第32話 アリア王女に届け! 小鳥が運ぶ友情のお手紙と第二夫人の焦り
第32話 アリア王女に届け! 小鳥が運ぶ友情のお手紙と第二夫人の焦り
◆◆◆リリア姫の小さなお手紙! 大好きなアリアに届けたい!
王宮の朝。
窓から差し込む柔らかな日差しの中、リリアは自分の部屋の床にちょこんと座っていた。
目の前には、真っ白な紙と色とりどりのクレヨン。
そして、紙の隣には小さな花が一輪置かれている。
「うー! あー!」
リリアはクレヨンを握りしめ、紙の上に一生懸命、線を描いていた。
ぐるぐる。
ぴょんぴょん。
ぐにゃぐにゃ。
どうやら本人は、かなり真剣らしい。
「リリちゃん、なにを描いているのだ?」
ふわふわの毛並みを揺らしながら、ポポが紙をのぞき込んだ。
「ぽぽ! あーう!」
リリアは描きかけの紙を、ポポに見せた。
そこには、丸い顔が二つ並んでいた。
一つには大きなリボン。
もう一つには、頭の上に小さな花。
その下には、何本もの色鮮やかな線が描かれている。
「……これは、リリアとアリア王女なのだ?」
「うー! ありあ! ありあぁ!」
リリアは嬉しそうに手を叩いた。
「おお! 大正解なのだ! ポポ、天才なのだ!」
「ポポ、自分で言っちゃだめぇ!」
ピピが横から顔を出した。
「でも、リリちゃん、じょうずに描けたねぇ! お花もいっぱい!」
「きゃっ、きゃっ!」
リリアは二匹に褒められて、満面の笑みを浮かべた。
けれど、次の瞬間。
リリアの笑顔が、ほんの少しだけ曇った。
紙に描かれた二つの丸い顔を、じっと見つめる。
(ありあぁ……。いっちょに、あしょびたいのぉ……)
アリア王女は今、ヴィクトリアの実家にある城で過ごしている。
表向きの理由は、池の事件で心が疲れてしまったため、静養する必要があるというものだった。
しかし、リリアは知っていた。
アリアは病気ではない。
リリアを怖がっているわけでもない。
本当は、リリアに会いたくて、寂しくて、泣いているのだ。
リリアの心には、アリアが大切に持っている花の姿が浮かんでいた。
以前、リリアが贈った小さな花。
それを胸に抱きしめて、アリアが涙をこらえている姿。
「あぅ……」
リリアの小さな手が、紙の端をぎゅっと握った。
「リリちゃん……」
ピピが心配そうに頬を寄せる。
「だいじょぶ、だいじょぶぅ。リリちゃんのお手紙、きっとアリア王女に届くよぉ」
「そうなのだ! このポポが、責任を持って届けてやるのだ!」
ポポは胸を張った。
「……ポポ、前にお菓子を届ける途中で全部食べちゃったよねぇ?」
「な、なぜそれを知っているのだ!?」
「見てたからだよぉ!」
「今回は違うのだ! お手紙は食べられないから、絶対に食べないのだ!」
「そこが基準なのぉ!?」
二匹がいつものように言い合いを始める。
リリアは、そんな二匹を見て小さく笑った。
「あぅ、あぅ!」
そして、もう一度クレヨンを握る。
今度は、二つの顔の周りに小さな花をたくさん描いた。
最後に、紙の端へ、ぺたん。
リリアの小さな手形が残る。
「できたぁ!」
もちろん、人間の前では、まだはっきりとした言葉にはならない。
それでも、ポポとピピには十分に伝わった。
これは、大好きなアリア王女に贈るお手紙なのだ。
リリアは紙を胸に抱きしめた。
「ありあ……だいしゅきぃ……」
その声は、いつもより少しだけ小さかった。
◇
そのころ、遠く離れたヴィクトリアの実家の城では。
アリア王女が、窓辺に座っていた。
小さな手には、リリアから以前もらった花。
花びらは少しずつ乾いていたが、アリアは大切そうに抱えている。
「リリちゃん……」
アリアは窓の外を見つめた。
「リリちゃん、あしょぼぉ……」
返事はない。
ここへ来てから、アリアは毎日のようにリリアの名前を口にしていた。
城の祖父母は優しく、食事もおやつも十分に用意してくれる。
侍女たちも、アリアが寂しがっていることを心配していた。
けれど、ヴィクトリアはアリアに、王宮へ戻ることも、リリアに会うことも許さなかった。
「アリア。あなたはまだ疲れているのよ。今は静かに休まなければいけないわ」
そう言われるたび、アリアは首をかしげた。
アリアには、自分がどうしてリリアに会ってはいけないのか、わからなかった。
リリアは優しい。
一緒に遊ぶと、いつも笑ってくれる。
お花も、リリアがくれたものだ。
だからこそ、アリアは不思議だった。
(ありあ、わるいこなのぉ……?)
