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第15話「アリア姫のお泊まり会! 第二夫人の秘密の計画とリリア姫の大ピンチ!?」

第十五話「アリア姫のお泊まり会! 第二夫人の秘密の計画とリリア姫の大ピンチ!?」


◆◆◆町のために尽くす皇帝陛下


襲撃から数日が過ぎた。


皇都の町では、少しずつ復旧が進められていた。


壊された商店の修理には王宮から職人が派遣され、被害を受けた店主たちには補償の手続きが進められている。盗まれた食料が足りない家庭には、王宮の備蓄から食料が届けられていた。


皇帝アレクも、毎日のように報告書へ目を通し、復旧の進み具合を確認していた。


「食料の配給は、すべての地区に行き渡っているか?」


「はい、陛下。ただ、商店の修繕には、もう少し時間がかかる見込みです」


「ならば、引き続き職人を手配しろ。生活に困っている者を、決して放置してはならん」


「かしこまりました」


アレクは休む間もなく、町のために働いていた。


被害を受けた住民の中には、まだ皇帝への不満を抱いている者もいる。


それでもアレクは、住民たちを責めなかった。


「私がどれだけ説明しても、失われたものはすぐには戻らない。だからこそ、行動で示すしかないのだ」


彼はそう言って、次の報告書を手に取った。


一方、王宮の庭では――。


「あー! ぱぱぁ!」


リリアが窓の外を指さしていた。


大好きなパパが、今日も忙しそうにしている。


(ぱぱ、がんばってりゅ……)


リリアは小さな手をぎゅっと握った。


(リリも、いいこにしゅるぅ!)


その横では、ポポが大きなクッキーを抱えていた。


「リリちゃん! パパがお仕事を頑張っている間、ポポたちはおやつを食べて応援するのだ!」


「それ、ただ食べたいだけでしょ〜!」


ピピがすかさず突っ込む。


「ち、違うのだ! おやつは応援に必要なのだ!」


「ぽぽ、たべしゅぎぃ!」


リリアに指をさされ、ポポはクッキーを抱えたまま固まった。


「な、なぜバレたのだ……!」


ピピは笑い、リリアも楽しそうに手をぱちぱちと叩いた。


そんな穏やかな時間の中、リリアのもとへ、あるお客様がやってくることになった。


◆◆◆アリア姫、お泊まりに来る!


