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【幕間】ある日の宮廷魔術師たちの会話

 王宮の敷地内の一角に古めかしい館がある。通称魔術館と呼ばれており、宮廷魔術師専用の建物だ。宮廷魔術師以外のものは、たとえ王族であっても無断で立ち入ることは禁じられている。

 魔術を極めた魔術師たちの研究の成果をおいそれと外に持ち出されないようにするためというのが建前だ。

 確かに秘匿するような重要な魔術のレポートなどもある。だがそれらは厳重に保管されているし、簡単に読み解けないような隠匿の魔術もかけられているので、盗難はそれほど心配されてはいない。

 それよりも危ぶまれているのは、素人が知らずに触れると危険な魔導具などがあちらこちらにゴロゴロ転がっている事態の方だ。

 一部の宮廷魔術師が、作るだけ作っては満足してその辺りに放置しているのだ。宮廷魔術師副団長が何度も注意してはいるが、いっこうにその癖は治ることはない。

 団長ではなくなぜ副団長かというと、団長もまた同じようにあちこちに魔導具や魔術書などを放置しておく悪癖があるからだ。団長に限らず、副団長以外は大体そう言った悪癖の持ち主ばかりなのだけど。

 その魔術館の一室にダヴィドはいた。オトテール領にいた頃のようなラフな服装とは違い、だらしなさは感じられない服装でまとめている。上着の上には、この国ヴェリテヴィオー王国の紋章である(かく)(りゅう)が描かれているローブを纏っている。

 このローブは宮廷魔術師の制服のようなものだ。常に着用しなければならないという義務はないが、このローブを着ることによって、内外に宮廷魔術師であることを示すことが出来る。

 宮廷魔術師であるということは、それだけで素晴らしく名誉なことではある。だがそんな見栄のためだけに皆が自ら好んでローブを身に着けているわけではない (中には見えだけのためのものもいるが)。

 宮廷魔術師とはヴェリテヴィオー王国最高峰の魔術師であるということだ。よって、宮廷魔術師たちには様々な恩恵が与えられている。

 例えば、国の管理下にある施設 (王立図書館など)を無料で利用できたり、爵位を授かることが出来たりする。

 授かる爵位は一律一番下の男爵なので元々爵位を持っていた者には大したことではないだろう。だが宮廷魔術師になった者にはすべて、貴族以外にも与えられるので平民の魔術師たちは何としてでも宮廷魔術師になりたいと望むものだ。

 あとは国内の貴族は宮廷魔術師への援助を推奨している。彼が仕事で王都外へ赴く際には、宿や食事、必需品などを提供をするよう国王から指示が出ている。

 勿論義務ではなく推奨なので断ることも可能だが、たいていの貴族たちは断ることなどない。何故なら宮廷魔術師に助力したという事実が貴族たちにとって重要だからだ。

 宮廷魔術師は国の財産。よって彼らを手助けすることは、お国の為に働くということだ。貴族とは存外見え張りなので、断るものは少ない。

 とはいってもいいことばかりという訳ではもちろんない。宮廷魔術になれば、面倒な厄介事も当然転がり込んでくる。

 領内の魔物や盗賊の退治、魔法を使っての大規模工事などの依頼などはいい方だ。

 実際、それらはもともと宮廷魔術師の仕事にも入る分野ではあるのだが、本来であれば一度国に申請してからスケージュールなどの折り合いを見て、どこの部署へ仕事を回すか決め、宮廷魔術師団へと正式に依頼が届く。そしてそこからまた、どの魔術師を派遣するか選考される。

 その間早くて数週間。長くて半年以上。領地を預かる領主としてはいち早く宮廷魔術師に来てもらって何とかしてもらいたいところだ。

 なのでそんな面倒な手続きをパスするために、直接宮廷魔術師に依頼するものが後を絶たない。

 それは違法ではないのか、というとそんなことはない。宮廷魔術師自身が依頼を受ける気になり、その旨を宮廷魔術師団に伝え団長から許可が下りたなら何の問題もない。

 すぐに、という訳にはさすがにいかないが、団長からの返事は遅くても一週間以内には届くのでこちらの方がずっと早いのだ。

 なかには連休中であろうと常にローブを羽織り宮廷魔術師の恩恵を堂々と享受だけして、依頼をことごとく蹴る、なんて厚かましいものもいたりはするが、あくまで直接の依頼を受けるかは本人の厚意によるものである。団から出される任務さえこなしていれば何問題もない。

