06 残されたもの
翌朝、俺は早めに宿を出た。
昨日の男との約束は、東側の市場だった。
何を聞かされるのかは分からない。
それでも、行くしかない。
市場へ向かう道を歩きながら、昨日のことを思い返していた。
――「あんた、レオンを探してるのか?」
そして、
――「明日の朝、ここへ来い」
一体、何を知っているのだろう。
エドガーさんのこと。
レオンさんのこと。
十年前のこと。
俺には、まだ何も分からない。
市場に着くと、朝だというのに、すでに多くの人が行き交っていた。
昨日と同じ場所で立ち止まり、周囲を見回す。
……まだ来てないか
昨日の男の姿はない。
しばらく待っていると、後ろから声がした。
「来たな」
振り返ると、昨日の男が立っていた。
黒に近い短い髪には、ところどころ白いものが混じっている。
灰色の鋭い目と、左の頬に残る細い傷跡が印象的だった。
黒いシャツに暗い色の上着。
肩幅が広く、立っているだけで妙な緊張感がある。
――近寄りやすい人ではない。
それが、俺の最初の印象だった。
「待たせたな」
「いえ」
俺は少し迷ってから、口を開いた。
「……すみません。俺、カイといいます。まだお名前を聞いていませんでした」
男は一瞬だけ俺を見る。
「名前?」
「はい」
少しの沈黙のあと、男が答えた。
「ガレスだ」
ガレスさんは周囲を確認すると、短く言った。
「こっちだ」
「どこへ?」
「話をするだけだ。ついてこい」
少し迷ったものの、ガレスさんはすでに歩き始めていた。俺もその後を追った。
♢♢♢♢♢
市場から少し離れ、人通りが少なくなったところで、ガレスさんが足を止めた。
「まず聞きたい」
「はい」
「お前は、エドガーから何を預かった?」
「手紙です」
「それだけか?」
「はい。レオンさん宛ての手紙です」
俺が鞄に手を添えると、ガレスさんは眉を動かした。
「中身は?」
「知りません」
「読んでないのか?」
「はい」
「なぜ?」
「俺が預かったのは、届けることだからです」
ガレスさんはしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……そういうことか」
「何か知っているんですか?」
「少しだけだ」
「教えてもらえませんか?」
ガレスさんはすぐには答えず、少し考えてから口を開いた。
「十年前、エドガーの名前を聞いたことがある」
「昨日もそう言っていましたね」
「ああ。俺が知っているのは、エドガーだけじゃない」
「……?」
「アランのことも知っている」
「アラン?」
「エドガーの息子だ」
その名前を聞いて、俺は少し考えた。
エドガーさんに息子がいたというのは、初めて聞く話だった。
「その人は、今も聖都に?」
「もういない。十年前に亡くなった」
「十年前……」
その言葉に、俺は息を呑んだ。
エドガーさんのこと。
レオンさんのこと。
そして、アランという名前。
まだ分からないことばかりだったが、少しずつつながり始めている。
「アランさんとエドガーさんの間に、何かあったんですか?」
「俺も、詳しいことまでは知らない」
ガレスさんは少し視線を落とした。
「ただ、十年前のことを知りたいなら、俺より詳しい人間がいる」
「その人なら、何か知っているんですか?」
「ああ。俺よりはな」
「……会えますか?」
ガレスさんは少し考えてから頷いた。
「会わせる」
「ありがとうございます」
「ただし――」
ガレスさんは歩き出しながら言った。
「聞いたことを、そのまま全部信じるな」
「……どうしてです?」
「俺も、十年前のことをすべて知っているわけじゃない」
「……そうなんですか」
「ああ」
ガレスさんはそれ以上、何も言わなかった。
俺も、それ以上は聞かなかった。
十年前に何があったのか。その答えは、これから会う人が知っているのかもしれない。
♢♢♢♢♢
しばらく歩くと、聖都の中心から少し離れた場所に、一軒の店が見えてきた。
ガレスさんはその前で足を止めた。
「ここだ」
俺は店を見た。
古い木造の建物で、外壁には長年使われてきた跡が残っている。
窓から中を覗くと、棚や作業台が並んでいた。
何かを作ったり、修理したりする店なのだろう。
「ここに、十年前のことを知っている人がいるんですか?」
「ああ。俺よりは詳しいはずだ」
ガレスさんはそう答えると、扉に手をかけた。
「聞いたことを、そのまま全部信じるなよ」
「……どうしてです?」
「俺も、十年前のことをすべて知っているわけじゃない。ここにいる奴も同じだ」
「分かりました」
俺が頷くと、ガレスさんは扉を開けた。
「いるか?」
中から男の声が返ってきた。
「誰だ?」
「俺だ」
少し間があった。
「……ガレスか。何の用だ?」
ガレスさんは店の中へ入りながら、俺を振り返った。
「話がある」
俺も、その後に続いた。
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