「リリア様、今日はアリア様がお見えになりますよ」


侍女のミレが知らせると、リリアの顔がぱっと明るくなった。


「あーっ! ありあちゃぁん!」


「リリちゃん、うれしそうだね〜!」


ピピがにこにこする。


リリアとアリアは同じ日に生まれた、仲良しの赤ちゃん姫だ。


二人は一緒に遊ぶのが大好きだった。


やがて、アリアが侍女のクララに付き添われて部屋へやってきた。


「リリちゃぁん!」


「ありあちゃぁん!」


二人はよちよちと歩み寄り、小さな手を伸ばした。


ぎゅうっ。


二人はうれしそうに抱き合った。


「リリちゃん、しゅきぃ!」


「ありあ、だいしゅきぃ!」


「きゃははっ!」


二人の笑い声が部屋いっぱいに広がる。


アリアはリリアの手を握り、ぴょんぴょんと身体を揺らした。


「いっしょ、あしょぼぉ!」


「うんっ!」


もちろん、二人ともまだ幼い赤ちゃんだ。


難しいお話はできないけれど、一緒に遊びたい気持ちは、しっかり伝わっていた。


その日の午後、アリアの母ヴィクトリアがエレナのもとを訪れた。


「エレナ様、もしよろしければ、今夜はアリアをリリア姫のお部屋に泊まらせていただけないでしょうか?」


「お泊まりですか?」


エレナは少し驚いたあと、優しく微笑んだ。


「まあ、二人とも仲良しですものね。リリアもきっと喜ぶでしょう」


「ありがとうございます。アリアも、リリア姫と過ごす時間を楽しみにしているのです」


ヴィクトリアは上品に頭を下げた。


エレナは二人が仲良く遊べるよう、侍女たちに準備を頼んだ。


寝具は安全なように整えられ、赤ちゃん用の柔らかな寝巻きや、夜のおやつも用意された。


アレクもその話を聞くと、笑顔になった。


「そうか。リリアも喜ぶだろうな。二人が楽しく過ごせるよう、よろしく頼む」


こうして、アリアのお泊まりが決まった。


けれど――。


ヴィクトリアがこのお泊まりを望んだ理由は、ただ娘を友達と遊ばせるためではなかった。


◆◆◆母親が教えた、秘密のお話


その日の夕方。


ヴィクトリアは、アリアを自分の部屋へ呼んだ。


アリアは母の顔を見ると、うれしそうに両手を伸ばした。


「ままぁ!」


「アリア、おいでなさい」


ヴィクトリアは娘を膝の上に抱き上げた。


その顔には、優しい母親の笑みが浮かんでいる。


「今夜は、リリア姫のお部屋にお泊まりするのよ」


「りりちゃん! しゅきぃ!」


アリアは両手をぱたぱたさせた。


「そうね。リリア姫と一緒に遊べるわね」


ヴィクトリアは、アリアの頬をそっと撫でた。


「ねえ、アリア。ママのお話を、よく聞いてちょうだい」


「う?」


「明日、リリア姫とお庭へ行くでしょう?」


「おはなぁ!」


アリアは、庭の花を思い浮かべたのか、楽しそうに笑った。


ヴィクトリアは微笑みを崩さず、言葉を続けた。


「お庭には池があるわね。お水がきらきらしていて、とてもきれいな池よ」


「おみじゅ!」


「そうよ。もしリリア姫が池の近くにいたら、リリア姫をお水の中へ落として、びっくりさせてあげるの」


「……う?」


アリアは、きょとんとした。


ヴィクトリアは、まるで楽しい遊びを教えるように、穏やかな声で説明する。


「リリア姫は、きっとびっくりするわ。アリアがしてあげたら、楽しいと思うでしょう?」


「りりちゃん……びっくり?」


「ええ。リリア姫が喜ぶように、してあげるのよ」


アリアは母の顔を見つめた。


まだ幼いアリアには、池に落ちることがどれほど危険なのか、十分にはわからない。


水遊びは楽しい。


リリアも一緒なら、きっと楽しい。


母親がそう言うのなら、それはリリアを喜ばせる遊びなのだろう。


アリアは小さな頭をこくんとうなずかせた。


「りりちゃん、よろこぶ?」


「そうよ」


ヴィクトリアはアリアを抱きしめた。


「でもね、これはママとアリアだけの秘密よ。誰にも話してはいけないわ。パパにも、侍女にも、もちろんリリア姫にもね」


「ひみちゅ……?」


「そう。秘密のお約束よ。アリアは、ママのお話を守れるわね?」


アリアは、まだよくわかっていない様子で母の顔を見つめた。


それから、にこっと笑った。


「まま、しゅきぃ!」


ヴィクトリアはアリアを抱きしめながら、目を細めた。


「ママもアリアが大好きよ」


その言葉は優しかった。


けれど、その裏にある計画は、決して優しいものではなかった。


ヴィクトリアはアリアを危険な役目に使おうとしていた。


アリア自身は、母が何を企んでいるのか知らない。


ただ、大好きなリリアを喜ばせたい。


その純粋な気持ちを、母親に利用されていることにも気づいていなかった。


### 4.何も知らないアリアと、胸騒ぎのリリア


夜。


リリアの部屋では、お泊まりの準備が整っていた。


柔らかな寝具が二人分並べられ、小さなクッションやぬいぐるみも用意されている。


リリアはそれを見て、目をきらきらさせた。


「わぁ! あしょぶぅ!」


「今夜はアリア様と一緒にお休みになりますからね」


ミレが微笑む。


「おやちゅもありますよ」


「おやちゅ!」


リリアは両手をぱちぱちと叩いた。


その横では、ポポがすでにおやつの皿を見つめていた。


「お泊まり会といえば、おやつなのだ! ポポにおまかせなのだ!」


「ポポは食べる係でしょ〜!」


ピピが呆れた声を出す。


「それも大事な係なのだ!」


リリアは二匹のやり取りに笑った。


やがて、アリアがクララに連れられてやってきた。


「りりちゃぁん!」


「ありあちゃぁん!」


二人は駆け寄り、またぎゅっと抱き合った。


「いっしょ、ねんねぇ!」


「うんっ! ねんねぇ!」


リリアはうれしそうに笑った。


しかし、アリアの胸の中には、母から教えられた秘密のお話が残っていた。


(りりちゃん……おみじゅ……びっくり……)


アリアは池のことを思い出し、窓の外にある庭を見た。


池の水面は、月明かりを受けてきらきらと光っていた。


「おみじゅ……」


アリアがぽつりとつぶやく。


「う?」


リリアは不思議そうに首をかしげた。


「おみじゅ、あしょぶ?」


「おみじゅ?」


リリアは窓の外を見た。


夜の池は暗く、静かだった。


(あうぅ……おみじゅ、つめたいよぉ?)


