04 聖都セレディアへ
いつもなら仕事のために向かう街だ。けれど、今日は少し違う。
その先にある聖都セレディアへ向かうためだった。
背中には旅の荷物。腰には仕事道具。
そして鞄の中には、一通の封筒が入っている。
エドガーさんが残した手紙を、レオンへ届ける。
今回の旅の目的は、それだけだ。
リーベルまでは、いつも通りだった。
見慣れた道、見慣れた景色。
何度も通った道を歩いていると、少しずつ街の姿が見えてくる。
「……まずは馬車だな」
王都までは、歩いていく距離ではない。
乗り合い馬車を使っても、一日半かかる。
俺はリーベルへ入り、そのまま馬車の発着場所へ向かった。
乗り合い馬車の乗り場には、何台もの馬車が並んでいた。
荷物を積んでいる商人や、乗り込む準備をしている旅人、見送りに来ている人たちもいる。
思っていたよりも人が多い。
俺は案内を確認し、聖都行きの馬車を探した。
「聖都行きは……これか」
大きめの馬車が一台、停まっている。
御者に声をかけた。
「聖都までお願いします」
「ああ。乗るなら荷物をこっちへ」
「分かりました」
荷物を預け、料金を支払って馬車へ乗り込んだ。
中には、すでに何人かの乗客がいた。
俺は空いている席に座り、窓の外を見る。
リーベルの街並み。
ここから先は、俺にとって未知の道になる。
少しして、馬車が動き始めた。
車輪が地面を叩く音がすると、ゆっくりと街を抜けていく。
俺は窓の外を眺めた。
リーベルの門が遠ざかっていく。
「……行くか」
小さく呟く。
聖都へ、レオンを探すために。
♢♢♢♢♢
しばらくすると、向かいの席に座っていた男が話しかけてきた。
「聖都は初めてか?」
「はい」
俺が答えると、男は笑った。
「そうか。なら、最初は驚くぞ」
「そんなに大きいんですか?」
「リーベルとは比べものにならない」
男は窓の外を見ながら続けた。
「人も多いし、道も多い。店も多い。慣れていないと迷うぞ」
それを聞いて、俺は少し苦笑した。
「それは困りますね」
「何か用事があるのか?」
「人を探します」
「人?」
「はい」
俺は少しだけ間を置いた。
「知り合いを」
男はそれ以上聞かなかった。
「見つかるといいな」
「ありがとうございます」
それだけの会話だった。けれど、不思議と少し気持ちが楽になった。
♢♢♢♢♢
昼を過ぎた頃、馬車が休憩のために止まった。
俺は外へ出て、水を飲む。それから鞄を開けた。
ミーナからもらったパンが入っている。
一つ取り出す。
昨日のミーナの顔が浮かんだ。
『ちゃんと食べて』
思わず笑ってしまう。
一口食べる。
香ばしい。
「うまいな」
もう一口。
結局、思っていたよりも早く食べ終わってしまった。
包みを片付ける。
「帰ったら、また頼むか」
そう呟いたところで、休憩が終わった。
俺は馬車へ戻った。
♢♢♢♢♢
午後も馬車は進み続けた。
窓の外の景色が少しずつ変わっていく。
見慣れた村や畑が減り、道を行き交う人や荷車が増えていった。
王都へ近づいている。
それが分かった。
夕方になる頃には、乗客の会話も少なくなっていた。
俺も窓の外を眺めながら考える。
レオン。
あの絵に描かれていた少年。
今はもう、大人になっている。
エドガーさんとは、何があったのだろう。
なぜ離れて暮らしていたのか。
なぜエドガーさんは手紙を残したのか。
俺には何も分からない。
ただ、一つだけ分かっている。
俺がするべきことは、手紙を届けること。
その先を決めるのは、レオン自身だ。
許すのか。許さないのか。会うのか。会わないのか。
それを俺が決めることではない。
俺は鞄の上から手紙に触れた。
「……届けるだけだ」
自分に言い聞かせるように呟いた。
♢♢♢♢♢
夜。
馬車は街道沿いにある宿の前で停まった。
大きな街ではない。
けれど、旅人や商人が利用する宿らしく、何台かの馬車が停まっている。
「今日はここで休む」
御者が乗客へ声をかけた。
乗客たちが次々と降りていく。
俺も荷物を受け取った。
