第10話 侵略
街は火の海に包まれていた。夜の底が明るく緋く染まって建物の影を長くしている。
洋風建築の屋根に降り立ち御黒は見下ろす。住民の避難は進んでいるようだがかなり混乱が見られる。戦闘の銃声は激しいが大半は軍の機械兵のようだ。攻撃を仕掛けたのはどこかの紛争組織かテロリストか。
危険察知の能力の高い御黒の眠りを妨げたのは、ノーザンテリトリー北部に属する街、ダーウィンへの襲撃だった。基地からかなり離れた地区であったが、大規模な戦闘の気配を感じ取って御黒は目を覚ました。
それにしても軍兵の数に比べて敵影が少ない。今の時代大半は機械が戦闘を担当するものだが、それらしい敵の姿は全くと言っていいほど見当たらなかった。それでも戦闘が収まっていないということは少数の人間でこれだけの軍隊に対抗しているということだ。
となると、エデンか。それも強化人間の雑兵ではなく、上澄みの贋作者だ。ひょっとすると『12人』さえいるかもしれない。ウルルの基地を目指しているわけではなさそうだが……。
ひとまず御黒は炎を鎮火させた。瞬時に夜が凍り付き、街に霜が降りる。面倒なので軍隊もまとめて氷漬けにして敵を炙り出す。
事態の急変にうろたえたエデン兵たちが顔を出した。一人ずつ遠隔で氷結させていく。
夜気を震わせる咆哮を上げて、巨大な複数の頭を持つ蛇が建物を崩壊させながら現れた。1kmほど離れたところで、別の隊と戦っている。浴びせられる砲撃をものともせず、戦車を口に咥え嚙み砕き次々と相対する者を蹂躙していく。御黒はため息混じりに狙いを定め、遠方から大蛇を発火させた。皮膚が溶けるほどの高温に飲まれ大蛇はのたうち回る。周囲の建物を氷で覆い熱と衝撃から守る。
「あまり邪魔しないでもらえるかなあ」
ふと眼下の暗がりから声がかかる。現れたのは灰色に紫の入った髪の少年で、両手を上着のポケットに突っ込んだままこちらを見上げている。
「まさか君に出くわすとは思わなかったんだけどね。№2」
「俺を知ってるのか」
「知らない人はいないよ」
とは言い状、エデンで自分の情報を与えられている人間はある程度上の層だろう。と思いつつ御黒は少年を見下ろす。それ以前に、そんな推測をするまでもなく……。
「お前、強いな」
「分かる? 君ほどではないけどね」
少年は肩をすくめてみせる。普通実力のある人間ほど存在感や威圧感が大きく、肌にそれを感じられるものだが、この少年はそれを意図的に隠す技術が見て取れた。優れた観察眼が無ければ見抜けない。潜入に適した能力だ。それに御黒闇彦という存在を知っていながら物怖じする様子もない。身の程知らずの馬鹿か、それとも……。
「お前らエデンだろ。こんな所で何してる? 当座日本にしか用が無いと思ってたが」
「なに、君が気にするような大事じゃないよ。映画の撮影って言ったら信じてくれるかな?」
「カメラがあればな」
詰まらなそうに御黒が答える。温度差で圧力を起こし、氷結させていた敵兵を粉砕する。「脚本は陳腐だが」
少年がやれやれと言う風に首を振る。
「君こそここで何してるんだい? 南極からわざわざ出向いたとは思えないから、偶然プライベートに遭遇しちゃったか。運が無いな。旅行? それとも悪だくみ? もしかして友達でもいるとか……」
少年の体が業火に包まれる。瞬時にして発火能力が発動し御黒が口を塞いだ。「よく喋るやつだ。俺は神経の鋭い人間でな。耳元で五月蠅い蠅がいたから潰しに来ただけだ」
不意に高笑いが響く。炎に顔を焼かれながら、全く意に介した様子なく、少年が哄笑を流していた。
「悪かったね。これ以上部下を殺されてもかなわない。ここは素直に退くことにするよ」
少年は炎を身に纏ったまま、笑いを残して悠然と去って行った。
「……気味の悪いやつだ」
御黒は低く呟いた。
エデンによる国家襲撃のニュースは、翌朝雪たちにも伝わった。問題は、その矛先が向かった国が一か所ではなかったことである。
液晶に流れるニュースを前にして、雪は唖然とした。上空からヘリの撮影した映像の中に、独り佇む少女の姿が混じっている。
「雨乞……」
ニュースはなおも報道を続けている。
「……先日未明、フランス、ソ連を含む国連常任理事国4か国が襲撃を受け……」
〇
国連安保理理事国襲撃の報は、伏魔殿も騒がせていた。
宙に浮かんだスクリーンを前に次々と切り替わる映像を睨みながら、幣原新局長たちは顔を暗くした。現在の国連安全保障理事会の常任理事国は六カ国、ギリシア、ソヴィエト第二連邦、オーストラリア、南アフリカ、ゲルマン共和国、そして日本……。三次大戦を経て様変わりした世界情勢を反映した面々であったが、日本を除く五カ国のことごとくが襲撃を受け壊滅していた。
スクリーンには、正体不明の感染病により死に絶えたケープタウンの街路や巨大なクレーターの刻まれたソヴィエトの大地、折れたエッフェル塔、中途で切断されたビッグベンなど、非常任理事国を含む主要都市の荒廃した様子が映し出されている。致命的な被害を免れたのはオーストラリアのみで、そこでは早期にテロの陣営が撤退したと報道されていた。
もちろんニュースで流れる以上の情報も伏魔殿には届いている。その中には空撮された左衛門三郎捌光や雨乞烏合などの姿があった。いずれも敵対する軍隊を殲滅し、一晩にして街を廃墟に塗り替えていた。
エデンによる主要先進国の侵攻。気がかりなのはいずれも防衛部隊を撃退したところで引き上げていることだ。目的の分からないただの破壊なのである。だが、何らかの狙いがあることは確かだった。
「このタイミングでの侵攻……。伏魔殿はもう眼中にないいうことですか。本部を壊滅させ、次の標的を海外に変えた。本性現わしてきよりましたね。世界征服でもするつもりやろか」
「ありえますね……。今のエデンならば絵空事ではない。もともとそれくらいの軍事力はあったのです。昼神イヴを失い御黒闇彦という抑止力が表から消えた現在、いよいよエデンを止める者はいなくなったということでしょうか」
その御黒がキャンベラへの侵攻を食い止めたという報告は上がっていたが、とはいえ、おそらく御黒は身辺の火の粉を払っただけ。エデンを潰しに動くことはないように見えた。
そのまま全部倒してくれたら楽なんやけどなあ、と木葉下がぼやく。エデンの目的は不明だが、何らかの動きはありそうに思えた。御黒の動きを警戒して再び沈黙する可能性もあったが、「とりあえず雪くんは呼び戻しとこか。次男、連絡入れて」
「いえ、それは待ってください」
幣原が制止を入れる。意外そうな顔をする木葉下に説明を加える。「昨夜の襲撃を経て、オセアニアの空海域には警戒網が敷かれています。真白君は正式な外交ルートをとって帰国させる。でないと要らぬ誤解を招きかねませんからね」
襲撃に使われたのが狂花帯能力だったことを鑑みれば、雪が密かに大陸へ潜伏していたという情報は疑いの種を撒きかねない。ただでさえ日本だけが昨夜の侵攻の対象を免れているのだ。




