第25話 鬼神
洞穴の天井から音も無く水滴が落下していく。地下の湿った熱気の中で、滴り落ちた雫が見の肩を濡らす。
見は走り疲れ、膝に手を当てて休息した。既に電波の届く場所へ向かい連絡は済ませた。木葉下はこちらに向かい、ラクシュマンからは対応を協議するとの返答を得ている。見は再び指令室を目指していた。手遅れでも、袈裟丸を説得できるかもしれない。上手くすれば幣原も延命できる。
水滴が水溜まりに落ちた。反響する音が、洞穴の中の構造を超音波のように見の耳に伝える。再び歩き出した見は、通り過ぎた横穴の先で立ち止まった。
〇
「そうか。分かった。六番出口を開けさせとくよ」
インカムで誰かからの通信を受けた伊舎那が、返事をする。「行くなら早い方が良いよ。今からそこ、阿舎利ちゃんが潰す予定だから」
さて、と通話を切って、牛頭馬頭の二人を見る。
「すまないね、こっちも色々と野暮用がある。で……、その『重装歩兵機構』だっけ? その新兵器を纏ったところで、何ができるか見ものだな。ただの強化スーツなら、たかが……」
伊舎那が言葉を切る。というよりも、強制的に切らされていた。目の前に飛び込んできた五頭の拳が、予想を超えたあまりのスピードだったためである。
昆虫の反射神経で、伊舎那はその攻撃をかいくぐる。ずしりと地面を踏み割りながらを五頭がブレーキをかけ、返す手にブレードを伸ばし斬り捨てる。重たい一撃を腕で受け止めながら、伊舎那は少し後ろに弾かれ着地した。
「……これは」
痺れるような重厚な一振りに振るえた腕を、伊舎那は見つめた。
「なるほど、ただの強化アーマーじゃないようだね。米国製(アメ公)の玩具か……」
赤外線を写す瞳でアーマーの内部を見通す。
「人工脊柱と直接神経接続する、強化人間専用の外骨格……。人工脊柱をアップデートし、神経反射と膂力を限界を超えて底上げ……、さらに外骨格に外付けの筋肉としての役割を担わせることで、人間を越えた反応と動きに全身が追いつくようにしている」
伊舎那の顔つきが初めて興味深げなものに変わる。「これまでのアーマーのような足し算ではなく、掛け算の発想……。肉体の強化ではなく、肉体を強化する装置の働きそのものを飛躍させる新時代の武器だ。強化人間が人間の潜在的な身体能力を限界まで引き出すものだとすれば、この外骨格はその先の景色を見せるものということ。牛頭馬頭の名前を本当に体現しようとはね」
馬飼は無言のまま、背中から給電パックの一つを取り外した。ウルフィーに投げてよこす。
「これで充電してな。ここは俺たちがやる」
ウルフィーはパックを受け取りつつも、顔を顰めた。「やるってったって、お前らだけじゃどうしようもねえぞ。いくら重装歩兵機構を付けたとはいえ、二人の贋作じゃあ……」
「ところが、ただの二人じゃねえのさ」馬飼は数トンはある巨体を進ませた。五頭がその隣に並ぶ。「奴が言った通りだ。俺たちコンビは足し算じゃない。掛け算だ」
踏み込んだ脚部の隙間から、ジェット噴射が出て推進力が与えられる。巨躯に似合わぬ人外じみた速度、生身の時よりもはるかに疾く重い突進が伊舎那を貫く。
トラックの直撃ような衝撃に伊舎那の体が跳ねる。密かに鉄柱へ巻き付いていた蛸のような触手が後方への撥出をとどめる。反動でバネのように飛び出した伊舎那。触手の一撃を馬飼の『大切断』が両断し、蟷螂の鎌と化した腕の斬撃を五頭はブレードで防いだ。
瓦礫を撥ね退け、牛頭馬頭が縦横無尽に駆ける。嵐のようにブロックを弾き飛ばし、二つの残像が交差と連撃を繰り返し浴びせる。水を纏った五頭のブレードがぐにゃりと曲がり伊舎那のガードを搔い潜った。斬撃で足を掬いその隙に馬飼が斬る。衝撃はいなされたがクッションのように柔化した伊舎那の脂肪は限界を訴えるようにみしみしと震えた。五頭の膝蹴り。一撃一撃が象のように重い。鋭い蛇のような急所を突く反撃を常人を超えた反射速度で回避していく。伊舎那のかぎ爪が装甲を掻き飛び散った火花を五頭がブレードで掬う。そのまま炎を纏った斬撃で伊舎那の肩に切り込む。ブレードは弾性の手応えとともに肩に食い込んだだけだったが、炎に隠された死角を馬飼の低い回し蹴りが
撃ち込んだ。
蹴り上げられた腕がみちみちと音を立て、肩口から裂けるように伊舎那から千切れる。衝撃とともに伊舎那の体がくるりと回り、一回転して後方に着地する。ぼとりとその後ろに右腕が跳ねた。
肩から先の消えた右腕部を伊舎那が押さえる。「へっ」馬飼が得意げに鼻を蠢かす。
感情を抑えるように、伊舎那が細く息を吐く。「蠅みたいに鬱陶しい」
「うっとーしさを感じさせるくらいには、プレッシャーをかけられてるみたいだな」
「おいおい、まさか腕一つ捥ぎ取ったくらいで波に乗ったつもりかい? 僕にとって体の部位は、髪や爪なんかと同じようにいくらでも生えてくるものなんだ。ガードにエネルギーを使うより切り捨てた方が早い時は、そうする。君らの常識で、推し量ってくれるなよ」