リリアは、なんとなく胸がざわざわした。


でも、アリアは大好きな友達だ。


二人で遊べることが、うれしくてたまらない。


リリアはアリアの手をぎゅっと握った。


「ありあ、しゅきぃ!」


「りりちゃん、しゅきぃ!」


アリアも笑った。


二人はそのまま、ぬいぐるみを並べて遊び始めた。


ポポとピピは、二人の様子を見ながら、ほっと胸をなで下ろしていた。


「今夜は平和なお泊まり会になりそうなのだ!」


「そうだといいね〜」


けれど、ピピは窓の外へ目を向けた。


庭の向こう、池の水面が月明かりに揺れている。


なぜだろう。


ピピには、何か嫌な予感がした。


そして、リリアの小さな胸にも、まだ言葉にできない不安が残っていた。


大好きな友達とのお泊まり会。


楽しいはずの夜。


その裏で、ヴィクトリアが仕掛けた危険な計画が、静かに動き始めていた。



◆◆◆真夜中のお泊まり会!


夜の王宮は、昼間の賑やかさが嘘のように静まり返っていた。


リリアの部屋では、小さな明かりが灯され、二人の姫が並んで遊んでいた。


「りりちゃん、みてぇ!」


アリアが、ぬいぐるみをリリアの前に差し出した。


「くましゃん!」


「くましゃん、ねんねぇ!」


二人はぬいぐるみを寝具に寝かせ、毛布をかけてあげた。


その様子を見ていたピピが、目を細める。


「かわいいねぇ。二人とも、すっかりお姉さんみたい!」


「ふふん! ポポも一緒に寝かしつけるのだ!」


ポポは自分の身体ほどもあるクッションに飛び乗った。


ぼふんっ!


クッションが跳ね上がり、ポポはそのままころころと転がっていく。


「ぽぽ、ころりん!」


リリアは大喜びで手を叩いた。


「ち、違うのだ! これは高度な寝かしつけの技なのだ!」


「どこがよ〜!」


ピピの突っ込みに、アリアまできゃははと笑い出す。


やがて、侍女のミレとクララが二人の寝支度を整えた。


「そろそろお休みのお時間ですよ」


「リリちゃん、アリア様、おやすみなさい」


「おやちゅみぃ!」


「おやちゅみぃ!」


二人は小さな手を振った。


侍女たちは部屋の近くで待機し、何かあればすぐに駆けつけられるようにしていた。


寝具に入ったアリアは、リリアの顔をじっと見つめた。


「りりちゃん……しゅきぃ」


「ありあ、だいしゅきぃ……」


リリアはアリアの手を握った。


けれど、アリアの胸には、母ヴィクトリアから教えられた秘密が残っていた。


――明日、リリア姫を池に落として、びっくりさせるのよ。


――これは二人だけの秘密。誰にも話してはいけないわ。


アリアには、池に落ちることがどれほど危険なのか、まだよくわかっていなかった。


母は、リリアが喜ぶと言った。


だから、きっと楽しい遊びなのだろう。


そう思おうとしても、なぜか少しだけ胸がもやもやした。


(りりちゃん……びっくり、するの?)