 面倒なものでは政敵の呪殺や、錬金術を悪用しての貨幣偽装など。とはいえ、これらは完全にただの犯罪行為なので国に報告して処罰してもらうだけだ。

 どっちにしろ面倒事の嫌いなダヴィドは勤務外でローブを着用することはあまりない。



 ダヴィドの向かいには同じローブを身にまとった男性がいた。若緑の髪に、マゼンタ色の瞳。整った顔立ちだが、きつめの印象を与える釣り目は、眼鏡で多少緩和されている。ダヴィドより少し、身長は低めだ。歳は三十前といったところだろう。

 彼の名前はヴィヴィアン・ユリリエスト。宮廷魔術師団の副団長であり、ダヴィドが『くそメガネ』と呼ぶ人物だ。


「っで、謹慎中にもかかわらずどこに行っていたんだ? また遊びまわっていたのか? 苦情は全てこちらに来るのだいい加減にしろ」


 ヴィヴィアンは正面に立つ男をギロリと睨みつける。

 ダヴィドは数日前まで任務中にやらかして三か月もの謹慎処分を受けていた。その間、彼はオトテール領で過ごしていたのだ。

 よってダヴィドがここ魔術館を訪れるのも、宮廷魔術師専用のローブを身に着けるのも三カ月ぶりのこととなる。


「たかが、屋敷を壊しただけだろ。依頼人も許してくれたし、お前もいつまでもウジウジいうなよ。女々しいぞ?」

「どこがたかがだ! 領主の屋敷三棟を全壊して、さらに果実畑までめちゃくちゃにしておいてよくそんな軽口叩けたものだ。修繕費の見積もりを出した総務課が顔を真っ青にしていたぞ」


