第8話 闖入
新本部の一教室は各部隊員の少年たちで賑わっていた。クロスを敷いた机の上に飲み物やこまごまとした食べ物が並べられ、各々が自由に立ち回り歓談している。ちょっとしたパーティーのような様相だった。
「なんだ、これは?」
ドア枠に腕を掛けながら蝦夷森が尋ねた。腕の下をくぐって教室に踏み入った馬飼が答える。
「班別交流会だよ。部隊の数が増えたから、定期的に開催してんだ。お前、来るの初めてか?」
「新参なものでな。そういうものがあるとは知らなかった」
今日は初めから普通の話し方である。この間のあれは何だったのかと思いながら馬飼は中へ入った。
使い捨てのプラスチック容器をとってペットボトルのコーラを注ぐ。あんたコーラで良いかと聞くと俺は炭酸は飲まないと蝦夷森が答えた。
「しかしこういう機会があるのは良いことだな。これほどの大所帯だ。部隊間の連携と一体感の共有のために、顔を合わせる場面は多い方が良い」
「実際そういう目的で開いてるだろうしな。後は隊員たちのガス抜きか……。発案も見君と葎先生だしな」
緑茶の容器を渡してやりながらあたりを見ると、五頭と煙草森の姿があった。向こうもこちらに気付いて歩いてくる。
「珍しく来てたか。お前らこのところしょっちゅう一緒にいるな」
「そうでもない」
「『牛頭馬頭』に言われたくないし」
煙草森はそう言うが、最近は五頭も馬飼も別行動が多く前よりつるんでいる時間は少ない。『牛頭馬頭』のコンビは伏魔殿でも屈指のものだが、互いに統率力と戦闘能力が高い分、それぞれに部隊を任されやすかった。もともと二人が率いていた悪童隊も大半が死亡・離脱したことでなかなか結集できていない。それぞれのメンバーが力をつけて、分隊長を担うようになってきたというのも大きい。
蝦夷森麾下の『アングリー・ペンギンズ』が合流したとはいえ、本部防衛戦でかなりの人手を失った伏魔殿は、以前に比べ量より質の体制に移行しつつある。贋作化手術を受けて狂花帯を与えられる隊員の割合が飛躍的に高まっていた。
五頭と煙草森が蝦夷森と挨拶を交わしているうちに、馬飼は参加者の名簿を見た。教室にやってきたメンバーが、液晶に部隊名と名前を書き込んでいる。伊達政と羆たちは欠席のようだ。蝦夷森の他に新顔はと名簿を除いていくと、知らない顔の女がこちらに近づいて来た。フェイクファーのついたパーカーを着てフードを軽く頭に掛けている。
「やあやあ、君らが牛頭馬頭君?」
「? あんた誰だ」
女はフードを下ろした。ポニーテールにしたグレーの髪が背中に垂れる。「僕は井伏 伏。幣原代理の身辺警護をやってるんだ。君たちの噂はよく聞いてたよ。派出所勤務の時からね」
「お巡りか……」と蝦夷森が口を挟むと、君らもねと伏は微笑んだ。だが、交番勤務の巡査から公安部長の護衛に抜擢されるとは異色の人材だ。それを言えば一介の不良にすぎなかった自分たちが伏魔殿入りしているのも相当異例だが。馬飼の名簿表に顔を向けた五頭が、訝し気に指摘した。
「この第13中隊というのは新設の部隊か? 中隊は12までしかないはずだろう」
五頭は見慣れぬ部隊名を指さした。隊員には昼神イヴと記されていた。
〇
風を切り走る幾本の刃が、羆の前で抵抗を受け止まる。眼目伊達政と、全身に包帯を巻きつけた男が共に刃を受け止めていた。
「っ……、お前ら……」
「選手交代ということで」眼目がちらりと歯を覗かせる。
包帯の一撃と共に刃を弾き伊達政が攻め込む。
「あらあら、だいぶやられてるやん」
背後に立つ声に羆は息を付きながら振り返る。「子々々(ねこし)……」
「素人の女の子相手に随分、手こずるやん。そんなんやとまたエデン(うちら)に敗けんで?」
元エデンの京がからからと笑う。目前では伊達政と袈裟丸が斬り結んでいる。剣戟が飛び交い空中で火花を散らす。
「お見受けしたところ、あなたの能力は他人の血を吸うことで身体強化するもののようですな、染殿。血の刃を作り出すだけではない……。細胞を自在に増加させる、雪殿の能力の贋作で間違いない。本部の実験室から血を盗んでは飲んでいたという副局長の読みは明察でしたか。大した癖をお持ちですね」
「好きな人と一つになりたいって思うの、普通のことじゃないですか?」
頬を上気させながら、刃と共に袈裟丸が問い返す。「お兄ちゃんの一部が私の中に溶け込んで一体になる。ついにはその細胞さえこの身に宿した。私とお兄ちゃんの間を引き裂こうとする奴は、全員、皆殺しです」
「原因を作ってるのは、あなたでしょうに!」伊達政の足が血の泥濘に踏み込む、刹那、足の甲を鋭い痛みが襲った。
足元を窺う。血だまりから刃が突き出ている。隙を見せた伊達政に袈裟丸が斬りかかる。
ぴたりとその刃が止まる。子々々京の視線が袈裟丸を射抜いていた。
「『聖者の行進』。不安を煽る能力や。嫌な気配がしてそれ以上近づけんやろ」