アリアは隣で眠るリリアを見つめた。


それから、そっと目を閉じた。


窓の外では、月明かりが庭の池を静かに照らしていた。


◆◆◆朝のお庭と、アリアの秘密


翌朝。


リリアは目を覚ますと、隣で眠っているアリアを見つけた。


「あー! ありあちゃぁん!」


リリアはうれしそうに、アリアのほっぺをそっとつついた。


「んにゃ……?」


アリアが目をこする。


「りりちゃん……?」


「おはよぉ!」


「おはよぉ!」


二人は顔を見合わせ、にっこり笑った。


朝食には、柔らかく煮た野菜や果物、温かなミルクが用意された。


リリアは大好きな果物を食べ、ミルクをたっぷり飲んだ。


アリアも、小さなスプーンを握って一生懸命に食べている。


「おいちぃ!」


「おいちぃねぇ!」


ポポは二人の皿を見ながら、そわそわしていた。


「ポポも朝ごはんをいただきたいのだ!」


「さっき、もう食べたでしょ〜!」


「それはポポの朝ごはんその一なのだ! 今からその二なのだ!」


「ぽぽ、たべしゅぎぃ!」


リリアに指をさされ、ポポはがっくりとうなだれた。


朝食のあと、ミレとクララは二人を庭で遊ばせることにした。


「お庭の中で遊んでくださいね。池の近くには行ってはいけませんよ」


ミレが優しく言い聞かせる。


「う!」


リリアは元気よくうなずいた。


アリアもこくんとうなずく。


「うんっ!」


二人は手をつなぎ、花壇のほうへ歩いていった。


庭には色とりどりの花が咲き、朝露がきらきらと輝いている。


「おはなぁ!」


リリアが花を指さす。


「きれぇねぇ!」


アリアも笑った。


二人は花を眺め、落ちていた花びらを拾い、楽しそうに遊んだ。


けれど、アリアは時折、庭の奥へ視線を向けていた。


そこには、池がある。


母が言っていた場所。


リリアをびっくりさせる場所。


アリアはリリアの手を握ったまま、少しずつ池のほうへ歩き始めた。


「りりちゃん、こっちぃ!」


庭の池は、王宮の花々に囲まれた静かな場所にあった。


水面には青空が映り、小さな魚が泳いでいる。


池の周囲には柵が設けられ、子どもが簡単に近づけないようになっていた。


しかし、二人は花を追いかけるうちに、柵の出入口に近づいてしまった。


少し離れた花壇では、ミレとクララが庭師と話をしていた。


二人が池の近くへ向かっていることに、まだ気づいていない。


アリアはリリアの手を引いた。


「りりちゃん、こっちぃ!」


「う? どこぉ?」


「おみじゅ!」


アリアは池を指さした。


リリアは水面を見つめた。


「おみじゅ、きらきらぁ!」


魚が一匹、ぱしゃんと小さく跳ねた。


リリアは目を丸くする。


「あっ! おしゃかな!」


「おしゃかなぁ!」


アリアも楽しそうに声を上げた。


二人は池の縁へ近づいていった。


リリアは水面をのぞき込もうとしたが、ふと胸の奥に不安がよぎった。


(あうぅ……なんだか、こわいよぉ……)


リリアは一歩、後ろへ下がった。


「いやぁ……」


アリアは不思議そうに首をかしげた。


「りりちゃん?」


母の言葉が、アリアの頭に浮かぶ。


――リリア姫をお水の中へ落として、びっくりさせてあげるの。


――リリア姫は、きっと喜ぶわ。


アリアは、リリアが喜ぶ遊びなのだと信じていた。


だから、もう一度リリアの手を引いた。


「りりちゃん、あしょぼぉ!」


「いやぁ……おみじゅ、こわいぃ……」


リリアは小さく首を振った。


それでもアリアは、母との約束を思い出しながら、リリアの背中へそっと手を伸ばした。


「りりちゃん……えいっ!」


アリアが押そうとした、その瞬間。


リリアが振り返ったため、アリアの手がリリアの肩に当たった。


「あっ!」


リリアの身体がぐらりと傾く。


リリアはとっさにアリアの服をつかんだ。


アリアも驚いてリリアをつかみ返す。


「きゃあっ!」


二人の小さな身体は、池の縁から一緒に落ちてしまった。


ばしゃああんっ!


大きな水しぶきが上がった。


「ふぇぇぇぇっ!」


「きゃあああっ!」


冷たい水に包まれ、二人は必死に手足を動かした。


リリアは水を飲まないように顔を上げようとする。


アリアは驚きと恐怖で泣きながら、リリアの服にしがみついていた。


「りりちゃん! ふぇぇぇっ!」


「ありあぁ! あうぅっ!」


二人は池の中でばたばたともがいた。


リリアの目に、アリアの泣き顔が映る。


大好きな友達が、怖がっている。


助けなきゃ。


リリアの小さな胸に、強い思いが湧き上がった。


(ありあ、たしゅけりゅ……!)


リリアの指先に、淡い金色の光が集まり始めた。


◆◆◆リリアの魔法――でも、使えない!


