第18話 蛇馬
急襲の飛び膝蹴りに、馬飼はガードごと空中へと叩きだされる。
「っ……」
宙の中、見知った敵の顔を拝む。忌々し気に馬飼は叫ぶ。
「ってめえ、真虫‼ やっぱ生きてたか!」
「そうそうくたばらねえよ、馬飼!」
落ち窪んだ眼とセミロングの黒髪、紅い学ランに身を包んだ伊舎那の忠臣、真虫散什郎が見下ろす。馬飼は壁をクッションに階下へ綺麗に着地した。
「今日はまた大勢で遊びに来てくれたじゃねえか。楽しんでくれよ、この校舎は広いぞ」
「るせえ、お礼参りだよ。お前んとこの大将にゃでけえ借りがあるからな」
馬飼は立ち上がり真虫を見上げる。「枢機卿の直属部隊で暴れてるらしいな。伊舎那と枢機卿はどこにいる? 俺がこの戦いを終わらせてやるよ」
「けっ、てめえ如き伊舎那さんのつま先にも及ばねえよ。この前の戦いで充分思い知っただろ?」
真虫が手を振る。三階から胡乱な目つきをした亡者のような部隊が顔を出した。
「絞め殺してやるよ馬飼。何度でもお前の仲間を蹂躙してやる」
亡者たちがわらわらと手すりの上を飛び越えた。三階の高さから勢いよく飛び降り、床に皹を入れながら着地する。痛みを感じないのか落下の衝撃をものともせず襲ってくる。馬飼らも虚を突かれながら応戦する。敵はとめどなく降ってくる。よだれを巻き散らし、虚ろな目で両手を突きだして迫る。馬飼は一撃で複数の敵を巻き込みながら真虫に叫ぶ。
「っこいつら……、まるで思考が感じられねえ! てめえ何打った?」
「打っちゃいねえよ。『痛み止め』を飲ませてやっただけさ」真虫は舌の上に滴型の錠剤を乗せ、ふっと階下に吐き飛ばした。それを見た。亡者共がわらわらと落ちた錠剤に群がる。
「そいつらは廃人だが、『飴玉』を与えておきゃ命令通り動く。意志の無い兵隊を作るにゃ持ってこいらしい。お前らもここでぶちのめしたら、飼い殺しにしてやるよ」
「下らねえモンに手ぇ出しやがって……!」馬飼は群がる亡者の顔面を殴り飛ばして錠剤を握った。「うちは健康優良不良児でやらせてもらってるんでな、んなもんの面倒にはならねえよ!」
涙状薬を握りつぶす。粉まみれになった手をはたきながら真虫を睨み上げる。くつくつと喉の奥で鳴るような笑いを噛み締め、真虫は髪を掻き上げた。
「良いナァ。お前はやっぱ、そうじゃなきゃいけねえよ」
真虫の背が盛り上がる。唸り声と共に制服を突き破って巨大な影がその背から飛び出す。
「威勢の良いお前にゃ、飼い殺しなんて生ぬるい結末は似合わねえか! しょうがねえ、俺が殺してやるよ‼」
「……!!」
尾のような八匹の大蛇が真虫の背から這い出ていた。それぞれが電車の1、2両分はあろうかという巨大な蟒蛇。一匹は機械でできているようだが、残りは全て生きている。真虫はそれを伴って飛び降りた。「死ね‼」
大蛇の衝突が床を破壊し粉塵を上げる。何人もがその下敷きになり何人かは蛇の餌食となる。悲鳴を上げる伏魔兵を噛み砕かせながら、真虫が不気味に相対する。
「伊舎那さんの血を分けられて手にしたこの力だ……。てめえにその身が守れるかな!」
蛇の突撃が襲い来る。衒いない正面攻撃。馬飼は拳を突き出し大蛇の鼻づらを撲り飛ばした。
衝撃は大きい。斬撃に変換されたそれは蛇の顔を刻んだが同時に馬飼も弾き飛ばされた。激しく飛んで壁に叩きつけられる。「……っ!」
「やるじゃねえか、こいつぁ頑丈なんだがな」
顔面が縦に裂けた大蛇を見上げながら真虫が口角を上げる。蛇はダメージを負ったもののまだ充分に動けるようだった。亡者たちもまだしぶとく生き残っている。
「こっちにもいるぞ、上端見高の真虫‼」
周囲を囲んだ伏魔兵の機関掃射を馬飼は大蛇の腹で受ける。「あぁ?」大蛇の首の一振りで彼らを薙ぎ倒す。「雑魚の顔なんざ覚えちゃいねえよ」
まだ気合十分という風に立ち上がってくる馬飼に、真虫はにやりと応じた。
「懐かしいなァ、馬飼。お前らとはこうしてよく殴り合った。不良校同士の争いが今じゃどうだ、世界を左右する戦争になってる‼ 楽しいよなァ、お前も滾ってるだろ?」
「悪ぃが、ちっとも楽しかねえな」
切れた口の端から流れる血を拭い、そこここに倒れ伏した敵味方の肢体を眺めながら馬飼は答えた。「お前らがやってんのはテロだ。プライドも何もありゃしねえ。俺たちは普通の暮らしを守るため戦ってる。あの頃の拳一つの闘いとは違えんだよ」