肩を振るうと、遠心力に釣られたように瞬時に腕が生える。「トカゲが尻尾切るみてえだな」珍妙なものを見る目つきで馬飼が言う。実際、切り落とされた腕は落ちたトカゲの尾のようにしばらく、じたばたと藻掻いていた。五頭が銃で腕を撃ち落とし、慎重に処理する。距離をとったまま再びじりじりと伊舎那を囲む。
「通常の再生能力者なら、対処法はいくつかある。再生の指令を出す頭部を潰すか、高出力の攻撃で全身ごと滅却するか、狂花帯を破壊するか……。あるいはエネルギー切れを狙うなどな。だが、こいつの恐ろしいところはそもそもの攻撃すら通らないというところだ。単純な打撃や斬撃には硬化で、硬化の限界を超える衝撃には軟化で、軟化で流しきれない時には肉体を液状化して攻撃を無効化する。スライムを切断してダメージになると思うか?」
「ねえな。千切ってもくっつくし、なんなら生やせる」
伊舎那が斬れた腕を蹴飛ばし爆散させる。血液を揮発性の物質に変え化学変化を起こさせての爆撃。五頭がひらりと飛び躱し馬飼の横に転がった。馬飼が助け起こして睨む。
「ああやって雑に飛ばしてくるしな。自分の腕を斬って爆弾にするか普通?」
「だが好都合でもある。あれだけの急激な肉体の進化、それに腕一本、丸まる再生させるにはそれなりのエネルギーを使うはずだ。このまま補給する暇なく攻撃を浴びせ続け、奴をエネルギー切れに追い込む」
「そりゃ名案じゃねえな」五頭と馬飼の間に充電を終えたウルフィーが割り込んでくる。牛頭馬頭がちらりと顔を見る。どういうことだと言わんばかりだ。空の給電パックを放り捨ててウルフィーが答える。
「あいつに燃料切れ(エンプティ―)はない。あたしが電気でエネルギーを補充できるように、あいつは水と空気中のわずかなバクテリアだけで生きていける。そういう肉体に進化できるのさ。ガス欠を狙うのは現実的じゃない」
仙人かよ、と馬飼がぼやく。五頭が前に出る。
「ならあんたのやった通り、スピード勝負で行くか。手数で押し切る。……連携が必要だが?」
「ハッ」
様子を窺う五頭と馬飼の背を、ウルフィーは笑い飛ばして勢いよく叩いた。
「……オメーらは何も気にせず全力で行け。あたしが合わせる」
檄を合図にしたかのように、牛頭馬頭が飛び出す。トップスピードの連携、間隙を縫うようにウルフが電撃を放つ。
炎、弾丸、斬撃。放電を目晦ましに挟みつつ変化の瞬間を電流が狙い打つ。拳が飛び重力の加わった銃撃が伊舎那の足を弾く。
「……無駄だよ。自然適応は細胞単位で進むんだ。一度に複数種の攻撃を浴びせようと、肉体は箇所それぞれに対応する」
踏みとどまりながら冷静に告げる。
「とはいえ、目障りなこの装甲……」
伊舎那は馬飼の裏拳を掴み振り降ろしながら考える。崩れそうになる体を馬飼がこらえ、どころかその腕を足場にウルフィーが飛び膝を入れる。
今のも、軽装備ならば決まっていたカウンターだ。腕を下ろした勢いで馬飼の体を宙に回し、とどめの一撃を入れるつもりだった。装甲の重量と膂力で耐久力が桁違いに上がっている。
だが……、特筆すべきは、このスピード!
五頭と馬飼が挟み打つように拳とブレードを交差させる。竜巻のような目にも止まらぬ一撃。からの五頭の頭上を越えたウルフィーの回転脚。ウルフが合わせているとはいえ、10号の神速と完璧に連携をとれるスピード。しかも能力ではなく、身体強化と装置のみで為しえている。
「パワーと機動力は大したものだ」ひらりと飛びすさり壁に吸着する。「防御の方は、どうかなっ!」
伸ばした手から無数の腕が生え五頭を壁に叩きつける。物量で絡めとるようにまとわりついた腕たちが、装甲に皹を入れるほどの腕力で圧していく。ウルフィーの電撃が腕束を焼き焦がし切り裂く。閃光の影から、馬飼が飛び出す。五頭が後方に焦点を定め重量級断を発射する。「お前が、手を下した……」放たれた弾丸を足場に、重力が後押しする。豪快に拳をかざし馬飼が叫ぶ。「悪童隊の分だ‼」
一閃。
地鳴りのような鈍く短い音が壁に流れ、伊舎那ごと真一文字に、壁面に巨大な斬れ込みが走った。
壁を突き抜けて、降る瓦礫の中を伊舎那が転がる。
「どうだ!!」
ずしりと音を立てて着地した馬飼が煙を見透かす。馬飼の出しうる最大出力の一撃。その圧力を一線上に集約した。狂花帯に届けば十分なダメージを与えうる。
「……フフフ」
土埃の中でゆらりとシルエットが立つ。立ち上がった下半身に直腸のような管が伸びる。気味の悪い音がして上体に癒着し、引きずられるように寄せられた上体が付きなおす。
「ふっふっ、はは……っ。どうだい、笑えるほど愚直な攻撃じゃないか。くくっ……。クッション化した皮下脂肪では、吸収しきれないほどの衝撃……。さすがの僕も、半身を分けられたのは初めてだな……。……効いては、いないよ。効いちゃいないが、しかし……」
土煙が晴れていく。不快な音とともに付きなおした伊舎那の体が隆起し、表面を禍々しく筋繊維が覆っていく。頭骨が仮面のように顔を隠し、露出した筋肉が重装歩兵のように鎧となった。
「認めるよ。君らは僕を苛つかせた。少しだけ……、本気で遊んであげよう」




