第27話 転回
廊下に放り投げたエコー装置が特定の反応を示す。関西最大暴徒グループ〈淀〉のメンバーを引き連れ、背面から摩天楼上層階の一部を制圧した子々々(ねこし)京は、壁に覆われた不自然な空間の存在を探知した。
敵の参謀・阿舎利の融合能力によって摩天楼内部の配置はシャッフルされてしまっている。重要設備は入り口ごと壁に塞がれてしまっていると考えた京は探知系の道具と贋作者を使い枢機卿の捜索に当たっていた。
「どうですかね、京さん」
「ビンゴちゃうかー?」
内部から微かに人間の心音を感じる。入口を覆っている壁をぐるりと囲うようにC4爆弾を設置し、京は廊下の角に控え発破の合図を出した。激しい音と共に粉塵が噴出し耳を塞いだ〈淀〉のメンバーの前を吹き過ぎる。崩れた壁をくぐり速やかに〈淀〉は内部に押し掛けた。
「鼠色の長髪に線の細い体格。見覚えあるなあ。子々々ちゃんか」
部屋の中は複雑な配線が引かれ、薬液に満ちた筒状の大容器が並びその中に女の体が浮かんでいた。理科室で見るような黒い天板の机の前で、両手を挙げて投稿の姿勢を見せた研究員風の女が喋った。京はアサルトライフルを抱えたまま照準を定めた。
「おーきに。うちの方は覚えてへんけどね、おねーさんのこと。こんなけったいな部屋に一人、ほんで銃口にびびっとらん態度、ただの研究員とちゃうねんやろ。うちら部隊長レベルの駒やってん、知らんねんな、幹部とかアンタイ・エデンの顔」
クリアリングを済ませた部下が、他に無人であることを示していた。クマのできた瞼を細めてはっはっと女が笑う。
「寂しいこと言ってくれるねぇ。キミたち〈淀〉の贋作手術を誰が執刀したと思ってるんだい? キミが従ってた九州の阿虎くん、彼女の狂花帯だって私が移植したんだよ?」
女は昆虫のような目で京をねめつけた。「ドクター・カフカ。アンタイエデンの研究者だ。覚えておきたまえ、裏切り者の〈淀〉の諸君」
麻酔を打たれるような奇妙な感覚があって、京は足元を見下ろす。コードのような長い針が女の白衣から伸びていて、京の足と脇腹に刺さっているのが見えた。と同時に部隊員たちが発狂したように叫びを上げる。見渡すと腰を抜かすようにして京から逃げようとしている。蛆虫の群れに突き落とされたような、悪魔に眼球を炙られかけているかのような、それはよく知る『聖者の行進』、京の恐慌能力を浴びた者の反応だった。
恐怖のあまり隊員が自らの頭を撃ち抜く。引き金を引く音が部屋中で鳴り響いて脳漿が壁に飛び散る。
「なんっ……、なにしてんねん‼」近くにいた隊員の銃口をひったくるようにして掴む。京に触れられた隊員は失禁すらしそうな勢いで引き金に指を掛けた。
「あ、あ、あ……!」恐怖に銃身が魚のように跳ねている。「お前っ……」
「あたしに近づくな!!!! 化け物ォッ!!!!!」隊員は痙攣するような手つきで狂ったように引き金を引きまくった。京の体が跳ね数発の弾丸を喰らいながら地面に転がった。部隊員は悲鳴のように息を吸いながら弾の切れた銃を空撃ちし続けていたが、呆然と我に帰りかけたところで眼球から脳を針に貫かれた。
「あーあ」ガラス槽から漏れ出した薬を見てカフカが嘆いた。「部屋の中でぶっ放さないくれたまえよ。精密機械なのに……」
「他人の狂花帯、操る能力か……」血に塗れた京は地面から弱々しく呟いた。カフカが振り向いて死体を跨ぐ。
「防弾繊維越しじゃ死なないか」ナイフを拾い上げてカフカが言う。「ただでさえ強化人間の皮膚だしねぇ。貫通力の高い急襲弾でも、急所を狙わないと不確実だね」
ナイフを振りかざした瞬間、激烈な音と共に壁が剥がれ烈風が室内を吹き荒れた。
「⁉⁉」
柱にしがみ付いてカフカ博士は踏ん張った。激しい風の中を三廻部游が歩いてくる。
「ドクター・カフカ……、アンタイエデンのメンバーなら枢機卿の居場所も分かるだろう」
十兄から奪ってきた鎌を突き付ける。触針を足で踏みつけ、回転式のコードのように針を巻き取る。京の足から針が引き抜けた。
「っあー、助かるわ。ほんま」
「退がって良い。お前の能力、下手に利用されると厄介だ。こいつらと後衛まで退避してろ」
後ろには三廻部と合流した部隊員が待機している。三廻部の指示に砕けた敬礼をして京は担ぎ出された。
「三廻部游。幣原公安部長の護衛にして、伏魔殿の隠し玉かい。贋作ながら『12人』に匹敵する狂花帯出力。狂花帯への適合率もさることながら、君自身の戦闘スペックも相当なものだろう。これ程の戦力を温存していたとは、恐れ入るねぇ」
触手針を揺らめかせながら言う。しかし相対した三廻部には一分の隙すらもない。カフカのスピードでは、間合いに入った瞬間に切り落とされるだろう。並の達人ではなかった。
