第19話 グリム
「少し……、押し込まれすぎたか」
摩天楼東部の上に立ち、ウルフギャングの電光を捌きながら、捌光は呟く。戦場はエデンと伏魔殿の部隊がぶつかり合いひしめき合っていたが、雪が空けた通路を中心に防御網が突破されており既に多くの部隊の侵入を許していた。敵の主力部隊は既に大方食い込んできているだろう。
戦線も徐々に後退しつつある。ウルフギャングになるべく多く大技を使わせ、『電池切れ』に追い込む必要があった。
うなじに突き抜けるような圧を感じた。
すかさずその場を離れる。自身の立っていた場へ空気が引き込まれていくのを感じた。軽い酸欠状態。捌光は落ち着いて呼吸を整え、続いて降ってきた鎌の大ぶりを受け止めた。
譫言のような唸り声が刀身の上で響く。切っ先で押し返す。鎌の主は宙で身を返しひらりと着地した。捌光は刀を収める。「やはり来たか……。死神の……、片割れ」
「捌光ゥウ……!!」
少年が獣のように咆え捌光を睨んだ。「よくも妹を……‼ 殺すッ!!!」
強力な電気の気配がある。野性でそれを察知、迎撃に刀を振り抜きかけた瞬間、右腕が蜘蛛の巣にからめとられたように妨げられた。
「!」
雷撃が駆け抜けた。数万ボルトの強力な一撃。皮膚は焼け筋肉は激しく痙攣し意識が点滅する。「っ!!……!!!!」ウルフィーの稲妻の直撃に捌光は声も無く叫び口から煙を漂わせた。
膝を付く捌光に少し離れた位置で電撃を回避していた十×(おさむ)が哄笑を振りまく。
「痛いか? 伏魔殿侵攻時は随分と切り刻んでくれたな。〇(まどか)の苦しみを味わえ」
遠方からその様子を眺めていたウルフィーは追撃の手を止めた。
「なんだぁ? 仲間割れか?」
捌光を追い詰めている少年の方を見る。十×。死神兄妹と呼ばれるアンタイ・エデンの掃除人……。聞いた話では、伏魔殿侵攻戦で鴛原見を拷問していたところを捌光に襲撃され妹を斬り殺されたというが……。
「妹の復讐か……。なら捌光のオッサンはあいつに任せるか。そろそろ充電したいし」
ウルフィーは戦場を見回し、高出力の電撃で各所の敵部隊を蹂躙した。戦場に砂塵が上がり伏魔兵の攻勢が一気に強まる。残りの電力で巨大な雷球を3つ作り出し、摩天楼に向かって放つ。轟音と共に摩天楼の一部が欠け瓦礫が舞う。
「前線の仕事は充分だろ……」
ウルフィーは奥歯を噛んで摩天楼内部へと向かった。
〇
『大本営』背面の切り立った斜面に、一個中隊の1000人の兵士が集まった。その倍はある『戦闘大連隊』の一群が、堅い守りで布陣していた。その様子を手を眉の上にかざしながら子々々京が観察した。
「ちょおっと人数多すぎたんちゃう? 敵さん気付いて陣組んどるけど」
「その分中が手薄になる。そういう作戦だ」落ち着き払った声で三廻部が言い切る。セミロングに切った薄青緑の髪、眼帯を付けないもう片方の目は台風の中心のように静かな大乱の気配を隠している。その目でじっと敵の面々を見下ろした。中央に陣取っている部隊はスーツを着こなした黒服の一団である。元・残間愛傘下の裏カジノの連中だ。
「ってかウチ、本部おった方が良かったんちゃいます? 敵が来るにしても足止めになるでしょ。ここ、こっちの司令拠点の直通ルートだし」
「そうしなくとも良い戦況と、幣原警視監が判断されたんだろう。だが出しゃばって前に出てきたのはお前だ。命令通り後衛を守ってろ」
「はいはい。ちょっと見に来ただけですやん。でも、この部隊ウチと後原ちゃんくらいしか他に贋作おらへんけど、大丈夫なん?」
「問題ない」三廻部が冷たい表情で片手を返す。「私が先陣を切る」
掌で大気が乱舞し、巨大な風の渦を巻き始めた。小石が舞い、鉄屑が吸い寄せられ、それは瞬く間に大きな竜巻となって地底の淀をさらった。
「『大殺界』」
摩天楼の半分を占めるほどの巨大な颱風が、城目掛けて螺旋を描きながら襲い掛かった。敵軍も恐れ慄きながら蜘蛛の子を散らして逃げる。しかし乱気流に引き寄せられなすべなく渦に呑まれる。あるものは吹き飛ばされ軒に頭を潰され、ある者は高所からの落下で首の骨を折った。
颱風は城に直撃し、地を穿ち壁を剝がし災厄の爪痕を刻んだ。京は砂塵舞う暴風に制服をはためかせ、煽られないよう踏ん張りながら、両腕の隙間から薄目を開けてその暴威を垣間見た。
「すっご、これが贋作最強の出力……」
「まだだ」
三廻部は両手に同じサイズの竜巻を発生させた。続け様に大具風を放ち、摩天楼の背面と側面に甚大な被害を与える。恐らくは窓や隙間から中にまで暴風は届いただろう。持ち上がった岩石や瓦礫が突風に乗ってぶつかり、摩天楼の背面にはところどころ風穴が打ち開けられた。
「よし。進入路は作った。突撃しろ」
呆気に取られていた伏魔兵たちも数拍遅れた京の「おー」という号令に反応して動き出した。隊を分け破られた壁穴から侵入していく。
「こんなんむちゃくちゃですやん。っていうか三廻部さん中入らんでええの? 先陣切る言うとりましたけど」
最後列から逆に引いた顔で京が問う。
