第36話 盗賊暗殺の謎! 厳重な警備を破った魔法の痕跡
第36話 盗賊暗殺の謎! 厳重な警備を破った魔法の痕跡
◆◆◆宮廷医師たちが見つけた不思議な痕跡
王宮の朝。
いつもなら、廊下には侍女たちの足音や、騎士たちの規則正しい行進の音が響いています。
しかし、この日は違いました。
地下牢で起きた盗賊たちの暗殺事件によって、王宮全体に緊張が走っていたのです。
「地下牢の警備をさらに強化しろ。昨夜の警備記録も、最初から最後まで確認するのだ!」
騎士団長の命令が、廊下に響きました。
盗賊たちは、厳重な警備の中にいました。
牢の出入り口には騎士が立ち、廊下にも見張りが配置されていました。夜間の巡回記録にも、不審な侵入者の姿はありません。
それなのに、証言をした盗賊たちは命を落としたのです。
いったい、どうやって?
皇帝アレクは執務室に騎士団長を呼び、険しい表情で尋ねました。
「警備に不備があったのか?」
「現在、記録を確認しております。しかし、見張りの騎士たちは誰も侵入者を見ておりません。扉が開けられた形跡も、今のところ確認できていません」
「誰も入っていないのに、盗賊たちが殺されたというのか……」
アレクは、机の上で手を組みました。
「宮廷医師を呼べ。亡くなった盗賊たちの身体を詳しく調べさせるのだ。毒を使われた可能性も含め、原因を突き止めろ」
「承知いたしました」
ほどなくして、宮廷医師たちが呼び出されました。
今回は、一人だけの判断で済ませるわけにはいきません。
四人の宮廷医師がそれぞれ調べ、結果を照らし合わせることになりました。
その中には、ヴィクトリアに金を渡され、アリア王女の健康について虚偽の報告をしていたローレン医師もいました。
ローレン医師は、他の医師たちとともに地下牢へ向かいました。
「まずは、亡くなった方々の身体を確認しましょう。目に見える傷だけで判断してはいけません」
年長の医師が告げると、全員がうなずきました。
医師たちは慎重に調べ始めました。
刃物による傷はありません。
首を絞められたような明確な痕跡も見つかりませんでした。
毒の可能性についても調べましたが、一般的な毒物によって命を落としたと断定できる証拠は見つかりません。
「不思議です……」
一人の医師が眉をひそめました。
「これほどの人数が、ほぼ同じような状況で亡くなっているのに、原因が分からないとは」
別の医師も、首を横に振りました。
「身体だけを調べても、説明がつきませんね」
そのとき、ローレン医師が、ふと手を止めました。
盗賊の身体の周囲に、わずかに空気の揺らぎが残っているように感じたのです。
最初は気のせいだと思いました。
しかし、意識を集中させると、そこには普通の人間からは感じられない、奇妙な気配がありました。
「……皆さん、少しよろしいでしょうか」
ローレン医師は、慎重に言葉を選びました。
「この場所に、魔力の痕跡が残っているように思えます」
「魔力だと?」
騎士団長が聞き返しました。
「はい。私の見立てが正しければ、何らかの魔法が使われた可能性があります」
医師たちは互いに顔を見合わせました。
魔法による暗殺。
それならば、牢の扉が開けられた形跡も、侵入者の姿もなかったことに説明がつくかもしれません。
外から人が入り込む必要はなかったのです。
「しかし、どのような魔法が使われたのかまでは分かりません」
ローレン医師は続けました。
「残っている魔力はごくわずかです。術者の正体や、どこから魔法が放たれたのかも、現時点では特定できません」
騎士団長は、すぐにアレクへ報告するよう命じました。
その報告を受けたアレクは、深く眉を寄せました。
「魔法で暗殺したというのか……」
「はい。医師たちの見解では、何らかの魔法が使われた可能性が高いとのことです。ただし、詳しい術の種類や術者は分かっておりません」
アレクは、しばらく黙っていました。
この国にも魔法を扱える者はいます。
しかし、誰が、何のために、厳重な警備をすり抜けて盗賊たちを殺したのでしょうか。
「盗賊たちが証言を始めた直後に起きた事件だ。偶然とは考えにくいな」
「私も同じように考えております」
騎士団長が答えました。
アレクは窓の外を見つめました。
「犯人は、盗賊たちが何を話したのかを知っていたのかもしれない。つまり、事件の真相が明らかになることを恐れている者がいる」
盗賊たちは、第二夫人ヴィクトリアの使いから依頼を受けたと証言していました。
町を襲ったこと。
そして、皇帝一家の家族旅行中に襲撃したこと。
二つの事件が、同じ依頼主側の指示につながっていたのです。
それなのに、証言者たちは殺されました。
アレクは、机の上に置かれた報告書を見つめました。
「口を封じられたからといって、ヴィクトリアへの疑いが消えたわけではない」
騎士団長は、静かにうなずきました。
「はい。盗賊たちの証言はすでに記録されています。また、金の受け渡し場所や連絡に使われた印についても、調査を続けることができます」
「そうだ。魔法を使った者の正体も調べろ。宮廷内に協力者がいる可能性も考え、警備記録を慎重に確認するのだ」
「承知いたしました」
アレクの疑念は、消えるどころか、ますます深まっていきました。
しかし、このときの彼は、まだ知りません。
自分のすぐそばで、小さな娘が別の意味で魔法を大活躍させていることを――。
パパを助けられたリリア姫の大いたずら!