「うぅ……」
アリアの目に、涙が浮かぶ。
「リリちゃん……しゅきぃ……」
そのときだった。
窓の外から、小さな羽音が聞こえた。
ちゅん、ちゅん。
一羽の小鳥が、窓辺に降り立った。
アリアは顔を上げる。
「とりしゃん……?」
小鳥は、くちばしに小さな花をくわえていた。
そして、足元には折りたたまれた紙が結ばれている。
「ぴぃ!」
小鳥が鳴いた。
アリアはそっと窓辺へ近づいた。
「おはなぁ……?」
小鳥は逃げなかった。
むしろ、アリアの小さな手が届くところまで、ちょこんと近づいてきた。
アリアは、恐る恐る花と紙を受け取った。
紙を開くと、そこには二つの丸い顔と、たくさんのお花が描かれていた。
そして、端には小さな手形。
アリアはじっと絵を見つめた。
「……リリちゃん?」
声が震える。
「リリちゃん、なのぉ……?」
絵の中の二人は、手をつないでいるように描かれていた。
その周りには、色とりどりの花がいっぱい。
アリアには、絵の細かい意味まではわからない。
けれど、誰が描いたのかは、すぐにわかった。
「リリちゃん……!」
アリアの顔が、ぱっと明るくなった。
「リリちゃん、しゅきぃ! ありあも、しゅきぃ!」
ぎゅっと絵を抱きしめる。
こらえていた涙が、ぽろぽろとこぼれた。
でも、それはさっきまでの寂しい涙とは違っていた。
大好きな友達が、自分のことを忘れていなかった。
離れていても、自分を思ってくれていた。
それが、アリアには嬉しかったのだ。
小鳥は、そんなアリアを見つめていた。
そして、もう一度、小さく鳴いた。
ちゅん。
まるで、「リリアもあなたに会いたがっているよ」と伝えるように。
「うん……!」
アリアは何度もうなずいた。
「リリちゃん、また、あしょぼぉ!」
小さな手が、絵を大切に胸へ抱き寄せる。
その瞬間、花びらがほんのりと光った。
ほんの一瞬の、柔らかな輝き。
アリアは目を丸くしたが、すぐに笑顔になった。
「おはな、きれぇ!」
不思議なことが起きたとは思わなかった。
ただ、リリアが描いてくれた花が、とても綺麗に見えただけだった。
◇
一方、王宮。
リリアは、窓辺で小鳥の帰りを待っていた。
ポポは落ち着かない様子で、部屋の中をうろうろしている。
「遅いのだ! ポポなら、もう三回は往復できたのだ!」
「ポポ、途中でおやつを探すから遅くなるんでしょぉ?」
「今回は探していないのだ!」
「さっき廊下でクッキーを見てたよねぇ?」
「……あれは、警備なのだ!」
「クッキーの警備ってなにぃ!?」
リリアは二匹のやり取りを聞きながら、窓の外を見つめた。
(ありあぁ……とどいたぁ?)
