これが人間界で広まったら、大騒ぎになるぞ」
フィオナは水晶の中でアリアの手を握るリリアを見つめ、優しく微笑んだ。
「でも、リリアは自分のために力を使ったのではないわ。エレナを守るために使ったのよ」
ゼノはしばらく黙っていた。
やがて、深く息を吐く。
「……そうだな。あの子は少しずつ学んでいるのかもしれん」
そのとき、水晶の中のリリアが、突然こちらを見上げた。
まるで、天界の神々が見ていることを知っているかのように。
そして――。
「べーっ!」
小さな舌を出した。
「なっ……! 見えているのか!?」
ゼノが叫ぶ。
アテナは頭を抱え、オルフェは天を仰いだ。
フィオナだけは、楽しそうに笑っていた。
「ふふっ。やっぱりリリアね」
リリアは再び、アリアの手をぎゅっと握った。
今日も王宮は平和に見える。
けれど、王宮の奥では陰謀が動き始めていた。
そして天界の神々は、知っている。
この小さな王女が、家族を守るためならば、どんな奇跡だって起こしてしまうことを。