「はっ。違わねえさ、俺にとっちゃな」真虫は4匹の頭を馬飼に向ける。「最初から、この腐った世界に反抗する闘いだ!!」
4頭の大蛇が飛び出す。馬飼は飛んで2匹の突進をどうにか躱す。さらにその回転のままもう一匹の顔を全力で横に払い、凌ぐ。……が、もう一撃が捌ききれない。着地のタイミングを狙った4匹目が、馬飼を丸呑みにしようと牙を立てる。
蛇の巨大な空洞が目の前に広がる。馬飼が防御の姿勢に移った刹那、何かが頭上から割り込んできて大蛇の口を叩き閉ざした。
「馬飼殿は真面目ですからなあ」
蛇の頭から刀を抜いた青年が、刀身を肩に載せて立ち塞がった。「血沸く殺し合いがお望みなら、某が相手をしましょう」
「! 伊達政……! 追いついてたのか」馬飼が背に語り掛ける。「助かったぜ。良いタイミングだ」
「私だけでなく、ね」伊達政が半身を向けウィンクで返す。どやどやと彼の部隊がフロアに雪崩れ込んでくる。
「あぁ?」真虫が不満げに伊達政たちを睨む。「誰だよテメエ。水差してんじゃねえ」
「某らは『十三蝦夷』。奥羽の街々の安寧と破壊を司る無法者に候。そして私はその長・眼目伊達政」
伊達政が異形の切っ先を真虫に向ける。充満した殺気が一心に真虫へ向かう。「いざ尋常に、成敗致す」
「やってみるか?」真虫が機械の蛇を蠢かす。「侍野郎がよォ‼ ……おッ?」
真虫の威勢が戸惑いに変わる。胸から枝のように一直線に突き出た腕が瞳に映っていた。その腕の中には形の良い心臓が弱々しく脈打っており、その拍動もすぐに途絶えた。
「夢中になりすぎだ」
背中から腕を引き抜いた蝦夷森十三が低く諭す。胸にっぽっかり穴を開けて、虚空を見つめたまま真虫が倒れる。
「あー、気持ちわる」心臓を投げ捨て、蝦夷森がスーツを開いて言う。「ナイス陽動よ、伊達政。あんた殺気出すの上手ね」
「蝦夷森まで来たか……! 思いのほか順調に攻め込めてるな」
馬飼は目を見張り、それから神妙な顔で真虫を見下ろした。真虫の目は閉ざされ、呼吸を止めていた。
「まずはこの東ブロックを制圧しましょう。アンタイ・エデンが張っていたなら枢機卿もこのエリアにいるかもしれない」
「ああ……、そうだな」馬飼は歯切れ悪く答える。と、その視線の先で、真虫の頭に亀裂が走った。
「……⁉」隙間から、黒い頭髪が覗く。皮から抜け出すように、真虫の肉体が古い肉体を破って躍り出た。
意表を突かれた蝦夷森がスーツを閉じる。と同時に蛇の薙ぎが一閃し彼女を吹き飛ばした。
「ははははは!!!」
再び八岐大蛇が動き出す中、真虫が高らかに嘲笑う。「『十三蝦夷』の伊達政か‼ 思い出したぜ、東北の『独眼竜』だな? リストで見たが、忘れてたぜ。面白え、まとめてかかってこいよ‼」
「復活した……⁉」
ずしりと真虫の後ろで蛇の一体が倒れる。伊達政はその様と穴の塞がった真虫の胸を交互にじっと観察する。馬飼は蝦夷森の姿を探す。数メートル離れた壁に瓦礫と共に埋まっていた。スーツは破損したようだが、それに防護服の役割は果たしたらしく、無傷で這い出している。
「馬飼殿、奴ばらは我々と蝦夷森の部隊で対処いたします。貴君は先を目指されよ」
「たった今致命傷から回復した奴だぞ。お前らだけで大丈夫か?」
「報告がありました」耳のインカムを叩く。「中央摩天楼第一層から第二層、東塔連絡部にかけて……、突入した大隊が全滅したそうです。現場では祁答院伊舎那の姿が目撃されている」
「……!」
馬飼は表情を険しくした。
「奴とは因縁もおありでしょう。摩天楼援軍として五頭中隊が向かっているそうです。あなたも自分の部隊を率いて合流してください。上の指示です」
馬飼は僅か躊躇ったが肯いて拳を出した。伊達政が拳をぶつけここは引き継ぐとの合意を示した。
「お前ら、先を急ぐぞ‼」隊員のインカムを代わりに受け取って、馬飼は号令をかけた。
「なんだぁ? バトンタッチかよ。まあ良い、すぐ追いついて噛み千切ってやるぜ、馬飼」
馬飼は啖呵を切る真虫にメンチを切って廊下を先へ進んだ。
「さて、では大蛇退治と行きますかね」
伊達政は剣を構えた。