天界。


黄金に輝く神殿の中では、四柱の神々が神鏡を見つめていた。


神鏡には、人間界で暮らすリリアの姿が映し出されている。


ゼノは、池に落ちた二人の赤ちゃんを見て、勢いよく立ち上がった。


「なっ……! リリアが池に落ちただと!?」


アテナは息をのんだ。


「アリア姫も一緒です! 二人とも、まだ泳げる年齢ではありません!」


フィオナは両手を胸の前で握りしめた。


「リリア……アリアちゃんを助けてあげて……!」


オルフェは神鏡に映る光景を見つめ、険しい顔をした。


「これは偶然なのか……? アリア姫は、リリアを押そうとしていたように見える」


「だが、アリア姫も一緒に落ちてしまった!」


ゼノの声が神殿に響いた。


神々は、人間界に直接介入することができない。


リリアを人間界へ送り出す際、彼女自身の力で家族や周囲を守ることを約束させていたからだ。


それでも、幼いリリアが命の危険にさらされているのを見て、ゼノは落ち着いてはいられなかった。


「リリア! 魔法を使え! 自分とアリア姫を助けるのだ!」


神鏡の向こうでは、リリアの指先が金色に輝いていた。


リリアは魔法で水を押しのけ、二人の身体を池の外へ浮かせようとしていた。


(あうぅ……おみじゅ、どいてぇ……!)


水面がかすかに揺れる。


リリアの周囲に、見えない力が集まっていく。


しかし、そのときだった。


「きゃあああっ! 姫様たちが池に!」


庭に響いた悲鳴を聞きつけ、ミレとクララが振り返った。


二人は池の中でもがく小さな姿を見つけ、顔色を変えた。


「リリア様!」


「アリア様!」


侍女たちは一目散に池へ駆け寄った。


その声を聞いたリリアは、はっとした。


(あっ……ひと、きちゃったぁ!)


