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大魔導士

大魔導士ジキル。

勇者ルートヴィッヒと共に魔王を討伐した英雄のひとりである。

彼は人類の中では飛びぬけた魔法の才能を持っており、勇者と出会う前からすでに大魔導士と呼ばれていた。


魔王が現れて以来、人々の生活は魔物の脅威に晒されてきた。

ジキルは人類最強の魔法使いとして魔物を倒し、人々を、街を救った。

そして、彼は大魔導士と呼ばれるようになったのだった。


しかし、彼は戦うことが好きではなかった。

魔法の研究をすることが何よりの生き甲斐だった。

魔力の尽きることのない自身を研究材料に、魔法で何ができるのか、魔法がどのように発動しているのか、そんなことを実験して生きたかった。

だが、時代は彼にそれを許さなかった。

また、生きるためには金が必要で、趣味の研究だけでは気ままな独り身とはいえ食べていくことができなかった。


魔王を討伐することで2つの悩みが同時に解決することに気付いた。

魔王を倒せば魔物もいなくなり、自分が大魔導士として活躍する必要がなくなる。

そして、魔王を倒せば莫大な報奨金を手に入れ、生活費に困ることなく魔法の研究に没頭できる。

もしかしたら、魔法の研究施設すら用意してもらえるかもしれない。


だから、勇者と共に魔王を討伐する旅に出たのだ。

そして、彼は望んでいた全てを手に入れた。




大聖女マリヤンがいるダマシマス教の大聖堂がある街にジキルの魔法研究所はある。

思う存分に魔法の研究ができるようにと街はずれに作られた、とにかく広くて頑丈な建物だった。


「久しぶりだなあ、勇者!」


ほとんど使われることのない応接室でジキルは勇者ルートヴィッヒを迎えていた。


貴族の屋敷ほどのこの建物の中に、部屋と呼べるものは3つしかない。

ジキルの自室とこの応接室、そして残りは広い研究室だ。

他には一応、トイレと倉庫があった。


研究熱心な彼は自室に戻ることもなく研究室で1日の全てを過ごしていた。

それどころかトイレすら広い研究室の一角で済ませているほどだ。

そのため、研究所は様々な薬品や研究材料、ジキルの用を足した臭いがし、足を踏み入れただけで鼻が曲がりそうになる。

魔王を倒した英雄であるジキルに会いたいという者が研究所設立当初は大勢訪ねてきたが、この臭いが原因で今では誰も近づかなくなって久しい。

そのため、この応接室も至る所に埃がたまっており、また換気もしていないため湿気を含んだかび臭い空気が部屋の中を漂っていた。


「望みどおり研究に没頭できているようだな。」


応接室の様子だけでジキルとこの研究室の現状を読み取り、ルートヴィッヒが言う。


「はははっ、お前のおかげと言った方がいいのかな、一応。掃除してないけど、嫌じゃなければそこのソファーにでも腰掛けてくれ!」


ジキルは半年前に買ったばかりだが、埃とカビで白っぽい斑点が浮かんだソファーを顎で示す。

彼は研究に没頭し、それ以外のことを切り捨てられる人間ではあるが、他人が何に不快感を示すかなど常識は弁えている。

なので、この研究所が他人からどう思われているかなども理解はしているが、かといって他人の評価を気にするつもりはなかった。

そういう意味では、研究に夢中になるあまり世間のことを知らずに過ごす研究者よりもむしろタチが悪いのかもしれない。


「ああ、失礼するよ。」


勇者ルートヴィッヒは白い斑点が浮かんだ黒っぽい革製のソファーに座る。


「汚いソファーだが、洋服が汚れるのは気にならないのか?座らせておいてこういうのもなんだがな。」


「今更、何を言ってるんだ。魔王を倒す旅の最中なんて疲れたら血塗れになって死んだ魔獣の上だろうが喜んで座って休憩したじゃないか。」


「はははっ、そうだな。懐かしいな!あれからどれくらいになる?」


「半年だよ。研究に没頭するのもいいが、もう少し世の中のことも気にした方がいいんじゃないか?」


「世の中に魔法の研究よりも面白いものがあれば少しはそっちの方にも目が行くと思うんだがな。で、お前が半年ぶりに訪ねてきたのは何か楽しいことがあったのか?」


「新しい魔王が魔界からやってきた。前回の魔王より少しだけ強いらしい。」


「魔王か……。」


前回の魔王との戦いに大魔導士ジキルが参加した理由は先ほど説明した。

しかし、もうひとつ彼を突き動かしたことがある。

それは魔王の使う魔法である。

ジキルも人類では歴史上最短と称されるほど魔法の発動にかける詠唱を単純化していたが、魔王は詠唱なしで魔法を使うと言われていた。

ひとりの研究者として、魔王の魔法を目で見て、分析したかった。

それが、ジキルが魔王討伐に同行したもうひとつの理由である。


「ああ、ジキルも魔王の魔法には興味があるだろう?」


大聖女マリヤンにこそパーティーへの参加を半分断られたようなものである勇者ルートヴィッヒだが、ジキルの勧誘には勝算があった。

魔法研究に命をかけているジキルなら、大魔王の魔法に興味を持たないはずがない。

彼の方から同行したいと言ってくるのではないかとすら考えていた。


「うーん、正直なところもう魔王の魔法はいいかな。無詠唱魔法もほぼほぼ完成してるんだ。」


「だ、だが、前の魔王よりも強いって話だし、もっとすごい魔法を使うかもしれないぞ!」


「でも、今度の魔王は前の魔王より少しだけ強いくらいなんだろ?期待できないなあ。」


ルートヴィッヒは敵を大きく見せると同行してもらいにくいと思って少しだけ強いと伝えたことを激しく後悔した。

それは正確な情報でもあるのだが、ジキルにとっては全くの逆効果だった。

ルートヴィッヒはジキルの性格を完全に読み間違えていた。


「その程度の敵じゃ、研究対象を探す俺のアンテナは反応しないよ。この世界で俺のアンテナを反応させられるのは……。」


勇者ルートヴィッヒは嫌な予感がした。

いや、それは確信だった。

そして、ジキルはルートヴィッヒが想像したとおりの言葉を口にした。


「そうだな。魔王退治についていってもいいぞ。ただし、ラルクが一緒ならな。」


やっぱりか!と下を向くルートヴィッヒ。

対照的に大魔導士ジキルのアンテナこと股間はビンビンに上を向いていたのだった。

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