◆◆◆そのころ、王宮の別の場所では――。
「ぺったん! ぺったん!」
リリアが、お庭の石畳に小さな手を押しつけていました。
もちろん、ただ手をついて遊んでいるわけではありません。
リリアの手が離れるたびに、石畳にはピンク色の肉球模様が一つずつ現れていたのです。
「できたぁ!」
リリアは、両手をぱっと広げました。
「にゃんにゃん、いっぱい!」
足元には、ピンク色の肉球模様がずらり。
花壇の前にも、噴水の近くにも、ベンチの周りにも。
いつの間にか、お庭は猫の足跡だらけになっていました。
「リリア姫ぇぇぇっ!」
侍女のミレが、遠くから走ってきました。
「また、お庭に何をなさったのですか!?」
リリアは、にこにこ笑いました。
「にゃんにゃん、あしょんだのぉ!」
「まあ……こんなにたくさん!」
ミレは驚きながらも、リリアの手や服に汚れがないか確認しました。
「お怪我はありませんか?」
「ないない!」
「それならよかったですけれど……」
ミレが庭を見渡している間、リリアはこっそり後ろを振り向きました。
実は、石畳の肉球模様は、リリアの魔法でつけたもの。
本物の絵の具も、泥も使っていません。
そして、リリアが小さな指をくるりと回すと、肉球模様はひとつ、またひとつと消えていきました。
ミレが振り返ったときには、石畳は元どおり。
「……あら? さっきまで、何か模様があったような……?」
ミレは首をかしげました。
リリアは、何も知らない顔で笑っています。
「みれぇ! あしょぼぉ!」
「ふふっ。もう、リリア姫ったら」
ミレはリリアを抱き上げ、柔らかな頬をつんとつつきました。
その様子を、近くの植え込みからポポとピピが見ていました。
「リリア、もうすっかり元気なのだ」
「うん! パパのお手伝いができて、安心したんだねぇ」
実は、リリアは朝からずっと、パパのことを考えていました。
盗賊たちが真実を話してくれたこと。
そのおかげで、アレクが事件の手がかりを得られたこと。
リリアは、自分の魔法が役に立ったと感じて、ほっとしていたのです。
(りりちゃん、ぱぱ、たしゅけたのぉ!)
(ぱぱ、これで、まえにすすむのぉ!)