長時間座っていたせいか、身体が少し固まっている。
軽く身体を伸ばす。
「……明日には王都か」
まだ一日も経っていない。
それでも、いつもの生活からはかなり離れた場所まで来た気がした。
宿の中へ入り、部屋を借りる。
食事を済ませ、明日に備えて身体を休めた。
夜が静かに過ぎていった。
♢♢♢♢♢
翌朝。
再び馬車が動き出す。
昨日よりも早い時間から走り始めた馬車の窓から、俺は外を眺めていた。
しばらくすると、景色がまた変わってきた。
道を行き交う人の数が、明らかに増えている。
荷車も増えた。
大きな荷物を積んだ馬車、商人らしい一団、旅装の人々。
街道の脇には、小さな集落や荷物を積み替えるための施設も見えるようになっていた。
そして、今まであまり見たことのない姿もあった。
人間だけではない。
獣のような耳を持つ者。
人間よりも明らかに背の高い者。
尖った耳を持つ者。
肌の色や髪の色も様々だった。
リーベルでもいろいろな人を見てきたつもりだったが、ここまで多くの人が行き交う場所は初めてだった。
「……人、多いな」
思わず呟く。
向かいの席にいた男が笑った。
「まだ聖都の中にも入ってないぞ」
「これで?」
「ああ」
男が窓の外を見る。
「聖都は、こんなもんじゃない」
その言葉を聞いた直後だった。
馬車がゆっくりと速度を落とした。
前方に、大きな門が見えてきた。
俺は窓から身を乗り出すようにして、その姿を見た。
「……なんだ、あれ」
門が大きい。
リーベルの門も十分に大きかった。
けれど、比べものにならない。
左右に伸びる城壁は、どこまで続いているのか分からない。
高く積まれた白い石壁。
その上には見張り台があり、聖都を守るようにそびえている。
門そのものも、荷車が何台も並んで通れるほど広い。
その前には、入都を待つ人々の列が長く伸びていた。
馬車、商人、旅人。荷物を積んだ荷車や、徒歩でやってきた者たちが、それぞれ順番を待っている。
列は門の前だけでは終わらず、街道の向こうまで続いていた。
馬車がゆっくりと列の最後尾についた。
前の馬車が一台ずつ門へ進んでいく。
そのたびに、門の前に立つ兵士が乗っている人間を確認していた。
徒歩で来た者には身分証を提示させ、商人の荷車には積み荷の確認も行っている。
何かを尋ねられている者もいた。
門の両側には兵士が何人も立ち、入ってくる人々を手際よく確認している。
それでも列はなかなか進まなかった。
聖都へ入るためには、誰でも確認を受けなければならないらしい。
「……結構、厳しいんだな」
俺が呟くと、向かいの男が答えた。
「聖都だからな。人も多いし、いろんなものが入ってくる。検問があるのは当たり前だ」
「なるほど」
しばらくして、俺たちの馬車が門の前まで進んだ。
「止まれ!」
兵士の声が響く。
御者が馬車を止めた。
門を守る兵士が近づいてくる。
「乗客の身分証を確認する」
御者が先に身分証を渡した。
続いて、乗客が一人ずつ身分証を提示していく。
俺も腰の革袋から身分証を取り出した。
「名前は?」
「カイです」
「出身は?」
「ルーデン村です」
兵士が身分証を確認する。
「聖都へ来た目的は?」
「人を探しています」
「人?」
「はい。リーベルで亡くなった方が残した手紙を、その方の身内に届けるためです」
兵士は俺の顔を見る。それから、身分証へ視線を戻した。
「仕事は?」
「弔い屋です」
「……弔い屋?」
兵士の眉がわずかに動いた。
「亡くなった方の身支度を整えたり、ご家族が最後の時間を過ごせるように手伝ったりする仕事です」
「そうか」
兵士はそれ以上聞かなかった。
身分証と俺の顔をもう一度確認すると、それを返してくる。
「聖都では身分証をなくさないように」
「分かりました」
「滞在中に問題を起こすな。それと、何か困ったことがあれば、教会や役所に相談するといい」
「ありがとうございます」
兵士は次に、馬車へ視線を向けた。
「荷物の確認をする」
御者が荷台を開ける。
