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第20話「第二夫人の焦り! 皇帝陛下が見つけた不自然な記録」

第20話「第二夫人の焦り! 皇帝陛下が見つけた不自然な記録」


◆◆◆過去の事件をつなぐ記録と、皇帝の疑念


王宮の朝。


皇帝アレクの執務室には、いつも以上に多くの書類が積み重なっていた。


馬車襲撃事件。


エレナに贈られた品物のすり替え。


リリアのために届けられた毒入りミルク。


そして、池で起きたリリアとアリアの転落事件。


アレクは一つひとつの報告書に目を通し、気になる箇所に印をつけていた。


「……やはり、妙だな」


彼は毒入りミルクの報告書を手に取った。


「リリアが飲むことを拒んだため、被害は起きなかった。だが、もし飲んでいたら……」


その先を考え、アレクは口を閉ざした。


愛する娘が危険にさらされていた。


その事実は、何度考えても胸を締めつける。


「陛下、追加の記録をお持ちしました」


騎士団長が数枚の書類を差し出した。


「贈り物の手配に関する記録です。担当者への聞き取りを進めたところ、当初の報告書と一部一致しない点がございました」


「一致しない点?」


「はい。贈り物の準備を担当した者と、王宮への受け渡しを手配した者の記録に、確認できない部分がございます。また、贈り物がどの経路を通ったのか、一部の記録が不足しております」


アレクは書類を受け取った。


そこには、贈り物が用意されてから王宮へ届くまでの経過が記されていた。


しかし、肝心な部分に空白がある。


「この記録は、いつ作成された?」


「事件のあとに整理されたものです。元の記録についても、現在確認を進めております」


「誰かが意図的に記録を隠した可能性は?」


「可能性はございます。しかし、単なる記入漏れや管理上の不備である可能性も否定できません」


アレクは頷いた。


「決めつけるな。誰が何をしたのか、確かめる必要がある」


彼は記録を机の上に広げ、別の報告書と並べた。


馬車襲撃事件の記録にも、不自然な点があった。


襲撃に使われた馬車の情報が事前に漏れていた可能性。


盗賊たちへの金銭の支払い。


そして、襲撃後も依頼人の名前が明らかにならないこと。


もちろん、これだけで同じ人物が関わっているとは断定できない。


だが、エレナとリリアが危険にさらされた事件が、立て続けに起きているのだ。


「偶然と片づけるには、危険が大きすぎる」


アレクは低く呟いた。


「陛下、もうひとつございます」


騎士団長は、別の書類を差し出した。


「毒入りミルクが届けられた際、第二夫人ヴィクトリア様からの贈り物であると説明されておりました。そのため、当初は贈り物を受け取った者たちを中心に調査しておりました」


