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人獣見聞録 猿の転生Ⅸ Side-B:ルシファー・イン・ザ・ブラッディナイフ  作者: 蓑谷 春泥
第2章 ノッキン・オン・ザ・ヘヴンズ・ドア
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第20話 廻天

「……下まで落とすつもりはなかった」

 破れた屋根の隙間に覗く、地上へと落下した捌光の体は、瓦礫の間に挟まれたままぐったりと天を仰いでいた。閉じた黒の棺がその近くに転がっている。

「やはり手加減が難しいな、この力」

 摩天楼上から睨むように見下ろし、拳を握り開きした三廻部(みくるべ)が、インカムに呼びかける。「地上班、八号の生死を確認に向かえ。今ならお前たちでも殺(や)れる」

 耳に手を当てたまま、じろりと×(オサム)に目を移す。「……生け捕り? 即殺で構わん。幣原代理のご指示だ」

 ×はじとりと首筋に汗が滲むのを感じた。……『12人』と同じレベルの重圧(プレッシャー)を感じる。何だこいつは……⁉ 

 三廻部は蛙を射竦める蛇のような視線のまま、淡々と×を眺めた。

「十(えだなし)×(おさむ)……。直属部隊(アンタイ・エデン)の一人か。八号より優先度は劣るが、お前も抹殺対象だ。捌光の死亡を確かめる前に、殺しておく」

「……はっ、言ってくれるじゃん、お姉さん。そんなむざむざやられると思うわけ?」

 ×の糸が刺すように伸びる、より速く、三廻部の姿が消え銃声が背後に響く。×が振り返る、と同時に回転した鉛の弾がその肩を防弾衣装ごと貫いていた。

 ×は小さく叫ぶ。弾は貫通し背中にまで穴を通していた。迅(はや)い……! 壁を床に最短で背後に回ってきた! だが驚くべきはあの銃撃……。僅かに目視できた弾影と、あの銃の型からして、旧式銃(アナログ)! 防弾服と強化肉体を貫いたと言うのか? 鉄の弾で?

「……今さら時代物の自動拳銃かよ。そんなやつ裏切り者の跡星くらいだぜ」

「私には都合良い……。これの方が」

 投擲された鎌の薙ぎを宙に身を捻って躱しながら、三廻部は空中で一発、着地と同時に追撃の弾丸をほぼ連続で放った。銃弾は×の空気の盾(シールド)を貫通し、二の腕の肉と膝の関節を抉るように削り取った。しかし×もただではやられない。伸ばした糸で銃身を絡めとり、宙の鎌と共に三廻部の手から拳銃を奪い寄せた。

「自分の武器で死にな!」

 右手で構えた銃が鳴る。防弾装備の隙間を抜け銃弾は三廻部の胸を打った……、はずだったが、ライフリングの施された銃弾は勢いを吸い取られるように回転を止め三廻部の強化体の表面で撥ねた。「……!」意に反した銃弾の挙動に反応した×を尻目に、宙に弧を描いた弾丸へ三廻部は反転打(スピニング・ブロー)を叩き込んだ。

 垂直に押し出された弾丸が×の頬を掠(かす)め抉(えぐ)る。馬鹿な……、ただの打擲で? ×は目の端で弾丸を追いながら驚愕する。まるで発砲したような推進力と貫通力だ。のけぞりざま放った反撃のワイヤーを、三廻部は袖越しに掴んだ。

「素手で巻くと痛そうだからな」

 巻きつけたワイヤーに引きつけられ×の体が宙を飛ぶ。猛スピードで飛んだ×を三廻部の豪快な回し蹴りが襲う。

 嵐を真に受けたような衝撃だった。

 ×の体はめちゃくちゃに錐揉み回転しながら弾き出され、分厚い摩天楼の外壁を大袈裟に破壊しながら突っ込んだ。手から離れた鎌を空中でキャッチして、三廻部は涼やかに言い放つ。「交換と行こう」

 なおも摩天楼内の廊下を転げようやく止まった×はよじれる腹からむせるほど血を吐き出し血の海に肘をついた。壊れた内臓がポンプのように血の混じった胃酸を押し出す。起き上がろうとするががくがくと腕の筋肉が震え、立てない。

