第16話 前線
戦場最前線の攻防は熾烈を極めていた。相互の陣がぶつかり合い近代以前の高度な合戦が繰り広げられる。押しているのは伏魔殿、待ち伏せの動揺はあったが突入用に隊型を汲んでいたこともあってそれほど崩れてはいない。雪の鼓舞によって突撃の気勢は蘇っている。対するエデンは待ち構えてはいたものの前線は急拵え。全部隊を招集し圧倒的な防衛軍を突入に間に合わせたものの、枢機卿という指導者を欠いた状態では指揮は乱れていた。それでも充分な形にして迎撃を成立させたのは、彼らを統率する阿舎利参謀の手腕あってのことか。
戦線は乱れず互いの陣が衝突を繰り返した。少しずつエデン側が押し戻され格塔への入り口に近づかれつつあった。
このまま押し込める。部隊長たちが確信した時、一筋の波動が一中隊を斬り飛ばした。
「空を飛ぶ斬撃! これは……」
雪が空を仰ぐ。摩天楼の屋根の上、独りの侍が立っていた。「左衛門三郎捌光!!」
8号の居合が振り抜かれる。巨大な斬撃が走り、一気に複数の中隊が斬って分けられた。
「群れは……、巨大な的。ここで斬り伏せる」
捌光がさらに振りかぶり、複数の斬撃を重ねて繰り出した。各隊がおのおのの防御能力で自陣を覆う中、十字の閃光が斬撃を飲み込んだ。頭上に火花が飛び散る。宙を泳ぐようにウルフギャング=エジソンが軍の上に現れた。「久しぶりだなぁ、捌光のオッサン!」
「10号……! 生きていたとは……」
電光と斬撃が再び空で弾け散る。『雪くん。君ぃと10号ちゃんの「迅い」組は部隊に入らず遊軍や。単騎で動いて敵を掻き乱して』
木葉下の指示が入る。ウルフィーも中空から雪に言葉を落とす。
「よう『寿』のガキんちょ! 御黒の修行で悪魔の力は制御できるようになったか?」
「悪いけどまだ3割程度だ。でも12号本来の増殖能力は、ものにすることができた……」
雪が拳と両足に力を込める。増殖した細胞が盛り上がり、圧縮されて高密の筋肉となる。
『雪君、まずは『摩天楼』と呼ばれてる中央の巨大なビル群への突入路を確保することや。君が先陣切って後続の進む道を確保せえ』
「了解。そういうことなら……」
ウルフィーの電撃が敵軍の中央で弾け敵を痺れさせた。その隙を突き雪は全速突撃の衝撃波を起こす。超音速の生み出す空気の波が織りなす壁が、エデン軍を吹き飛ばし固く閉ざされた門を破壊する。
「道はできたぞ! 続けえ!!」
部隊長たちが口々に叫んで部隊を進ませる。裂けたエデン軍の分かれ目の淵は雪の能力によって時間が停滞しており、すぐには溝を埋めることができない。伏魔殿の数個大隊がその隙間から摩天楼の中へ雪崩れ込んだ。
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『大本営』は黒塗りの墓標のような高層ビル群が複雑に絡み合い、うねるパイプによって各所を繋がれたような奇妙な形をしていた。当然内部は広大であり、大きなテーマパークをいくつも並べたほどの敷地面積を有していた。加えて地殻方向へ伸びる十数階建の構造、十個師団規模のエデンの兵隊を収容し生活させているだけはあった。
各大隊は予定通り複数に別れ、ちりぢりに摩天楼内部の制圧にかかった。階段を駆け上がり上の階を目指す部隊もあれば、廊下を果てしなく進み一階部分の掃討を目指す者たちもいる。エデンも当然指を咥えて見ているわけではない。外に構えていた集団はあくまでも一部、内部にも無数の兵たちが寄り集まっている。