「それで?」


「第二夫人様が、どのような経緯で品物を選び、手配されたのか。その詳細については、まだ十分に確認できておりません」


アレクの視線が書類に落ちた。


「ヴィクトリアが手配した品物だったのだな」


「はい。ただし、ヴィクトリア様ご自身が毒の存在を知っていたという証拠はございません」


「分かっている」


アレクは椅子から立ち上がった。


窓の外には、穏やかな王宮の庭が広がっている。


あの庭では、リリアが花を眺め、アリアと一緒に遊んでいることもある。


その平和な景色の裏で、誰かが家族を傷つけようとしていたのだとしたら。


「ヴィクトリアだけを疑っているわけではない。だが、彼女の関わった品物から危険なものが見つかった以上、確認は必要だ」


「どのように進めましょうか」


「まずは、贈り物の手配に関わった者たちを改めて調べろ。記録の不足がいつ生じたのかも確認するのだ」


アレクは一度言葉を切った。


「そして、これまでの事件に共通する人物や金銭の動きがないか、調査を続けろ」


「承知いたしました」


騎士団長が退出すると、アレクは再び机に向かった。


まだ確かな証拠はない。


ヴィクトリアが関与していると決まったわけでもない。


それでも、彼の胸には、今までとは違う疑念が芽生えていた。


「……もし、すべてがつながっているのなら」


アレクは拳を握った。


「私は、家族を狙う者を必ず見つけ出す」


その決意は、静かな執務室の中で、誰にも聞かれることなく響いた。


***


一方、王宮の庭では。


リリアが芝生の上に座り、花びらを眺めていた。


「おはなぁ……!」


風に揺れる花を見て、リリアは嬉しそうに手を伸ばした。


その隣では、ポポが小さな籠を抱えている。


「ポポにおまかせなのだ! 今日は特別なおやつを用意したのだ!」


「ぽぽ、なぁに?」


「おいしい果物なのだ!」


ポポが籠を開けると、リンゴや桃が入っていた。


ところが、ポポは籠の中を覗き込み、急に固まった。


「あれ……?」


「どうしたの、ポポ?」


ピピが尋ねた。


「ポポの桃がないのだ!」


「さっき自分で食べてたでしょ〜!」


「な、なんと! ポポの記憶から消えているのだ!」


「都合よく忘れないでよ〜!」


リリアは二匹を見て、きゃっきゃっと笑った。


「ぽぽ、おもしろぉい!」


「リリア、笑うところではないのだ!」


「ぽぽ、もも、たべたぁ?」


「……た、食べたのだ」


「えへへ!」


リリアは籠からリンゴをひとつ取ると、ポポの前に差し出した。


「はんぶんこぉ!」


ポポの目が輝いた。


「リリア……! なんて優しいのだ!」


「ポポ、よかったね〜。リリちゃんに感謝しなよ〜」


「もちろん感謝するのだ! ポポは恩を忘れないのだ!」


そう言いながら、ポポはリンゴを受け取った。


そのとき、庭の入口から小さな声が聞こえた。


「りりちゃーん!」


アリア王女だった。


クララに付き添われながら、アリアがこちらへ歩いてくる。


リリアは顔を輝かせた。


「あー! ありあ!」


「りりちゃん!」


二人は小さな手を伸ばし合った。


クララはほっとしたように微笑んだ。


池の事件以来、アリアは以前よりも少し寂しそうにしていた。


それでも、リリアに会うと、嬉しそうな顔を見せることがある。


リリアはアリアの手を握った。


「あしょぼぉ!」


「うん! あしょぶぅ!」


アリアは小さく笑った。


二人は花壇のそばに座り、花びらを眺め始めた。


「おはな、きれぇ!」


「おはなぁ!」


リリアが手を伸ばすと、花びらが一枚、ふわりと舞い上がった。


リリアの魔法だった。


しかし、アリアにもクララにも、それが魔法だとは分からない。


風に乗った花びらが、二人の頭の上をくるくると回る。


「わぁ……!」


アリアが目を輝かせた。


「ひらひらぁ!」


リリアも嬉しそうに笑う。


「ひらひらぁ!」


二人の笑い声が庭に響いた。


クララは微笑ましそうに二人を見守っていた。


「本当に、仲良しですね」


その言葉を聞いたアリアは、少しだけ表情を曇らせた。


「……りりちゃん」


「ありあ?」


「……だいしゅきぃ」


リリアはぱっと笑った。


「リリも、ありあ、だいしゅきぃ!」


二人はぎゅっと抱き合った。


けれど、アリアの目には、まだ小さな不安が残っていた。


池のことを話したい。


リリアに、ごめんなさいと言いたい。


でも、母親との約束を破るのが怖かった。


「……あうぅ」


アリアはリリアの服をきゅっと握った。


リリアは不思議そうに首を傾げた。


「ありあ、どちたのぉ?」


「……ううん」


アリアは首を横に振った。


「なんでも、ないのぉ……」


リリアは少し心配そうにアリアを見つめた。


それでも、無理に聞こうとはしなかった。


小さな手でアリアの頭を撫でる。


「よちよち……」


アリアはその手に頬を寄せた。


「……りりちゃん」


二人はもう一度、花びらを追いかけ始めた。


その姿を、少し離れた回廊からヴィクトリアが見つめていた。


笑顔を浮かべながらも、その瞳には焦りがにじんでいた。


(アリアがリリアに心を許すほど、秘密を話してしまう危険が高くなる……)


ヴィクトリアは扇を閉じた。


(そして、陛下の調査も始まっている)