 信じられない威力だ。ぜえと苦し気な息を付き×は思考した。痛みに持っていかれそうな脳に、酸素を回すことで繋ぐ。この破壊力。間違いなく能力、強化されただけの筋肉からこれほどの衝撃を生み出すことはできない。思えば直前のワイヤーの牽引も異様な勢いだった。ただの膂力では説明できない力、まるで巻き取られる掃除機のコードのように強引に引き寄せられた。

 ×は血だまりに映る自身の顔を睨みながらどうにか息を抑える。傍らに弾き飛ばされた自動拳銃(リボルバー)が転がっていた。

 崩れた壁を抜け三廻部が近づいてくる。粉塵を纏い鎌を携えたその姿は、『死神(グリム・リーパー)』と恐れられた×にその髑髏(どくろ)を想起(おも)わせるほどの威光だった。「意外にしぶといな」三廻部が見下ろして言う。「空気のクッションを挟まれたか」

 ×は血の池に浸かった銃を見て呟いた。「……回転か」

 歩みは止めずに三廻部が眉を上げる。ほうとでも言いたげな雰囲気だ。×は彼女を見返しながら説明した。「そうだ……、『回転』だ。あんたの受け止めた弾丸は、あんたに触れた瞬間にスピンを止め、逆にあんたの放った弾丸は異常な貫通力と推進力を持ってた。おねーさんの能力(コンセプト)は、物体の回転数を自在に操るもの。そうでしょ?」

「さっきから眼が良いな。その糸の操作と言い……、お前、精密特化型か?」

 跡星丑と同じタイプだな。三廻部は分析して鎌を向ける。「幼くして罪を重ね……、気の毒な兄妹だな。私に赦(ゆる)す権限はないが、せめて妹と同じ墓に入れてやる」

「……それは無理な相談だね」×が弱々しく微笑む。「ただお喋りしてると思った?」

 三廻部の顔が強張り、喉元に手を走らせた。『眠りと死は兄弟(オキシジェン・デストロイヤー)』。×は周囲の酸素を奪い急激な低酸素環境を作り出していた。

「どれだけ屈強な兵士でも、呼吸ができなければ……」

 ×の宣言は、三廻部の掌に集まる風の音で掻き消された。酸素を消された空間より広範な領域から引き寄せた新鮮な空気が、竜巻となって三廻部の手の上で踊っている。

「本当に……、哀れな子だ」

 三廻部が慈悲の瞳で見下ろした×は、放たれた渦の中に叫びと共に巻き込まれた。


 〇


「慎重に近づけ!」

 大本営正面、土埃の舞う戦地を合佐毘羆たちは進んだ。喧騒から離れた地面に左衛門三郎捌光が横たわっている。頭から血を流しぴくりとも動く様子はないが、その手にはしっかりと刀が握られたままであった。死亡を確実に確認するまでは油断はできない。

 銃を構えたまま隊員たちが捌光を取り囲んだ。長髪の隊員が羆のアイコンタクトを受け、じりじりと近寄り銃身で捌光の体を表に返す。僅かながら肺の膨らむのが見えた。気絶しているが、まだ息はあるらしい。隊員が羆の顔を窺う。羆は肯いて下がるよう命じた。「このまま距離を保ちとどめを刺す。俺の合図で一斉射撃だ。確実に息絶えるまで打ち続けろ」

 隊員たちが銃を構える音が響く。張り詰めた空気が小隊長の一声で破られる寸前、隊員の銃口が素早く羆の頭に向いて火を噴いた。

 羆が倒れ虚を突かれた隊員たちが反射的に銃を向ける。よりも一瞬早く長髪の隊員は次の弾を備え発射していた。飛び交う銃弾を躱すように地面を転がり、倒れる隊員の陰から何かを放り投げる。それが手榴弾だと気づいた時には、隊員たちの視界は炎に包まれていた。

 立ち上る煙を払い、長髪の隊員が姿を現す。

「ふう。八号捌光殿、野一色(のいしき)靜馬(しずま)が助けに来ましたよっと」

 ヘルメットを脱ぎ捨てて、別人の顔を露わにする。「たまたま近くに手前が潜んでいたから良かったものを。アンタイ・エデンに感謝して……、あら?」

 靜馬が辺りを見渡す。地面には既に捌光の姿は無く、血の痕が点々と敵軍の方角に向かっていた。


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