第11話 会見
「……はい。……はい、分かりました。のまえにも伝えておきます。ええ、葎先生も気を付けて」
葎からの通話を切って雪はリビングルームへ戻った。同じようにどこかへ電話していたのまえが戻ってきたところだった。
「……本部から?」
「うん。出国の正式な手続きがとれるまで待機だって。そっちは?」
「うん、お父さんに……。飛行機で移動してたから無事だって」
「! そうか……」
のまえの父親は外交官である。のまえをほっぽり出してイギリスに赴任しているが、当然のまえは彼のことを心配していたはずなのだ。そこまで気が回らなかった己を雪は悔やんだ。
幸いヨーロッパへの襲撃はベルリンを中心としていて、その他の国には余波が及んだ程度である。それでもいくつかの大都市は大打撃を受けていたが、避難が完了している土地もあった。
のまえはテレビに映し出される光景を見る。
「助けられないかな」
「まず難しいだろうな」
ソファに座ったままテレビに向き合っていた御黒が、こちらを見ずに言う。それから首だけを回して振り返った。「……だろ? 『寿』」
のまえの視線が痛かったが、回答を求められ渋々肯く。
「……伏魔殿は軍隊ではなく警察組織の一部だ。他国の戦闘行為に参加することはできない。それにもう大方の情勢は決してる。エデン兵は既に引き上げた後だろう」
「救援活動も同様だな。少なくとも国の要請があって、内閣から伏魔殿への正式な協力依頼が回ってこなきゃ動けないだろう。そもそもこの状況下じゃ、日本は伏魔殿を手元に残しときたいだろうな」
なにせ火元のエデンは日本を拠点としているのだ。無論雪やのまえが勝手に出動することも許されない。今の状況では、たとえ善意の行動であったとしても、国際問題になりかねない。
「でも、御黒さんならできる……よね?」
「俺?」
突然白羽の矢が立ったことに意表を突かれつつ御黒が答えた。「別に救援に使う能力でもないだろ。燃やしたり凍らせたりするだけだぞ」
「熱感知で埋もれてる人を見つけたり、溶けない氷の住居を造るくらいはできるんじゃない? 暖を必要としてる場所もあるだろうし」
喪刈が横から顔を出す。「私のオートマタちゃんたち使えばさぁ、人手の解消にもなると思うよ」
「何だ、お前まで」
「にゃはは、その気なら手伝うよって話。どうせ暇なんだし社会貢献でも始めれば?」
「ヒーロー映画でも観たのか?」
御黒は心底面倒そうに口をへの字に曲げた。それから雪の方をじろりと見た。
「……修行の時間は削らせてもらうぞ。さすがに24時間働くつもりはないからな」
〇
傍らの五頭と見に話しかけながら、馬飼は伏魔殿の廊下を歩いた。
「蝦夷森の野郎がまだ来てねえか」
ロビーに顔を出して確認する。寄宿舎のロビースペースにはテレビを囲んで大勢の隊員たちが立ち寄っている。夕方の政府会見を視聴するためだ。
「賑わっているようね」
管理棟の方から、葎が顔を出す。どこからともなく昼神イブも現れた。
「ふうん、政府会見を見に少年少女がぞろぞろと。なかなかに奇妙な光景だねえ」
「私には、あんたがこの場に普通にいる方が奇妙だけど」
煙草森が冷めた目で昼神を見る。神々しい神がかったオーラは押さえて、どこにでもいる普通の少女のような居住まいで昼神は溶け込んでいる。「なに、気にしないでくれ給えよ。今の肉体年齢は君らと同じくらいなんだから」
「会見が15分前倒しで行われるそうだ」
ネットの告知を見て五頭が知らせる。
「もうすぐだな。しゃあねえ、蝦夷森のやつ呼んでくるよ。あいつ何号室だっけ?」
「僕知ってるよ。事務方で入居の手続き手伝ったからね」
見と連れ立って馬飼は廊下に赴く。蝦夷森は男子寮でも女子寮でもなく、局長ら上部局員や家族世帯用の間取りの違った個室の並ぶ別棟に部屋を与えられていた。
「ずいぶん良い待遇じゃねえか。あいつ結婚でもしてたのか?」
「事情は知らないけど一人用の個室だよ。入居次期の都合もあったかもしれないな」
見が部屋の前まで案内して、馬飼がドアを叩く。
「おい、蝦夷森! 会見すぐ始まるって話だぜ。寝てんのか?」
中からは何か物音がしているが、くぐもっていてよく分からない。
「開けても大丈夫か?」馬飼が試みにドアノブを回すと苦も無くドアが開いた。と、中からぎゃっという踏んづけられた猫のような悲鳴が聞こえて女の姿が見えた。
女はシャツを一枚来ただけの薄着の姿で、薄い潜水服のような皮の一枚着を脱ぎかけているところだった。馬飼は一瞬固まって思考停止したが、女の脱ぎかけている着ぐるみのようなものが蝦夷森の顔によく似ていたのでさらに混乱した。
「ちょっと、何勝手に開けてんのよ! 乙女の部屋に! 信じらんない!」
「えあっ、悪い、部屋間違えて……」
本当にこの部屋かよという風に見を睨みつける。合ってるはずだけどという顔で見も慌てて表札を示す。なるほど。じゃあやっぱり蝦夷森が連れ込んだ女か? ……というか、あの蝦夷森の脱皮した皮みたいなのは?