「両腕と狂花帯を捥ぐ。抵抗すれば顔と臓器から急所以外の部位を削いでいく。手傷を増やしたくなければ、枢機卿の居場所、まで……」
カフカに向いていた三廻部の目が引き寄せられるように水槽にゆき、言葉尻が宙に浮いた。
水槽に浮かんだ少女と目が合った。
少女の手が動きガラスの表面を撫ぜただけで水槽が破れる。少女はまるで今の今まで起きていたかのように違和感なく地面に立っていた。流れ出る液体を避けながらカフカが微笑む。
「ナイスタイミングだよ、イヴちゃん」
「イヴ……?」三廻部はカフカの言葉を捉え一瞬の逡巡をした。この施設でイヴとは昼神イヴ以外にあり得ない。だが目の前の少女は基地で見た女学生の姿とは異なる外見をしていた。
計略、ブラフ、一号能力、あらゆる要素が脳内を駆け巡り、結果三廻部はすぐさま引き金を引いた。
引き金は二度引かれた。一度目に放たれた弾丸は少女の目の前で止まりながら回転運動を続けていた。二発目の弾丸は放たれることなく、銃口から花のようなものが咲いて銃身に絡みついた。
「っ……、この芸当は、紛れもなく……!」
「良い決断の早さだ。三廻部くん」昼神は回転する銃弾にそっと触れ囁いた。三廻部の竜巻で崩れた部屋の壁を見る。「出力の高さも申し分ない」弾がほどけ一枚の大きな布に広がる。その布をひらりと巻きつけ、ギリシアの彫刻のように纏う。姿かたちは違えど、そこには「女神」の風格があった。
「この姿では違和感があるようだね」
するりと顔を撫でると、その見た目は基地で見た女学生のものに変わっていた。「もっともこの肉体も仮初の一つにすぎないんだがね。しかし、せっかく君たちにお披露目した姿だ、しばらくはこのモデルを使うことにしよう」
縦に鎌を投擲する。猛回転した鎌が壁を先々まで切り裂いていくが、昼神には僅か一歩の移動で避けられている。その程度ではと言いたげに振り向いた昼神の目に、両足で地面を力強く踏みしめ、恐らくは本命の一打、発射寸前のミサイルのように拳を溜める三廻部の姿が飛び込んだ。
地球をも動かすパンチが放たれる。
三廻部の奥の手中の奥の手は、本気を出せば地球の自転にさえ作用する、回転能力の極致だった。地球は回転を止めそのエネルギーは全て足元を伝って三廻部の体に流れ込む。足から腰、拳へと全身の捻りによって蓄えられた自転エネルギーは瞬時に突きの一撃によって解放される。
ほぼ瞬間的とも言えるブレーキをかけられた地球上のあらゆる物体は、慣性の法則に従って最大時速1700㎞のスピードで投げ出される。地面は剥がれあらゆる建物の基礎は崩壊し、海岸には津波が押し寄せる。人類をも崩壊させかねない一手、三廻部は地球の完全な停止までに数秒の時間をかけることでこの反動を緩和させているが、それでも地球上の全物体がその作用を受ける。その本来の威力を一撃のもとに集約させた拳を受けた標的に、肉片はおろか細胞のひとかけらさえ残るはずはない。
轟音と共に放たれた三廻部の拳は、昼神の肉体を通して対面する方角の建物をことごとく抉った。極太いビームを浴びたように放射状に「摩天楼」の内部が空洞になる。
三廻部は倒れるようにして地面に膝を付いた。あまりにも出力の大きすぎる一撃、狂花帯は負傷し一か月以上使用不可能になる。右腕は複雑に粉砕骨折、心肺や内臓にも負荷がかかり寿命を縮める技である。
「っ、だが……、これで、さすがの一号も……」
「いや、なかなか大した技だったよ」
前方から声が聞こえる。三廻部の視線の先で、散り散りになった粒子が集まるようにして昼神の肉体が形成されていく。
「これでも効かないのか……?」
「効いていないことはないよ。実際ね」
後ろからカフカ博士が現れる。前方に向かって放射状に広がる三廻部の攻撃に対し、とっさに彼女の斜め後ろへ退避することで難を逃れていた。
「今の彼女の肉体は、エデンで保管していたアバターの一つに過ぎないんだ。昼神イヴの『本体』は宇宙そのもの! 人間サイズで活動するためにいくつか地上にアバターを残しているが、これは人形のようなもので、壊しても彼女自身には何の影響もない。何度でも創りなおせるしね」
肉体が完成しなおしていた。せめてカフカの命だけでも奪おうと地面を蹴った三廻部の背中を、カフカと同じ触針が突き刺して絡めとった。
昼神は自由を奪われた三廻部を己の前に引きずる。
「君は良い狂花帯を持ってる。肉体も頑丈だ。私は君の様な人材を探していたんだ」
「なに……」
「伏魔殿に潜入し、この戦いにも顔を出したのは、全て私の能力に耐えうる『器』を探すため。私の目的のために君の体がいる」
三廻部は生きている左手で昼神の腕を掴んだ。「目的……。お前の、狙いは何だ。神にすら等しい力を得て、今さら何を望む?」
「『私』を」昼神は感情の読み取れない顔で微笑む。「殺してくれる人だ」




