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第19話「皇帝陛下の調査開始! 小さな証言と揺らぐ第二夫人の計画」

第19話「皇帝陛下の調査開始! 小さな証言と揺らぐ第二夫人の計画」


◆◆◆つながり始めた事件と、皇帝陛下の疑念


王宮の朝。


皇帝アレクの執務室には、数冊の報告書が並べられていた。


机の上にあるのは、これまで王宮や王都で起きた事件の記録だった。


家族旅行の途中で起きた馬車襲撃事件。


エレナに贈られた品物に仕込まれていた細工。


リリアのために届けられた毒入りミルク。


そして、つい最近起きたリリアとアリアの池への転落事件。


一見すると、それぞれ別の出来事に見える。


しかし、アレクは報告書を読み進めるうちに、ある違和感を覚えていた。


「……偶然にしては、多すぎる」


アレクは一冊の報告書を手に取った。


「馬車の襲撃では、エレナとリリアが狙われた。毒入りミルクも、リリアが飲んでいれば命に関わるものだった」


指先が、書類の端を強く押さえた。


「そして、池の事件……」


愛する娘が池に落ちたと聞いたときの恐怖が、胸によみがえる。


リリアはまだ幼い。


アリアも同じように幼い。


二人とも、危険を自分で判断して身を守ることなどできない年齢だ。


「私は、もっと早く気づくべきだったのかもしれない」


アレクは目を閉じ、静かに息を吐いた。


そこへ、騎士団長が入室した。


「陛下、ご命令いただいた調査について、ご報告がございます」


「聞こう」


「まず、馬車襲撃事件についてですが、捕らえた盗賊たちは依然として依頼人の名を明かしておりません。ただし、事件の前後に不自然な金銭の動きがあった可能性があり、引き続き調査を進めております」


「毒入りミルクの件は?」


「贈り物の製造元と運搬経路を調べております。ミルクを運んだ侍女については、贈り物の安全確認を怠った責任が認められました。しかし、毒を混入した人物だと断定できる証拠はありません」


アレクは頷いた。


「その侍女が責任を怠ったことと、毒を入れた人物が誰なのかは別の問題だ。混同するな」


「承知しております」


「調査は続けろ。関係者の証言も、金銭の記録も、すべて確認するのだ」


「かしこまりました」


騎士団長は一礼したが、すぐには退出しなかった。


「陛下。もうひとつ、気になることがございます」


「何だ?」


「第二夫人ヴィクトリア様は、毒入りミルクの件が発覚した際、非常に驚かれたそうです。しかし、事件について詳しく尋ねられたとき、贈り物の手配に関しては、あまり具体的なお話をなさらなかったとのことです」


