想いって重い
「ふふ…。」
ほの暗い部屋、ベットの中で自然と笑みが溢れてしまった。
そっとベットサイドのテーブルに置いたプリクラを見て、また顔が緩む。
今日一日で、色んな事を体験した。
泣いてスッキリした春君に連れられて入ったゲーセンで、レースゲームやUFOキャッチャーをしたり、初めてプリクラを撮ったり。
二人に挟まれるのは緊張したけれど、形に残る思い出も悪くないことを知った。
爽やかな笑顔の春君と、緊張して笑えていない私。
その右端の方に小さく映り込んだ明君。
キレイだと言ってくれた時の照れて他所を見ていた明君と、ダルそうなのに惹き付けられるような眼差しを見せる時と。
かっこ良かったり、可愛いかったり。
「不思議な人…。」
はしゃいでいた春君に着いていくので精一杯だったのに、視界の隅で揺れるリング型の二つのピアスが気になった。
少し長い茶色い髪からチラチラと見え隠れする度に、胸が高鳴っていた。
あんな事を、耳を紅くして言うから。
意外にも甘党な明君に教えてもらって行ったカフェで、ケーキをご馳走になったり。
二人の買い物に付き合って、初めてメンズ服を見に行ったり。
色んな場所に連れて行ってもらって、今日は一段と疲れが出ていたのだけれど。
「眠れない。」
高揚した胸は落ち着かなくて、目が冴えてしまっていた。
こんな風に私も誰かの隣に立って、人並みに楽しいと思える日が来るとは思わなかった。
あんなに春君の隣は、私には不釣り合いだと思っていたのに。
今では、この居場所が無くなる事の方が怖いと思ってしまう。
でももし、春君が私に対しての気持ちがなくなってしまったら、私はもう隣に居る事は許されないのだろうか。
あの告白を白紙に戻したいと言われたら、私はもう一緒に居る意味は無くなってしまうんじゃないか。
高揚していた胸に、小さく黒いシミが広がる。
「ひっ!?」
少しの不安を覚えて体が震え出した時、普段鳴る事のない携帯が音を立てて軽く悲鳴が漏れる。
時刻は23時を回ったところで、こんな時間でなくても私に連絡をしてくる人なんて居ない。
誰だろうと起きあがって携帯を覗くと、短い文面が表示されていた。
「今日は楽しかったです。」
IDを持っていても、友達登録は0だったLINE。
そこに今日、二つの名前が増えて。
初めて届いた、その短いメッセージは明君からだった。
明君らしく、絵文字も顔文字もないそっけない言葉なのに、携帯を持つ手が震えた。
何か返事をするべきだと、脳を必死に動かす。
私も、また行こうね、楽しかったね、浮かぶ言葉は沢山あるのだけれど。
震える指が、動こうとしなかった。
バフッと枕に倒れ込んで、天井を眺めて今日一日を思い出す。
楽しかっただなんて、一言で片付けられる様なものではなかった。
でもそれは、私だけだったのかもしれない。
明君や春君にとっては、当たり前で普通の事だったのかもしれない。
私はこの年まで、なんてつまらない日々を過ごしていたんだろう。
ピリリ、ピリリと右手に握っていた携帯が鳴る。
画面には春君の名前が表示されて、慌てて通話ボタンを押した。
「こんばんは、遅くにごめんなさい。」
耳元で聞こえた春君の声は、少し緊張している気がした。
「大丈夫だよ、どうしたの?」
なんだかこっちまで緊張してしまって、声が裏返りそうなのを必死に堪えながら問う。
春君は今日は楽しかったと言ってから、また休みの日に出掛けようと誘ってくれた。
明君と二人ばかりに飽きてきていたし、私が居るだけで何倍も楽しく感じるんだと。
言葉一つ一つに、春君の優しさを感じる。
「でもいつか…二人で何処か行きたいです。」
他愛もない会話をしていたはずなのに、急に声のトーンが下がって。
返事が出来なかった。
「俺、桜華さんが好きです。」
あまりにも真剣で、息が詰まりそうな静寂。
何か言わなくちゃ、春君は変わらず私に気持ちを伝えてくれているんだから、私も応えなくちゃ。
頭では分かっているのに、気持ちが着いてこない。
そこで漸く、私自身が春君をどう思って居るのかを考えた。
私は隣に相応しくないのに、周りから罵声を浴びせられる様な容姿なのに。
「どうして…私なの?」
忘れるつもりでいたはずだった。
そう思っていたところにも、春君はすんなり入り込んできた。
私の気持ちを軽く乗り越えて、おいでと手を差し出して、春君という存在を強く伝えてくる。
どうして、そんなに素敵なのに私なんかを。
気になったら、聞かずには居られなかった。
「桜華さんは、私なんかって思ってるかもしれないけど…。」
そこまで言って、少しの間受話器から音が消えた。
「強くて、自分をしっかり持ってる桜華さんは…キレイです。」
聞いた事がある気がした。
何処でだったか、思い出せないけれど。
でも、初めてではないと感じる。
「早く、桜華さんに届く様な男になりたい。」
声が震えていた。
泣いているの?今、何を思っているの?
今すぐに側に行って、触れたい。
私の中に入ってくる春君が、今は遠くに居るようで。
好きだと言ってくれているのに、どうしてか私を見ていない様に感じる。
誰を見て、誰を思っているの?
「春君…。」
「考えて、もらえませんか。」
私の声を遮った春君の声は、もう震えていなかった。
重みを含んだ声は、私の脳内を木霊して揺さぶる。
ズシンと胸にのし掛かって、重みに耐えられなくなる。
息をするのも難しくて、目眩がした。
「また明日、いつもの所で待ってます。お休みなさい。」
プープーと耳元で聞こえたのと同時に、盛大にため息が漏れた。
深呼吸をして息を整えるけれど、鼓動がバクバクとうるさい。
今日は眠れる気がしない。
考えなければ、あんな春君の声は聞いた事がなかったし、それだけの気持ちを無下には出来ない。
もうこれ以上、私なんかで済ましてはいけないんだ。
きっと明日の朝会ったとしても、春君は変わらず笑いかけてくれるんだろうな。
簡単に答えてはいけない、しっかり考えて悩まなければ。
横になって、プリクラを眺める。
この笑顔が、ずっと傍にあったら。
絶える事なく、私の隣にあってくれたら。
「幸せ、なんだろうな…。」
目を閉じて想像するだけで、胸が温かくなる。
春君の隣で笑って、そこにダルそうな明君が居て。
そこまで考えて、チクリと棘が刺さった様に胸が痛む。
よくわからない感覚が襲って、もう一度プリクラに目をやる。
人を思って、人に想われて。
こんなに他人の事を考えたのは初めてで。
人と付き合っていくのは、難しいと知る。
「想いって、重い…。」
ぽつりと呟いた言葉は、静かな部屋に吸い込まれて消えていった。