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人獣見聞録 猿の転生Ⅸ Side-B:ルシファー・イン・ザ・ブラッディナイフ  作者: 蓑谷 春泥
第3章 フラトリサイド・ラブストーリーズ
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第24話 重装歩兵機構(ファランクス)

「因縁、ねえ」

 伊舎那(いざな)は気だるそうに髪を掻き上げた手を振り下ろす。水滴が散り、床の上に流れた水の上にさざ波を立てた。「君ら如きに結んだ覚えは、ないんだけどね。不良が因縁つけてくるってのは、あれ、文字通りだったんだ」

「とぼけてんじゃねえ」

 馬飼が唾を飛ばす。「俺は忘れてねえぜ、お前が奪った仲間たちの命をな。お前は悪童隊を壊滅させ、五頭の目を奪い、雪やのまえを傷つけた。てめえをぶちのめす理由はこれ以上ないほどある」

「些事(さじ)だな。その程度のありふれた恨み、僕の眼中にない。それよりも忘れたのかい? 君が僕の前に為すすべなく敗北したことを」

 振り下ろされた五頭の刀が床を砕き、伊舎那の言葉を遮った。

「お前こそ分かっていないようだな。今は」伊舎那の薄ら笑いを睨みつける。「俺がいる」

「今回は一味違うってこと、分からせてやんよ、祁答院! 『重装歩兵機構(ファランクス)』・起動‼」

 背後の壁を突き破り、ミサイルのような黒い鉄の塊が飛び込んできた。巻き散らされた粉塵の中、ほんの一秒にも満たない間に黒鉄の装備が牛頭馬頭の体を覆いつくす。

 装置の起動する繊細な音が漏れる。片手で軽々と土煙を払いのけ、分厚い鋼鉄の鎧とマスクに覆われた地獄の獄卒が現れ、大気を震わせた。


 〇


 伏魔殿後方基地、医療班の待機する地下後方野営地へ負傷者を担ぎ込もうとする第4中隊S班は、足早に駆ける道で呻き声を聞きつけた。『大本営』正面の戦地は、合体した巨大鉄人と矢のようにビルを放つ木葉下(あぼっけ)副局長の磁力操作で大混乱だった。

 見れば簡易展開された野営施設の入り口10mほど手前で、扉に向かう形で力尽きたように倒れ伏した隊員が呻いていた。

「負傷兵か」

 4-S班長は班員たちに合図して兵の側に近づきしゃがみ込んだ。倒れた隊員は出血はほとんどなさそうだったが、頭を打たれたのか側頭部を押さえて浅く呼吸している。

「大丈夫か。所属はどこだ?」

 隊員は答える余力が無いのか、口を開いて乾いた唇を力なく震わせるだけだった。

「班長、そいつは第8中隊長の羆さんです。訓練で一緒になったことがあるので分かります」

「そうか。他の部隊員は全滅したのか? とにかく担いでいくぞ」

 足音がして班員たちを呼び留めた。「ちょっと待った」

 4-S班長は別の方向からやってきた声の正体を見て目を丸くする。「煙草森鳰……!」

 武装した第7中隊員数人を引き連れた煙草森が、全てを見透かしたような眼で負傷兵を見下ろした。煙草森を中隊長とする第七中隊は、司令部を含む地下野営地の防衛を任としていた。

「八号がこの辺に侵入したって聞いから出てきたんだけど……。隊員コードの答えられない人間は入れることができない。事前に聞いてるでしょ。負傷兵になりすまして侵入を試みる敵がいる」

「じゃあ見殺しにしろって言うのか! 羆さんがエデンの潜入者だとでも?」

 4-Sの班員が庇うように進み出た。

「いや」煙草森は下ろしていた視線を部隊に向けた。「潜入者はそっち」

 銃声。が体の横で弾ける。と認識する間もなく班員は地面に伏せていた。いや、伏せられていたという方が正しい。脳内に煙草森の命令が響き、わけもわからぬままに体を動かされていた。背後を振り向くと、唇を歪め硝煙の上がる小銃を自分の手で押さえつけた4-S班長が、恨めし気に煙草森を睨んでいた。「くっそ……。天敵が……」