アレクの目が細くなった。


「ヴィクトリアが……?」


「はい。ただし、それだけで疑うことはできません。第二夫人様が事件に関与されたという証拠は、現時点ではございません」


「分かっている。証拠もないのに、誰かを犯人扱いするつもりはない」


アレクは窓の外を見た。


ヴィクトリアは、これまでエレナに対して親切に振る舞ってきた。


毒入りミルクの件でも、涙を流して謝罪していた。


あのとき、エレナはヴィクトリアを責めなかった。


むしろ、彼女も被害者なのではないかと気遣っていた。


「……エレナは、ヴィクトリアを信じている」


アレクは苦い表情を浮かべた。


「だからこそ、慎重に調べなければならない」


「陛下、池の事件についても、追加の確認を進めております」


「分かった。何か分かれば、すぐに報告しろ」


騎士団長が退出すると、アレクは再び報告書に目を落とした。


これまで、王宮の平穏を守ることが自分の務めだった。


しかし、事件は自分のすぐそばで起きていた。


妻と娘が狙われたかもしれない。


そう考えるだけで、胸の奥が冷たくなる。


「今度こそ、必ず真相を突き止める」


アレクは静かに決意した。


その頃、王宮の庭では、リリアがエレナに抱っこされながら花壇を眺めていた。


「おはなぁ! きれぇ!」


色とりどりの花が風に揺れている。


リリアは嬉しそうに両手をぱたぱたと動かした。


「おはな、ちゅきぃ!」


「ふふ、リリアはお花が大好きね」


エレナが微笑んだ。


そのとき、庭の向こうから小さな足音が聞こえてきた。


「りりちゃーん!」


アリア王女だった。


侍女のクララに手を引かれながら、アリアがこちらへやってくる。


リリアの顔がぱっと明るくなった。


「あー! ありあ!」


「りりちゃん!」


二人は手を伸ばし合った。


エレナはクララと目を合わせ、優しく微笑んだ。


「アリア、来てくれたのね。リリアも、あなたに会いたかったみたいよ」


「はい、エレナ様」


クララはほっとしたように笑った。


池の事件以来、二人が以前のように遊べるかどうか、クララも心配していたのだ。


リリアはアリアの小さな手を握った。


「あしょぼぉ!」


アリアは一瞬、目を伏せた。


池に落ちた日のことが、心の中によみがえったのだ。


けれど、目の前にいるリリアは、いつもと同じように笑っている。


アリアの目に涙が浮かんだ。


「りりちゃん……ごめ……」


そこまで言いかけて、アリアは口を閉じた。


ヴィクトリアに言われた言葉が、頭の中によみがえる。


――池のことは、誰にも話してはいけないわ。


アリアは小さな唇をぎゅっと結んだ。


リリアは不思議そうに首を傾げた。


「あうぅ……ありあ?」


「……うぅ」


「ないちゃ、だめぇ……」


リリアはアリアの頬に、小さな手を伸ばした。


アリアはとうとう、ぽろりと涙をこぼした。


「りりちゃん……しゅきぃ……」


「ありあ、しゅきぃ!」


リリアは嬉しそうに笑い、アリアの手をぎゅっと握った。


その様子を見ていたエレナは、胸を温かくした。


「二人とも、本当に仲良しね」


けれど、エレナは気づかなかった。


アリアが何かを話そうとして、必死にこらえていたことに。


そして、少し離れた回廊から、その様子を見ている人物がいた。


ヴィクトリアだった。


娘の涙を見た瞬間、彼女の表情がわずかに強張った。


(アリア……まさか、何か話すつもりなの?)


ヴィクトリアは笑顔を作り直すと、ゆっくり庭へ向かった。


「まあ、アリア。リリアと遊んでいたのね」


「ままぁ……」


アリアは母親のもとへ駆け寄った。


ヴィクトリアは娘を抱き上げ、優しく頭を撫でた。


「いい子ね。今日は楽しく遊べた?」


「……うん」


アリアは小さく頷いた。


リリアはヴィクトリアを見上げた。


「うー!」


ヴィクトリアは微笑み返したが、リリアの無邪気な瞳を見た瞬間、胸の奥に冷たいものが走った。


この子は、ただの赤ちゃんではない。


そう感じることが、最近ますます増えていた。


だが、ヴィクトリアはすぐに考えを振り払った。


(考えすぎよ。まだ何も知られていないわ)


彼女はアリアを抱いたまま、エレナに微笑みかけた。


「エレナ様。今日はアリアと一緒に過ごさせてくださって、ありがとうございます」


「いいえ。リリアも喜んでいるわ。またいつでもいらしてね」


「ええ、ぜひ」


ヴィクトリアは優雅に一礼した。


しかし、その笑顔の奥では、焦りが少しずつ膨らんでいた。


皇帝の調査。


アリアの涙。


そして、リリアの存在。


それらすべてが、ヴィクトリアの計画を揺るがし始めていた。




◆◆◆第二夫人の焦りと、皇帝が見つけた小さな違和感


ヴィクトリアがアリアを連れて庭を去ったあと。


リリアは、二人の後ろ姿をじっと見つめていた。


「あうぅ……」


小さな手が、きゅっと握られる。


(ありあ、ないちゃったぁ……)


(ありあ、かなちぃの……。どうちてぇ?)


リリアは首を傾げた。


アリアは大好きな友達だ。


一緒に遊ぶと楽しいし、お花を見れば笑ってくれる。


おやつを食べれば、二人でにこにこできる。


なのに、最近のアリアは、どこか悲しそうだった。


何かを言おうとしては、途中でやめてしまう。


リリアには、その理由が分からなかった。


「どうしたの、リリア?」


エレナが優しく尋ねた。


「ありあ……かなちぃ?」


「そうね。少し悲しそうだったわね」


エレナはリリアを抱き直した。


「でも、きっと大丈夫よ。アリアも、あなたと一緒に遊びたいと思っているはずだわ」


「……ありあ、あしょぶ?」


「ええ。また一緒に遊べるわ」


「えへへ……!」


リリアは少し安心したように笑った。


けれど、心の中では決めていた。


(リリ、ありあ、ひとりにちないの!)


(いっちょに、にこにこちゅるの!)