リリアは、胸の中で小さくガッツポーズをしました。
もちろん、盗賊たちが暗殺されたことまでは、まだ詳しく知りません。
ただ、パパの悩みを少しでも軽くできたと思うと、うれしくてたまらなかったのです。
そして、うれしくなると――。
リリアは、いたずらをしたくなるのでした。
「ぽぽ! ぴぴ!」
「何なのだ?」
「リリちゃん、次は何するのぉ?」
リリアは、二匹をじーっと見つめました。
「ふわふわ、するのぉ!」
「ふわふわ?」
次の瞬間。
ポポの体が、ぽよんっ、と大きく膨らみました。
「ポポォォォッ!? またなのだーっ!」
まんまるになったポポは、地面からふわりと浮き上がります。
「うわぁぁぁっ! 足が届かないのだ!」
ピピはお腹を抱えて笑いました。
「ポポ、風船みたぁい!」
「笑っていないで助けるのだーっ!」
リリアは、きゃっきゃっと笑いました。
「ぽぽ、ふわふわぁ!」
「リリア! ポポはおもちゃじゃないのだ!」
「えへへぇ!」
リリアが指先をちょんと動かすと、ポポはゆっくり元の大きさに戻りました。
ぽすん、と地面に着地したポポは、ふらふらしながら抗議しました。
「まったく……リリアは、パパを助ける魔法を使ったと思ったら、次はポポを風船にするのだ!」
「ポポ、ふうせん、かわいかったよぉ?」
ピピがにっこり言いました。
「ピピも、ふうせんになるぅ?」
「な、ならないのだ!」
二匹が言い合っていると、リリアは今度は花壇の花に目を向けました。
「おはな、ひらひらぁ!」
花びらが風に乗り、ふわふわと空へ舞い上がります。
ミレが振り向くと、庭いっぱいに花びらが踊っていました。
「まあ、きれい……。今日は風が気持ちいいのですね」
リリアは、何も知らない顔でミレに抱かれています。
人間たちは、リリアが魔法を使ったとは気づきません。
リリアはそのまま、花びらを小さな花冠にして、ミレの頭にちょこんと乗せました。
「みれぇ、おはなぁ!」
「まあ! リリア姫が作ってくださったのですか?」
ミレは笑顔になりました。
「ありがとうございます。とてもかわいいですね」
リリアは満足そうにうなずきました。
「えへへぇ!」
そのころ、神界では四柱の神々が神鏡をのぞき込んでいました。
「リリアは、すっかりいつもの調子に戻ったようですね」
フィオナが微笑みます。
「パパの役に立てたことが、うれしかったのでしょう」
オルフェもうなずきました。
しかし、アテナは少し心配そうです。
「とはいえ、地下牢で起きた暗殺事件は重大です。魔力の痕跡が残っているなら、今後の調査で何か分かるかもしれません」
ゼノは腕を組みました。
「アレクは、簡単には諦めないだろう。盗賊たちの証言を消したところで、疑いまで消せるわけではない」
その言葉どおり、アレクは調査を続けていました。
医師たちには、魔力の痕跡についてさらに詳しく調べるよう命じています。
騎士団には、警備記録と金の流れ、そして盗賊たちが残した手がかりを調べるよう指示しました。
証言者たちが命を落としたことで、調査は難しくなりました。
それでも、すべてが消えたわけではありません。
ヴィクトリアの使いが盗賊たちに依頼をしたという証言。
町への襲撃と、家族旅行中の襲撃がつながっていたという証言。
そして、厳重な警備を破った謎の魔法。
それらは、まだ王宮に残されています。
夕方。
執務室へ戻ったアレクは、窓の向こうのお庭を眺めました。
そこでは、リリアがエレナに抱かれながら、楽しそうに笑っていました。
「ぱぱぁ!」
リリアがこちらを見つけて、両手をぱたぱたさせます。
アレクは、思わず微笑みました。
「リリア……」
事件のことを考えると、心は重くなります。
けれど、娘の笑顔を見ると、守らなければならないものを改めて思い出すのです。
「必ず真実を突き止める。お前も、エレナも、そしてこの国の人々も守ってみせる」
アレクは小さく誓いました。
そのころ、リリアはエレナの腕の中で、うとうとし始めていました。
(ぱぱ、がんばってぇ……)
(りりちゃんも、がんばりゅのぉ……)
そして、眠る直前。
リリアは、もう一度だけ小さくつぶやきました。
「ぱぱ、だいしゅきぃ……」
パパを助けられたと安心したリリアは、今日もいたずらをして、たくさん笑って、幸せな一日を過ごしました。
しかし、王宮のどこかには、まだ正体の分からない魔法の使い手が潜んでいます。
その人物が誰なのか。
なぜ、そこまでして盗賊たちの口を封じたのか。
そして、ヴィクトリアは次に何を企むのか。
真実への道は、まだ閉ざされてはいませんでした。