胸の奥が、きゅっとなる。
けれど、リリアは泣かなかった。
小さな手をぎゅっと握りしめる。
(ありあ、かなちぃ、ないない……)
そして、もう一度、窓の外へ手を伸ばした。
「ありあ……まっててぇ……」
リリアの小さな願いを乗せて、春風がカーテンを揺らした。
その願いが、やがて王宮の大きな秘密を動かすことになるとは、まだ誰も知らなかった。
◆◆◆皇帝陛下の調査! 第二夫人が恐れる小さな手紙
アリア王女のもとへ友情のお手紙が届いたころ。
王宮では、皇帝アレクが執務室で報告書を読み込んでいた。
机の上には、何冊もの記録帳が並んでいる。
馬車襲撃事件。
リリアに贈られた毒入りミルク事件。
池で起きたリリアとアリアの転落事件。
そして、アリア王女が突然、ヴィクトリアの実家の城へ移された件。
それぞれ別の出来事に見える。
しかし、調べれば調べるほど、不自然な点が見つかっていた。
「陛下。アリア王女の移動に関する追加報告です」
騎士団長が書類を差し出した。
アレクは受け取り、目を通す。
「……出発の準備が、正式な報告より先に進められていたのか」
「はい。関係者への聞き取りでは、第二夫人の指示で準備が急がれた可能性があります。ただし、命令の詳細を確認できる書類は残っておりません」
「医師の報告はどうなっている?」
「ローレン医師は、アリア王女には精神的な疲れが見られると説明しています。しかし、その説明には、侍女たちから聞いた話も含まれていたようです」
アレクは眉を寄せた。
「つまり、アリア本人が何を感じているのか、直接確認できていないのだな」
「はい」
アレクは書類を机に置いた。
池の事件のあと、アリアが何かを言いかけては口を閉ざしていたこと。
突然、リリアとの面会が禁じられたこと。
健康状態に明らかな問題がないにもかかわらず、王宮から遠ざけられたこと。
そして、移動の準備が不自然なほど急がれていたこと。
偶然だと片づけるには、気になる点が多すぎる。
だが、まだ決定的な証拠はなかった。
「アリアは幼い。大人の事情で不安にさせてはならない」
アレクは静かに告げた。
「本人を問い詰めるような真似はするな。まずは、あの子が本当に静養を必要としているのか、日々の様子を確認しろ。必要ならば、信頼できる者を通じて、本人が安心して話せる環境を整える」
「かしこまりました」
「それから、移動を急がせた者と、その理由も調べてくれ。ヴィクトリアを疑うと決めたわけではない。だが、確認すべきことは確認する」
「承知いたしました」
騎士団長が退室すると、アレクは窓の外へ目を向けた。
庭では、リリアが侍女のミレに抱かれながら、花を眺めている。
小さな手が花びらに触れ、楽しそうに揺れていた。
「……リリア」
アレクは、思わずつぶやいた。
あの子はまだ幼い。
王宮の陰謀も、大人たちの嘘も、知る必要などないはずだった。
それなのに、リリアが生まれてからというもの、娘の周りでは不自然な事件が何度も起きている。
アレクは拳を握った。
「今度こそ、守らなければ」
その言葉は、誰に聞かせるものでもなかった。
◇
そのころ、ヴィクトリアは王宮の自室で、侍女から報告を受けていた。
「アリア王女は、本日もお部屋でお過ごしです。お食事も召し上がり、お熱もございません」
「そう……」
ヴィクトリアは微笑んだ。
「なら、引き続き静かに休ませてあげてちょうだい。あの子はまだ心が疲れているのだから」
「かしこまりました」
侍女が退出する。
扉が閉まった瞬間、ヴィクトリアの笑顔が消えた。
「……いつまで、こんなことを続ければいいの?」
アリアを城へ移したのは、皇帝が池の事件について調べ始めたからだ。
アリアがリリアと会えば、いつか真実を話してしまうかもしれない。
そうなれば、自分がアリアに何を言ったのか、池の事件で何を企てたのかが明らかになる可能性がある。
それだけは、絶対に避けなければならなかった。
ヴィクトリアは机の上の書類を見つめた。
皇帝は、以前よりも慎重に動いている。
記録を調べ、証言を集め、少しずつ不自然な点を拾い上げている。
まだ、自分に直接つながる証拠はない。
しかし、このままではいずれ何かをつかまれるかもしれない。
「アリアを遠ざけているだけでは、足りない……」
ヴィクトリアは唇を噛んだ。
そのとき、扉が控えめに叩かれた。
「誰?」
「セドリックです」
ヴィクトリアは一度、深呼吸をした。
「お入りなさい」
扉が開き、セドリックが入ってくる。
彼は室内を確かめるように見回し、声を低くした。
「皇帝が調査を進めているそうだな」
「ええ。アリアの移動についても調べているわ」
「余計なことを話す者はいないだろうな?」
「今のところはね。でも、アレクは疑問を放っておく人ではないわ」
セドリックは眉をひそめた。
「アリアをいつまでも城に置いておくわけにはいかない。あまり長引けば、かえって不自然になる」
「そんなこと、わかっているわ」
ヴィクトリアの声に苛立ちが混じった。
