08 残響の中に
店を出ると、聖都の通りは相変わらず人で溢れていた。
俺は、さっきまでいた店を振り返った。
エドガーさんが家具職人だった。
そのことをローディンさんから聞いたとき、少し引っかかった。
肖像に触れたときに見えた光景。
エドガーさん。
その隣にいた女性。
そして、少年。
あの少年が、レオンさんだったのかもしれない。
ただ、それもまだ俺の推測でしかない。
「次はどうする?」
ガレスさんが聞いた。
「家具を扱っている店を回ってみたいです」
「家具屋を?」
「はい。エドガーさんが家具職人だったなら、レオンさんも同じ仕事をしている可能性があると思って」
「なるほどな」
ガレスさんが頷いた。
「ただし、決めつけるなよ」
「分かっています」
「名前や仕事が同じだからといって、探している本人とは限らない」
「はい」
俺たちは、家具を扱っていそうな店を探して歩き始めた。
♢♢♢♢♢
最初の店では、何も分からなかった。
「レオンという人を探しているんですが」
店主に聞く。
「レオン? 知らないな」
「そうですか。ありがとうございます」
次の店へ向かう。
そこでも同じだった。
「レオンという名前に聞き覚えはありませんか?」
「うーん……」
店主は少し考えた。
「昔ならいたかもしれないが、最近は聞かないな」
「そうですか」
また次の店へ。
何軒か回っても、手がかりは出てこない。
名前だけでは、やはり難しい。
聖都には多くの人がいる。
レオンという名前の人間が1人だけとは限らない。
家具職人だからといって、それだけでエドガーさんと繋がるわけでもない。
「……簡単にはいかないな」
俺が呟くと、ガレスさんが横で答えた。
「最初から簡単だとは思っていなかっただろ」
「それはそうです」
俺は苦笑した。
そのときだった。
胸の奥が、かすかに熱くなった。
「……っ」
足が止まる。
「どうした?」
ガレスさんが振り返る。
「……いえ」
俺は周囲を見回した。
何かが聞こえた気がした。
ほんの一瞬だった。
――レオン
まただ。
エドガーさんの体を前にしたとき。
肖像に触れたとき。
そして、これまで何度か感じたものと同じだった。
誰かの声。
けれど、今は姿が見えない。
「カイ?」
「すみません。少し待ってください」
俺は目を閉じた。
声はもう聞こえない。
ただ、胸の奥に残る感覚だけがあった。
「……こっちです」
「何か分かったのか?」
「分かりません」
俺は首を振った。
「でも、少し気になる方向があります」
「なら、行ってみるか」
「はい」
俺は声がしたように感じた方向へ歩き出した。
♢♢♢♢♢
しばらく歩くと、家具を扱っている店が見えてきた。
店の前には、木製の椅子や小さな棚が並んでいる。
店の奥からは、木を削る音が聞こえていた。
俺は足を止めた。
「ここ……」
「どうした?」
「分かりません。ただ、少し気になります」
俺は店の中へ入った。
「いらっしゃい」
店主らしい男が声をかけてくる。
「少し聞きたいことがあるんですが」
「ああ。何だ?」
「レオンという人について、知っていることがありますか?」
店主が顔を上げた。
「レオン?」
「はい」
「……ああ」
店主は少し考えるように目を細めた。
「数日前まで、ここで仕事をしていた」
胸が大きく鳴った。
「……ここで?」
「ああ」
「家具を作っていたんですか?」
「そうだ」
俺は店の中を見渡した。
木材。
家具。
作業場に並んだ道具。
木の匂い。
ここで、レオンという名前の男が家具を作っていた。
それは間違いない。
けれど――
俺はすぐに結論を出さなかった。
レオンという名前の家具職人が、この店で働いていた。
今のところ分かったのは、それだけだ。
その人が、俺の探しているレオンさんだとは限らない。
「その人は、今もここに?」
「いや。数日前に辞めた」
「辞めた……?」
「ああ」
「どこへ行ったか、分かりますか?」
「詳しくは知らないが、別の場所で仕事を探すと言っていたな」
「別の場所……」
「聖都の東側に行くとか、そんな話をしていたと思う」
「東側……」
俺はその言葉を繰り返した。
東側。
昨日、最初に聞いた手がかりと同じだった。
「その人の年齢は分かりますか?」
「20代半ばくらいだったと思う」
俺は息を止めた。
「髪は?」
「暗い色だったな」
条件が少しずつ重なっていく。
それでも、まだ断定はできない。
レオンという名前。