そのとき、近くの茂みから、もぞもぞと白い毛玉が現れた。


「リリア、大変なのだ!」


ポポだった。


その後ろから、ピピも顔を出した。


「ポポ、また何か食べたの〜?」


「違うのだ! 今日は重大な報告なのだ!」


ポポは胸を張った。


「さっき、アリアが泣いていたのだ!」


「それは見れば分かるよ〜!」


ピピがすかさず突っ込む。


「ポポの報告は、いつも肝心なところが抜けているのだ!」


リリアは二匹を見つめた。


「ありあ……ないちゃ、だめぇ……」


ポポはぴたりと動きを止めた。


「……そうなのだ。アリアが悲しいのは、ポポも嫌なのだ」


ピピも真面目な顔になった。


「アリア、いつもリリちゃんと遊ぶと笑ってくれるもんね」


リリアは小さな手を胸の前でぎゅっと握った。


「ありあ、にこにこ……ちゅる!」


その言葉に、ポポとピピは顔を見合わせた。


「よし! ポポたちも協力するのだ!」


「ピピもいっしょにやる〜!」


「まずは、おやつを用意するのだ!」


「どうしてすぐ食べ物なの〜!?」


二匹のやり取りに、リリアはきゃっきゃっと笑った。


その笑い声を聞きながら、エレナは穏やかに目を細めた。


リリアが笑ってくれる。


それだけで、エレナの心は温かくなった。


しかし、王宮の別の場所では、笑顔とは程遠い時間が流れていた。


***


ヴィクトリアの部屋。


アリアが侍女クララと一緒に隣室で休んでいる間、ヴィクトリアは窓辺に立っていた。


「……あの子、何か話そうとしていたわね」


ヴィクトリアの声は低かった。


池の事件のことを、アリアが誰かに話してしまえばどうなるか。


皇帝の耳に入れば、事件の調査は一気に進むかもしれない。


そして、アリアが自分の言いつけを守れなくなれば、これまで隠してきた計画にも影響が出る。


「まだ幼いのだから、何も分かっていないはず……」


そう呟きながらも、ヴィクトリアの指先は震えていた。


そのとき、扉が三度ノックされた。


「誰?」


「私だ」


聞き慣れた声に、ヴィクトリアは扉を開けた。


立っていたのはセドリックだった。


彼は部屋に入ると、すぐに扉を閉めた。


「陛下が事件の調査を進めているそうだな」


「ええ。しかも、過去の事件まで調べ直しているらしいわ」


ヴィクトリアは苛立ちを隠せなかった。


「毒入りミルクのことも、馬車襲撃のことも……。このままでは、いずれ私にたどり着くかもしれない」


セドリックの顔が険しくなる。


「証拠は残していないのだろう?」


「そう簡単に見つかるようなものは残していないわ。でも、証拠がなくても、疑われれば面倒なのよ」


「……アリアは?」


その名前が出た瞬間、ヴィクトリアの表情が曇った。


「リリアと会うたびに、何か言いたそうにしているわ」


「まさか、池のことを話すつもりなのか?」


「分からない。でも、あの子はまだ小さい。何を話していいのか、何が秘密なのか、十分に理解できていないのよ」


セドリックは腕を組んだ。


「無理に問い詰めるのはやめたほうがいい。アリアが怯えれば、周囲も不審に思う」


「分かっているわ」


ヴィクトリアは窓の外へ目を向けた。


「けれど、このまま何もせずに待っているわけにもいかない」


「何をするつもりだ?」


「まずは、陛下がどこまで調べているのかを確かめるわ。私たちに疑いが向いているのか、それともまだ偶然の事件だと思っているのか」


セドリックはしばらく考え込んだ。


「慎重に動け。ここで失敗すれば、取り返しがつかなくなる」


「ええ。分かっているわ」


ヴィクトリアは微笑んだ。


だが、その笑顔は目まで届いていなかった。


二人は互いに、今まで以上の危険が迫っていることを理解していた。


***


その頃、皇帝の執務室では、新たな報告が届いていた。


アレクは書類を受け取り、ゆっくりと目を通した。


「……贈り物の手配に関わった者たちの証言か」


「はい。毒入りミルクの件について、当時の手配記録を照合いたしました」


騎士団長が説明を続ける。


「贈り物は第二夫人ヴィクトリア様からの品として届けられたことが確認されています。ただし、品物の準備や受け渡しに関わった者は複数おり、現時点では誰が毒を混入したのか、あるいはどの段階で混入されたのかは分かっておりません」


