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05 聖都での手がかり

まずは、泊まる場所を探さなければならない。


俺は大通りを歩きながら、宿の看板を探した。


人の流れは途切れない。


馬車が通り、店の前には客が並び、商人が声を上げている。 


ルーデン村やリーベルとは、何もかもが違っていた。


しばらく歩いたところで、宿の看板を見つけた。


……ここでいいか


扉を開ける。


「いらっしゃい」


受付にいた女性が顔を上げた。


「一人なんですが、部屋は空いていますか?」


「空いてるよ。何泊する?」


「まだ決めていません。人を探しに来たので」


「人探し?」


「はい」


「名前は?」


「レオンです」


女性は少し考えた。


「レオン……」


「何か知っていますか?」


「いや、知らないね」


「そうですか」


「聖都じゃ、その名前だけで探すのは大変だと思うよ」


「……ですよね」


俺自身、それは分かっている。


聖都には、およそ80万人が暮らしている。


その中から、名前だけで一人を探す。


簡単なことではない。


「それでも探すんだね」


「はい」


女性は少しだけ俺を見てから、部屋の鍵を出した。


「だったら、荷物を置いてから動いた方がいいよ」


「そうします」


料金を払い、部屋へ向かう。


荷物を置き、鞄の中を確認する。


白い布袋。


着替え。


仕事道具。


そして――一通の封筒。


表には、


――レオンへ 


と書かれている。


エドガーさんが最後に残したものだ。


 ……届けないとな


俺は封筒を鞄へ戻した。


まだ日が高い。


休んでいる場合じゃない。


俺は宿を出た。


 ♢♢♢♢♢


最初に向かったのは、商店が並ぶ大通りだった。


人が多い場所なら、誰かが知っているかもしれない。


俺は店をいくつか回り、レオンという名前に聞き覚えがないか尋ねてみた。


「すみません。レオンという人を探しているんですが」


「レオン? 悪いな、知らない」


「そうですか。ありがとうございます」


次の店へ行く。


「レオンという名前に聞き覚えはありませんか?」


「レオン……何人か知ってるけど、どのレオンだ?」


「それが、分からなくて……」


「それじゃあ難しいな」


「ですよね」


また次へ。


聞いても、聞いても、手がかりは出てこない。


気づけば昼を過ぎていた。


俺は通りの端で立ち止まった。


 ……どうするか


レオンという名前。


それだけでは足りない。


年齢も、住んでいる場所も、仕事も分からない。


分かっているのは、エドガーさんが残した手紙の宛先だということだけだ。


それでも――。


探すしかない。


俺は再び歩き出した。


しばらくして、一軒の食堂に入った。


店内には食事をする客が何人もいる。


商人らしい男たちが向かい合って話し、旅人らしい人たちは荷物を足元に置いて食事をしていた。


俺は水を頼み、空いている席に座った。


周囲の話に耳を傾ける。


商売の話。


荷物の運搬についての話。


宿や道の混み具合についての話。


聖都では、こうした何気ない会話の中にも、何か手がかりがあるかもしれない。


俺は水を飲みながら、しばらく様子をうかがっていた。


けれど、そう簡単にはいかない。


レオンという名前が聞こえてくることもなければ、エドガーさんについて話す人もいなかった。


「……名前だけじゃ、無理か」


小さく呟いた、そのときだった。


「レオンを探してるのか?」


声がした。


顔を上げると、少し離れた席に座っていた男が、こちらを見ていた。


「……はい」


男は俺の鞄に目を向けた。


「さっきから、店の人間に何か聞いて回ってるのを見かけてな」


「……そうですか」


市場でも、何軒か店を回っていた。


どうやら、俺の行動は思っていた以上に目立っていたらしい。


「知り合いか?」


「いえ」


俺は少し考えてから答えた。


「手紙を届けたいんです」


「手紙?」


「亡くなった人から預かりました」


男の表情が、わずかに変わった。


「亡くなった人って?」


「エドガーという人です」


「……エドガー?」


男が呟いた。


その瞬間、胸の奥がかすかに揺れた。


「……?」


聞こえた気がした。


誰かの声。


俺は周囲を見回した。


店内には何人もの人がいる。


けれど、俺に向かって話している人はいない。


「どうした?」


男に声をかけられる。


「……いえ」


気のせいだろうか。


そう思った。


だが――。


以前にも同じことがあった。


エドガーさんの体を前にしたとき。


確かに聞こえた。


――レオン。


――あの子に……。


あれと同じ感覚だった。


「エドガーという人を知っているんですか?」


俺は男に聞いた。


「いや。本人を知っているわけじゃない」


「では?」


「昔、名前を聞いたことがある」


「どこでですか?」


男は少し考えた。


「……十年くらい前だったと思う」


「十年前……」


その言葉に、俺は引っかかった。


「何があったんですか?」


「詳しいことは知らない」


男は首を振った。


「ただ、その名前を聞いたことがあるだけだ」


「そうですか……」


せっかくの手がかりだったが、すぐにレオンへつながるわけではないらしい。


俺は少し考えてから尋ねた。


「レオンという名前にも、聞き覚えはありませんか?」