20代半ばくらいの年齢。
暗い色の髪。
家具職人。
そして、東側へ向かったという話。
どれも、俺が探しているレオンさんと重なる。
けれど、同じ名前の別人という可能性もある。
「何か、特徴はありませんでしたか?」
「そうだな……」
店主は少し考えた。
「家具を作るのは上手かった。特に細かいところまで丁寧だったな」
「そうですか」
「手も傷だらけだった」
その言葉を聞いた瞬間。
胸の奥が、また熱くなった。
「……っ」
一瞬。
目の前の景色が薄くなる。
店の中が遠ざかっていく。
そして――。
木の匂い。
作業場。
窓から差し込む光。
木の机。
その前に、年老いた男が座っている。
木材を手にして、黙々と作業している。
その隣には、小さな少年がいた。
少年は作業をしている男をじっと見ている。
木を削る音。
削りくずが床に落ちる。
やがて、年老いた男が顔を上げた。
「見てるだけじゃ、分からないぞ」
少年が少し迷ってから答える。
「……やってみたい」
その声が聞こえた瞬間、景色が途切れた。
「……っ!」
俺は思わず目を閉じた。
次に目を開けると、目の前には店主がいた。
「大丈夫か?」
「……はい」
俺は息を整える。
今の光景。
あの老人は、エドガーさんだった。
そして、あの少年は――レオンさんだ。
胸の奥が、強く鳴った。
もし、この記憶が本当にエドガーさんとレオンさんのものなら。
家具を作っていたエドガーさんの姿を、レオンさんは幼い頃から見ていたことになる。
そして今。
目の前の店主が話しているのは、レオンという名前の家具職人。
20代半ばくらい。
暗い髪。
家具を作るのが上手く、手には傷がある。
それでも、まだ断定はできない。
記憶の中のレオンさんと、店で働いていたレオンという男が同一人物だという確証はない。
「……ありがとうございました」
俺は店主に頭を下げた。
「いや」
「その人がどこへ行ったのか、もう少し詳しく聞いてもいいですか?」
「東側で仕事を探すと言っていた。それくらいしか知らないな」
「分かりました」
俺は店を出た。
♢♢♢♢♢
外に出ると、ガレスさんが待っていた。
「どうだった?」
「レオンという名前の家具職人が、数日前までここで働いていたそうです」
「そうか」
「東側で仕事を探すと言って、辞めたみたいです」
ガレスさんは少し考えた。
「探しているレオンと同じ人物だと思うか?」
俺は少し黙った。
「……まだ分かりません」
「そうだな」
「名前も同じ。年齢も近い。家具職人だったことも同じです」
「ああ」
「それに、さっき見えた記憶の中にも、レオンさんがいました」
ガレスさんが俺を見る。
「レオンだと分かったのか?」
「はい」
「そうか」
「でも、それだけで同一人物だとは言えません」
「その通りだ」
ガレスさんは頷いた。
「ただ、今までよりは手がかりになりそうだな」
「はい」
俺は東側を見る。
「明日は、そちらを探してみます」
「俺も一緒に行く」
「ありがとうございます」
「礼を言うほどじゃない」
ガレスさんは短く答えた。
「見つけるなら、早い方がいい」
「……はい」
俺は頷いた。
まだ、店で働いていたレオンという男が、俺の探しているレオンさん本人だとは分からない。
それでも、今まで何もなかったところに、初めて具体的な手がかりが出てきた。
♢♢♢♢♢
宿へ戻る。
部屋に入ると、鞄を置いた。
その中には、エドガーさんから預かった手紙がある。
俺は封筒を取り出した。
表には、いつものように書かれている。
――レオンへ。
この手紙を届ける相手が、今日聞いた家具職人と同じ人なのか。
まだ分からない。
だからこそ、確かめなければならない。
俺は封筒を鞄へ戻した。
明日は東側へ行く。
そこで、何か分かるかもしれない。
そう思いながら、ベッドへ横になった。
目を閉じる。
今日見た光景が、頭の中に浮かぶ。
木を削る音。
エドガーさん。
その隣にいた少年。
レオンさん。
そして――。
あの声。
――「レオンを……」
「……?」
目を開ける。
部屋は暗い。
誰もいない。
俺はしばらく黙っていた。
続きは聞こえなかった。
けれど、確かに声がした。
俺は天井を見上げる。
あの声の主が誰なのか。
俺はまだ知らない。
ただ、その声もまた、何かを伝えようとしている。
そんな気がしていた。
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