アレクは書類を机に置いた。


「ヴィクトリアからの贈り物……」


「はい。もっとも、贈り物を用意した人物が、毒の存在まで知っていたとは限りません」


「そうだな。そこを取り違えてはならない」


アレクはしばらく黙っていた。


毒入りミルクの件が起きたとき、ヴィクトリアは驚き、悲しそうな顔をしていた。


そして、エレナに謝罪した。


あの姿が演技だったのか、それとも本当に何も知らなかったのか。


今の段階では、判断できない。


「……ヴィクトリア本人にも、確認する必要があるな」


騎士団長が頷く。


「陛下のご判断に従います」


「だが、まだ問い詰めるつもりはない。証拠もなく疑いをぶつければ、真相から遠ざかるかもしれないからな」


アレクは別の報告書を開いた。


そこには、池の事件のあとにアリアが何度か泣いていたこと、そして、何かを話そうとして口を閉ざしたという侍女たちの証言が記されていた。


「アリアも、何かを知っているのか……」


アレクの表情が曇る。


だが、彼はすぐに首を振った。


「いや。あの子はまだ幼い。無理に問い詰めることはしない」


アリアは、自分にとっても大切な王女だ。


エレナとリリアを愛しているように、アリアのことも守らなければならない。


「二人の王女を、これ以上危険にさらすわけにはいかない」


アレクは騎士団長に命じた。


「王宮内の警備を強化しろ。ただし、王女たちを怖がらせないよう、自然な形で行うのだ」


「承知いたしました」


騎士団長が退出すると、アレクはひとり、深く考え込んだ。


今まで信じていたものが、少しずつ揺らぎ始めている。


それでも、彼はまだ結論を出さなかった。


真実を知るためには、確かな証拠が必要なのだ。


***


その夜。


リリアは寝台の上で、ふかふかの毛布に包まれていた。


ポポは枕元で丸くなり、ピピはリリアのそばに座っている。


「リリちゃん、もうねんねの時間だよ〜」


「やぁ……」


リリアは毛布をぎゅっと握った。


「まだ、あしょぶぅ……」


「今日はいっぱい遊んだのだ。ポポもお腹いっぱいで眠いのだ」


「ポポはおやつを食べすぎただけでしょ〜!」


ピピの突っ込みに、リリアはくすくす笑った。


けれど、笑い終わると、ふと窓の外を見つめた。


「……ありあ」


小さな声だった。


ポポとピピは顔を見合わせた。


「リリア、アリアが心配なのだな」


「うん……」


リリアはこくんと頷いた。


「あいあ、ないちゃ、だめぇ……」


「そうだね。アリアも、きっとリリちゃんと遊びたいよ」


ピピが優しく言った。


リリアは目をこすりながら、両手を伸ばした。


「ありあ……ぎゅー、ちゅるの……」


「ポポもぎゅーするのだ!」


ポポが飛びつこうとした瞬間、ピピが慌てて止めた。


「ポポは大きすぎるから、そーっとね!」


「ポポはふわふわなのだ!」


リリアは二匹を抱き寄せ、安心したように目を閉じた。


(ありあ、だいしゅきぃ……)


(また、いっちょに、あしょぼぉ……)


やがて、リリアはすやすやと眠り始めた。


ポポとピピは、その寝顔を見守った。


「リリちゃん、アリアを助けたいんだね」


「ポポたちも、力になるのだ」


二匹は小さな声で約束した。


その頃、神界では四柱の神々が水晶鏡を囲んでいた。


「皇帝が動き始めましたね」


アテナが静かに言った。


ゼノは腕を組んだまま頷く。


「ようやく、事件同士のつながりに目を向け始めたようだ」


オルフェは水晶鏡に映る王宮を見つめた。


「だが、真相にたどり着くには、まだ時間がかかるでしょう」


フィオナは、眠っているリリアの姿を見て微笑んだ。


「リリアは、ただアリアと仲良くしたいだけなのにね」


ゼノは小さく息を吐いた。


「だからこそ、あの子には幸せでいてほしい。大人たちの陰謀に巻き込まれても、あの子らしい優しさを失わないでほしいものだ」


アテナが真剣な顔で告げた。


「しかし、ヴィクトリアは追い詰められつつあります。これから、さらに危険な行動に出る可能性があります」


神々の表情が引き締まった。


王宮では、アレクが真実を追い始めている。


ヴィクトリアは、自分に疑いが向けられることを恐れている。


そして、何も知らないアリアは、大好きなリリアに本当のことを話せず、心を痛めていた。


三つの思いが交差する中、物語は少しずつ新たな局面へと進んでいく。


――まだ、誰も知らない。


ヴィクトリアが次に何をしようとしているのか。


そして、その陰謀が、王宮全体を揺るがすほど大きなものへと変わっていくことを。






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