人間たちの前で魔法を使ってはいけない。


神々との約束が、リリアの頭をよぎった。


もし目の前で魔法を使えば、ミレやクララに不思議な力を知られてしまう。


リリアは、指先に集めた光をすぐに消した。


魔法で自分たちを浮かせるのをやめたのだ。


「ふぇぇぇっ!」


リリアは普通の赤ちゃんのように、必死に泣き声を上げた。


アリアも泣きながら、リリアの服をつかんでいる。


「りりちゃん! ふぇぇぇっ!」


「ありあぁ……!」


リリアは魔法を使わず、アリアから離れないように小さな手を伸ばした。


ミレが靴を脱ぎ、ためらわずに池へ飛び込んだ。


「リリア様! 今、助けますからね!」


クララも池の縁に身を乗り出し、アリアへ手を伸ばす。


「アリア様、こちらへ!」


水に濡れながら、ミレはまずリリアを抱き上げた。


クララもアリアをしっかりと抱きかかえ、二人を池の外へ引き上げた。


「リリア様! しっかりしてください!」


「アリア様! 大丈夫ですか!?」


二人の侍女は、震える手で赤ちゃんたちを抱きしめた。


リリアもアリアも、けがはなかった。


けれど、冷たい水に落ちた恐怖で、二人は大きな声で泣き続けた。


「ふぇぇぇぇん!」


「ままぁ! ふぇぇぇっ!」


ミレはリリアを抱いたまま、何度も背中を撫でた。


「もう大丈夫です。もう大丈夫ですよ……!」


クララもアリアを抱きしめ、涙をこらえながら言った。


「怖かったですね……。本当に、ご無事でよかった……」


天界では、神々が一斉に安堵の息を吐いた。


フィオナは胸に手を当てた。


「よかった……! 二人とも助かったわ……!」


アテナは神鏡を見つめ、眉を寄せた。


「リリアは魔法を使って自分たちを助けようとしていました。ですが、人間が駆けつけたため、途中で魔法を止めたようです」


ゼノは複雑な表情を浮かべた。


「人間に力を知られないという約束を守ったのだな……。だが、あまりにも危険だった」


オルフェは静かに告げた。


「今回のことは、ただの事故ではないかもしれない。アリア姫の行動を、慎重に見極める必要がある」


神々は、神鏡の向こうで泣き続ける二人を見守った。


リリアは魔法を使えば、もっと早く池から出られたかもしれない。


それでも、人間たちに秘密を知られないため、助けに来た侍女たちに救出を任せたのだった。


◆◆◆大騒ぎの王宮


「陛下! 大変でございます!」


知らせを受けたアレクは、執務室から飛び出した。


「何があった!?」


「リリア様とアリア様が、庭の池に落ちられました!」


「何だと!?」


アレクの顔から血の気が引いた。


「二人は! 二人は無事なのか!?」


「侍女たちが救助いたしました。現在、身体を温めておりますが、ひどく驚かれたご様子です」


「すぐに医師を呼べ! 私も行く!」


アレクは走り出した。


その知らせは、エレナのもとにも届いた。


「リリアが池に……!?」


エレナは青ざめ、すぐに娘のもとへ向かった。


部屋では、濡れた服を着替えたリリアが、温かな毛布に包まれていた。


ミレがそばにつき、医師が二人の様子を確認している。


リリアはエレナの姿を見るなり、両手を伸ばした。


「ままぁ……!」


「リリア!」


エレナは娘を抱きしめた。


「よかった……本当によかったわ……!」


アレクも駆け寄り、リリアの顔を確かめた。


「リリア、どこか痛いところはないか?」


「ふぇ……ぱぱぁ……!」


リリアは泣きながら、アレクの胸にしがみついた。


「大丈夫だ。もう大丈夫だからな」


アレクは娘を抱きしめ、何度も頭を撫でた。


一方、アリアもクララに抱かれ、ヴィクトリアのもとへ運ばれていた。


ヴィクトリアは娘を抱きしめると、心配そうな表情を浮かべた。


「アリア! まあ、なんてこと……! 怖かったでしょう?」


「ままぁ……ふぇぇ……!」


アリアは泣きながら、母の服を握った。


ヴィクトリアは娘を抱きしめたまま、目だけを動かした。


二人とも助かった。


それはよかった。


しかし、アリアが何を話すかによっては、計画が露見するおそれがある。


「アリア……何があったの?」


ヴィクトリアは、優しい声で尋ねた。


アリアは泣きながら、母を見上げた。


「りりちゃん……おみじゅ……」


ヴィクトリアの心臓が、どくりと跳ねた。


だが、アリアはその先をうまく説明できなかった。


ただ、リリアと一緒に池に落ちたことが怖くて、泣き続けていた。


ヴィクトリアは娘の背中を撫でながら、心の中で安堵した。


まだ、何も明らかになっていない。


けれど、今回のことが事故として片づけられる保証もなかった。


◆◆◆天界の神々が見たもの


その夜。


リリアがエレナの腕の中でようやく眠りについたころ、天界の神殿では、四柱の神々が再び神鏡を囲んでいた。


「リリアは、あの状況でも魔法を隠そうとした」


アテナが静かに言った。


「人間たちが来たから、力を使うのをやめたのね。約束を守ろうとしたのでしょう」


フィオナは悲しげに目を伏せた。


「でも、まだあんなに小さいのよ。自分だけでなく、アリアちゃんまで助けようとしていたわ」


「リリアらしいと言えば、リリアらしいが……」


ゼノは額に手を当てた。


「危険な場面では、秘密を守ることより命を守ることが大切だ。あの子には、そのこともわかってほしい」


オルフェは神鏡の映像を見つめていた。


「気になるのは、アリア姫の行動だ。リリアを池へ押そうとしていたように見えた。だが、アリア姫自身も一緒に落ちている」


「まだ、何も決めつけることはできないわ」


アテナは首を横に振った。


「アリア姫も幼い赤ちゃんです。誰かに言われたことを、意味もわからず真似した可能性があります」


ゼノは深く息を吐いた。


「そうだな。真実がわかるまでは、慎重に見守ろう」


神々は、神鏡に映るリリアの寝顔を見つめた。


その小さな手は、眠っていても、エレナの服をぎゅっと握っていた。


(まま……だいしゅきぃ……)


リリアの心には、まだ池の冷たい水の感触が残っている。


それでも、リリアはアリアを嫌いになったわけではなかった。


大好きな友達が、どうしてあんなことをしたのか。


それが、わからなかっただけだった。


一方、アリアも母の腕の中で眠っていた。


母から教えられた秘密。


リリアが池に落ちそうになったこと。


そして、自分も一緒に落ちて、怖い思いをしたこと。


小さな心の中には、まだ言葉にできない不安が残っていた。


ヴィクトリアは、娘の寝顔を見つめながら、そっとつぶやいた。


「……誰にも、知られてはいけないのよ」


しかし、天界の神々は、すでに一部始終を見ていた。


そして、リリアのそばにいた小鳥もまた、池で何が起きたのかを覚えていた。


第二夫人が隠そうとしている秘密は、少しずつ、その輪郭を現し始めていた。



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