「私は、別ルートで行く」三廻部は城側面の剥き出しになった摩天楼上に目を向けて言う。少年と一人の『12人』がそこでもつれあっている。
「雷狼の後始末だ」
〇
壁に空いた穴から風が吹きすさぶ。足元に薬莢が転がって雪の爪先に辿り着いた。
「さっきから強い衝撃が走ってるな」
雪は共有されたマップを確認しながら呟いた。弾痕の新しい床の上には奮闘虚しく敗北したエデンジャーの五人が思い思いの姿勢で転がっている。
耳元ではオペレーターが現在の戦況を伝えていた。ウルフギャング、三廻部含む各主力部隊の突入を確認したと報告は告げている。さっきの振動の主は二人か……。制圧は順調だが一部区間では戦況が思わしくない。何より敵主戦力海土路兄弟の動きが報告されていないのが不気味だ。
少し時間をかけすぎたか。
雪は五人組の間を走り去り目標の司令室の扉に駆け上った。
内部はしんといている。防音は施されているだろう。雪はそれを逆手に奇襲を決行する意を固め扉を蹴り開けた。
銃を向ける。誰もいない部屋に一人、長テーブルを挟んで奥に、赤銅色の骸骨が座っていた。
両手を顎の下で組んだ骸は、かさついた機械の音声で雪を迎え入れた。
「君か……。待っていたよ」
雪は銃口をその頭骨に向けた。「枢機卿……‼」
「慌てるな。折角席を用意したんだ」
骸骨は向かい合う長椅子の席を示した。
「少し話をしよう」
〇
しんと静寂に包まれた静かな空洞に、外界の戦闘の音が遠く響いてくる。『大本営』最深部中心層、一本の長く伸びた管が、地上からさらなる地下へと繋がっている。その空洞の中を、巨大な一本の木の幹が走っている。
「……俺にも出動の要請が出た。これ以上ここには居られない」
指令室からの通信を受け取って、残間愛は告げた。空洞の中の白い壁が放つ薄い光に照らされた顔は、かつての生気ある力強い趣を取り戻している。「その前に、あんたを外部への地上エレベーターに護送しなきゃならない。邇凝の爺さん」
残間の呼びかけに応じて、和喰邇凝博士はコンピュータから手を離した。
「大丈夫、ここで果たすべき仕事は終えた。この空洞へ通じる全ての通路は15分後には切り離され、誰も到達できなくなる。あとは自立した『樹』の成長を待つだけで良い」
残間は大きすぎて全貌を掴めないほど成長した樹木を眺め上げた。「それにしてもばかデカい樹だな。いったい何の植物だ?」
「ユグドラシル。『宇宙樹』さ」残間のもとへ戻ってきた博士が、さらりと答えた。「ここに見えているものはその『根』のほんの一端に過ぎない。根は地中との結節点でさらに枝分かれし、世界中に拡散している」
「根だって? ちょっと待てよ、このバカでかい幹が根だって言うのか?」
残間は驚きを隠しきれず言った。「んなもん世界最大ってレベルじゃねえだろ。それに『宇宙樹』? 老人の盆栽趣味ってわけじゃ、なさそうだな」
「地球サイズの木と比べて大きいのは当り前さ。その名の通り宇宙から来た樹木なんだ。スケールが違うよ」
あっさり言う邇凝博士の発言に、残間は再び目を強張らせた。「宇宙から、って……」
「アア、もっともここで育てているものはその複製だがね。クローン技術は、もともと『宇宙樹』再生のために研究されたものだ。『Q』・真白雪やその他のヒト複製体は、その研究の副産物にすぎない」
邇凝博士は通路へと向かいながら淡々と続ける。
「およそ40年前、北欧のとある地方に隕石が落下した。『コメット1009』と呼ばれるその隕石は外宇宙から飛来したものであり特殊な植物を内包していた」
腕時計から3Dヴィジョンを投射し、残間に見せる。赤みのある隕石の表面から、植物の根のようなものが伸びている。
「コメット・1009は有機タンパク質で構成された動物性鉱物。その母体となった星は世にも珍しい『肉の惑星』だった。生物の栄養素となりうる土台。その惑星で繁殖していた唯一の植物が『宇宙樹』だった」
枝のモデルが拡大される。
「『宇宙樹』は『肉の惑星』で生まれた唯一の生物。生殖ではなく一個体内で増殖と循環を繰り返し、悠久の時を生きていた。しかし数万の時を経て、『宇宙樹』はついに栄養元である『肉の惑星』を喰らいつくしてしまった。体積を著しく縮め公転の軌道から外れた『肉の惑星』は別の銀河へと漂流し、『宇宙樹』を乗せたままやがて一つの隕石となった」
「それが『コメット1009』ってわけか? 食い尽くされた惑星のわずかな残り?」
「そう。……『宇宙樹』は長い宇宙の旅の果てにその樹体のほとんどが消滅してしまっていたが、『肉の惑星』の残滓を啜ってどうにか生きながらえていた。そして限界を迎える直前、偶然この地球に辿り着いたんだ」
「……その貴重な植物を再生させるプロジェクトが、ここで行われていたってことか。……だが何のためだ? 人類を不死へと導く鍵こそが、この『宇宙樹』なのか?」
「半分は当たっているね」邇凝博士は残間とともにエレベーターに乗り込み、微笑みながらその扉を閉ざした。
「『宇宙樹』はね……、狂花帯本来の姿なんだ」