 苛立ちを隠しもしないヴィヴィアンにダヴィドは、軽薄な笑顔を浮かべている。


「第一、屋敷を壊されたローレモ男爵が何も言ってこないのは、団長がとりなしてくれたおかげだ。後で礼を言っておくんだな」

「あのばーさんのことだ。どーせ金でもばらまくか権力ちらつかせて黙らせたんだろ」

「お前!」

「いやいやでもよぉ、あれだけワイバーンの数であの程度の被害で済んだんだぜ。感謝こそされても、俺様が文句言われる筋合いなくないか?」


 三か月前のダヴィドに与えられた任務は、ローレモ領にいついたワイバーンの群れの討伐だった。

 ワイバーンはドラゴンに似た魔物である。ドラゴンとの違いは、前足が翼になっているところと、群れで行動するところだ。

 ワイバーンはドラゴンよりも力では劣る。しかし、人間にとっては恐れるべき魔物であることに変わりはない。

 王都の南東に位置するローレモ領にワイバーンが住み着いたのは二年ほど前のことだった。当時は三頭しかいなかったため、領主は冒険者に依頼を出した。

 三頭程度なら腕利きの冒険者を数人揃えれば問題なく討伐できたはずだった。

 しかし運が悪いことに当時ローレモ領には腕利きの冒険者はほとんどいなかった。しかもローレモ領は高い山と海に囲まれた土地で中々よそから冒険者が来ることは少ない。

 山中は魔物が多数おり、山越えするのも難しい。そのうえ、時期が悪くローレモ領を嵐が襲ったために海路は全滅だった。

 そんな理由もあり、ようやく冒険者の数が揃ったころにはワイバーンの数は十頭近くに増えていたのだ。

 増えたのがその場で生まれた子だけならまだ倒せたかもしれない。しかしよそから移住してきたワイバーンも複数おり、冒険者だけでは太刀打ちできなくなっていた。

 そうなるともう頼れるのはもう王国騎士団か王宮魔術師しかいない。

 そんなこんなで派遣されてきたのがダヴィドだった。

 二年もの歳月の間にワイバーンは三十匹近くなっていたが、ダヴィド害虫駆除でもするかのようにバタバタとワイバーンを倒していった。

 しかし彼は少々力任せな所があるので、基本周りに気を配るなんて殊勝なことはしない。赴くままに魔法を使い、全力でワイバーンを全滅させた。

 そして戦場となったローレモ領は甚大な被害を被ったのだ。

 領主が早々に領民たちは避難させていたので、人的被害がなかったのが唯一の救いだろう。

 確かにワイバーンは全滅させた。だが功績だけで目を潰れるほどに被害は少なくはなかったのだ。

 と、いう理由でダヴィドは三か月の謹慎処分を言い渡された。傍若無人を絵にかいたような人間なので、本人は全く反省も後悔もしていないのだけれど。


「そんなことより、面白いやつ見つけたぞ」


 謹慎前と何も変わらないダヴィドの態度にヴィヴィアンは眉間に皺を寄せ、彼をきつく睨みつける。しかし何も言うことはなかった。何を言っても無駄だと諦めているからだ。


「カロリーヌ姉さんの姪っ子なんだけど、魔術を教えてくれって頼まれていってよぉ。ただの貧弱なガキ科と思ったら、とんでもねぇのに憑かれてやがんの」


 高揚感を隠さぬままに楽しそうに話すダヴィドにヴィヴィアンは深いため息をついた。


「お前の知り合いは変わりものばかりだ。バルテルミー夫人といい、例の精霊術師(エレメンタリスト)といい。なんだ、ゴーストにでも憑りつかれていたか?」

「アーサーはともかく、カロリーヌ姉さんは変わりもんじゃねーだろ」

「そうだな、確かに宮廷魔術師の試験受かったというのに蹴る人間以上に変なのは早々にいないな」

「それは言ってやるなよ。あいつにも色々あんのよ」


 自身の友人の顔を思い出して苦笑するダヴィドに、ヴィヴィアンは視線で続きを促す。


「普段は貧弱なただの普通などこにでもいる平凡なガキなんだけど、ぶっ倒れて意識失うと覚醒したように宮廷魔術師、とまではいかないまでも素人のガキが使えないような高等魔法をバンバン使いやがんだよ」

「清福なる(ジョワイユ)か?」

「おそらくな。……だから俺様はあいつに憑いてるのはてっきり精霊なんだと思ってたんだけどな……。どうやら違うみてーなんだわ。複数の属性の魔法使うし、精霊が入れ替わっているにしては早い」


 ダヴィドの話を受け、ヴィヴィアンは腕を組みしばらく考えた後、重々しく口を開いた。


「……まさか、聖女ブランディーヌの生まれ変わりとでも?」

「ああ、その可能性が一番ありえる」

「いや、ないな」

「はぁー? なんでだよ!」


 間髪入れずに否定したヴィヴィアンに、ダヴィドは食って掛かる。勢いよく身を乗り出し、二人の間に置かれた使えに手をつく。その瞬間、ダヴィドの懐から一通の手紙が机へと舞い落ちた。


「あ、忘れてた」

「なんだ? 借金の請求書か?」

「ちげーよ! アーサーからだ。朝手紙が来てたのに気が付いたけど、読んでる時間ねーから慌ててポケットに突っ込んでそのまま出かけたんだよ」


 ペーパーナイフなんてものは持っていないので、手で無理矢理封を切る。その様子を見たヴィヴィアンは、呆れたような表情で小さく首を振った。


「例の変わり者の精霊術師はなんと?」


 アーサーとはダヴィドの学院時代からの友人だ。彼は清福なる(ジョワイユ)であり、精霊術師でもある。

 アーサーは来年度から魔術学院ソルシエールの教員になることが決まっている。

 同じ清福なる者として、ブランシュに精霊のことを教えるには丁度いいと、ダヴィドは精霊に関しての勉強は彼に丸投げするつもりだ。


「あのバカ――!!」


 アーサーからの手紙を読んでいたダヴィドは突如手紙を引き千切ると、怒声を上げた。


「あいつはホント昔から予想外のことばっかりやらかして! くっそ、あの精霊バカは!」


 ぐちぐちと呟きながら部屋を出て行った。

 突然のことにヴィヴィアンは口を挟む暇もなく、ただ去っていく後ろ姿を見守るしかできなかった。


「……なんなんだ?」


 扉が閉まり、ダヴィドの足音も完全に聞こえなくなった頃、ようやく我に返ったヴィヴィアンは床に落ちた真っ二つに破られた手紙を手に取る。

 他人あての手紙を勝手に許可なく読むなどマナー違反であるが、これは既に破り捨てられたものだ。読んでも問題はないだろうと、勝手に決めて紙面に目を走らせた。

 そこに書かれていたのは、アーサーからダヴィドへの謝罪。その次に来年度魔術学院ソルシエールに教師として赴任できなくなったと書かれていた。


「……書類不備のため不採用?」


 そう書かれた文を読み上げるヴィヴィアンの眉間には深い皺が刻まれている。

 本来であれば、教員の一度採用試験に受かったのなら取り消されるなんてことはほぼない。少なくとも書類の不備程度で不採用になるなんてことはないはずだ。


「……何かきな臭いな」


 ぽつりと呟きながら、ヴィヴィアンは嫌な予感を感じた。

 しかし当事者であるアーサーがこの手紙をダヴィドに出した後すぐに旅に出た上に、二年ほど返ってこなかったために詳しい事実確認は出来ぬままうやむやになってしまった。

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