「でも、王宮へ戻せば、リリアと会うことになる。あの子はまだ幼いけれど、妙に勘が鋭いのよ」
「子どもの勘など、気にしすぎではないか?」
「あなたは、あの子を知らないからそんなことが言えるのよ」
ヴィクトリアは、リリアの笑顔を思い浮かべた。
何も知らないような顔をして、大人たちの計画を思いがけない形で狂わせる赤ちゃん姫。
毒入りミルクを拒み、池の事件でも無事だった。
まるで、誰かが守っているかのように。
「……リリアがいる限り、計画が思い通りに進まない」
ヴィクトリアの声は、冷たかった。
セドリックはしばらく黙り、それから言った。
「焦って動けば、こちらが疑われる。今は余計なことをするな」
「わかっているわ」
ヴィクトリアはそう答えた。
だが、その瞳には焦りが浮かんでいた。
二人は、それ以上の話を避けるように、別々の方向へ視線を向けた。
まだ、二人の秘密を知る者はいない。
そして、二人は知らなかった。
自分たちが遠ざけようとしているアリアが、今もリリアの描いた絵を胸に抱きしめていることを。
◇
夕方。
リリアはエレナの膝の上に座り、窓の外を見ていた。
「リリちゃん、今日はずいぶんお外が気になるのね」
エレナが優しく髪をなでる。
「うー……ありあ……」
「アリア王女に会いたいの?」
「ありあ! あしょぶぅ……」
リリアは小さな両手を伸ばした。
エレナは少し寂しそうに微笑んだ。
「そうね。あなたたちは、本当に仲良しだものね」
リリアはエレナの顔を見上げた。
「まま……ありあ、かなちぃ?」
「……そうね。きっと、寂しい思いをしているでしょうね」
エレナは、リリアの小さな手を包み込んだ。
「でも、アリア王女はご病気だと聞いているわ。今はゆっくり休んで、元気になってくれるのを待ちましょうね」
リリアは、少しだけうつむいた。
(ありあ、びょうき、ないない……)
本当は、アリアが元気だと知っている。
寂しくて、会いたくて、泣いていることも。
けれど、リリアはまだ赤ちゃんだ。
見たことや感じたことを、大人にすべて伝えられるわけではない。
「……ありあ、だいしゅきぃ」
リリアはエレナの胸に顔を埋めた。
エレナは優しく抱きしめる。
「ええ。きっと、その気持ちはアリア王女にも伝わるわ」
リリアは小さくうなずいた。
(ありあぁ……また、いっちょに、あしょぼぉ……)
その願いを聞いたかのように、窓辺に一羽の小鳥が降り立った。
小鳥は、ちゅん、と鳴いた。
リリアは顔を上げる。
「あっ! とりしゃん!」
小鳥は、リリアの方へ首を傾けた。
そして、人間には聞こえない小さな声で告げた。
『アリア王女は、絵をずっと大切にしていますよ。何度も見て、笑っていました』
リリアの目が、ぱあっと輝いた。
(とどいたぁ! ありあ、よろこんだぁ!)
「きゃあっ!」
リリアは両手をぱたぱたと動かした。
エレナはその様子を見て、くすりと笑った。
「まあ、何か嬉しいことがあったのかしら?」
「うー! あー!」
リリアは笑顔で、エレナにぎゅっと抱きついた。
その小さな胸には、確かな喜びがあった。
離れていても、リリアとアリアの心はつながっている。
その絆は、誰かが無理やり引き離そうとしても、簡単には壊れない。
◇
夜。
神界では、四柱の神々が神鏡をのぞき込んでいた。
映っているのは、リリアが描いた絵を抱きしめて眠るアリアの姿だった。
「……リリアの気持ちは、ちゃんと届いたようだな」
ゼノが、ほっと息をつく。
「ええ。あの子は、ただ友達に会いたいだけなのです」
フィオナは、アリアのそばに寄り添う小鳥を見て微笑んだ。
「リリアも、少しずつ相手の気持ちを考えられるようになってきましたね」
アテナがうなずいた。
「ただし、ヴィクトリアの動きには注意が必要です。皇帝陛下の調査が進む一方で、彼女は追い詰められつつあります」
オルフェは、神鏡に映る王宮を見つめた。
「これから何が起きるか、まだ確かなことはわからない。だが、リリアの小さな行動が、思いがけない変化を呼ぶかもしれない」
そのとき、別の神鏡に、リリアがポポの頭をなでている姿が映った。
「ぽぽぉ、えらいえらい!」
「当然なのだ! ポポは偉大なるお届け係なのだ!」
「でも、ポポ、帰りにクッキーを食べたでしょぉ?」
「……一枚だけなのだ!」
「三枚だったよぉ!」
「なぜ知っているのだ!?」
ゼノは、額を押さえた。
「……平和だな」
「そうですね」
アテナは微笑んだ。
「今のところは、ですが」
神鏡の中で、リリアはポポとピピに挟まれながら、楽しそうに笑っていた。
その笑顔の向こうでは、皇帝の調査が少しずつ進み、ヴィクトリアの計画に小さな亀裂が入り始めている。
友情のお手紙は、たった一枚の絵にすぎない。
けれど、その絵は、離れ離れになった二人の王女をつなぐ大切な証だった。
そして、リリアはまだ知らない。
自分が大好きな友達を思って起こした小さな行動が、やがて王宮に隠された大きな秘密へとつながっていくことを。