彼女はゆっくりと踵を返した。


今までのように、ただ待っているだけではいけない。


そう考え始めていた。


◆◆◆ 第二夫人の焦り! 皇帝陛下が見つけた不自然な記録


 皇帝執務室。


 アレクは、机の上に並べられた報告書を一枚ずつ確認していた。


 馬車襲撃事件。

 エレナへの贈り物のすり替え。

 リリアのために届けられた毒入りミルク。

 そして、リリアとアリア王女が池に落ちた事件。


 どれも、偶然として片づけるには不自然な点が多すぎる。


「陛下。毒入りミルクの配送記録について、追加の報告がございます」


 騎士団長が新しい書類を差し出した。


「一部の受け渡し記録に、記入時刻の食い違いが見つかりました。また、贈り物を運んだ者と、保管場所へ届けた者の記録が完全には一致しておりません」


「誰かが記録を改ざんした可能性は?」


「否定できません。ただし、現時点では意図的な改ざんと断定する証拠はございません」


 アレクは眉を寄せた。


「……また、か」


 事件が起きるたび、何かが見つかる。


 けれど、決定的な証拠には届かない。


「第二夫人ヴィクトリアからの贈り物だったことは間違いないのだな?」


「はい。ただし、第二夫人が毒の混入を知っていたかどうかは、まだ確認できておりません」


「分かった。引き続き調べろ。記録を扱った者たちにも話を聞け。ただし、証拠がそろうまでは誰も犯人と決めつけるな」


「かしこまりました」


 騎士団長が退室すると、アレクは報告書に視線を落とした。


 ヴィクトリアは、これまで何度もエレナやリリアのそばにいた。


 そして、事件のいくつかは、彼女の周辺で起きている。


 だが、それだけで疑うわけにはいかない。


「……私の考えすぎなら、それでいい」


 アレクは小さくつぶやいた。


「だが、もし誰かが家族を傷つけようとしているのなら……私は必ず見つけ出す」


 その声には、皇帝としての厳しさと、父親としての強い決意がこもっていた。


     *


 一方、王宮の庭園では――。


「ありあぁ! こっち、こっちぃ!」


 リリアが小さな手を振った。


「りりちゃぁん!」


 アリア王女も、よちよちと歩いてリリアのもとへ向かう。


 二人は同じ日に生まれた、仲良しの王女たち。


 顔を合わせれば、すぐに笑顔になる。


 ……はずだった。


「ありあ、どちたのぉ?」


 リリアは、アリアの顔をのぞき込んだ。


 アリアは、いつものように笑おうとした。


 けれど、その小さな唇は、すぐにきゅっと結ばれてしまった。


「ありあ……」


「う……うぅ……」


 アリアの瞳に涙が浮かぶ。


「ごめ……」


 そこまで言いかけて、アリアは口を閉じた。


 お母様から、池のことは誰にも言ってはいけないと教えられている。


 どうして秘密にしなければならないのか、アリアにはよく分からなかった。


 でも、お母様に言われたことだから、守らなくてはいけないと思っていた。


「ありあぁ……ないない、なかないでぇ」


 リリアは小さな手で、アリアの頬に触れた。


「りりちゃん、ここぉ。ありあ、だいじょぶぅ?」


「うぅ……りりちゃぁん……」


 アリアはリリアの服をぎゅっとつかんだ。


 リリアは、そんなアリアをそっと抱きしめる。


「ありあ、しゅきぃ……。いっしょ、あしょぼぉ?」


 その言葉に、アリアはこくんとうなずいた。


「りりちゃん……しゅきぃ……」


 二人の周りを、柔らかな花びらがくるくると舞い始めた。


 リリアが、アリアを元気づけたくて、こっそり魔法を使ったのだ。


 花びらは二人の頭の上を回り、小さな花冠のようにふわりと浮かぶ。


「わぁ……おはなぁ!」


 アリアの顔に、ようやく笑顔が戻った。


「きれぇねぇ!」


「えへへぇ!」


 リリアも嬉しそうに笑った。


 少し離れた場所にいた侍女たちは、風に舞う花びらを見て微笑んでいた。


「まあ、きれいな風ですね」


「お二人とも、とても楽しそう」


 誰も、リリアが魔法を使ったとは思っていない。


 リリアはそれを確かめると、花びらをそっと地面へ戻した。


 その様子を、庭園へ続く回廊から見つめている人物がいた。


 ヴィクトリアである。


 リリアとアリアが抱き合っている姿を見て、ヴィクトリアは一瞬だけ表情をこわばらせた。


「……あの子が、余計なことを話さなければいいのだけれど」


 アリアはまだ幼い。


 何が秘密で、何が悪いことなのかさえ、十分には理解できていない。


 だからこそ、ヴィクトリアは恐れていた。


 何気ない言葉ひとつで、今まで隠してきたことが崩れ始めるかもしれない。


「陛下の調査も、あの子のことも……早く、何とかしなければ」


 ヴィクトリアは扇を握る手に力を込めた。


 もう、ただ成り行きを見守っているだけでは危険だった。


     *


 その夜。