少女は皮衣のようなものからずぼっと足を引き抜く。幸いなことに、下は身軽な作業着を履いていた。
ぺらりと垂れ下がった人間の生皮のような物体を、女は突き付ける。それはたしかによく知る蝦夷森十三の顔で、近くでよく見ると合成樹脂と裏側は精巧な回路の張り巡らされた装置のようなものだった。
「プラスチック・スーツだ」と馬飼の後ろで見が感嘆した。
「そ。護身用のボディ・アーマーみたいなもん。っていうか感心してないで扉閉めなさいよ!」
男共は外に出される。呆気にとられた様子で馬飼は見に尋ねる。
「どういうことだ? 蝦夷森は着ぐるみで中身は女だったのか?」
「そういうことかな。アメリカでパワード・スーツの開発が進んでいるとは聞いてたけど、あの薄さで実用化まで進んだものは初めて見たよ。米軍かICPOの流用品かな」
今、気にするのはそこか? と馬飼が思っているとがちゃりと戸が開いて別の女が現れた。
「あかんでー、女の子の部屋、勝手に覗いたら。蝦夷森ちゃん怒らせたら怖いわ」
京都の子々々(ねこし)京だ。そういえばこいつもまだだったなと馬飼は思う。京の後ろから例の女が顔を出した。
「あんたたちまだいたの? 不躾な男ね。そっちの子ならともかく……」
「あ、ごめん僕も男子……」
頓狂な声を上げて目を剥く。「じゃあ余計問題じゃない」
「いや、こっちもお前が女なんて知らなかったから……、声も聞こえなかったし」
どうやら互いの声がいまいち届いていなかったらしい。うちの設備は防音ばっちりだからね、と見が謎のフォローを入れる。じゃあインターフォン使いなさいよ! 原始人なの? と指摘されるとそれは完全にその通りなので平謝り。そもそも男同士でも勝手に開けるのはどうなのとこれまた正論に馬飼も頭が上がらない。
「大変申し訳ありませんでした」
二人で雁首揃えて頭を垂れるとようやく蝦夷森も矛を収めた。
「ふん、まあ良いわ。会見始まるんでしょ。急ぎましょ」
「しかしあの『アングリー・ペンギンズ』のリーダーがこんなガキだとは……」
「誰がガキよ。あんたとタメなんだから敬いなさいよ」
タメなら敬う必要ないだろ、と思いつつあの北海道で荒くれ者たちをまとめあげていくのには、凶暴な大男の容姿が必要だったのかなと馬飼は想像した。見の話だともともとはパワード・スーツでもあるようだし。
「それで別居室なわけだ」
「当たり前でしょ。あんないかつい男姿で女子寮帰ったら通報よ。ここ警察だけど」
ロビーに戻るとちょうど会見が始まろうとするところだった。ニュースの生放送の文字が2Dモニターの上に踊る。葎の隣に袈裟丸がやってきていて、自然と見たちもそこに収まった。
「そういやこの間から一番合戦と連絡付かないんだよな。見君何か知ってるか?」
「知らない。最近オペレーター業務やってないからなあ。染なんか分かる?」
「最近会ったけど元気そうでしたよ? 副局長さんに呼ばれてたから、任務中なんじゃないですか?」
けろっとした顔で答える。テレビ内のざわめきがこちらにも伝わってきて、政府の代表が記者団の前に現れたことが分かった。
僅かに足を引きずるようにして、カメラの前に担当の政治家が立つ。
「誰だ?」
「呰部圷彦。防衛省長官で、実質的な政府の№2だ」
五頭が答える。司会が簡単な挨拶を済ませ会見の開始を告げると、呰部も本題に切り込んだ。
「ええ、昨日未明に起きました全世界同時多発的襲撃騒動におきましてですが、現地と公安警察の報告を受けまして、正式にテロ行為であったことが認められました」
そこまでは馬飼たちも知るところだった。当然エデンによる侵攻であることは疑いない。問題はどこまでを世間に発表するか。その上で政府はどう対処する方針なのかである。
「……テロ組織の詳細については、以前調査中であります。現時点で確認が取れているのは、今回の犯行が、かねてより調査されておりました最新型人間兵器によるものであるということです」