「⁉ 班長……?」

「じゃなくって、変身の贋作者・野一色靜馬。あんたたちそいつと一回はぐれてるでしょ。その時入れ替わったんだってさ」

 4-S班長だった男が顔の筋肉を蠢かす。全く別の青年に変わった顔を憎々し気に歪める。

「人の心を勝手に読まないでほしいね。『発狂した宇宙(カム・アンド・ゴー・マッド)』ちゃん」

 班員たちが慌てて青年に銃を向ける。煙草森が軽く手を振って彼らを制止する。

「いい、いい。そいつはこっちでやっとくから。あんたたちはその負傷した人連れて先進んで」

「……羆さんの隊員コードは……」

「確認したから大丈夫だよ。声、出せなくても分かるから」

 煙草森は当たり前のように言って彼らを通した。ロックが外され無事に中に入ったのを確認し、靜馬の前に立つ。靜馬が恨めし気に見上げる。

「……殺るなら殺りなよ」

「誘導しようとしても無駄だよ。枢機卿直属兵(アンタイ・エデン)のあんたから、何の情報も引き出さず始末するわけないじゃん」

 煙草森が靜馬の額を掴んだ。「たとえ記憶処理施術を受けていても関係ない。この距離なら、あんた自身も忘れてるような記憶さえ深層心理から掘り出してこれる」

「……! 俺自身も……、忘れているような……」

 靜馬の瞳が動揺するように揺れる。その振動は次第に大きく、異常なほどに細かい細動へと変わっていく。

「全部の記憶、一度に引き出すから。脳味噌パンクしても恨まないでね。あんた見や葎ちゃんにちょっかい出してたみたいだし」

 脳漿を伝う記憶の洪水の中で、靜馬は白目を剥き声を漏らした。激しいショックに、靜馬の顔面が本来の容貌(かたち)へと姿を変えていった。


 〇


「牛頭馬頭、『重装歩兵機構(ファランクス)』の起動、確認しました」

 地下作戦指令室、カメラの映像を確認して見が言う。指を組む幣原の隣には護衛の伏(ふせ)が待機している。

「上手く行きましたか。医療班のエースである君を、オペレーションで起用した甲斐がありました。米国考案の強化人間専用強化兵装(パワードスーツ)・『重装歩兵機構(ファランクス)』。米国はウルフギャングさんを通してエデンの強化改造手術の技術を盗むつもりだったようですが、『その先』まで見据えていたとは。恐れ入りますね」

「アメリカは強化兵装(パワードスーツ)発祥の地でもありますからね」

 見が答える。ラクシュマンとの合流後の短期間で、仮想段階だった『重装歩兵機構』を、2体とはいえ試験運用にまで持ち込んだのは、ICPOの技術職員と葎の功績だった。狂花帯に直接接続する『重装歩兵機構』を実践で発動するためには、オペレーション能力と贋作の生体に通暁した見の補助が必須だった。医療班に必要な人材である見をオペレーティングに回したのは、そういうわけだった。

 幣原は満足げに顎を撫でた。

「六号は上手く釘付けにできるでしょう。後は枢機卿を発見するか、地上の作戦が上手く行くのを待つだけです……。敵も切り札は、出しっ」

 幣原の言葉が止まった。声の調子に異変を感じ取った見が、さらに一瞬早く伏が振り向く。幣原の喉へ横様に、白く光るナイフが突き立てられていた。

 幣原が血を吐く。微動だにしないナイフの柄を握っていたのは、

「染袈裟丸!」

 伏が不覚を取ったという風に叫び電撃を発射する。首からナイフを抜き取り、雷の爪を躱した袈裟丸が幣原を楯に隠れた。

「っ、まさか……。君の狂花帯はセーブされていたはず……」

「能力なんてなくても、人は殺せますよ」

 袈裟丸はナイフを持った手で幣原のモニターを素早く操作し、自身の狂花帯にかけられた制電の命令を解除した。

「っ染……?」

 見が状況を飲み込めないという風に呟く。袈裟丸は見を一瞥して告げる。

「見先輩か。先輩は殺すつもりないから、逃げても良いよ」

「見君っ!」

 伏が電気の爪を蓄えて呼び止める。「ぼくがそいつを引き剥がす! 君は幣原さんを止血してくれ!」

 答えるように幣原が唸る。袈裟丸の刃が肝臓を突き刺していた。

「っいいえ鴛原君……! 君は行きなさい! 木葉下とラクシュマン長官にこのことを伝え……、指揮権の移譲と第七中隊をここに派遣するよう要請するのです!」

「でも、染は……」

「行くのです鴛原君! 今の染隊員は君の知る彼女ではない!」幣原が脂汗を垂らしながら叱咤する。「……私は死ぬ。急ぎなさい……!!」

 後ろ髪を引かれながらも、命じられるままに見は外に飛び出した。疑問符が飛び交う頭の中でも、有事の状況が隊員としての行動を咄嗟(とっさ)にとらせていた。

「制電を解除するのに、声紋やパスワードが必要かと懸念したんですが」

 服の裾を捲り、袈裟丸があばらの下に付いた電極を外した。

「これでもう、生かしとく必要はありませんね」

「血迷ったか染隊員……! ここまでの事件を起こせば、君の正体も公になるぞ」

 伏がじりじりと近づきながら問いただす。

「いい加減我慢も限度なんですよ。殺したい奴を殺しに行く。後は上手く処理させます」

 袈裟丸はモニターを横目で見る。「ちょうど、良い情報も手に入ったことだし」

 幣原が限界を迎えたように首を下ろす。伏が地面を蹴り袈裟丸に斬りかかった。


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