「レオン?」


男は腕を組んだ。


「その名前なら、東側の市場で聞いた気がする」


「東側の市場……」


「ああ。誰のことだったかまでは分からないが、家具を扱う店の話だったかもしれない」


「家具ですか?」


「そこまでは、はっきり覚えていない。間違っていたら悪いな」


「いえ。ありがとうございます」


俺は頭を下げた。


男はそれ以上何も言わず、食事へ戻った。


俺は席を立った。


確かな手がかりとは言えない。


それでも、名前だけを繰り返し尋ねるよりは、一歩進んだ気がした。


東側の市場。


そこへ行けば、何か分かるかもしれない。


 ♢♢♢♢♢


道を進むにつれて、人が増えていく。


店が並び、荷車が行き交う。


市場に着くと、さらに多くの声が飛び交っていた。


商人たちが品物を並べ、荷運びの者たちが忙しそうに動いている。


店先では値段の交渉が行われ、通りの奥からは呼び込みの声が聞こえてきた。


ここなら、長く聖都で暮らしている人間も多い。


誰かが知っているかもしれない。


「すみません」


俺は店の一つで声をかけた。


「レオンという人を探しているんですが」


「レオン?」


「はい」


「どんな人だ?」


「それが……」


答えに詰まる。


分かっていることが少なすぎる。


「年齢とか、見た目とかは?」


「二十代半ばくらいだと思います」


これはエドガーさんの話から推測できる範囲だった。


「髪は?」


「暗い色です。エドガーさんに似ていると……」


言いかけて、俺は口を閉じた。


自分でも不思議だった。


なぜ、そんなことを口にしようとしたのか。


その瞬間――


頭の奥で、何かが弾けた。


一瞬、知らない光景が脳裏をよぎった。


誰かが立っている。


若い男。


顔は見えない。


暗い髪。


そして、声が聞こえた。


――「俺、聖都へ行きたい」


 ……何だ……今の……


俺は思わず目を閉じた。


次に目を開けたときには、市場の景色に戻っていた。


目の前には、店員がいる。


「大丈夫か?」


「……はい」


「顔色が悪いぞ」


「少し、立ちくらみがしただけです」


そう答えながら、自分の胸に手を当てる。


鼓動が速い。


さっきの光景。


聞こえた声。


間違いない。


以前、エドガーさんの肖像に触れたときに見たものと同じだった。


あのときも――。


――「俺、聖都へ行きたい」


そして、エドガーさんの声。


――「駄目だ」


あの記憶と、今の光景が重なった。


「……レオン」


俺は小さく呟いた。


もしかしたら。


今の光景は、レオンのものなのかもしれない。


でも、まだ確信は持てない。


なぜ見えたのかも分からない。


なぜ声が聞こえるのかも分からない。


ただ一つ分かったことがある。


この力は、エドガーさんだけのものではない。


死者に残された何かに触れたときだけではなく――。


その人に繋がる何かを感じ取ることがあるのかもしれない。


「……俺に、何ができるんだ?」


答えは返ってこない。


俺は首を振った。


今は考えても分からない。


それより――


「レオンを探さないと」


手紙を届ける。


そのために聖都まで来た。


今の光景が本当にレオンのものなら、初めて自分から手がかりを掴めたことになる。


俺は市場を見渡した。


さっきまでただの人混みにしか見えなかった場所が、少し違って見える。


ここに、何かがある。


そんな気がした。


そのときだった。


「……あんた、レオンを探してるのか?」


声をかけられ、俺は顔を上げた。


市場の向こうから、一人の男がこちらへ歩いてきた。


俺の前で足を止める。


「はい」


男は俺をしばらく見た。


「エドガーって名前を出して、聞いて回ってるだろ」


「……知っているんですか?」


「少しだけな」


男は周囲を見回した。


「ここでは話さない方がいい」


「……?」


「明日の朝、ここへ来い」


「明日?」


「ああ」


男はそう言って、歩き出した。


「待ってください!」


呼び止めようとした。


だが、男は振り返らない。


人の流れの中へ消えていく。


俺はその場に立ち尽くした。


「……何なんだ」


けれど、今までとは違う。


初めて、誰かがエドガーさんとレオンの名前を知っていた。


そのうえ、相手の方から俺に接触してきた。


市場での聞き込みが、商人たちの間で話題になっていたのかもしれない。


聖都では人も店も多いが、商人や職人たちは互いに顔を合わせ、情報を交換している。


そうしたつながりを通じて、俺が誰を探しているのかが伝わった可能性はある。


もちろん、まだ確かなことは分からない。


それでも、明日になれば何か聞けるかもしれない。


俺は鞄の中の封筒に触れた。


エドガーさんが最後に残したもの。


まだ、届けてはいない。


でも、少しずつ近づいている。


俺は空を見上げた。


聖都に来て、まだ一日目。


これから何が分かるのか。


そして、自分の中にあるこの力が何なのか。


まだ何も分からない。


ただ――


明日、もう一度ここへ来る。


それだけは決まった。


俺は宿へ戻るため、市場を後にした。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。


少しでも「面白そう」「続きがきになる」と思っていただけましたら


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