 アレクは、古い王宮記録を確認するため、書庫へ足を運んでいた。


 毒入りミルクの件とは別に、池の事件についても、関係者の証言を整理しておきたかったのだ。


 書庫の奥から、王族の出生に関する古い記録が収められた箱が運ばれてくる。


「こちらは、アリア王女がお生まれになった際の記録でございます」


 記録官が説明した。


「出産に立ち会った医師や、当日の担当者の名が記されております」


「そうか。確認させてもらおう」


 アレクは書類を開いた。


 アリアが生まれた日の記録には、担当医師の名と、出産に立ち会った者たちの名が記されている。


 だが、記録の一部には、後から追記されたように見える箇所があった。


「……これは?」


「古い記録でございますので、後年に補足された可能性がございます。詳しい経緯は、まだ確認できておりません」


 アレクは、その部分をじっと見つめた。


「補足した者の名前は分かるか?」


「現在、古い台帳と照合しております。すぐには断定できません」


「ならば、原本も含めて調べてくれ。誰かを疑うためではない。記録に不自然な点があるなら、正確にしておきたいのだ」


「承知いたしました」


 記録官が下がると、アレクはしばらく書類を手にしたまま考え込んだ。


 アリアは、彼にとって大切な王女だ。


 エレナもリリアも、アリアのことを家族同然にかわいがっている。


 だからこそ、出生に関する記録に不自然な点があるのなら、見過ごすことはできなかった。


「……まさか、な」


 アレクは、まだ形にならない疑念を胸の奥へしまい込んだ。


 今は、何も断定できない。


 それでも、これまでの事件と同じように、見えないところで何かが動いているのではないか――そんな考えが、頭から離れなかった。


     *


 その頃、ヴィクトリアの私室。


 ヴィクトリアは窓辺に立ち、夜の庭園を見下ろしていた。


 昼間、リリアとアリアが抱き合っていた姿が、何度も脳裏によみがえる。


 アリアは、いつまで秘密を守れるだろう。


 皇帝の調査は、どこまで進んでいるのだろう。


 そして、もしアレクが真実に近づいたら――。


「……そんなこと、絶対に許さないわ」


 ヴィクトリアは、机の上に置かれた書類を引き寄せた。


 これまでの計画は、思うように進んでいない。


 毒入りミルクはリリアに見抜かれ、池の事件も疑いを招いた。


 そのうえ、アレクは過去の出来事まで調べ直している。


 このままでは、いつか自分にたどり着かれてしまう。


 ヴィクトリアは深く息を吸い、表情を整えた。


「まだよ……。まだ、終わってはいないわ」


 彼女は机の引き出しを開け、奥にしまっていた封書を取り出した。


 封書には、王宮では使われていない異国の封蝋が押されている。


 ヴィクトリアはそれをしばらく見つめたあと、再び引き出しの奥へ戻した。


 今すぐ動くべきか。


 それとも、もう少し様子を見るべきか。


 迷いはあった。


 けれど、ひとつだけ確かなことがある。


 このままでは、自分の立場が危うくなる。


「……セドリックとも、話をしなければ」


 ヴィクトリアは灯りを消した。


 闇に包まれた部屋で、彼女の胸には焦りが渦巻いていた。


     *


 同じ頃、リリアの寝室。


「ままぁ……」


 リリアはエレナの腕の中で、眠そうに頬をすり寄せた。


「ありあ……かなちぃ、ないない……」


「アリア王女のことが気になるのね」


 エレナは優しく微笑み、リリアの髪をなでた。


「大丈夫よ。アリア王女も、きっとリリアと一緒に遊びたいと思っているわ」


「ありあ……しゅきぃ……」


「ええ。リリアはアリア王女が大好きなのね」


「うん……だいしゅきぃ……」


 リリアは安心したように目を閉じた。


 ベッドの端では、ポポとピピが小声で話している。


「ポポ、思うのだ。最近、王宮の空気がぴりぴりしているのだ」


「ポポがさっき、おやつを三つも食べたからじゃない?」


「ち、違うのだ! これは大事な問題なのだ!」


「じゃあ、その口についてるクッキーの粉は何?」


「……証拠はないのだ!」


「お口にいっぱいついてるよ〜!」


 小さな言い争いに、リリアは眠りながら「えへへぇ……」と笑った。


 けれど、穏やかな寝室の外では、少しずつ歯車が動き始めていた。


 皇帝アレクは、過去の事件に共通する不自然さを見つけ始めている。


 ヴィクトリアは、追い詰められる前に動かなければならないと感じている。


 そして、まだ誰も知らない場所で、王宮を取り巻く影は静かに深まっていた。


 リリアとアリアの友情を守るためにも、隠された秘密が明らかになる日は、少しずつ近づいている。


 ただし、その真実にたどり着くまでには、まだ幾つもの試練が待ち受けていた。







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