生暖かい風が袈裟丸を包む。
「知っとる? 義妹ちゃん。動物の中には自分より圧倒的に強い捕食者に出会った時、強いストレスで自傷行為に走る奴がおんのや。死ぬことへの不安と恐怖が生む錯乱。自分を攻撃することで捕食者からの攻撃を免れられるとか思とるんかな」
ボタンを外したシャツの口から覗く首筋をさする。「どんな気持ちなんやろ。教えてくれへん? 義妹ちゃん」
血の刃が袈裟丸の首筋に突き立つ。頸を掻き切って、命の泉が滝のように吹き出る。
京がほくそ笑む。が、その笑みは眼前に形成された巨大な血の矢を前に失せた。
袈裟丸の能力の本質は血液の操作ではなく、血液の生産にある。雪の体細胞器官が自在に細胞を増殖させる器官であったように、袈裟丸は血液に特化した増殖能力を持っていた。
すなわち、染袈裟丸にとって、切り傷はダメージたり得ない。
「子々々京! こやつは生存本能を覆いつくすほどの狩猟本能の持ち主! 不安に訴えかける貴様の能力では抑え込めんぞ!」
羆の忠告が伝わると同時に、巨矢が放たれる。子々々を庇うようにして包帯の隊員が矢を受けて倒れる。
伊達政が掛け声とともに刀を振りかぶる。呼応するように部隊の一団が一斉に袈裟丸へ突撃を仕掛ける。千切れた敵の脚から血を飲み干していた袈裟丸は、肉塊を放り投げ自身の血の羽を一点に集めた。
掌大の血の球体が形成され、圧縮された血液が中心に向かってうねる。
瞬間、崩壊した血球が無数の鋼太な血の棘となって、全方位を破壊した。
コンクリのビルは崩れアスファルトの地面に穴が開き、近づいた周囲の者は皆その槍に穿たれた。血の棘に腿を裂かれつつ、地面に転がされた伊達政は目の前の光景に驚愕した。
「……っ、撤退だ‼ 動ける者は息のある仲間を回収して撤退!」
羆が発煙弾を投げ目くらましの煙を流す。加えて京の『聖者の行進』でわずかながらの時間稼ぎをする。袈裟丸はわずかに足を止めたが、すぐに抑止の感情を打ち払い、血の鎌で煙を薙ぎ払った。逃げ足の速い部隊員たちは既に生存者を抱えて遠くの陰に消えるところだった。
だが、負傷兵を連れての逃走。追いつけない距離ではない。殿は深手を負った包帯の兵。殺れる。袈裟丸は猛然と走り出しその背中に斬りかかった。
包帯の男が機敏に振り返り拳を突き立てる。袈裟丸の胴にめり込んだ打撃が圧力とともにその体を押し出す。
対角の壁際まで袈裟丸は吹き飛ばされた。ぶつかったビルの壁が衝撃にへこむ。他人の血を吐き出す。
「真っ先に負傷した人間を狙うたぁ、兵士の風上にも置けねえなぁ」
顔に巻いた包帯を解きながら、少年が言う。その顔は本部防衛戦で負った火傷に覆われている。袈裟丸は見覚えのある悪童隊の顔を見て呟く。「一番合戦さん……。エデンにやられた焼け跡が、痛ましいですね。そっちの肩の負傷は演技ですか」
「お前みてえな汚えやつには丁度いいと思ってな、隙を作っての不意打ちが。……効くだろ? 俺の拳。3号(重力)系の技だ。お前の殺した柤岡 兎ともよく訓練したよ」
血の翼が溶ける。袈裟丸は周囲に倒れている死体に目をやった。
「吸い取った他の奴らの血も吐いたか。補給の隙は与えねえ、兎の仇とらせてもらうぜ‼」
一番合戦が猛然と襲い掛かる。拳が袈裟丸の瞳に吸い込まれそうに、刹那、空から斬撃にも似た衝突が落下して一番合戦を踏みつぶした。罅割れとともに地面に突き刺さりながら一番合戦が血を吐く。背中にはぱっくりと穴が開き肋骨ごと心臓が切断されている。
虫の息を吐き出しながら一番合戦は背中を見上げる。自身にのしかかった影はこちらを見向きもせず立ち上がっていた。
「やあ、やっと見つけた……。まったく手を煩わせるね、君ら兄妹は……」
土屑を払うように手を払う少年に、一番合戦は喉から声を絞り出して唸る。「てめえ
っ、は……‼」
「祁答院、伊舎那……」
目を張る袈裟丸に、「12人の怒れる男」第6の少年は呼びかけた。
「探したよ、染袈裟丸ちゃん。君を迎えに来た」
〇
「たしかに、そんな部隊は知らねえな」
液晶画面を覗き込んだ五頭が言った。
「! 待って、この名前……」
煙草森が隣で声を上げたと同時に、スピーカーにノイズが走るような緊張感が教室の全員を戦慄かせた。
違和感の発生源は教壇にある。全員の視線が否応なく一斉にその場所へ集中した。恐らく先ほどまで誰もいなかったであろうその場所に、唐突に大きな気配が立ち上がっていた。
「初めましてと言うべきか、言わざるべきか、人の子の少年少女たち」
五頭たちと同じ制服を着た少女が一人、教卓の上に座りこちらを睥睨している。その髪は虹のように七色で、瞳は山羊のように横へ瞳孔を伸ばしている。見たことも聞いたこともない声と貌。にもかかわらずどこか懐かしく馴染さえ感じるその声音で、彼女は告知した。
「汝はこの世界の神にして『12人の怒れる男』第1号・昼神イヴ。君たちを慈しみに来た」




