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26、筋トレ、ムキムキマッチョマン

 私は今とてつもなく緊張している。こんなに緊張したのはかつてないくらいだ。

 先ほどから何度となく繰り返した深呼吸をもう一度行う。すってはいて。緊張はいまいち解れない。

 チラリと私の斜め後ろに立たずむコレットに視線を向けると、グッと拳を握って頷いてくれた。その笑顔は頑張れと言っているに違いない。

 このままいつまでも扉の前で二の足を踏んでいても何も解決はしない。思い切って目の前のドアをノックした。

 気合を入れすぎて、思っていたよりも大きな音が出てしまって慌ててしまうが、今更取り消せない。


「入りなさい」


 部屋の中から冷静な声が返ってきて、再び緊張がぶり返してきた。

 瞳を閉じてゆっくりと息を吐いて、再び瞳を開けた。


「失礼します」


 強張る手で扉を開ける。かすかにコーヒーの香りがした。

 部屋に入った瞬間に出迎えるのは、デスクに座るお父さまの視線。それはそうだ、ここはお父さまの執務室なのだから。

 お父さまに手招かれるままに、デスクの前に置かれたソファへと座る。


「どうしたんだいブランシュ、だいぶん怖い顔をしているようだけど」


 どうやら知らぬうちに顔が強張っていたようだ。ムニムニと頬をつまみ上げ解してみる。


「っで、ブランシュ。何か用事があったんじゃないのかい?」


 あ、そうだった。緊張のあまり忘れてしまっていた。今日は大事なことをお願いするためにここまで来たのだった。


「お父さま……」


 ジッとお父さまを見つめると、手にしていた万年筆を置き私の話を聞いてくれる体制に入る。

 ここまで来て言わない、なんて選択肢はもうできない。先送りも出来ない。ダメだと言われるかもしれない。それでも今ここで言わないと、絶対に後で後悔する。

 私は意を決して口を開いた。


「お、お父さま! 私、魔術学院ソルシエールに通いたい、でふ!」


 緊張のあまり噛んでしまった。恥ずかしさのあまり顔を上げられずにいると、柔らかい声が聞こえてきた。


「いいよ」

「え?」

「ソルシエールに通いたいのだろう? いいよ」

「い、いいのですか?」


 まさかそんなに簡単に了承が得られると思っていなかった私は思わず聞き返す。


「うん、ブランシュが考えて出した答えなんだろ? なら行きなさい。私たちは全力でサポートするよ」

「お父さま……」

「お嬢様――! 良かったですね、おめでとうございます!」


 扉を開ける大きな音と共に現れたのはコレット。なぜか泣いており、顔はぐちゃぐちゃだ。扉の前で待機しているように言ったのだけど、あの様子では聞き耳を立てていたようだ。


「コレット、もうちょっと外に居てね」

「はい、すみません」


 お父さまに(たしな)められたコレットは大人しく部屋を出て行った。しょんぼりと肩を落として退室する姿に苦笑する。

 こうして部屋にはまた私と、お父さまの二人きりになった。しかし先ほどまでの緊張は既になくなっていた。コレットのお陰かもしれない。


「ブランシュ」

「はい」

「バロワンさんとの魔法の講義で何を感じたんのだろう。それが何かまでは聞かないよ。私はそこまで野暮ではないからね。やりたいことが見つかったのならいいことだ。正直心配していたんだ、体が弱いせいで何も夢中になれないお前のことが。ブランシュ、お前はこんな田舎で燻っていいような人間じゃないと思っている。王都に行っていろんなものを見て触れてくるといいよ。そうすることで、きっとお前の世界が開けるさ」

「お父さま」

「しっかり学んできなさい」

「はい!」


 思わず溢れてきそうな涙をこらえて、私はお礼を言うと執務室から出る。部屋の外ではコレットが感極まって泣いていた。



 ◆



 執務室を出た私は正直申し訳なくなった。お父さまの優しい言葉につい目頭が熱くなってしまったけれど、実際の所私に感動する資格なんてものはないだろう。

 お父さまは何かいい感じ勘違いしていたみたいだけれど。私が、魔術学院ソルシエールに行きたい理由は障壁魔法を覚えて快適な生活を送りたいただそれだけだ。

 そんな不順な理由なんてお父さまには言える訳もない。

 師匠が教えてくれれば何の問題もなかったのに。師匠が我が家にいた三カ月間のうちに私がやったことと言えば、筋力トレーニング、柔軟運動、走り込み、以上それだけ。

 いや、あと食事改善とか早寝早起きをするようにも徹底させられたっけ。

 どちらにせよ、魔法に関することは何一つ教えてもらってなどいない。

 いい加減何か教えてほしいと頼んでも、「俺より詳しい奴いるからソルシエールに行け」しか言わなかった。

 ソルシエールに受けるにしても、入学試験があるのだからある程度魔法を勉強しないとならないと思うのだけど……。


 学院に入学するのは十三歳になる年。今は十一歳なのであとちょうど一年ある。それまでに家庭教師でもつけてもらって座学の勉強しとけと師匠は言っていた。

 その件については既に師匠の方からお父さまに話を話しをしたようで、家庭教師の先生は既に決まっている。とはいっても今までマクシムお兄さまを教えていた先生が私に着くので早く話がまとまったのだ。

 マクシムお兄さまは既に王都に行っており、つい先日サージュ学園の試験に受かったとの手紙が届いた。

 あの難関のサージュ学園に一発合格なんて、やっぱりマクシムお兄さまはすごいな……。

 そんなお兄さまを教えていた先生の授業に私はついて行けるのか心配だけど、志望する学校が違うことは先に伝えてあるので多分大丈夫だろう。

 あと一応私も貴族の端くれなので、座学にくわえて貴族の子女のマナーも習うことになった。そちらの先生もお母さまのお知り合いで何度か会ったことのある方なので、大丈夫だろう。

 問題は魔法だ。魔術の学校を受ける訳なのだから、それが一番重要なのだけど、師匠にはソルシエールに入るまでは俺以外には教わるなと散々言われた。

 それなのにすでに師匠は王都に戻ったためにもう教えを乞うことは出来ない。

 試験までの間、私に出された課題は筋力トレーニング、柔軟運動、走り込み、以上。ようは今までと変わらない。

 師匠の言いつけを破って他の人に教えてもらうって案も考えたのだけど、バレてしまった時がめんどくさいので大人しく言いつけを守ることにしよう。

 ああ、一年後の私がリシャール叔父さまみたいな筋肉質になっていたらどうしよう。

これにて一章終わりです。次回からは学園編になります。

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