こちらの襲撃を察知したのは、やはりある程度直前のようだ。外と違い、内部の敵兵は隊編成の密度にばらつきがあった。
「数は多いが、各隊間の連携はそれほどでもないな」
わらわらと集まってくる敵軍たちをなぎ倒しながら、佐清が仲間に言う。
「多分内部の連中は敵襲の報告しか受けてない。戦闘配置で手いっぱいだったんだろ。部隊としては寄せ集めだよ」
腕に纏った黒い刃で続々と敵を斬り伏せながら返す。「……それでも、個々の敵員には強力な奴もいる。こっちは確実に集団芸で攻め込まないと……」
戦慄が走る。
佐清たちは部屋の入口まで飛びのいた。一人また一人とこちらの仲間も膝を付き倒れていく。ホール最奥の左右に伸びた階段から、9号改造人間・雨乞烏合が現れた。
「その隊員の言う通り……。個々の実力は折り紙付き。そして『12人』のこの力は、十把一絡げの集団の力を容易に破壊する」
雨乞が手を伸べる。無数の目に見えない細菌が空気を伝播して広がり、死の瘴気のように隊員たちを襲う。「総員マスク装着‼」佐清の号令で各隊員はガスマスクを着用する。
「……無駄。今回は気管だけでなく、皮膚からも侵食する複数の病原体を放出してる。あなたたちの隊服の隙間から、時間を掛けず表皮、毛細血管を通り過ぎ……」
うっと呻いて佐清が片膝を付く。
「……そう。筋肉と骨を蝕む」
瞬きの間に、雨乞の目の前に刃が突き出された。雨乞の目が驚きに見開かれる。戦闘不能に陥ったはずの佐清の体が、瞬時に飛び出していた。
二人の間に白い粒壁が現れ、刃を受け止めた。第九研究班、雨乞の部下・湯藤塩生が素早く防御に回っていた。
佐清と塩生、両贋作は互いの操る得物を間近に眺め呟く。
「塩……!」
「墨……?」
塩生はブロック状に寄せ固めた塩の壁で佐清の墨刃を弾く。固まった墨汁がぴしりと皹を受け佐清は後ろに跳び退る。
「ったく、ふらついたふりして、クラウチングの姿勢とってたから警戒して防いでみれば……。墨滴を操る能力か、佐水清!」
具体化した影のようにひらひらと揺れる墨のマントを地面から尖らせ、佐清は切っ先を塩生に向ける。「塩粒の操作に雨乞の護衛行動……。報告に合った第九研究班の湯藤とかいうやつか。お互い近似した能力だな」
「……こちらの細菌を浴びたはず。どうして平気で動ける」
佐清だけでなく、伏せっていた他の隊員たちもわらわらと起き上がり始める。
「へっ、お前が今日までに体内で培養していたであろう病原菌およびその変異株は、これまでの記録から葎先生が全て割り出して、抗体を大量生産してある! 俺たち全員ワクチンを接種済みさ。加えて各中隊、最低でも一人は9号系の贋作を配置して、免疫の底上げを行っている。お前の脅威はこちらも十二分に把握している、徹底して対策させてもらった!」
「……苦竹葎」
佐清の言葉に出てきた名を繰り返す。「邇凝博士の娘だけはある。ちょっとだけ、厄介」
「この程度で烏合班長を封じた気になるなよ、佐水清! お前らが想定していない、より強力な細菌を作りだせばいいだけだ!」
纏った塩の波を柱状にして打突する。墨の棘を突き立ててそれを受け止め、さらに来る塩弾の連射を、墨をベールのようにして楯とすることで防ぐ。さらにそのままベールを肉体に巻き付けながら佐清は言う。
「そんな隙は与えねえよ。ここからのお前らは防戦一方だぜ」
目元だけをあけた、ぴっちりとしたゴムマスク風の墨膜を顔にかぶせる。
纏ったベールが薄膜の鎧のように佐清の体に巻き付いた。漆黒の戦士の姿がそこに現れる。
「『変・身』、ってやつだ。お前らはここで瞬殺する。この鎧の力でな」