兵士が積まれた荷物を一つずつ確認していく。
商人の馬車ほど厳重ではないようだったが、それでも中身を確認されていた。
他の馬車も同じだった。
聖都へ入る者を、誰でも確認している。
ただ門をくぐるだけではない。
この場所が、国の中心を守るための入口なのだということが分かる。
やがて兵士が頷いた。
「よし。通っていい」
御者が馬に声をかける。
馬車がゆっくりと動き出した。
門を抜ける。
その瞬間――。
俺は思わず息を呑んだ。
……なんて広さだ。
それが、最初に浮かんだ感想だった。
門の内側には、どこまでも街が続いている。
白い石造りの大きな建物。何階もある建物。大きな店。広場。通りを埋め尽くす人々。
遠くには、さらに高い建物がいくつも見えている。
教会の塔らしきものもある。
その先には、街の中心へ向かって伸びる大通りが見えた。
道幅も広い。
馬車が何台も並んで走っているのに、それでも人が歩く場所が残っている。
左右には店が並び、呼び込みの声や人々の話し声が絶え間なく聞こえてくる。
大通りから少し外れた場所にも、建物が途切れることなく続いていた。
街の奥には住宅らしき建物が並び、その向こうには別の地区へ続く道が見える。
リーベルの街が大きな町だと思っていた。
けれど――
「……これが、聖都」
思わず口から言葉が漏れた。
セレディア神聖国。
その中心にある街。
国中から人が集まる場所。
――聖都セレディア。
人口は、およそ80万人。
俺は数字として聞いたことはあった。
けれど、数字だけでは分からなかった。
実際にこの場所に来てみて、初めてその意味が少し分かった気がする。
80万人という人間が、この街のどこかで暮らしている。
今、俺の目の前を歩いている人たちだけでも、村の何倍いるのか分からない。
人間だけではない。
多種多様な種族が、それぞれが、それぞれの目的を持って、この街を歩いている。
その光景を見ていると、不思議な感覚になった。
ルーデン村にいた頃。
リーベルへ通うようになった頃。
自分の知っている世界は、ずっと狭かったのだと思い知らされる。
ここには、俺の知らない人間がいる。俺の知らない暮らしがある。
俺の知らない場所が、まだいくらでもある。
そして――。
そのどこかに、レオンがいるかもしれない。
俺は鞄に手を添えた。中には一通の手紙。
これを届けるために、ここまで来た。
でも、改めて聖都を見て思う。
「……これは、探すのも大変そうだな」
思わず苦笑した。
80万人。
その中から、一人を探す。
しかも俺が知っているのは名前と、昔の姿だけ。
簡単な仕事ではない。
むしろ、かなり難しい。
馬車が停まり、御者の声が聞こえた。
「聖都到着だ!」
乗客たちが次々と降りていく。
俺も荷物を受け取った。
♢♢♢♢♢
地面に足をつけ、改めて周囲を見る。
人、人、人。
遠くまで続く大通り。
高くそびえる建物。
白い石壁。
その向こうに広がる巨大な街。
威厳という言葉の意味が、少しだけ分かった気がした。
この街は、ただ大きいだけじゃない。
この国の中心として、長い時間をかけて積み重ねられてきたものがある。
それが、街そのものから伝わってくる。
俺はしばらく、その景色を見上げていた。
そして、ゆっくりと息を吐く。
「……さて」
ここで立ち止まっていても仕方がない。
まずは泊まる場所を探す。
それから、レオンについて聞ける場所を探す。
一日で見つかるとは思っていない。
何日かかるかも分からない。
それでも、やることは決まっている。
俺は荷物を背負い直した。
そして、人の波の中へ歩き出した。
知らない街。知らない人々。見慣れない景色。
その中から、一人を探す。
エドガーさんから預かった最後のものを、届けるために……
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
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