議場がざわつく。「東京でも目撃のあった、人体改造兵器のことでしょうか?」
質問は後程、と司会が割って入ろうとするが、呰部が制止を加える。
「ご指摘の通り、今年4月の東京都心、8月の遊泳施設襲撃で多数の目撃情報がありました人間兵器と同種のものであると考えられます。人体に手術を施し、戦術級の兵器に改造するものであると報告を受けています。こちらは専門家たちの間では『狂花帯』兵器と呼ばれ、出所は不明ですが、核に変わる次世代兵器群として国際的に警戒されているものです。実のところ我が国でも密かにこの技術は研究され、試験的に警察組織内に導入されておりました」
狂花帯の情報を解禁したか……。だがエデンの情報をぼかすのはどういうわけだろう? 狂花帯手術はエデンと伏魔殿以外で行われていないはずではないのか?
隊員たちの疑問を他所に、呰部は続ける。
「こうした『狂花帯』兵器を用いたテロ攻撃が世界的に展開している事情を鑑み、わが国でも『狂花帯』兵器を中心とした有人部隊を国有軍として組織することを発表いたします」
やはり、伏魔殿の軍部統合か。展開を予測していた者たちが唸る中、呰部は微かに口の端を歪めて宣言した。「部隊の名は“Extra Defense & Engagement Network”、“E.D.E.N”。彼らを正式な我が国の軍隊として登録いたしました」
一同が絶句するとともに葎が立ち上がる。「やられた!」
「エデンを国家公認の軍隊に⁉」
見も驚愕の表情を浮かべ、煙草森が爪を噛む。「その手があったか……。あっちが正式な軍隊になってしまえば、伏魔殿が手を出すことは不可能。下手をすれば内乱罪に問われかねない」
「待ってくれよ! どういうことなんだ? あの呰部って大臣はエデンの手先なのか? もしかすりゃあいつが『枢機卿』?」
「そこまでは判断できない。あの大臣はただ陸軍と内閣の決定を代表として発表しているだけだ。裏で手を回したのは別の人物かもしれない。判断材料が少なすぎる。が……」
「今後は捜査すら封じられる可能性があるわ。これまでの報告も握りつぶされてるかも」
「んな……」馬飼は口を上下させる。「そんなのすぐにバレることだろ。エデンの連中の犯行証拠なんていくらでも残ってるんだし、あいつらがテロを仕掛けた犯人だって世間に公表すりゃいい。いくら相手が政府でも、公安を頭から丸め込むだけの権力はないだろ?」
「いえ、それがその証拠が残ってないのよ。今『E.D.E.N』に所属しているメンバーとこれまでのエデンの活動を紐づける記録はない」葎が表情を険しくした。
「なんで……」馬飼がはっと気づく。「本部侵攻……」
「ええ。先の本部襲撃によって資料の大半が焼け落ちたわ。メインコンピュータに保存された情報も機体ごと破壊された。もちろんクローズドなネットワークにバックアップはされていたけれど、それもここ2、3ヶ月の支局襲撃や拉致されたオペレーター隊員を介したハッキングによって削られている。……それに軍が『E.D.E.N』構成員の情報を完全に機密扱いにした場合、こちらの情報と突き合わせて証明することができないわ」
じゃあどうすりゃ良いんだよ、と馬飼が叫びかけた時、液晶の向こう呰部の両脇に二つの物体が落下した。
隊員たちが再び画面に見入ると同時、ガスマスクをかぶった人物が呰部の頭上からひらりと降下した。刹那、両脇に落ちた榴弾から大量の白い煙が吐き出される。催涙ガスだ。会場がパニックに覆われる中、SPが駆けつける。が、煙の中発砲するわけにはいかない。
「何だ⁉」
葎たちも画面の外で予想外の展開を見守る。
「エデンの自演……? 他国の工作員にしては……。……あるいは……」
数十秒の混乱の後、視界が晴れる。煙が消えた頃には、呰部副総裁は忽然と姿を消していた。




